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2013年9月30日 (月)

今日の音楽 9月30日 オーボエ協奏曲(ヴォーン=ウィリアムズ)

ヴォーン=ウィリアムズ作曲のオーボエと弦楽合奏のための協奏曲イ短調は1944年9月30日にリヴァプールで初演されました。

イギリスの名オーボエ奏者レオン・グーセンス のために作曲された20分程度の協奏曲で3つの楽章からできています。
20世紀のイギリスの作曲家は、イギリスの牧歌的な雰囲気を表現する作品が多いのですが、ヴォーン=ウィリアムズも田園交響曲や「タリスの主題による幻想曲」、「グリーンスリーヴズのよる幻想曲」など牧歌的な曲が多いですね。

このオーボエ協奏曲も牧歌的な曲です。第1楽章ロンド・パストラール、第2楽章はメヌエットとフランスの舞曲ミュゼットを取り上げています。終楽章は通常の協奏曲と異なるスケルツォで占めています。

ジョナサン・スモールのオーボエ、ハンドレー指揮ロイヤル・リヴァプールフィルです。

今まで取り上げた曲
サマータイム
シャル・ウィ・ダンス
恋人か女房がいれば~歌劇「魔笛」

2013年9月29日 (日)

今日の音楽 9月29日 太陽はひとりぼっち

映画監督ミケランジェリ・アントニオーニは1912年9月29日にイタリア中部のフェラーラで生まれました。

ボローニャ大学卒業後ローマに移住し、チネチッタの撮影技術センターで学びました。1955年に製作した「女ともだち」で長回し撮影を行い、その後これが彼の代名詞ともなりました。

その後「情事」、「赤い砂漠」、カンヌ映画祭のパルム・ドールを受賞した「欲望」などを監督しています。代表的な作品が「太陽はひとりぼっち」です。大人の愛の不毛を描いた作品で主題歌はミーナ が歌っています。

今まで取り上げた曲
真珠とり(ビゼー)
アメリカン・バンド
乙女の祈り

2013年9月28日 (土)

今日の音楽 9月28日 死刑台のエレベーター

アメリカのジャズ・トランペット奏者マイルス・デイヴィスは1991年9月28日に肺炎のために65歳で死亡しています。

1926年イリノイ州で生まれたマイルスは13歳の誕生日に父親からトランペットをプレゼントされ練習に励み、15歳頃からクラブ等で演奏を始めました。その後ジュリアード音楽院に入学し(後に中退)、以前共演した事があったチャーリー・パーカーと再会し共同生活をしながら演奏活動を続けました。

その後はジャズからハード・バップ、モード・ジャズ、エレクトリック・ジャズからフュージョンなど様々な音楽分野へと足を踏み入れ亡くなるまでトランペットの第一人者として活躍しました。

「死刑台のエレベーター」はルイ・マル監督のフランス映画でヌーベルバーグの代表作とされるサスペンス作品。全編にわたってマイルスの即興演奏が散りばめられた映画です。

今まで取り上げた曲
カルメンシルヴァ
ドナウ川のさざなみ
兵士の物語

2013年9月27日 (金)

今日の音楽 9月27日 ボニーとクライドのバラード

映画監督のアーサー・ペンは1922年9月27日に生まれました。

1957年に監督としてデビューして、2作目のヘレン・ケラーと家庭教師サリバンを描いた「奇跡の人」ではアカデミー監督賞などにノミネートされました。その後アメリカン・ニュー・シネマの先駆的作品となった「俺たちに明日はない」、西部劇の転換点となった「小さな巨人」、「冬の嵐」などを監督し2010年に亡くなっています。

結局アカデミー監督賞は3回ノミネートされましたが1度も受賞することはありませんでした。

「俺たちに明日はない」は1930年代アメリカ各地で強盗を繰り返したクライド・バロウとボニー・バーカーの実話を基にした作品で、最後にFBIに追われテキサスで車を降りたところを警官に銃撃され蜂の巣になって死んでいくラストシーンは映画史上に残る名場面として知られています。

主題歌は「ボニーとクライドのバラード」です。

今まで取り上げた曲
タワリング・インフェルノ
タヒチ・トロット(ショスタコーヴィチ)
グリーン・スリーヴズによる幻想曲

2013年9月26日 (木)

今日の音楽 9月26日 青空の天使

オリヴィア・ニュートン=ジョンは1948年9月26日にイギリスで生まれました。

5歳の時に父親の仕事でオーストラリアに移り14歳頃からバンドを組んで歌い始めました。1965年にイギリスに戻り翌年デビューしましたが、しばらくはバック・コーラスなどで下積みが続きました。1970年に映画に主演し翌年「イフ・ノット・フォー・ユー」がヒットし、しばらくはカントリー調の歌を歌いながら次第にスターの階段をのぼって行き1974年の「愛の告白」が全米1位となります。

