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2013年8月31日 (土)

今日の音楽 8月31日 ヴァイオリン協奏曲第1番(ヴィエニャフスキー)

ヴァイオリニストのイツァーク・パールマンは1945年8月31日にイスラエルのデルアヴィヴで生まれました。

3歳の頃からヴァイオリンを初めましたが4歳3ヶ月の時にポリオに罹り下半身が不自由になってしまいました。それでもヴァイオリンを諦めず頂点に上り詰めた20世紀後半を代表するヴァイオリニストのひとりです。

アメリカのTV番組「エド・サリバン・ショウ」のタレント・コンクールに応募し1959年に出演したことをきっかけにアメリカに移住しジュリアード音楽院に入学し本格的にヴァイオリンを学び、1963年3月5日17歳の時にカーネギー・ホールで正式デビュー。正確な音程、美しい音色、暖かく豊かな歌いまわしと広いレパートリーで知られています。

アメリカデビューの時に演奏したのがヴィエニャフスキーのヴァイオリン協奏曲第1番でした。この曲は第2番 ほどは知られていませんが第1楽章では超絶技巧が駆使されている曲です。但し第2・3楽章が若干弱いために盛り上がりに欠けており、あまり人気が高い曲ではありませんね。

パールマンの演奏したものはありませんでしたので・・・

A

今まで取り上げた曲
オクトパス・ガーデン
愛の喜び
時の踊り

2013年8月30日 (金)

今日の音楽 8月30日 農民カンタータ

バッハのカンタータ第212番「わしらの新しいご領主に」(農民カンタータ)は、1742年8月30日にライプツィヒ近郊の村の新領主着任式で初演されました。

カンタータは単声または多声のための器楽伴奏つきの声楽作品で、本来はcantare(歌う)から派生したジャンルです。但し狭義のカンタータは、17世紀後半にイタリアで生まれたレシタティーヴォとアリアからなる独唱と通奏低音のための歌曲で18世紀になってドイツでコラールを取り入れた教会カンタータに派生し、器楽伴奏を伴う事が多くなっていきました。

世俗カンタータは、聖書などによらないテキストによって作られたカンタータで、バッハは17曲作曲しています。バッハの作品番号でBWV201-217にあたります。その中でもよく知られているのが202番の「結婚カンタータ」、208番「狩のカンタータ」、211番「コーヒー・カンタータ」とこの農民カンタータです。全部で24曲からなっており、方言丸出しのテキストと民謡や当時の流行歌をふんだんに取り入れた内容になっています。

アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの演奏です。

今まで取り上げた曲
チャーリーズ・エンジェル
東へ西へ
少年時代

2013年8月29日 (木)

今日の音楽 8月29日 ジュラシック・パーク

俳優、映画監督のリチャード・アッテンボローは1923年8月29日にケンブリッジで生まれました。

ロンドンの王立演劇学校で学び1942年に俳優としてデビュー。脇役として活躍しました。
主な出演作には、「大脱走」で脱走の首謀者であるイギリス空軍のバートレット少佐、「ドリトル先生不思議な旅」ではサーカスの主人ブロッサム、「三十四丁目の奇跡」ではサンタクロース役となる老人のクリス役などがあります。

また、監督としても「遠すぎた橋」「コーラスライン」「チャーリー」などを手がけ、「ガンジー」ではアカデミー監督賞を受賞しています。

「ジュラシックパーク」ではジュラシックパークの創始者のジョン・ハモンド役を演じていました。音楽はジョン・ウィリアムズが担当しています。

作曲家ジョン・ウィリアムズ自身の指揮によるボストン・ポップ管弦楽団です。

今まで取り上げた曲
風になれ
ベンのテーマ
As Time Goes By

2013年8月28日 (水)

今日の音楽 8月28日 タッソー、悲劇と勝利

リストの交響詩第2番「タッソー、悲劇と勝利」は1849年8月28日に、ワイマールでゲーテの生誕100年祭での戯曲「タッソー」の序曲として初演されました。

タッソーはイタリアルネッサンス期の詩人で「解放されたエルサレム」という第1回十字軍を歌った叙事詩を歌うヴェネツィアのゴンドラの船頭の歌に感銘を受けて、そのメロディを中心にピアノ曲にまとめていましたが、たまたまゲーテの聖誕祭での作曲依頼を受けて、管弦楽曲に変更しました。

初演後に何度か手が加えられ1854年に再演されたのが、現在の曲です。タイトルの通り、タッソーの悲劇と勝利の2つの部分から出来ていて、後半は高らかに勝利を歌うという3つめの交響詩であり、最も有名な「レ・プレリュード」と同じような雰囲気を持っています。

マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団です。

今まで取り上げた曲
ローエングリン
魔法使いの弟子
歌劇「アンドレア・シェニエ」より 晴れた日の朝のように

2013年8月27日 (火)

