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2021年7月31日 (土)

今日の音楽 7月31日 交響詩「プロメテウス」(再掲載)

1886年7月31日はフランツ・リストの命日。
リストといえば、まずは超絶技巧のピアニストであり、これが練習曲?というような超絶技巧のエチュードの作曲家というのが頭に浮かびます。
また、ベートーヴェンの交響曲全曲やワーグナーの作品をピアノ1台(または2台)で弾けるように編曲したアレンジャーという面もあります。
実際にはドイツ系の人でありながら、生地のハンガリーの音楽を愛し紹介し、自分はハンガリー人だと言っていたという面もあります。
その他評論家の側面、スメタナへの資金援助やグリーグの紹介など音楽家が世に出る手助けを行っていたなど、自身のピアノ演奏会を聴いて絶賛を受けたベートーヴェンとの出会いから娘婿ワーグナーまでの時代の音楽の橋渡しとして非常に重要な役割を演じた音楽家のひとりでした。

そして、ベルリオーズが生み出した標題音楽を交響詩という分野で確立させた作曲家です。リストは交響詩第3番と付けられている「レ・プレリュード」をはじめ13曲の交響詩を生み出しました。演奏会で頻繁に取り上げられているのは「レ・プレリュード」だけですが、第2番のタッソー、悲劇と勝利や第6番のマゼッパもなかなかの作品です。(雰囲気はレプレに似てるけど)
その中で、本日の1曲は第5番の「プロメテウス」です。プロメテウスは人間に「火」を与えてゼウスの怒りを買い、岩山に縛り付けられていたところをヘラクレスに救われるというギリシア神話の神で、この曲はゼウスの怒りと解放の喜びを描いた曲です。中間部では、「火」を得たがために文明を築いくいく困難な過程も表現しています。

 

2021年7月30日 (金)

今日の音楽 7月30日 ダイアナ(再掲載)

1941年7月30日は、ポール・アンカの誕生日です。

ポール・アンカは、カナダで生まれたシンガー・ソングライターの草分け的存在のアーティストで1957年に弟のベビー・シッターへの片思いを歌った「ダイアナ」でデビューし、いきなりビルボードのナンバーワンヒットとなりました。その後数々のヒット曲を生みましたが1960年代半ばから低迷が続きました。1974年にフランク・シナトラが引退するという噂を聞いて、彼のために「マイ・ウェイ」を作り、自らもオディア・コーツとのデュエット「二人の絆」をヒットさせ復活。現在も音楽活動を続けています。

 

2021年7月29日 (木)

今日の音楽 7月29日 恋人よ我に帰れ(再掲載)

ハンガリーの作曲家ジークムント・ロンバーグは1887年7月29日に生まれています。

まあ、ロンバーグはクラシック音楽の作曲家というとちょっと抵抗があるかもしれませんが、ミュージカルとして扱われる彼の作品はオペレッタの延長という事で二期会などにも取り上げられているのでクラシックの作曲家としても問題は無さそうです。元々、現在クラシック音楽として取り上げられている曲の中にも、シュトラウス一家のダンス・ミュージックのように当時の流行音楽があるわけですから、時代が経てば棲み分けも変わるんでしょう。

ロンバーグは、「学生王子のセレナード」という非常に有名な曲がありますが、ジャズのスタンダードとなって多くのジャズ・シンガーによって歌われている曲「恋人よ我に帰れ」の作曲家としても有名です。この曲はブロードウェイ・ミュージカルの「ニュー・ムーン」の挿入歌で作詞は、「サウンド・オヴ・ミュージック」などで知られるオスカー・ハマースタイン二世 です。

 

この曲をヒットさせたバーブラ・ストライザンドのほかにも、ナット・キング・コール、ジョン・コルトレーン、エラ・フィッツジェラルド、アレサ・フランクリン、ビリー・ホリディ 、ブレンダ・リー、フランク・シナトラ というように錚々たる人たちに歌われて来ました。

今回はジャズではなくて、メロディを強調したイージーリスニングで、マントヴァニー楽団の演奏です。

 

2021年7月28日 (水)

今日の音楽 7月28日 羊は安らかに草を食み(再掲載)