カントリーを歌っていた頃は、「Let Me Be There」や「If You Love Me(Let Me Know)」といったヒット曲がありますが、私が一番好きな曲が「青空の天使」(Long Live Love)です。

とにかく元気な曲です。現代は「愛は永遠に」ですが、これが何故青空の天使なのはか不明。

今まで取り上げた曲
サム
弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽
中国の不思議な役人

2013年9月25日 (水)

今日の音楽 9月25日 ローレライ=ラインの調べ

J.シュトラウス一世は1849年9月25日にウィーンで亡くなっています。

ワルツ王シュトラウスのお父さん、ヨハン・シュトラウス一世は今ではラデツキー行進曲が最も有名な曲(というか、唯一知られている曲かもしれません)ですが、生前一番人気が高かったのが、ワルツ「ローレライ=ラインの調べ」だそうです。

「ローレライ」勿論、ライン川岸にある旅人を誘惑するローレライ伝説のある岩の事。ですが、ウィンナワルツはタイトルはあっても、あまり描写的な音楽は多くなく、これも別に川も登場しなければ岩も登場しないワルツですわ。

息子に比べると、やはりメロディも展開も格段に劣っているのが残念です。

今まで取り上げた曲
欲望の街
交響曲第3番(シベリウス)
バレエ「黄金時代」

2013年9月24日 (火)

今日の音楽 9月24日 ピアノ協奏曲(バーバー)

バーバーのピアノ協奏曲は1962年9月24日にブラウニングのピアノ、ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団 によって初演されました。

楽譜出版社の創立100年記念作品として委嘱され、20世紀のアメリカを代表するピアニストであったジョン・ブラウニングによる演奏を前提として作曲されました。完成したのは初演の2週間ほど前でリンカーン・センターのエイヴリー・フィッシャー・ホール(当時はフィルハーモニック・ホール)の杮落としの音楽祭で初演されました。

古典的な3つの楽章からなりますが内容は非常に激情的な作品です。

第2楽章、ブラウニングのピアノ、セル指揮クリーヴランド交響楽団による演奏です。

 

時をかける少女
さよならをもう一度
ハイケンスのセレナーデ

2013年9月23日 (月)

今日の音楽 9月23日 Born in the U.S.A.

アメリカのロック・シンガー ブルース・スプリングスティンは1949年9月23日にニュージャージー州で生まれました。

若い頃は、青春群像の描写、その後は社会的な題材を取り扱った曲で指示を受け続け"Boss"という愛称で親しまれています。

1973年にレコード・デビューを果たし1975年の3枚目のアルバム「明日なき暴走」が大ヒット。1980年代には人気はピークに達し1984年のベトナム帰還兵の苦悩を表現した「ボーン・イン・ザ・USA(Born in the U.S.A.)」のヒット、1985年の「USA フォー・アフリカ」への参加など現在も活動を続けています。

ボーン・イン・ザ・USAは、コーラス部分の内容から純粋な愛国主義の曲と誤解されレーガン大統領が選挙活動に利用されるなど物議を醸したのですが、きちんと全曲聴けばコーラス部分の「俺はUSAで生まれた・・・」を連発する部分も単純な愛国的意味では無いのがわかるのですが・・・

今まで取り上げた曲
愛さずにいられない
オペラ座の怪人
オーボエ協奏曲(ベッリーニ)

2013年9月22日 (日)

今日の音楽 9月22日 ショーほど素敵な商売はない

作詞作曲家のアーヴィング・バーリンは1989年9月22日に101歳の天寿を全うしました。

アーヴィング・バーリンは1888年にロシア帝国のモギリョフ(現ベラルーシ)でユダヤ教の一家に生まれました。5歳の時にニューヨークに移住しましたが3年後に父親が死亡し、生活のために職業を転々として、正式な音楽教育を受ける事はありませんでした。

マンハッタンのチャイナカフェのウェイター兼専属歌手として、そので歌うための曲を作曲するようになりショーの世界へと入っていきます。1911年に作曲した「アレキサンダー・ラグタイムズ・バンド」がヒットして、その後はミュージカルの作詞作曲で活躍しました。

アーヴィング・バーリンは20世紀のトップライターのひとりで、「ゴッド・ブレス・アメリカ」や「ホワイト・クリスマス」の2曲だけでも物凄い実績を残していますね。この2曲とも作詞・作曲両方ですからね。

ミュージカルの代表作が「ショーほど素敵な商売はない」です。元々は「アニーよ銃をとれ」のために作曲されたもので、この題名をそのまま使った「ショーほど素敵な商売はない」というミュージカルが作られました。ミュージカル史上名曲のひとつに数えられている曲です。

今まで取り上げた曲
愛の祈り
ラインの黄金(ワーグナー)
サンライズ・サンセット

2013年9月21日 (土)

