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2018年8月31日 (金)

今日の音楽 8月31日 オンリー・イエスタディ

1975年日本のシングル・レコード売上ランキングでベスト50に入ったのは、わずか2曲。2曲ともカーペンターズの曲で、1曲は「プリーズ・ミスター・ポストマン」、もう1曲は「オンリー・イエスタディ」でした。

アルバム「緑の地平線~ホライゾン」からの2曲目のシングルカット(1曲目はプリーズ・ミスター・ポストマン)で、全米ではカーペンターズ最後のトップ10入りのシングルとなりました。リチャード・カーペンターとジョン・ベティスのコンビによる作品です。アップ・テンポの曲で中間部のカスタネットが印象的。アルバムの中でも最も手間がかかった曲だそうです。

2018年8月30日 (木)

今日の音楽 8月30日 年下の男の子

8時だよ全員集合などに出演していた女の子3人組のキャンディーズが、この年の「年下の男の子」がヒットし、ブレイクしました。

スクールメイツ出身で、「8時だよ全員集合」などでマスコット的な存在だったキャンディーズは1972年に結成され、1973年に「あなたに夢中」でレコード・デビュー。当初は歌唱力が一番だった田中好子をメインボーカルとしていましたが、なかなか売れず、1975年に伊藤蘭をメインに抜擢した「年下の男の子」が成功して、その後は1978年に解散するまでヒットを連発した伝説的アイドル・グループになりました。

メインボーカルを変更した理由は、低迷打破のため当時ひとりだけファン層が違う、お姉さん的キャラの伊藤蘭をメインにしてみたという事だそうです。

2018年8月29日 (水)

今日の音楽 8月29日 哀しみのマンディ 

哀しみのマンディ  Mandy バリー・マニロウ  1975年Billboard年間ランキング 35位、最高位1位

バリー・マニロウはニューヨークのブルックリンで生まれジュリアード音楽院を卒業し、当初は音楽プロデューサーとして活躍していました。ベット・ミドラーやディオンヌ・ワーウィックなどのアルバムのプロデュースでは成功を収め、1973年には自らのファースト・アルバムを発売。成功はしなかったものの、彼の実力は評価され、セカンド・アルバム「バリー・マニロウⅡ」がヒット。このアルバムに含まれていた「哀しみのマンディ」は彼自身の作品では無かったが全米1位の大ヒットとなり、それ以降アメリカで最も活躍した歌手のひとりに上げられる程になったわけです。

不思議な事にシンガー・ソングライターであったバリー・マニロウの大ヒット曲は他人の作品が多かったのですが、それは巡り合わせであり、決してソングライターの才能が低かったわけではありません。強いて言えば、歌唱力や歌の表現力がライターとしての能力を上回っていたからかもしれません。

哀しみのマンディはスコット・イングリッシュとリチャード・カーが1971年に発表した「Brandy」という曲が元歌。こちらはもっとアップテンポの曲でしたが殆どヒットしませんでした。
歌の贈りものは、ブルース・ジョンストンの作品でオリジナルではキャプテン&テニールのアルバムに収められたものです。

2018年8月28日 (火)

今日の音楽 8月28日 ジャッキー・ブルー

ジャッキー・ブルー Jackie Blue オザーク・マウンテン・デアデビルズ 1975年Billboard年間ランキング 29位、最高位3位

オザーク・マウンテン・デアデビルズはミズーリ州スプリングフィールド出身のカントリー・ロックのバンド。ジャッキー・ブルーは彼らの最大のヒット曲です。このバンド、当時は女性ボーカルがいるのかと思っていたのですが、実はボーカルはスティーヴ・キャッシュというドラム奏者。彼がファルセットで歌っているわけです。

2018年8月27日 (月)

今日の音楽 8月27日 ユモレスク

ドヴォルザークの8つのユモレスクop.101は、1894年8月27日に完成しました。

ユモレスクは自由な形式の性格的な小品の一種で滑稽または気まぐれな曲想を特徴とする音楽。その中でも、単に「ユモレスク」というと、このドヴォルザークの8つのユモレスクの7曲目変ト長調を想起するほど有名な曲です。原曲はピアノ曲ですが、クライスラーが編曲したヴァイオリンとピアノのためのものがよく知られています。