1750年7月28日は、大バッハの命日です。バッハが近現代の音楽に与えた影響は計り知れず、バッハの没した18世紀から連綿と繋がるバッハの影響の跡・・・と思いきや、バッハの死後約100年、メンデルスゾーンのマタイ受難曲の紹介を代表する活動によってバッハが見直されるまでは、細々と糸が繋がっていたに過ぎなかった、というのも驚きです。
現在では、ロックアーチストにもバッハの影響を見る事ができます。

多くの曲を残したバッハですが、やはり宗教音楽が彼の真骨頂のひとつ。200曲を超えるカンタータの中から、208番「狩のカンタータ」の中から、「羊は安らかに草をはみ」を聴きましょう。題名のとおり非常に安らかなのどかな気分になる曲です。
この曲、様々な作曲家や指揮者が編曲にチャレンジしています。最も一般的なのはストコフスキー版。ストコフスキーはバッハの曲をたくさんオーケストレーションしていますが、そのひとつです。他にはリード、バルビローリ、マリナーなどのものがありますが、本日のお奨めはイギリスの作曲家ウォルトンが編曲したもの。実は、これはウォルトンがバッハの作品を元に編曲したバレエ音楽「賢い乙女たち」の中の一曲です。

他の編曲がバロックの雰囲気のままで編曲されているという事に比べて、ウォルトン版は和声や楽器の使い方で、新しさを出しつつも、曲の雰囲気をこわさずにアレンジしてあります。是非聴いてみましょう。

 

2021年7月27日 (火)

今日の音楽 7月27日 ハンガリー田園幻想曲(再掲載)

1883年7月27日は、ハンガリーの作曲家ドップラーの命日です。
オーボエ奏者だった父親にフルートの手ほどきを受け18歳でブダペスト歌劇場の首席フルート奏者に就任、その後ウィーン宮廷歌劇場の首席フルート奏者から首席指揮者の地位まで昇りつめています。
作曲家としては、オペラやバレエなどの舞台音楽を中心に創作活動を行っていましたが、今では「ハンガリー田園幻想曲」のみで知られており、ジプシーの神秘的な旋律が日本の馬子唄にも似ている事などから、日本では非常に人気のある作品です。

TVの「悪魔が来たりて笛を吹く」で使われるなど、何故か日本での人気が一番高い曲のようです。

 

2021年7月26日 (月)

今日の音楽 7月26日 悲しみのアンジー(再掲載)

イギリスのミュージシャン、ミック・ジャガーは1943年7月26日に生まれています。

10代でロックに目覚めて活動している中、18歳の時にキース・リチャーズに出会い、一緒に音楽活動を始めました。1962年にブライアン・ジョーンズと出会った二人は、ローリング・ストーンとしての活動を開始。ミック・ジャガーはそのメインボーカルとして活躍を始めました。翌年正式デビューし、現在まで一度も解散する事無く活躍を続けています。

「サティスファクション」「ホンキー・トンク・ウィメン」「ダイスを転がせ」など多数のヒット曲を持っていますが、「悲しみのアンジー」は彼らにとっては珍しい本格的なバラードの全米ナンバーワンヒットで1973年に発売されました。

 

2021年7月25日 (日)

今日の音楽 7月25日 哀しみのシンフォニー(再掲載)

モーツァルトの交響曲第40番は7月25日にウィーンで完成されました。39番が6月26日、41番が8月10日だから驚くべき速さです。(並行して書かれていたとすると驚くべき器用さですから、どっちにしても驚くべき人です)

クラシック音楽に歌詞をつけてポピュラー音楽にして歌うというのは、「ジュピター」などそれほど珍しい事ではありませんが、この曲の第1楽章に歌詞をつけた曲があります。
元々、第1楽章を「愛よ永遠に」という題名でレイモン・ルフェーヴルとかポール・モーリアがレパートリーにしていましたが、1972年にフランスのシルヴィ・バルタンが同じ第1楽章にイタリア語の歌詞をつけた「哀しみのシンフォニー」(原題はCaro Mozart=モーツァルト様っちゅうような意味ですね。シルヴィ・バルタンは哀しみの兵士という曲が日本でも大ヒットしたので2匹目のどじょうを狙ったタイトルにしたわけです)を発売しました。
これ、結構テンポが遅い。私の中では、このテンポが40番の標準だったので、始めてクラシックでモーツァルトの40番を聴いた時に、その速さに面食らいました(笑)