今日の音楽 9月21日 ピアノ協奏曲第2番(メンデルスゾーン)

メンデルスゾーン作曲のピアノ協奏曲第2番は1837年9月21日にバーミンガムで初演されました。

メンデルスゾーンのコンチェルトと言えば、何といってもヴァイオリン協奏曲が知られていますが、ピアノ協奏曲は4曲作曲されています。わずか13歳の時に作曲された第0番(ピアノと弦楽のための協奏曲)と22歳の時の第1番 と途中で作曲が放棄された未完成の第3番、そして完成された最後のピアノ協奏曲になった第2番です。

3楽章の古典的な協奏曲の形式ですが、ヴァイオリン協奏曲同様楽章間の切れ目は無く演奏されます。1837年のバーミンガムの音楽祭のために依頼されて作曲されたもので、どちらかと言えばピアノのヴィルトーゾ的なテクニックを駆使する曲ではないため、あまり演奏会で取り上げられる機会がないようです。

逆に、憂いを含んだ哀感たっぷりの第1楽章-天国的に美しい第2楽章-軽快で明るい第3楽章という、ヴァイオリン協奏曲にも当てはまるメンデルスゾーンの世界が繰り広げられています。

ゼルキンのピアノ、オーマンディ指揮コロンビア交響楽団の演奏です。

今まで取り上げた曲
メロディ(チャイコフスキー)
ゴースト・バスターズ
G線上のアリア

2013年9月20日 (金)

今日の音楽 9月20日 ツィゴイネル・ワイゼン

ヴァイオリニストで作曲家のパブロ・サラサーテは1908年9月20日に慢性気管支炎で64歳で亡くなっています。

サラサーテは1844年スペイン生まれのバスク人で10歳の時には女王イザベル2世の前で演奏を披露する天才児でした。パリ音楽院で学び1860年代ごろから演奏家として活躍をはじめ1865年には仲良しのサン=サーンスと演奏旅行をしています。

19世紀は、前半に活躍したパガニーニと後半に活躍したサラサーテの為に多くの作曲家がヴァイオリンの名曲を残しています。サラサーテの為に作られた曲としては、仲良しのサン=サーンスによる「序奏とロンド・カプリチオーソ」「ヴァイオリン協奏曲第3番」、ラロの「スペイン交響曲」、ブルッフの「スコットランド幻想曲」、「ヴァイオリン協奏曲第2番」などがあります。

作曲家としては、ヴァイオリン曲が殆どです。中でも最も知られているのが「ツィゴイネル・ワイゼン」です。1878年に完成したオーケストラ伴奏つきのヴァイオリン曲で「ジプシーの旋律」という意味。3つの部分からできていて4分の4拍子のやや物悲しげで重たい雰囲気の第1部では装飾音が駆使されています。第2部は弱音器をつけた2拍子の曲でハンガリーの民謡を題材にしています。第3部は急にテンポを速め左右の手によるピチカートなど見ていても面白い技巧が使われています。

サラ・チャンのヴァイオリン・ソロです。

今まで取り上げた曲
アイ・ガッタ・ネーム
四つの伝説(シベリウス)
交響曲第7番(シベリウス)

2013年9月19日 (木)

今日の音楽 9月19日 四季の歌

作詞家の荒木とよひさは1943年9月19日に旧満州の大連で生まれました。

敗戦で熊本に引き揚げ、日大芸術学部を卒業。1972年の「四季の歌」で作詞家としてデビューした後は高橋真梨子の「アフロディーテ」、テレサ・テンの「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」、堀内孝雄「ガキの頃のように」「影法師」、森昌子「哀しみ本線日本海」、わらべ「めだかの兄妹」、「もしも明日が」など数多くのヒット作品を作詞しています。

元々は大学のスキー部にいたときに骨折して入院中世話になった看護師にお礼で作詞作曲した曲が口コミで広まったため、当初は作者不詳になっていましたが、レコード化の際に友人の勧めで荒木が名乗り出たそうです。

20人を超える歌手によって競作されましたが、最もヒットしたのが芹洋子の歌でした。

今まで取り上げた曲
夢のカリフォルニア
夜空のトランペット
交響曲第7番(マーラー)

2013年9月18日 (水)

今日の音楽 9月18日 交響曲第4番(シューマン)

ドイツの指揮者クルト・ザンデルリンクは2011年9月18日に老衰で亡くなりました。

当初は活動の主体が東ドイツを筆頭とした東欧圏だったため、あまり知名度は高くありませんでしたが、歴史の浅いベルリン交響楽団 を東ドイツ屈指のオーケストラに仕上げ、その後はドレスデン・シュターツカペレ の首席指揮者に就任するなど徐々に名声を獲得した指揮者です。私が所属していた高校のオーケストラの同期で、このザンデルリンクが一番好きな指揮者と言っていた風変わりなクラリネット奏者がいたのを思い出します。