アメリカ時代に書き溜めた楽想などを帰国後に完成したもので、第1曲 変ホ短調 Vivace、第2曲 ロ長調 Andante、第3曲 変イ長調 Poco Andante e molto cantabile、第4曲 ヘ長調 Poco Andante、第5曲 イ短調 Vivace、第6曲 ロ長調 Poco Allegretto、第7曲 変ト長調 Poco Lento e grazioso、第8曲 変ロ短調 Poco Andante-Vivace meno mosso quasi tempo primoからなります。

第7曲は色々な所で使われていますが、私が子供の頃は「マギー・ブイヨン」のCM音楽で皆に知られていました。

2018年8月26日 (日)

今日の音楽 8月26日 「いちご白書」をもう一度

アンダーグラウンドで活躍していたフォーク歌手たちも次々と表舞台で活躍を始めました。

バンバンは当初4人組でしたが、後にフォーク・デュオとなったグループ。フォークソングが盛んだった京都出身のばんばひろふみを中心としたグループで。「いちご白書」をもう一度は荒井由実作詞作曲の曲。

「いちご白書」は1970年に公開された60年代に盛んだった学生運動を描いたアメリカ映画で、60年代に学生運動に参加し、挫折を味わった若者がやがて普通の社会人になっていく姿を歌った曲。情熱を燃やした学生時代をシニカルに振り返った曲です。

2018年8月25日 (土)

今日の音楽 8月25日 我が良き友よ

1975年の邦楽に話を戻します。よしだたくろう、南こうせつなどによってメジャーになったフォーク・ソング。次々とヒット曲が生まれました。

この年に生まれたフォーク・ソングのヒット曲は、元かぐや姫の伊勢正三率いる「風」による「22才の別れ」、バンバンの「いちご白書をもう一度」、クラフトの「僕にまかせてください」など。

かまやつひろしは元スパイダースのリードギター担当。スパイダースの楽曲の多くを作曲しました。かまやつひろしの場合は、フォーク歌手というよりはロックミュージシャンの傾向が強いのですが、とても優しく、或いは佳き時代の音楽が多く、海外のジャンル分けではフォーク・ロックという感じでしょうか。

「我が良き友よ」はよしだたくろうが作詞作曲した曲で、「バンカラ」などという今は死後になったような若者を歌った曲です。

2018年8月24日 (金)

今日の音楽 8月24日 ベルガマスク組曲

ピアノ独奏曲で、初めてレコードを買ったのがドビュッシーのピアノ曲集。演奏はチッコリーニでした。

当時はピアニストの名前なんて、あんまり知らなかったのですが、特に日本で超有名だったルービンシュタインとかリヒテル、ホロヴィッツとか東欧系ピアニストはあまりフランス音楽とは結びつかないので、ドビュッシーのピアノ曲集は値段で選びました(笑)。

その頃はNaxosなどマイナー・レーベルが存在していなかったので、メジャーレーベルの廉価版シリーズには大変お世話になりました。

ドビュッシーやラヴェルといった近代フランスのピアノ曲は、ピアノ音楽に色彩感をもたらしました。ピアノ曲の中では個人的には大変に好きな分野です。ドビュッシーの作品の中で最も好きな曲は「月の光」。月の光を含んだ全4曲の組曲が「ベルガマスク組曲」です。
ベルガマスクは「ベルガモの」または「ベルガモ舞曲」という意味でヴェルレーヌの詩集からとられた言葉です。他の3曲は「前奏曲」「メヌエット」「パスピエ」。どれも教会旋法やバロックの舞曲の形式が取られています。

2018年8月23日 (木)

今日の音楽 8月23日 レディ・マーマレード

レディ・マーマレード Lady Marmarade  ラベル  1975年Billboard年間ランキング 22位 最高位1位

ラベルは、1960年代前半から活躍しているパティ・ラベルを中心としたコーラス・グループ。レディ・マーマレードはラベルとして唯一の全米・全英1位となった曲でした。

2018年8月22日 (水)

今日の音楽 8月22日 ピアノ協奏曲第1番(チャイコフスキー)

予算の事もあって、高校のオーケストラではなかなか協奏曲というものは演奏できませんが、やはり交響曲と相対するクラシック音楽の王道である協奏曲。初めてレコードを買った協奏曲はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番でした。