 

2021年7月24日 (土)

今日の音楽 7月24日 遥かな友に(再掲載)

合唱指導者であり作曲家でもあった磯部俶は1917年7月24日に東京都大森で生まれました。

早稲田大学文学部を卒業。在学中から平尾貴四男に作曲を学び早稲田大学グリークラブなど多くの合唱団の指揮者として活躍しました。

ボニージャックスの名付け親でもあり、多くの合唱曲を作曲しています。

「遥かな友に」は1951年の早大グリークラブの合宿で即興で作った曲。合唱団のほかにも多くのアーチストに取り上げられている曲です。

 

2021年7月23日 (金)

今日の音楽 7月23日 精霊の踊り(再掲載)

1903年7月23日上野の奏楽堂で初めての日本人によるオペラが演奏されました。演目は、グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」の日本語による上演。歌手、合唱は全て東京音楽学校の生徒と卒業生有志、エウリディーチェを演じたのは、世界的なプリマになっていた三浦環でした。伴奏はピアノ、指揮は当時東京音楽学校の講師だったノエル・ベリーでした。

精霊の踊りは、第2幕で天国の野原で精霊たちが踊る場面の曲で、フルート曲としても知られている、優雅な曲です。クライスラーがヴァイオリンとピアノ用に編曲したものもよく演奏されます。
「オルフェオとエウリディーチェ」は、ギリシア神話が元になっており、グルックの作品はハッピーエンドですが、悲劇で終る作品、オッフェンバックのようにパロディ作品など多くの作曲家がオペラや管弦楽曲の題材として使っています。日本の神話でも「イザナギとイザナミ」の似たような話がありますね。

 

2021年7月22日 (木)

今日の音楽 7月22日 「ファウスト」序曲(再掲載)

ワーグナーの演奏会用序曲「ファウスト」は1844年7月22日にドレスデンで初演されました。

ワーグナーはベートーヴェンの交響曲第9番に感銘を受けて、ゲーテの「ファウスト」に基づく大規模な交響曲の構想をして、1840年にその第1楽章を完成しました。結局、これに続く楽章は作曲されず、この楽章だけを序曲として完成されたのが序曲「ファウスト」です。

結局、ワーグナーに傾倒していたリストが1852年に「ファウスト」に基づく交響曲を完成させ、それに刺激を受けたワーグナーがその年に改訂を加えたものが現在の「ファウスト」序曲です。

まだワーグナーが「さまよえるオランダ人」を作曲する以前の作品ですが、動機を使用展開している点でも後のワーグナーの世界を予言している作品のひとつです。

 

2021年7月21日 (水)

今日の音楽 7月21日 ピース・トゥレイン(再掲載)

イギリスのシンガーソングライター キャット・スティーヴンスは1947年7月21日にロンドンで生まれています。

1960年代後半から活躍し世界中で6000万枚以上の売上げを記録したアーチストですが、1977年に突然イスラムに改宗しユセフ・イスラムと改称して話題になりました。
1970年に「白いバラ」をヒットさせアルバム「父と子」がゴールドディスクになってブレイク。1971年に発売したアルバム「ティーザー・アンド・ファイアー・キャット」は全米第2位になり、そこから「雨に濡れた朝」「ピース・トゥレイン」「ムーンシャドウ」などのヒット曲が生まれています。

イスラムに改宗してからはしばらく音楽活動は停止していましたが2006年に復帰し活動を続けています。

「ピース・トゥレイン」は、キャット・スティーヴンスのひとつの側面の絶叫型の歌。素朴な歌い方の「白いバラ」や「雨に濡れた朝」とは異なる側面を見せる曲です。

 

2021年7月20日 (火)

今日の音楽 7月20日 哀愁のヨーロッパ(再掲載)

ロック・ギタリストのカルロス・サンタナは1947年7月20日に生まれました。

メキシコで生まれ15歳でアメリカに移住。ブルースやラテンジャズに傾倒し1966年にサンタナブルースバンドを結成。1969年にコロンビアレコードと契約を機にグループ名をサンタナとしてデビュー。泣くような心に迫る音色でジャズギタリストのトップスターとなりました。