ザンデルリンクが2002年に高齢を理由に引退した時のベルリン交響楽団との引退コンサートで演奏したのがシューマンの交響曲第4番でした。

シューマンの交響曲第4番は、実際にはクララのために作曲した3番目の交響曲ですが、その後改訂が行われて1853年に初演され出版されたのが第3番よりも後だったために第4番という番号になった曲です。初版は1841年、クララとの結婚の翌年に初演されましたがシュッパンされたのはシューマンの死後1891年でした。

一応通常の交響曲同様の4楽章の内容になっていますが、全曲を連続して演奏されるため本来楽章の区別はありません。

ザンデルリンク指揮のものは拾えなかったので、フルトヴェングラーのものです。

今まで取り上げた曲
アントニオの歌
椿姫
Tommorow

2013年9月17日 (火)

今日の音楽 9月17日 ホルン協奏曲第1番(モーツァルト)

モーツァルトの弟子として知られる作曲家のフランツ・クサーヴァー・ジュスマイアーは1803年9月17日に亡くなっています。

ジュスマイアーといえば、モーツァルトの未完で終わったレクイエムを完成させた作曲家として有名ですが、実際はサリエリの弟子だったらしく、モーツァルトのレクイエムを完成させるためにモーツァルト夫人コンスタンツェに指名された時に、その正当性を主張するためにモーツァルトの弟子だとでっち上げたという説もあります。

ジュスマイアーが完成させた、もうひとつのモーツァルトの未完作品がホルン協奏曲第1番です。この曲実は第1楽章だけ完成され第2楽章のロンドは中途半端な形(伴奏が管楽器無し)で残されている為ケッヘル番号もK.412+K.514という別れた番号表記になっています。これを完成させたのがジュスマイアーで、改訂版と言われこちらが演奏の主流でした。

この曲は緩徐楽章をもたない2楽章という特異な構成ですが、おそらく意図的なものではなく未着手だったと言われています。モーツァルトは4曲のホルン協奏曲を作曲していますが全て友人のホルン奏者ロイドゲープの為に作曲されたと言われており、この曲以外は全て変ホ長調、第1番のみニ長調になっています。これは第1番が最後に作曲されたものでロイドベープの衰えを気遣って半音下げたとも言われていますが、その為に非常に伸びやかな曲になっています。第1楽章のTV「いきなり黄金伝説」のBGMでも知られています。

デニス・ブレインのホルン独奏、カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏です。

今まで取り上げた曲
ミセス・ロビンソン
アヴェ・マリア(メルカダンテ)
アルプス交響曲

2013年9月16日 (月)

今日の音楽 9月16日 歌劇「バグダッドの太守」序曲(ボワエルデュ)

フランスの作曲家ボワエルデュの喜歌劇「バグダッドの太守」は1800年9月16日に初演されました。

フランス音楽の歴史を見ると、オペラは繋がった流れの中で発展して来ていますが、器楽曲については、リュリ、ラモー、クープランなどのバロック時代の音楽から、ベルリオーズの登場まで空白の時代があります。勿論、オペラの作曲家が器楽曲も作曲してはいたのでしょうが、あまり印象に残る物がありません。ボワエルデュはそんな空白の時代の作曲家、ベートーヴェンとほぼ同年代の作曲家です。

勿論作品の多くはオペラで、現在では殆ど上演されませんが、器楽曲も多少残っています。オペラ・コミークの「バグダッドの太守」は全曲上演こそ少ないのですが、序曲は時々演奏されます。どちらかと言うとモーツァルトのような雰囲気の曲です。

今まで取り上げた曲
花はどこへ行った
メタル・グルー
パフ

2013年9月15日 (日)

今日の音楽 9月15日 「おごそかな、この広間よ」~タンホイザー

アメリカのソプラノ歌手ジェシー・ノーマンは1945年9月15日にジョージア州オーガスタで生まれました。

圧倒的な声量とドラマチックな声質でアメリカだけでなく世界でも指折りのソプラノ歌手で、オペラでもソロ歌手としても活躍しています。他にも黒人霊歌やジャズも歌い、新ウィーン楽派以降の現代音楽まで幅広く歌える歌手です。

ジェシーのオペラデビューはベルリン国立歌劇場でのワーグナーの歌劇「タンホイザー」のエリザベート役でした。エリザベートは快楽の世界に引き込まれてしまったタンホイザーを救うために身を捧げた純真無垢なヒロインで、歌合戦の前に歌われる「おごそかな、この広間よ」が最も有名なアリアです。

ノーマンのソプラノ、レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団です。

今まで取り上げた曲
黄金の日々
管弦楽のための6つの小品(ウェーベルン)
パッサカリア(ウェーベルン)