アマチュア・オケで演奏する立場の自分としては、今考えると協奏曲に対する思いというのが自分のオケでの演奏者としての立ち位置というか考え方の変化を最も反映させているという気がしています。高校時代はヴィヴァルディの四季の「春」を演奏しましたが、これはどちらかというと室内楽的な音楽で、コントラバスも通奏低音のため協演というのとはちょっと違うと思いますので、本当にコンチェルトを演奏したのは大学に入ってから、高校OBのオーケストラで演奏したベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番が始めてでした。

この当時は、コンチェルトなんて独奏者が脚光浴びるだけ。弾くところも少なく、独奏者に合わせなければならず面倒だと思ってました。その後、何曲かのコンチェルトを演奏しましたが、独奏に合わせて音楽づくりをする楽しさが始めてわかったのは数十年後、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。その後、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番を演奏した時には本当にコンチェルトは面白い、と思うようになりました。今ではコンチェルトはとっても楽しいと感じるようになっています。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は、コンチェルトの王道といわれる曲ですが、何故か演奏した事はありません。こういうベタな曲は結構避けられるんですかね。ホルンとオーケストラの掛け合いの短い序奏からピアノの和音の強奏に続いて弦楽器で演奏される第1主題というのは、ザッツ・クラシック音楽というほど多くの人に知られているフレーズです。

実は冒頭が華々しくて有名な曲は、意外と後が退屈で、知られているほど演奏家には好かれないし、お客さんも退屈という事が多くて、この曲も第2楽章が冗長で退屈と思われる人も多いかもしれません。何となく聴いていると退屈なんでしょうね。私も昔はそうでした。今は美しく静かな第2楽章の主要部と、踊りたくなるような中間部とそれを繋ぐ、ピアノの経過句がとても素晴らしいと思います。

2018年8月21日 (火)

今日の音楽 8月21日 17才の頃  

17歳の頃 At Seventeen  ジャニス・イアン  1975年Billboard年間ランキング 19位 最高位 3位

1967年、16歳で「ソサエティーズ・チャイルド」でレコード・デビューし、天才少女と言われたものの数枚のアルバムを発表して引退状態になっていました。1972年にロバータ・フラックが彼女の作品「ジェシー」を取り上げて再び脚光を浴び、1974年に復帰。翌年「17才の頃」が大ヒットし、キャッシュボックス誌ではナンバーワンとなり、アルバム「愛の回想録」も全米1位となりグラミー賞を受賞しました。

日本でも1976年に「恋は盲目」がドラマに使われオリコンの洋楽チャートで8週連続1位を獲得し、この曲が収録されたアルバム「愛の余韻」はアルバムチャートで半年間1位を記録しました。

また同年日本の歌手南沙織に「哀しい妖精」を提供しヒットしています。

個人的なジャニス・イアンのお奨め曲
①冬の部屋 In the Winter  1975年 自身ではあまりヒットしませんでしたが、バルビ・ベントンがカバーしています。
②恋は盲目 Love Is Blind  1976年 アメリカではシングル化されていませんが、日本で大ヒット
③17才の頃 At Seventeen  1975年 Billboard全米3位
④ユー・アー・ラヴ You Are Love  1980年 日本映画「復活の日」の主題歌。日本でのみヒット。

2018年8月20日 (月)

今日の音楽 8月20日 心にひびく愛の歌 

心にひびく愛の歌  Another Somebody Done Somebody Wrong Song  B.J.トーマス 1975年Billboard年間ランキング 17位  最高位 3位

1966年にソロとしてプロデビューして1968年に「フックト・オン・ア・フィーリング」がヒット。翌年映画「明日に向かって撃て!」の主題歌「雨にぬれても」がビルボードの1位に輝き、その後も「君を信じたい」「ロックンロール・ララバイ」などをヒットさせていました。

「心にひびく愛の歌」は「雨に濡れても」に続く2枚目の全米ナンバーワンヒットとなった曲でグラミー賞のベスト・カントリー・ソングを受賞しました。

2018年8月19日 (日)