「哀愁のヨーロッパ」は「ブラック・マジック・ウーマン」と並ぶサンタナの代表作で1976年に発売した「アミーゴ」の中の曲です。

 

2021年7月19日 (月)

今日の音楽 7月19日 ペトラルカのソネット(再掲載)

1374年7月19日は詩人ペトラルカの命日です。ペトラルカはラウラという女性のあてた恋愛叙事詩群で有名ですが、イタリア風ソネット(定型詩)も数多く残しています。

ペトラルカの47番、104番、123番の3つのソネットをテノール独唱曲にしたのが、フランツ・リストです。リストは、この曲をピアノ曲にもして、後に巡礼の年第2年イタリアの第4曲から第6曲に組み込みました。

巡礼の年は、リストが自身の人生の旅路で経験した事や思った事をまとめたピアノ曲集で、第1年「スイス」、第2年「イタリア」、第3年と第2年の補遺「ベネチアとナポリ」からなっている曲で40年近くにわたって断続的に作曲したものを纏めた曲集です。

原典の詩では47番は「恋する事の苦しさ、素晴らしさ」、104番は「愛の二面性」、123番は「愛への甘美なあこがれ」を描いています。

123番の演奏です。

 

2021年7月18日 (日)

今日の音楽 7月18日 Heart and soul(再掲載)

日本の女性ロックシンガー浜田麻里は1962年7月18日に生まれています。

1983年プロ・デビューし、女性ハードロック・シンガーの旗手として活躍。次第にポップな雰囲気も取り入れた幅広い音楽を取り上げるようになり、ファン層を広げて行きました。
1988年のソウル・オリンピックのNHK放送のイメージソングとして「ハート・アンド・ソウル」が取り上げられると更にステップ・アップ。1989年「Return to myself~しない、しない、ナッツ」がオリコンナンバーワンに輝きました。その後もコンスタントにCDを発売し活動を続けています。作詞は浜田麻里本人です。

 

2021年7月17日 (土)

今日の音楽 7月17日 小牧神の入場(再掲載)

フランスの作曲家ガブリエル・ピエルネは1937年7月17日に亡くなっています。

ピエルネは、パリ音楽院でマスネに作曲法をフランクにオルガンを学び、フランクの死後は後継として聖クロチルド教会のオルガニストとして活躍。その後コロンヌ管弦楽団の指揮者としてラヴェルの「ダフニスとクロエ」第1組曲、ストラヴィンスキーの「火の鳥」をはじめ、ミヨーやルーセルなどの曲を多く初演しています。

.印象主義的な和声と、ロマン派音楽を併せ持つ音楽を作曲していますが、現在ではあまり知られた曲は残されていません。その中で知られているのが子供向けのバレエ「シダリーズと牧羊神」の中の「小牧神の入場」です。子供向けの内容のバレエなので、とても可愛らしい平易な曲ですが印象主義的な雰囲気は感じられる曲です。

 

2021年7月16日 (金)

今日の音楽 7月16日 パラダイス(再掲載)

1963年7月16日は女優フィービー・ケイツの誕生日です。
「パラダイス」でデビューして「グレムリン」などに出演、ブルック・シールズやダイアン・レイン、ソフィー・マルソーなどと近い世代の若手女優として期待されていましたが、デビューからわずか7年後に16歳年上の俳優ケヴィン・クラインと結婚して、子供が出来てからは子育てのために女優業から遠ざかり、現在はニューヨークでギフトショップをやっているそうです。

出演した作品がB級映画ばかりだったので、名前が残る事は無いんでしょうね。ちょっと残念ですが・・・

パラダイスの主題歌はフィービー・ケイツ自身が歌っているのですが、本人が歌っているものが拾えました。

 

2021年7月15日 (木)

今日の音楽 7月15日 すみれの花咲く頃(再掲載)

1913年7月15日に、宝塚歌劇団の前身である「宝塚唱歌隊」が誕生しています。

といっても、私、宝塚歌劇団に詳しいわけではないのでさらっと流しますが・・・

「すみれの花咲く頃」は、原曲はデーレというフランスの作曲家が作曲した「Wenn der weisse Flieder wieder blüht」という曲。宝塚歌劇団の演出家白井鉄造がフランスで聞いて1930年に上演された「パリ・ゼット」で使用したのがはじめ。別に決められた団歌というわけではありませんが、宝塚を代表する曲ですね。