2013年9月14日 (土)

今日の音楽 9月14日 上流社会

女優で、モナコ王妃だったグレース・ケリーは1982年9月14日に交通事故で亡くなっています。

ハイスクール卒業後両親の反対を押し切って女優を志し1951年に22歳で映画デビュー。この映画を見た映画監督のスタンリー・クレイマーが「真昼の決闘」でゲイリー・クーパーの相手役に抜擢しました。気品のある美しさで人気が出てヒッチコック にも気に入られ、「ダイヤルMを廻せ」「裏窓」「泥棒成金」に出演しました。また1954年の「喝采」ではアカデミー主演女優賞を獲得しています。

人気絶頂の1956年に、カンヌ映画祭で知り合ったモナコ大公レーニエ二世と結婚し女優を引退。女優から公妃への転進という事で世界的な話題になりました。

1982年9月13日に運転中に心筋梗塞を発症して崖下に転落。病院に搬送されましたが翌日死亡して世界中が哀しみに包まれました。ちょっと、ダイアナ妃と重なるところがありますね

グレース・ケリーが出演した最後の映画が「上流社会」でした。1940年の映画「フィラデルフィア物語」のミュージカル映画版。音楽はコール・ポーター が担当し主題歌はルイ・アームスロトングが歌っています。

今まで取り上げた曲
マンボ№5
鉄道員
ダンテ交響曲(リスト)

2013年9月13日 (金)

今日の音楽 9月13日 ステイ・ウィズ・ミー

アメリカのロック・バンド シカゴのヴォーカリストとして知られ、ソロでも活動しているピーター・セテラは1944年9月13日にシカゴで生まれました。

1967年にシカゴの前身となる「ザ・ビッグ・シング」のヴォーカリスト兼ベーシストとして加入し、1969年に「シカゴ」としてデビュー。1970年に「長い夜」が大ヒットしブラスロックという分野を切り拓きました。その後やや低迷の時代を経て1982年に「素直になれなくて」が全米1位になり復活しました。1981年に初のソロアルバムを発売してソロ活動を並行していましたが1985年にソロ活動に専念するために脱退し、映画「ベスト・キッド2」の主題歌などをヒットさせました。

1987年には日本の映画「竹取物語」の主題歌「Stay with me」がヒットしています。

今まで取り上げた曲
機動戦士ガンダム めぐりあい
ララのテーマ
狂詩曲「スペイン」(シャブリエ)

2013年9月12日 (木)

今日の音楽 9月12日 真夜中のオアシス

アメリカの歌手マリア・マルダーは1943年9月12日にグリニッジ・ヴィレッジで生まれました。

幼い頃からカントリーやR&Bを聴いて育ったマリアは、1960年代のフォークのメッカとなるグリニッジ・ヴィレッジの生まれという事で必然的にセッションやバンドに参加するなど音楽の道を歩みはじめました。

1968年に結婚し夫のジェフ・マルダーとデュオで活動していましたが1972年に離婚しデュオも解消、ソロ活動を始めました。翌年1974年のソロデビュー作が「真夜中のオアシス」でビルボードのポップ・チャート第6位になる大ヒットとなり、その個性的な歌声でジャズやブルースなど幅広い音楽活動を続けています。

「真夜中のオアシス」は、私がラジオ関東で放送していた全米トップ40を熱心に聴いていた頃。物憂げな変な歌とポップなリズムのミスマッチが印象に残っています。

今まで取り上げた曲
ロイ・ビーンのテーマ
愛のテーマ
交響曲第8番「千人の交響曲」

2013年9月11日 (水)

今日の音楽 9月11日 弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」

ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」は1928年9月11日に初演されました。

ボヘミア四重奏団からの依頼で1923年に着手された曲で、「ないしょの手紙」は作曲者自身がつけた副題です。ヤナーチェクが秘かに思いを寄せていた40歳も年下の人妻カミラ・ストロスローヴァーへの恋文の事。彼女はヤナーチェクの作品に少なからず影響を与えたと言われています。「利口な女狐の物語」の女狐なども彼女に触発された役柄になっているそうです。

この弦楽四重奏曲第2番自体、そんな二人の関係を表現しようとしたものです。作品を通じてヴィオラが活躍しますが、ヴィオラをカミラの象徴として使っている為です。

まあ、古今東西芸術の世界では様々な男女関係がありますね。パトローネであれば作品の中身まで影響は与えないでしょうが、ベルリオーズのように作品自体に登場してきてしまうものもあります。ヤナーチェクのそんな秘めた想いを感じてくださいませ。

ジュリアード弦楽四重奏団で、第2楽章です。

今まで取り上げた曲
ミルテの花(シューマン)
クープランの墓
アメリカの歌

2013年9月10日 (火)