今日の音楽 8月19日 港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

日本を代表する作曲家宇崎竜童が世に出てきたのもこの頃。

ロック・バンド ダウンタウン・ブギウギ・バンドでした。ダウンタウン・ブギウギ・バンドは1973年にデビューし、1974年の「スモーキンブギ」が大ヒットし、翌年には「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」がヒット。本来はブルースを中心としたロック・バンドだったが、この曲でコミカルな部分が強調されてしまい、本格ロックをめざすバンドとレコード会社の間に溝が出来てしまったそうです。
その後、ダウンタウンは過去の曲を封印して活動しましたが、宇崎竜童がソロ活動をはじめ1981年には解散しました。
「港のヨーコ・・・」は宇崎竜童の妻であった阿木燿子の作詞家としてのデビュー曲。

2018年8月18日 (土)

今日の音楽 8月18日 時の過ぎ行くままに

TBSドラマ「悪魔のようなあいつ」の挿入歌「時の過ぎ行くままに」がヒットしたのも1975年でした。

「悪魔のようなあいつ」は1968年に発生した三億円強奪事件をモチーフとしたドラマで、阿久悠原作で上村一夫作画の漫画のドラマ化でした。沢田研二自身が三億円強奪犯を演じ、その挿入歌として「時の過ぎ行くままに」を歌っています。作詞は勿論阿久悠。作曲は元スパイダースの大野克夫。5週連続オリコン1位の大ヒットとなりました。

2018年8月17日 (金)

今日の音楽 8月17日 筑後川

合唱コンクールのもう1曲が、團伊久磨作曲の合唱組曲「筑後川」のフィナーレでした。

福岡県の久留米音協合唱団の5周年記念で委嘱されて作曲されたもので、北九州の母なる川筑後川の誕生から有明海に注ぐまでを描いた作品。川の流れだけでなく、その川の周辺の人たちの生活も合わせて表現しています。
非常に人気の高い曲で日本の合唱作品100選の第6位に選ばれています。

第1曲 みなかみ 「今生まれたばかりの・・・」で始まる水源地。筑後川の水源地は阿蘇山の外輪山である瀬の本高原なので、そのあたりを歌ったものでしょうか。
第2曲 ダムにて 川にある人工物であるダムを、愛にたとえた川をさえぎる物として歌います。男声ソロと女声ソロで、ダムに邪魔をされても川は流れ続けると歌っています。
第3曲 銀の魚 川に住む魚そのものを歌った曲ではなく、海の幸によって潤される漁師たちを歌っています。
第4曲 川の祭 筑後川流域の久留米あたりのかっぱ祭を表現しているのでしょうか。日本調のメロディで歌われる曲です
第5曲 河口 川が有明海に注ぐ=川のフィナーレとして歌っています。中間部は語りかけるような単声部の掛け合いになっていて、非常に難しい部分でした。

この曲は、単に筑後川の自然を歌っただけではなく、生を得た人間たちが成長し、大海へ出ていくという人生を歌った曲とも捉えられます。

2018年8月16日 (木)

今日の音楽 8月16日 キューバ序曲

ガーシュウィンのキューバ序曲は1932年8月16日にニューヨーク・フィルの演奏で初演されました。

ガーシュウィンがキューバへ行った際に見聞きした現地の音楽にインスピレーションを受けて作曲した曲です。キューバといえばハバネラ、マンボ、チャチャチャなど独自の音楽の発信地で、この曲はルンバの影響が強い曲です。ルンバは元来のキューバのルンバとは異なり「ソン」という音楽が欧米で「ルンバ」として紹介されたもの。

このリズムやボンゴ、ギロなど民族楽器を使ったリズミックな音楽です。

2018年8月15日 (水)

今日の音楽 8月15日 蔵王

私の高校では2年の時から毎年クラス対抗の合唱コンクールをやっていました。

2年の時は「翼をください」か何かをやったような覚えはありますが、あんまり覚えてません。
3年の時は、音楽の授業で取り上げられた組曲「蔵王」の中の「早春」と、「筑後川」の中の「フィナーレ」を選曲。優勝候補の筆頭と言われて、結構プレッシャーを感じてかなり練習をしたように覚えています。私は、歌わない方が良いと思われたのか(笑)指揮者をやらされました。