 

2021年7月14日 (水)

今日の音楽 7月14日 巴里祭(再掲載)

フランス革命を扱ったクラシック音楽ってあまり無いみたいですね。
オネゲル、イベール、ルーセルなどが合作した劇音楽ぐらいしか見当たりませんでした。
1789年7月14日、パリ市民のバスティーユ監獄襲撃に端を発したフランス革命を記念して、7月14日はフランスでは祝日になっています。ただ、この日をパリ祭と呼ぶのは日本だけ。フランスでは単に「Le Quatorze Juillet(ル・カトルズ・ジュイエ=7月14日)」と呼ぶらしいですし、英米ではバスティーユ・デイだとか言うそうです。日本で「パリ祭」と呼ぶようになったのは、1933年に公開されたパリの下町人情物の映画(革命とは直接関係無く、革命記念日前夜が舞台になっている)"14 JUILLET"がキッカケだそうです。日本で公開するに当たって原題そのものの「7月14日」では日本人には何の事かわからないし、当時の社会情勢を考えると「革命記念日」などという題名にしたら絶対に検閲が通らない・・・・という事で「巴里祭」としたそうです。これをきっかけに、日本では、このフランス革命の日を「パリ祭」と呼ぶようになったそうです。

この映画のテーマ曲「巴里祭」の作曲は、トリュフォーの思春期やアデルの恋の物語などの映画の音楽を担当したモーリス・ジョベール。いかにもパリっ子という軽妙洒脱なメロディです。

2021年7月13日 (火)

今日の音楽 7月13日 勝利の父(再掲載)

フランスの作曲家ルイ・ガンヌは1923年7月13日に亡くなっています。

ガンヌといえば、行進曲「ロレーヌ」や勝利の父などの行進曲が有名なのですが、実は劇場指揮者で、オペレッタの作曲が本業でした。パリ音楽院でフランクやマスネに師事しフランスの劇場の指揮者を歴任し、その間に「軽業師」など数多くのオペレッタを作曲しています。

残念ながらフランス以外では、オペレッタの作曲家として知る人は殆どいないようですが、ロレーヌ行進曲はフランスを代表する行進曲として知られるほどの作品です。勝利の父も同様に親しみやすいメロディの行進曲です。

 

2021年7月12日 (月)

今日の音楽 7月12日 ドレミの歌(再掲載)

作詞家オスカー・ハマースタイン2世は1895年7月12日にニューヨークで生まれました。

祖父であるオスカー・ハマースタイン1世は、ドイツで生まれアメリカに移住し、タバコの製造で成功した後ブロードウェイに数々のオペラハウスを建てた功労者でした。父親も興業主として活動し、その環境で育ったオスカーは作詞家のみならずプロデューサーとしても活躍しました。

彼は、それまで歌と踊りの個人芸を見せる娯楽ショウだったミュージカルを、ストーリーを持つ芸術作品に押し上げた功労者のひとりです。

作詞家として最初に手がけたミュージカルは1927年の「ショウ・ボート」で、1958年の「サウンド・オヴ・ミュージック」まで数々の作品を送り出しています。特に、「リチャード・ロジャースとのコンビは、多くの名作を生み出しています。

数多い作品の中で世界中で最も親しまれているのは「サウンド・オヴ・ミュージック」の「ド・レ・ミの歌」でしょう。

 

2021年7月11日 (日)

今日の音楽 7月11日 スワニー(再掲載)

作曲家ジョージ・ガーシュウィンは1937年7月11日に脳腫瘍で亡くなりました。

シンフォニック・ジャズと言われる新しい分野を築いた事で知られているガーシュウィンは、その分野の作品を作る前はミュージカルや歌曲を主に作曲していました。

ガーシュウィンが世に認められる事になった曲が1919年の「スワニー」です。「スワニー」はキャピトル劇場のレビューの為に作曲された歌で、人気歌手のアル・ジョルソンに歌われて大ヒット曲となりました。とても軽快な曲です。

 

2021年7月10日 (土)

今日の音楽 7月10日 ブルー・タンゴ(再掲載)