今日の音楽 9月10日 ハリー・ポッターと秘密の部屋

アメリカの映画監督クリス・コロンバスは1958年9月10日にペンシルベニア州で生まれました。

ニューヨーク大学時代から映画の脚本を執筆しており、やがてスピルバーグの目にとまって、「グレムリン」、「グーニーズ」などの脚本をてがけ、1987年に「ベビー・シッター・アドベンチャー」で監督デビューを果たしました。その後は「ホーム・アローン」、「ミセス・ダウト」などを監督し、2001年に「ハリー・ポッターと賢者の石」と「ハリー・ポッターと秘密の部屋」を監督し、「ハリー・ポッターとアズガバンの囚人」では製作をしています。

「ハリー・ポッターと秘密の部屋」はシリーズ第2作で、ヴォルデモートがトム・マールボロ・リドルであることがわかった作品。音楽は、第3作の「アズガバンの囚人」まで全編をジョン・ウィリアムズが担当しています。

タイトル曲 "The Chamber of  Secrets"です。

今まで取り上げた曲
平城山
雨のささやき
歌劇「ベンヴェヌート・チェルリーニ」序曲(ベルリオーズ)

2013年9月 9日 (月)

今日の音楽 9月9日 コタンの歌

日本の作曲家湯山昭は1932年9月9日に平塚で生まれました。

芸大作曲家に入学し在学中の1953年NHK・毎日新聞共催の音楽コンクールに「ヴァイオリン小奏鳴曲」で第1位次席、翌年にも同コンクールで弦楽四重奏曲で第2位を受賞。卒業後は合唱曲、器楽曲など幅広く活動しています。

1970年に文化庁芸術祭大賞を受賞したのが混声合唱とピアノのためのバラード「コタンの歌」です。NHK札幌中央放送局からの委嘱でアイヌ民族の寓話として伝えられている「パナンペ・ペナンペ物語」をもとに、彼らの風俗や習慣などを北海道の詩人の和田徹三が8つの詩にまとめ、アイヌの民族音楽の旋律やリズムを素材として作曲した曲です。

船漕ぎ歌、マリモの歌、熊の坐歌(ウポポ)、アツシの歌、臼搗き歌(イユタ・ウポポ)、ムックリの歌、パナンペ・ペナンペのリムセ(輪舞)、カエルの子守歌(イフンケ)の8曲です、

第6曲「ムックリの歌」です。

今まで取り上げた曲
ドック・オヴ・ザ・ベイ
カリフォルニアの青い空
クラリネット協奏曲(モーツァルト)

2013年9月 8日 (日)

今日の音楽 9月8日 交響曲第1番(ドヴォルザーク)

チェコの作曲家ドヴォルザークは1841年9月8日に生まれました。

私が小さい頃は、ドヴォルザークの番号つきの交響曲は5曲しか無く、「新世界より」が交響曲第5番となっていました。現在の第6番、第7番が1番、2番で、第5番が3番、第8番、第9番が4番、5番でした。これは現在の第1番から第4番が出版されていなかったことが要因です。

第1番の交響曲は1865年にドイツのコンクール向けに作曲されましたが入選もせずスコアも紛失していました。ドヴォルザークの死後同姓の歴史学者の遺品の中からスコアが発見され、死後30年以上も経た1936年に初演されましたが、遺族から許可が出て出版されたのはそれからさらに四半世紀後の1961年でした。

ドヴォルザークの中期の交響曲は尊敬するブラームスの影響が非常に大きいのですが、この曲は、まだブラームスと出会う前の作品で、ベートーヴェンやシューベルトの影響が強い曲です。少年時代にすごしていたズロニツェを標題に使っています。「ズロニツェの鐘」という標題がついていますが「鐘」は登場しません。

コシュラー指揮スロヴァキアフィルです。

今まで取り上げた曲
ピンクの豹
ティル・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら
歌劇「アナクレオン」序曲(ケルビーニ)

2013年9月 7日 (土)

今日の音楽 9月7日 ペギー・スー

アメリカのロックンロールのミュージシャン バディ・ホリーは1936年9月7日にテキサスで生まれました。

バディ・ホリーはロックンロール創生期に活躍したミュージシャンでビッグバンド全盛期だった当時、4人程度のグループで巡業し、後のビートルズなどのロックバンドに多大な影響を与えました。「ザットル・ビー・ザ・デイ」「イッツ・ソー・イージー」などをヒットさせましたが、1959年2月アイオワからミネソタへチャーター機で移動中に飛行機が墜落し、リッチー・ヴァレンス 、ザ・ビッグ・ボッパーらと共にわずか23歳で死去してしまいました。

後に、シンガー・ソングライターのドン・マクリーンはこの飛行機事故を題材に「アメリカン・パイ」を作って、この日を「音楽が死んだ日(The day the music died)」と歌っています。