混声合唱のための組曲「蔵王」は1961年の文部省芸術祭合唱部門参加作品としてニッポン放送の依頼で尾崎左永子の詩に、佐藤眞が作曲したもので、蔵王連峰の四季の移り変わりを特に冬を中心に描いたものです。

第1曲「蔵王讃歌」  万緑見せる蔵王 という出だしで蔵王の春を表しています。
第2曲「投げよう林檎を」 第4曲の「どっこ沼」とメロディラインが似ている曲。登山客の弾む気持ちを歌っています
第3曲「苔の花」 ゆったりとしたテンポの夏の歌
第4曲「どっこ沼」 蔵王にある「どっこ沼」を歌った曲
第5曲「おはなし」 冬の生活を歌った曲。お爺さんが孫たちに語る昔話の様子を歌ったユーモラスな曲です。バスのソロがお爺さんを演じます。
第6曲「雪むすめ」組曲中で最も美しい曲。ソプラノ独唱を合唱が支えます
第7曲「吹雪」 突然の激しい吹雪を歌った曲。
第8曲「樹氷林」 吹雪の後にできた樹氷を神秘的に歌った曲。増三度の和音を多用して神秘さを表現しています
第9曲「早春」 合唱コンクールで歌った曲です。冬が去って春が到来した喜びを表現した曲。「蔵王讃歌」のメロディに似たフレーズで静かに美しく始まり、最後は「蔵王の山~」と激しく盛り上がって終わります。

佐藤眞の作品は、「旅」や「大地讃頌」で知られる「土の歌」、「海」などメロディが美しい合唱曲が多いと思います。どれも素敵な曲です。

2018年8月14日 (火)

今日の音楽 8月14日 ラヴィング・ユー

ラヴィング・ユー Loving You  ミニ・リパートン 1975年Billboard年間ランキング13位 最高位1位

アメリカの歌手ミニー・リパートンは1947年11月8日にシカゴで生まれました。

14歳からステージに上がり1966年にソロデビューしましたが売れず、結婚して2人の子供を授かりました。

1971年にスティービー・ワンダーのバックコーラスに抜擢され、1974年にスティービーのプロデュースで発売した「Lovin' You」が大ヒット。5オクターヴから5オクターヴ半と言われる広い声域、特にハイトーンを武器にヒット曲を出し続けましたが1976年に乳癌にかかり、手術によって一時快方に向かいましたが1978年に癌の転移がみつかり翌年亡くなってしまいました。

「ラヴィング・ユー」はオリジナルではジャズっぽい雰囲気と小鳥のさえずりをフィーチャーした軽いメロディラインと、驚くほどの高音の対比が新鮮な曲でしたが、その後多くの歌手が様々なスタイルでカバーしています。

2018年8月13日 (月)

今日の音楽 8月13日 呪われた夜

呪われた夜 One of these nights イーグルス  1975年Billboard年間ランキング9位 最高位1位

イーグルスはリンダ・ロンシュタットのバックバンドとして集めら、後に独立カントリー・ロックからウェストコースト・ロックの代表的バンドとしてヒット曲を連発しました。1975年に支柱だったバーニー・レドンが脱退し、ジョー・ウォルシュを迎え「ホテル・カリフォルニア」の大ヒットを生んでいます。

「呪われた夜」は2作目の全米1位作品。ファンキーなリズムでアクの強いサンドの曲。

2018年8月12日 (日)

今日の音楽 8月12日 シクラメンのかほり

1975年の邦楽のヒット曲のひとつ、シクラメンのかほりです。

布施明最大のヒット曲で唯一のミリオン・セラー。銀行マンとシンガー・ソングライターの二足のわらじを履いていた小椋佳の知名度が、この曲のヒットによって一気に上がりました。

小椋佳が取引先の会社で見たシクラメンをヒントに作曲したもので、当時は薄紫色のシクラメンは無く、また香りも無いか薄いものであったが、この曲のヒットによって薄紫色のシクラメンや香りのあるシクラメンが開発されたそうです。

2018年8月11日 (土)