今日の音楽 8月27日 愛ある限り

アメリカのポップ・デュオ、キャプテン&テニールのキャプテンことダリル・ドラゴンは1947年8月27日に作曲家カーメン・ドラゴンの子供として生まれました。

キーボード奏者として活動していたダリル・ドラゴンとソングライターとして活動していたトニー・テニールは1971年サンフランシスコで出会い、結婚してデュオとしてデビュー。1975年に発売した「愛ある限り」が全米第1位になり大ヒット。結局1975年の年間チャートのナンバーワンにもなり、グラミー賞の最優秀シングルを受賞するなど主な賞を総なめにする大活躍となりました。1970年代後半ディスコブームがやってきて、こういう正統派のデュエットは活躍の場を失っていきますが、その後もテニールはジャズ歌手として活動し、夫のドラゴンはそのプロデュースをするなど活動の場を広げていきました。

「愛ある限り」は、ニール・セダカの作品でとてもポップな曲です。

今まで取り上げた曲
セロ弾きのゴーシュ
星めぐりの歌
エル・サロン・メヒコ

2013年8月26日 (月)

今日の音楽 8月26日 事件記者

作曲家の小倉朗(ろう)は1990年8月26日に亡くなっています。

本来は20世紀半ばの日本を代表するクラシック音楽の作曲家のひとりなんですが、不勉強であんまり知りません。とにかく高校、音楽学校、大学ともに中退、音楽の傾向もフランス音楽を学んだものの、ローゼンシュトックにベートーヴェンの指揮法を学ぶうちにドイツ音楽に傾倒し作曲もドイツ古典主義的な音楽の傾向が強くオグラームスと綽名された程だったのが、古典一辺倒に行き詰って作品を破棄し、その後はバルトークに傾倒。日本の民謡やわらべうたを素材とした音楽を作曲するようになりました。

あまり、通俗的な音楽作品は多くありませんでしたが、その中で印象に残るのがNHKのテレビドラマ「事件記者」の音楽でした。

1958年から1966年まで放送された、島田一男原作のドラマで警視庁づめの新聞記者の活躍を描いた初の刑事モノドラマでした。私も終わりの数年は見ていましたが、テーマ曲が非常に印象に残っていて、これを作曲したのが小倉朗でした。

今まで取り上げた曲
ロンドン交響曲(ヴォーン=ウィリアムズ)
ローレライ
タリスの主題による幻想曲

2013年8月25日 (日)

今日の音楽 8月25日 フランクブリッジ変奏曲

ブリテンのフランクブリッジの主題による変奏曲は、1938年8月25日にボイド・ニール指揮ボイド・ニール合奏団の演奏によってオランダで放送による初演がされました。

フランク・ブリッジは、ブリテンの師となる作曲家で、ブリテンの才能を見抜いて世に送り出した恩師の名前です。ブリテンが10歳の時にコンサートで聴いたブリッジの交響組曲「海」を聴いて衝撃を受けてブリッジに師事することになりました。

1937年に、この恩師への感謝と賞賛をもって作られたのがフランクブリッジの主題による変奏曲です。原曲はフランク・ブリッジの「弦楽四重奏のための3つの牧歌」の第2曲で、これを9つの変奏曲とフーガという構成の弦楽合奏にしたものです。

序奏と主題から始まり、アダージョ、行進曲、ロマンス、イタリア風アリア、古典的なブーレ、ウィンナ・ワルツ、無窮動、葬送行進曲、聖歌、フーガとフィナーレからなる25分程度の曲です。

ヴァルヒャル指揮スロヴェニア室内管弦楽団です。

今まで取り上げた曲
交響曲第2番「不安の時代」(バーンスタイン)
キャンディード序曲
ムーン・リヴァー

2013年8月24日 (土)

今日の音楽 8月24日 対自核

イギリスのハード・ロック・バンド ユーライア・ヒープのキーボード奏者でボーカリストのケン・ヘンズレーは1945年8月24日に生まれました。

1968年にゴッズのメンバーとしてデビューしたケン・ヘンズレーは1970年にユーライア・ヒープに加入し1980年に脱退するまで、ユーライア・ヒープの全盛期を築きました。キーボードだけでなく、ギターも担当するマルチ・プレイヤーとして、プログレッシヴ・ロックを引っ張る存在になりました。

ユーライア・ヒープの音楽は、実にヘヴィながらキーボードをフィーチャーした音楽とコーラスを特徴とするものでした。

最初の大ヒット 対自核(Look at yourself)は、何と言ってもこの秀逸な邦題と共に忘れられない曲です。

今まで取り上げた曲
オーボエ協奏曲(マルチェルロ)
白銀は招く
喜歌劇「詩人と農夫」序曲

2013年8月23日 (金)