ペギー・スーは、バディ・ホリー&ザ・クリケッツのヒット曲でクリケッツのドラマーであったジェリー・アリソンのガール・フレンドの名前。後にジョン・レノンビーチ・ボーイズなどによってカバーされました。

今まで取り上げた曲
愛のフィーリング
エデンの東
静かな海と楽しい航海(メンデルスゾーン)

2013年9月 6日 (金)

今日の音楽 9月6日 クラプフェンの森で

ヨハン・シュトラウスのポルカ「クラプフェンの森で」は1869年9月6日に初演されました。

ポルカを事典などで検索すると、「19世紀初頭に起こったチェコの民族舞曲で速い2拍子の舞曲・・・」となるわけですが、ひとくちにポルカと言っても細分類すると3つの種類に分けられます。

①最も一般的なポルカ・シュネル 一番聴きなじみのある、速いテンポのポルカで、ヨハンの「観光列車」「狩」「うわき心」、ヨゼフの「おしゃべりかかわいい口」「休暇旅行で」などがあたります。ヨハンの「トリッチ・トラッチ」、「雷鳴と電光」もそれに当たるのですが、ただ曲目全集では、ただのポルカになっています。
②ポルカ・フランセーズ フランス風ポルカでゆったりとしたテンポの曲。ヨハンでは「クラプフェンの森」、ヨゼフは「鍛冶屋のポルカ」「風車」など
③ポルカ・マズルカ マズルカ風のポルカで3拍子。ヨハンでは「心と魂」、ヨゼフでは「女心」「とんぼ」などがあります。

クラプフェンの森はヨハン・シュトラウス二世の作曲したポルカ・フランセーズで、元々はロシアを旅行したときに作曲し「ハバロフスクの森」というタイトルでしたが、ウィーンで初演するにあたってウィーンの北にある小高い丘であるクラプフェンの森にタイトルを変更したそうです。のどかな田園風景と鳥の声が特徴です。

クライバー指揮ウィーンフィルの演奏です。

今まで取り上げた曲
皇帝ティートの慈悲
ディアベリ変奏曲(ベートーヴェン)
オーストリアの村つばめ

2013年9月 5日 (木)

今日の音楽 9月5日 汚れた英雄

俳優の草刈正雄は1952年9月5日に小倉で生まれました。

父親は米軍兵士でしたが、母親が妊娠中に朝鮮戦争で戦死したため苦しい生活を送っていましたが、高校の時にスカウトされモデルとして人気を得た後、1974年に映画デビューしました。

その後は甘いマスクとコミカルなキャラクターのギャップで様々な映画やドラマで活躍しています。

「汚れた英雄」は大薮春彦原作で角川春樹監督作品の第1号の映画でした。

主題歌はアメリカの歌手ローズマリー・バトラーで、彼女はアニメーション映画「幻魔大戦」の主題歌「光の天使」も歌っていました。

今まで取り上げた曲
ボーン・トゥ・ラヴ・ユー
ファウスト交響曲
戴冠行進曲(マイアベーア)

2013年9月 4日 (水)

今日の音楽 9月4日 抒情組曲(グリーグ) 

ノルウェーを代表する作曲家エドワード・グリーグは1904年9月4日にベルゲンで亡くなりました。

言うまでも無く、ノルウェーの国民的音楽家で、フィンランドのシベリウス同様ノルウェーの民族音楽に根ざした曲を多数作曲したグリーグは、卓越したピアノテクニックの持ち主としても知られていました。そのために、非常に多くのピアノ曲を作曲しており、国民楽派の作曲家としては異例な数のピアノ曲を遺しています。

特に、1867年から1903年の長きにわたって作曲を続けた抒情小品集は彼の代表作のひとつです。6曲~8曲をまとめて全部で10集からなる作品集ですが、1891年に出版された第5集は最も完成度の高い曲集と言われています。この6曲からなる曲集の中から第2~第4曲と第6曲の4曲を1895年にハンガリーの指揮者アントン・ザイドル が無断でオーケストレーションしたノルウェー組曲をザイドルの没後に聴いて、自ら改訂をしたのが、抒情組曲です。

グリーグは、第6曲をはずして、第1曲「羊飼いの少年」を加え、第2曲「ノルウェー農民の行進」、第3曲「夜想曲」、第4曲「「トロルの行進(小人の行進)」の4曲をほぼ全面改訂して1905年に出版しています。

第4曲 トロルの行進です。

今まで取り上げた曲
屋根の上の牛(ミヨー)
世界の創造(ミヨー)
テ・デウム(ブルックナー)

2013年9月 3日 (火)