作詞家のミッチェル・パリッシュは1900年7月10日にリトアニアで生まれました。

生後間もなくアメリカに移住してきて1919年に作詞家としてデビューしました。1920年代から50年代にかけてのジャズのヒット曲は殆ど彼の作詞と言っても過言で無いほど多くの作品の詞を書いています。

最も有名な「スター・ダスト」をはじめ「ソフィスティケーテッド・レディ」「ヴォラーレ」「ムーンライト・セレナーデ」などが彼の手によりものです。また、彼は、いくつかのルロイ・アンダーソンの曲にも詞をつけています。

「ブルー・タンゴ」はアンダーソンが1951年に作曲した曲ですが、パリッシュの詞がついた「ブルー・タンゴ」はアルマ・コーガンの歌で翌年全米第1位のヒットになりました。

 

2021年7月 9日 (金)

今日の音楽 7月9日 春の交響曲(再掲載)

ブリテン作曲の春の交響曲は1949年7月9日に初演されました。

ソプラノ、アルト、テノールの独唱と混声合唱及び少年合唱とオーケストラのための交響曲で、12曲からなっていますが、交響曲に相当する4つの部分に分けられています。

失楽園で知られるミルトンなどの14のイギリスの詩が用いられています。第1部5曲、第2部と第3部が3曲で、第4部は1曲で構成されています。

春の交響曲という題名ですが、歌詞は「春」を歌ったものが多いものの音楽自体は春のイメージとはちょっと遠い音楽です。

 

2021年7月 8日 (木)

今日の音楽 7月8日 最後の言い訳(再掲載)

エッセイストで作詞家の麻生圭子は1957年7月8日に大分県日田市で生まれました。

麻生圭子が作詞家として活躍したのは1980年代のアイドル全盛時代。1990年以降はエッセイストとしての活躍が目立っています。

小比類巻かほるの「Hold on me」、椎名恵の「Love is All」などが代表作。徳永英明の「最後の言い訳」は作曲は徳永自身によるもので、作曲している時に初めて泣いたという程の詩でした。

 

2021年7月 7日 (水)

今日の音楽 7月7日 想い出のフォトグラフ(再掲載)

元ビートルズのリンゴ・スターは1940年7月7日に生まれています。

リヴァプールで生まれたリンゴ・スターはビートルズがデビューする直前の1962年8月にメンバーに加わり、メンバーの中でも最も穏やかで人格者という事から確執の生まれたメンバー間に入って繋ぎ役にもなっていたと言われています。
解散前の1970年にシングル「センチメンタル・ジャーニー」を発売しソロ活動をスタート。解散後の1973年には初のオリジナルアルバム「リンゴ」がヒットしています。「おかしなおかしな石器人」などの映画にも出演し、俳優としても活躍をしています。

「想い出のフォトグラフ」は1973年9月にアルバム「リンゴ」の先行シングルとして発売された曲で、ジョージ・ハリソンとの共作の曲。全米ナンバーワンに輝いたポップな曲です。

 

2021年7月 6日 (火)

今日の音楽 7月6日 エジプト行進曲(再掲載)

ヨハン・シュトラウス2世の「エジプト行進曲」は1869年7月6日に初演されました。

1969年というのは、スエズ運河が開通した年で、様々な作曲家がこのお祝いに音楽を作曲しています。最も知られているのが、これを記念して造られたカイロの歌劇場の杮落としに依頼されたのがヴェルディの「アイーダ」です。(実際には間に合わなくって「リゴレット」を上演したそうです)他にもサン=サーンスが「東洋と西洋」という作品を作曲しています。

エジプト行進曲も、スエズ運河のお祝いの意味をこめて作曲されバーデン大公フリードリヒ一世に献呈されています。東洋趣味的な楽想と、中間部の楽団員のスキャットが特徴の曲です。

 

2021年7月 5日 (月)

今日の音楽 7月5日 山小舎の灯(再掲載)

歌手の近江俊郎は1992年7月5日に肝不全のため亡くなりました。

近江俊郎は戦後を代表する歌手でありながら、気さくな人柄で、バラエティ番組などにも出演していました。「欽ちゃんのどこまでやるの」では「とうしろう」という名前で学生服を着て登場し笑いをふりまいていました。

戦後、米山正夫がシベリア抑留中に作曲した「山小舎の灯」を近江俊郎が気に入って強力にプッシュし1946年に大ヒットさせています。

 