今日の音楽 8月23日 ノーフォーク狂詩曲第1番

ヴォーン=ウィリアムズのノーフォーク狂詩曲第1番は1906年8月23日にヘンリー・ウッドの指揮でロンドンで初演されました。

1905年から1906年にかけてイングランド東部のノーフォーク地方の民謡を元に3曲の狂詩曲を作曲しました。ヴォーン=ウィリアムズ自身は、この3曲をまとめて交響曲として演奏できるように考えていたようですが、第2番、第3番は翌年初演されたものの、第2番は断片のみが残っており第3番は破棄されてしまいました。

したがって、この第1番は交響曲の第1楽章に相当するものだそうです。6曲の民謡を元に作られた親しみ易い旋律を持つ音楽です。

ボールト指揮フィルハーモニア管弦楽団です。

今まで取り上げた曲
勝利への讃歌
雨に唄えば
ペダル・ハープのための即興曲(ルーセル)

2013年8月22日 (木)

今日の音楽 8月22日 ルール・ザ・ワールド

イギリスの2人組バンド ティアーズ・フォー・フィアーズのヴォーカル、ギター担当ローランド・オーザバルは1961年8月22日にポーツマスで生まれました。

両親の離婚でバースに移り住んだローランドは、13歳の時に同じ離婚家庭という境遇のカート・スミス と出会い音楽活動をするようになりました。当初は複数人でバンドを組んでいましたが1981年に3人組の「ディアーズ・フォー・フィアーズ」としてデビューしその後1stアルバムが全英第1位となりましたが後が続かず。1年のブランクを経て3人のメンバーを加えて1984年に発売した「シャウト」が大ヒットし全英第2位、全米第1位になり、続く「ルール・ザ・ワールド」が全英・全米ともに第1位と続いて名実共にイギリスを代表するロックバンドになったわけです。

そのような状況でローランドとカートの仲が次第に悪化し、1990年に入るとカートだ脱退。ティアーズ・フォー・フィアーズは事実上ローランドの1人バンドとなりソロ活動も並行していくことになりました。

「ルール・ザ・ワールド」は華麗で優しいサウンドから考えられない反核とか冷戦への批判という内容である事もあまり知られていないようですが・・・

今まで取り上げた曲
管弦楽のための映像(ドビュッシー)
前奏曲(ドビュッシー)
神聖な舞曲と世俗的な舞曲(ドビュッシー)

2013年8月21日 (水)

今日の音楽 8月21日 One O'clock Jump

ジャズ・ピアニストでバンド・リーダーのカウント・ベイシーは1904年8月21日にニュージャージーで生まれました。

グレン・ミラーデューク・エリントンベニー・グッドマン と並ぶ、スウィング・ジャズの大御所ですが、よりスウィングに重点を置いたジャズでした。1936年にカウント・ベイシー楽団を結成して「ワン・オクロック・ジャンプ」で一躍トップバンドと認められました。

カウント・ベイシー楽団は、リズムセクションが充実していた事が特徴で、音楽的にはシンプルで心が浮き立つような音楽が受け入れられていたようです。

今まで取り上げた曲
夢想花
ピエ・イエズス(リリ・ブランジェ)
ロッシーニのオペラ「シンデレラ」の「悲しみは去り行け」による変奏曲

2013年8月20日 (火)

今日の音楽 8月20日 ヴァイオリン協奏曲第1番(プロコフィエフ)

ヴァイオリニストのマキシム・ヴェンゲーロフは1974年8月20日にシベリアのノボシビルスクで生まれました。

10歳でリピンスキー・ヴィエニヤフスキー国際コンクールのジュニア部門で優勝し様々な一流オーケストラと共演しました。1995年にプロコフィエフとショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲のCDで様々な賞を受賞し、グラミー賞にもノミネートされました。その後も、世界の第一線で活躍していましたが2007年に右肩を故障し、演奏活動を休止。しばらくの間指揮と指導をしていましたが2011年に演奏活動を再開しました。

1995年に録音したプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番は1916年から17年にかけて作曲され1923年にパリ・オペラ座で初演された曲で、抒情性に富み、プロコフィエフの協奏曲の中では最も愛好される作品のひとつです。プロコフィエフとあまり仲の良くなかったストラヴィンスキーでさえ褒め称えた作品だそうです。

終楽章、ヴェンゲーロフのヴァイオリン、ロストロポーヴィチ指揮ロンドン交響楽団です。

今まで取り上げた曲
コントラバス協奏曲(ヴァンハル)
天国への階段
シャフトのテーマ

2013年8月19日 (月)