今日の音楽 8月11日 吼えろ!ドラゴン

吼えろ!ドラゴン Kung Fu Fighting  カール・ダグラス 1975年Billboard年間ランキング14位 最高位1位

カール・ダグラスはジャマイカ出身の歌手。吼えろ!ドラゴンは全世界で1,100万枚を売り上げた大ヒットですが一発屋で終わりました。折からのカンフー・ブームに便乗した曲ですが、単なる便乗でこれだけ売れるわけはなく、冒頭の意味の判らない「ウォオオオ~」と中国的メロディの取り合わせと、ひたすら調子のよい単純な音楽が受けたのでしょう。

2018年8月10日 (金)

今日の音楽 8月10日 美しく青きドナウ

そして、アンコールはヨハン・シュトラウスのワルツ「美しく青きドナウ」でした。

ベームはこの公演で2種類のアンコールを用意していましたが、私の行った日はザッツ・ウィーン・ミュージックというワルツ「美しき青きドナウ」でした。本場のウィーン・フィルの演奏でウィンナ・ワルツが聴けた事自体素晴らしいことでしたが、それがベームの指揮という、忘れられない思い出です。

第1ワルツの旋律がホルンを中心にゆったりと演奏される序奏から、有名な第1ワルツ、歯切れのよい第2ワルツ、幅広い音楽を感じさせる第3ワルツ、優雅な第4ワルツ、跳躍を感じさせる第5ワルツという5つのワルツで構成される曲です。

2018年8月 9日 (木)

今日の音楽 8月9日 レオノーレ序曲第3番

ベームの来日公演の1曲目はベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番でした。

ベートーヴェンが完成した唯一のオペラ「フィデリオ」には序曲が4曲存在しています。ベートーヴェンは、このオペラを「レオノーレ」というタイトルにしたかったようですが、当時「レオノール」と「レオノーラ」というタイトルのオペラが存在しており、それらとの混同を避けるため劇場側が主張した「フィデリオ」というタイトルに落ち着いたようです。

1805年に完成した初稿で使われたのが現在は「レオノーレ」序曲第2番として知られている曲。1806年に改訂された第2稿で使われたのが、この「レオノーレ」序曲第3番です。1807年に改訂された第3稿で作曲されたのが「レオノーレ」序曲第1番、1814年の最終稿で作曲されたのが「フィデリオ」序曲です。

これらの4曲の中で最も人気が高く、単独で演奏される機会が多いのが、第3番です。オペラでも第2幕第2場への間奏曲として演奏される事もあります。トランペットのバンダを使って、曲の途中にファンファーレがある華やかな作品ですが、実は演奏は管楽器も弦楽器もとっても難しい曲です。

2018年8月 8日 (水)

今日の音楽 8月8日 バレエ組曲「火の鳥」

1975年の最大のイベントのひとつが、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの来日演奏会でした。

この時のNHKホールでの東京公演は4つのプログラムで①ベートーヴェンの4番と7番②ベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番、ストラヴィンスキーの火の鳥とブラームスの交響曲第1番③シューベルトの未完成とグレイト④モーツァルトの41番とヨハン・シュトラウスの音楽(南国のばら、アンネン・ポルカ、皇帝円舞曲、常動曲、ピチカート・ポルカ、こうもり序曲)。

チケットを購入する権利を得るための抽選はハガキの応募で、全4プログラムを申し込んだのですが、当たったのは②だけ。本当は①を買いたかったのですが・・・発売日には良い席を得るためにプレイガイドに並びました。金額は忘れましたが、1万円はしなかったと思います。まあ、当時はNHK交響楽団の定期演奏会のS席でも3,000円ぐらいでしたから。

ところが、このツアーで一番評価が高かったのが②のプログラムだったようです。ベームとストラヴィンスキーというのがイマイチぴんと来なかったし、当時はまだ近現代の音楽を殆ど聴いた事が無かったので、初ストラヴィンスキーとなりました。

ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」は、ディアギレフの依頼で作曲され1910年にパリのオペラ座で初演されました。元々は非常に大きな編成の22曲からなる50分近くかかる大曲でした。その後いくつかの組曲が編まれています。

翌年には1911年版という基本は1910年の原典版を踏襲した組曲が編まれ、1919年には編成を2管編成と小さくして7曲からなる20分程度の組曲が作られました。1945年には約30分の大幅にオーケストレーションも変えた1945年版が作られました。