今日の音楽 9月3日 バキアーナス・ブレジレイラス第2番

ヴィラ=ローボスのバキアーナス・ブラジレイラス(ブラジル風バッハ)第2番は1938年9月3日に初演されました。

昔は「ブラジル風バッハ」と訳されていた曲ですが、原語の「バキアーナス・ブラジレイラス」の本来の意味では「バッハ風・ブラジル風」という事だそうで、バッハ風でもあり、ブラジル風でもあるという事なので、ブラジル風のバッハでは無い・・・という事から最近は原語を訳さず「バキアーナス・ブラジレイラス」(舌噛みそう)と呼ぶ事も多くなっていますね。

まあ、違訳とか誤訳がそのまま使われていた曲は結構多いものです。有名なところではネッケの「クシコス・ポスト」。以前は「クシコスの郵便馬車」と訳されていましたが、クシコスは地名じゃなくって馬という意味だったという事で最近は「クシコス・ポスト」と訂正されています。他にも、スーザの「士官候補生」。確かに「カデッツ」という単語には士官候補生という意味があるそうですが、これはこの曲を委嘱したワシントンD.C.のハイスクールのドリルチームの固有名詞です。ワルトトイフェルのワルツ「女学生」。原題の"Estudiantina"は学生の楽隊の意味だそうです・・・

で、「バキアーナス・ブラジレイラス」は全部で9曲作曲されていますが、それぞれ編成も曲の構成も異なっています。第2番はヴィラ=ローボス初期のピアノ曲やチェロとピアノのための曲などからの改作で、室内オーケストラのための曲です。4曲構成ですがそれぞれに標題が付けられています。第1曲 前奏曲(ならず者の唄)、第2曲 アリア(祖国の唄)、第3曲 踊り(藪の思い出)、第4曲 トッカータ(カイピラの小さな汽車)です。

まあタイトルはバッハ風ですが、サキソフォンが活躍するなど、ちょっとバッハとは遠い音楽かな。

第4曲です。

今まで取り上げた曲
管弦楽のための5つの小品(シェーンベルク)
遥かなる山の呼び声

2013年9月 2日 (月)

今日の音楽 9月2日 交響曲第2番(ウォルトン)

イギリスの作曲家ウィリアム・ウォルトンの交響曲第2番は、1960年9月2日にエジンバラ音楽祭 で初演されました。プリッチャード指揮ロイヤル・リバプール・フィルハーモニー管弦楽団の演奏でした。

日本では、イギリスの作曲家はイマイチ評価が低いですねぇ。20世紀の作品でもドイツやロシアの音楽のように尖がったところは無くて心地よかったり元気よかったりで聴き易いんですけど、ヴォーン=ウィリアムズとエルガーとブリテンの少しの作品とホルストの「惑星」ぐらいしか知られてないですね。

そんな作曲家の一人がウォルトン。ほぼ独学で作曲を学んでいますが、上記の作曲家やシベリウス、ストラヴィンスキー、ヒンデミット、プロコフィエフなどの作品から学んでいて、オリジナリティには乏しいですが、それが逆にウォルトンのオリジナリティなんでしょう。新ロマン主義、新古典主義の音楽にジャンルわけされる作品は相当な数にのぼります。

交響曲第2番は、晩年の作品で3つの楽章からできています。
編成は3管編成で、ピアノ、チェレスタ、2台のハープという大きな編成です。終楽章はパッサカリアですが、十二音技法を取り入れた作品になっています。ヨーロッパでは尖った音楽=前衛音楽が全盛期で、こういう古典的なものは酷評されていたのですが、最近はこういう音楽も見直される傾向になっており、特に研究熱心なウォルトンの精緻な技巧は評価を上げているようです。

今まで取り上げた曲
時には娼婦のように
ナッシング・フロム・ナッシング
スラヴ舞曲集

2013年9月 1日 (日)

今日の音楽 9月1日 ホルンとピアノのためのエレジー

ホルン奏者デニス・ブレインは1957年9月1日に交通事故で亡くなっています。享年36歳という若さでした。

デニス・ブレインは若くして亡くなった事もあって20世紀の伝説的なホルン奏者として知られています。父親もBBC交響楽団の首席ホルン奏者として活躍した人で、子供の頃からホルンに親しんでいました。21歳でロンドン・ナショナル交響楽団の首席ホルン奏者になり、戦後は、フィルハーモニア管弦楽団ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 の首席をかけもちしたりと大活躍していました。1954年にはロイヤルフィルを辞しています。

卓越したテクニックを持ち、協奏曲や室内楽、ソナタなども積極的に演奏しましたが、真価を見せるのが「普通の」オーケストラ曲での目立ち方かもしれません。

エジンバラ音楽祭からの帰りに自らの交通事故で亡くなったブレインを追悼する曲としてプーランクが作曲したのが「ホルンとピアノのためのエレジー」です。

今まで取り上げた曲
若葉の頃
宵待草
夕べの祈りと夢のパントマイム

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