2021年7月 4日 (日)

今日の音楽 7月4日 テキサスの黄色いバラ(再掲載)

合唱指揮やプロデューサーとして知られるミッチ・ミラーは1911年7月4日に生まれています。

クラシックの音楽教育を受け、オーボエ奏者としてオーケストラにも参加しイーストマン音楽院卒業後はアンドラ・コステラネッツやガーシュウィンのオーケストラにも参加し1936年から1947年まではCBSラジオ交響楽団でも活躍。リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲のアメリカ初演を行うなどの活躍ぶりでした。

1948年にレコーディング・プロデューサーに転身しパティ・ペイジの「テネシー・ワルツ」やローズマリー・クルーニーの「家へおいでよ」などをプロデュースしています。

また、合唱団を創設し「テキサスの黄色いバラ」、「クワイ河マーチ」などを指揮してヒットを連発しました。「テキサスの黄色いバラ」はアメリカ民謡で、「黄色いバラ」は実在のエミリー・モルガンという混血の女性で、テキサスのメキシコからの独立を成功に導いたという伝説の女性です。

 

2021年7月 3日 (土)

今日の音楽 7月3日 愛の願い

1970年代のフレンチ・ポップスを代表するミュージシャン ミシェル・ポルナレフは1944年7月3日に生まれました。

コンセルヴァトワール在学中に聴いたロックンロールに魅せられクラシック音楽を離れ1966年に「ノンノン人形」でデビューしたミシェル・ポルナレフは従来のシャンソンとは異なるフレンチ・ポップスの分野を切り開いたミュージシャンです。

1971年に「シェリーに口づけ」でデビューし大ヒット。2枚目のシングル「愛の願い」もヒットしその後もヒット曲を重ねて人気スターとなりました。

「愛の願い」は原題を「ラヴ・ミー・プリーズ・ラヴ・ミー」といい、ピアノ演奏が際立つ曲です。

2021年7月 2日 (金)

今日の音楽 7月2日 ザッツ・エンターテインメント(再掲載)

アメリカの俳優ジェームズ・スチュアートは1997年7月2日に89歳で亡くなっています。

アメリカの両親と言われた実直なイメージの俳優で、ヒッチコック映画など数々の名作に主演しています。

ここで取り上げるのは、ジェームズ・スチュアートがナビゲーターを務めた「ザッツ・エンターテインメント」。MGMミュージカルの黄金時代を当時の作品を中心に回顧する映画で、ミュージカル・ファンにはたまらない作品でした。

映画がトーキーになってミュージカルが劇場だけのもので無くなり、世界大恐慌で不況のあおりを受けたブロードウェイ・スターたちが大挙ハリウッドに活躍の場を求めた事も合わせて、ミュージカル映画が全盛期を迎えます。

特に、フレッド・アステアや、ジーン・ケリー、ジュディ・ガーランドなど数多くの大スターを擁し財力でも勝るMGMは他の映画会社を圧倒して、大がかりなミュージカルを作り続けました。

 

「ザッツ・エンターテインメント」はこれらの黄金期の作品を中心としたオムニバス映画で、3作まで作られました。主題曲の「ザッツ・エンターテインメント」は1953年に公開された「バンド・ワゴン」のために作られた曲です。

 

2021年7月 1日 (木)

今日の音楽 7月1日 スケルツォ第3番(ショパン)(再掲載)

フランスの作家であり、作曲家ショパンとの同棲生活で知られるジョルジュ・サンドは1804年7月1日に生まれました。

ショパンとジョルジュ・サンドの同棲生活は9年間にも及び、中でも療養のためにすごしたマジョルカ島での数ヶ月は音楽史に深く刻まれています。ショパンは当初男勝りの(女性の地位向上の運動もしていた)サンドに嫌悪感すら抱いていたようですが、やがて魅かれていくようになり恋人のマリアを捨てて彼女の元に走ったわけです。

彼女との同棲中のショパンの創作活動は非常に充実していました。その間に作曲された曲は非常に多いのですが、スケルツォ第3番はスケルツォといいながら非常にシンフォニックなピアノ曲になっています。拍子感が曖昧で調性もわかりにくく無調性っぽい序奏から始まり第1主題、第2主題とコーダを持つ作品になっています。

 

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