現在最も多く演奏されるのが1919年版。人気のある曲が全て網羅され劇的であり、編成がコンパクトな割りに演奏効果が高いという事が理由と思われます。

コントラバスの不気味な低音で始まる序奏から、火の鳥の踊り、ヴァリアシオンが連続して演奏され、美しいメロディの王女たちのロンド、激しい「魔王カスチェイの凶悪な踊り」、一転して静かな「子守歌」、ホルンのソロから静かに立ち上がり、やがて全奏で盛り上がっていく終曲。とっても素敵な曲です。

2018年8月 7日 (火)

今日の音楽 8月7日 雨に微笑を

雨に微笑を Laughter in the Rain  ニール・セダカ 1975年Billboard年間ランキング 8位 最高位1位

ニール・セダカはジュリアード音楽院で学んで在学中に作曲家としてスタートし1958年には歌手としても活動を開始し「おお!キャロル」「カレンダー・ガール」「すてきな16才」「悲しき慕情」などを次々とヒットさせましたが1966年頃から低迷期に入ってしまいます。

1972年に日本では「スーパー・バード」がヒットし、1975年には「雨に微笑を」が全米1位となり完全復活しました。

2018年8月 6日 (月)

今日の音楽 8月6日 愛ある限り

愛ある限り Love will Keep us Together  キャプテン&テニール  1975年Billboard年間ランキング 1位  最高位1位

キャプテンことダリル・ドラゴンとトニ・テニールの夫婦が結成したデュオ。キャプテンがキーボード、テニールがボーカルとピアノを担当します。「愛ある限り」は1973年に作曲者のニール・セダカが録音した曲で4週間ナンバー1に輝き、1976年のグラミー賞のレコード・オヴ・ザ・イヤーに輝いた曲です。カバーも非常に多く、アンディ・ウィリアムズやレターメン、日本では桜田淳子やしばたはつみなどがカバーしています。

2018年8月 5日 (日)

今日の音楽 8月5日 SF交響ファンタジー

伊福部昭のSF交響ファンタジーの第1番から第3番までが1983年8月5日に日比谷公会堂の「伊福部昭・SF特撮映画音楽の夕べ」でまとめて初演されました。汐澤安彦指揮の東京交響楽団の演奏でした。

伊福部昭が担当した東宝のSF映画作品の中から集めた曲で、第1番は「ゴジラ」のメイン・タイトルや「怪獣総進撃」のマーチなど6本の映画を使用、第2番は「モスラ対ゴジラ」、「キングコングの逆襲」など8本、第3番は「海底軍艦」「地球防衛軍」など6本の映画からとられています。

伊福部はクラシック音楽の作曲家としても「シンフォニア・タプカーラ」や「日本狂詩曲」「交響詩譚」など傑作を作曲していますし、教育者としては芥川也寸志、黛敏郎、をはじめ、松村禎三、石井真木、矢代秋雄など日本クラシック界の代表的作曲家を多く育てています。

それ程の音楽家が作ったこれらの東宝特撮映画の音楽は、映画音楽を超える作品といえるでしょう。

2018年8月 4日 (土)

今日の音楽 8月4日 ハンガリー舞曲第1番

高校生活最後の曲、演奏会のアンコールはブラームスのハンガリー舞曲第1番でした。

子供の頃買ってもらったクラシック音楽の全集(全10巻ぐらいあったように記憶していますが)・・・EP盤と言われる33と1/3回転のレコード、交響曲や協奏曲のような重い曲ではなくて短くて軽い曲が中心・・・の中にブラームスのハンガリー舞曲第5番と第6番がありました。子供の頃はメロディがはっきりしている第5番がお気に入りでしたが・・・第1番はメロディの合いの手になるフルートが印象的な曲。ハンガリー舞曲集は前のめりになったり、いきなり急ブレーキがかかったり演奏する側にとっても、非常に楽しい曲です。それにしても、第1番と第6番は何回演奏したか覚えていないぐらい何回も弾いているような気がします。

概して、オーケストラの弦楽器奏者たちはブラームスが大好きで、演奏会でブラームスの交響曲を取り上げる機会が多く、そのアンコールはハンガリー舞曲というのが定番なので、そういう事態になるわけですが。個人的には今はハンガリー舞曲の中では6番が一番好きです。テンポの移り変わりが激しくて指揮者の個性が良く現れる曲です。

もっとも、演奏回数が多いといっても全てアンコールなので、練習時間は少なくてノリで演奏しちゃうので、暗譜で弾けるほど覚えていないんですけどね。

2018年8月 3日 (金)

今日の音楽 8月3日 「コリオラン」序曲

この年の前プロで演奏したのがメインと同じベートーヴェンの序曲「コリオラン」でした。

序曲という曲は、オペラなどの舞台作品の開幕の音楽として知られていますが、本来は演奏会の開幕のための音楽。バロック時代の組曲では1曲目のSinfoniaが序曲にあたります。その係累を引いたのが演奏会用序曲。またオペラや劇音楽の前奏曲も序曲と言われるようになりました。

ベートーヴェンが完成したオペラはたった1曲「フィデリオ」のみ。このたった1曲について3回も序曲が書き直されて、「フィデリオ」のための序曲は4曲もあります。劇音楽用の序曲は「エグモント」と「アテネの廃墟」。バレエ音楽の序曲は「プロメテウスの創造物」1曲。演奏会用の序曲が3曲あります。

「コリオラン」は1807年に作曲された演奏会用序曲。古代ローマの英雄コリオラヌスを主人公とする戯曲を見て感動して作曲したとされています。高校3年で演奏した時には、短いのにやたらに難しかった、という印象でした。それ以来弾いた事が無いので今挑戦したらどうなんでしょう。「英雄」と同じように今弾いても難しい曲なんでしょうかね。

2018年8月 2日 (木)

今日の音楽 8月2日 交響曲第3番「英雄」

さて高校3年になって、受験と並行して一応クラブ活動は休み休みですが継続。この年の秋、初めて学校の体育館から外に出て演奏した曲がベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」でした。

ベートーヴェン3曲目の交響曲として、それまでの古典的交響曲の延長線から一大飛躍をした曲で知られています。「英雄」という標題はナポレオンの進軍を讃えて作ったものの皇帝となった事に激怒して表紙を破り捨てたとか、エピソードが残っていますが、そんな事はどうでもよくて曲自体が英雄的な曲です。

とにかく当時の交響曲としては破格の長さ。30分前後で大作だった時代に50分を超える。しかも第1楽章は15分以上の長い曲。第2楽章も長~い葬送行進曲。第3楽章はホルンの三重奏で知られるトリオがあるスケルツォで一息ですが、終楽章は「プロメテウスの創造物」でも使われたテーマの長い変奏曲。

勿論高校3年のときは4弦ベースで弾きましたが、社会人になって5弦ベースで初めて再演した曲がこの曲。変ホ長調という調はやたらに4弦では弾けない変ホの音がいっぱい出てきて、ただでさえ慣れないのに、とても弾きにくかったという事もあって、私の嫌いな曲になってしまいました。(聴くのは好きですが、2度と演奏したいとは思いません)

2018年8月 1日 (水)

今日の音楽 8月1日 赤ちょうちん

この年、山口百恵、桜田淳子、森昌子の中三トリオの活躍が始まっていますが、フォークの世界では、南こうせつとかぐや姫がメジャーになってきました。

南こうせつとかぐや姫を始めて知ったのは、彼らのデビュー曲「酔いどれかぐや姫」。友人からエアチェックしたテープを聞かされて、妙な曲だなと思ったのが最初。その後メンバーが入れ替わり伊勢正三と山田パンダの3人で歌った「田中君じゃないか」という、これも奇妙な曲を聴いて注目していました。

1973年に発売した「神田川」が大ブレークし映画化もされて(この映画は見てませんが)四畳半フォークという分野が確立されたわけです。四畳半フォークの第2弾が「赤ちょうちん」。列車の線路際のぼろアパートに同棲していた貧しいカップルの月に一度の贅沢が赤ちょうちんの店でおでんを買ってお酒を飲むこと。雨が続くと仕事もしなくてキャベツばかりを齧って・・・別れた後の女の子の心情を歌った曲でした。これも映画化されましたが、内容はこの歌のような切なさとはちょっと違うものでした。四畳半フォークの3曲目の「妹」も映画化されました。

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