今日の音楽 8月19日 ウェストサイド物語

レナード・バーンスタイン作曲のミュージカル「ウェストサイド物語」のプレビューが1957年8月19日にワシントンD.C.で行われました。

シェイクスピアの数ある作品の中でも最も多く音楽家に取り上げられているのが、「ロメオとジュリエット」ですね。元々はギリシア神話の「ピュラモスとディスベ」という話が下敷きになっている戯曲で、オペラ、バレエ、管弦楽曲など様々な分野で多くの作品が書かれています。

これを現代アメリカに翻案したのが「ウェストサイド物語」です。アーサー・ローレンツが脚本を書いて、バーンスタインが作曲し1961年には映画化もされました。「マリア」「トゥナイト」「アメリカ」「アイ・フィール・プリティ」などたくさんの名曲を産んでいます。それまでのMGMミュージカルとは一線を画した、ミュージカルの革命的な作品でした。

ホセ・カレーラスのテノール、バーンスタイン指揮で「マリア」です。

今まで取り上げた曲
なつかしい愛の歌
ダフニスとクロエ
ルーマニア狂詩曲第1番(エネスコ)

2013年8月18日 (日)

今日の音楽 8月18日 愛しすぎて

女優の名取裕子は1957年8月18日に横須賀で生まれました。

青山大学在学中、ミス・サラダガール・コンテストに応募したのをきっかけに芸能界デビューし、1977年のポーラテレビ小説「おゆき」の主役を得てブレイク。「序の舞」、「吉原炎上」での体当たり演技などで女優としての地位を固めました。

2時間ドラマにも多く出演し、現在では片平なぎさ に次ぐ「2時間ドラマの女王」と言われています。

TVドラマでは、1992年から「法医学教室の事件ファイル」シリーズが現在まで放映されていますが、2シリーズ放映された後は2時間ドラマになったため、現在続いているのは「京都地検の女」シリーズです。テレビ朝日の「木曜ミステリー」枠で2003年からスタートし、現在では「科捜研の女」(12シリーズ)、「おみやさん」(9シリーズ)に次ぐ8シリーズ目が放映中です。

毎回主題歌が変わっていますが、以前取り上げた摘草由実の「花篝り」、夏川りみの「鳥よ」、つきよみの「涙ひとつぶ」、The Alfeeの「桜の実の熟する時」など良い曲が多いですね。2010年の第6シリーズで使われたのがTiaraの「愛しすぎて」です。

この曲のプロモーションビデオで、Tiaraが8年間伸ばしていた1mのロングヘアを切る場面があり、失恋をリアルに表現しています。

今まで取り上げた曲
追憶 The Way We Were
ジョスランの子守歌
東京オリンピック・マーチ

2013年8月17日 (土)

今日の音楽 8月17日 池上線

シンガー・ソングライターの西島三重子は1950年8月17日に東京都中野区で生まれました。

川村短期大学卒業後絵の勉強のために和光大学 芸術学部に入学しましたが中退し、アマチュアグループで歌っていたところを認められて1975年にデビュー。翌年発売したシングルの「池上線」が息の長いヒットになりその後も他の歌手への楽曲提供を含めて活動を続けています。

「池上線」は五反田から蒲田まで10.9kmを結ぶ東急電鉄の路線で、元々は池上本門寺への参詣客輸送のために作られた鉄道でした。歌詞の中で「古い電車のドアのそば」とか「すきま風にふるえて」とか、オンボロ電車のようなイメージだったため東急では訂正をしたそうですが、確かにこの頃東急の中でも最も古い車両が使われ、駅舎も狭く都内で最もオンボロな鉄道のイメージでしたね。

今まで取り上げた曲
歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
デボラのテーマ ~映画「Once upo a Time in America」

2013年8月16日 (金)

今日の音楽 8月16日 ジークフリート

今年生誕200年を迎えたリヒャルト・ワーグナーの楽劇「ニーベルンクの指環」の第2夜(3作目)である楽劇「ジークフリート」は1876年8月16日に第1回のバイロイト音楽祭で初演されました。

1856年から1871年にかけて作曲され、台本は勿論ワーグナー自身。「ニーベルンクの指環」の4つの楽劇の中で、着手から完成までに最も年月を要した作品です。

1852年に全4作の台本が完成し、1853年11月から翌年にかけて「ラインの黄金」、1856年には「ワルキューレ」が完成したのですが、処々の事情や中断があって10年以上の年月がかかったわけです。

「ジークフリート」は、ニーベルンク族のミーメに育てられたジークフリートがヴォータンによって岩山に幽閉されたブリュンヒルデを救い出すまでのストーリーで、ここでは完全に主人公となっていますが、ジークフリート役は4時間弱の間ほぼ出ずっぱりな上に、最後にブリュンヒルデと長大な二重唱がある超何役として有名です。

第2幕第2場の「森のささやき」、ゲルハルト指揮ロンドンフィルです。

今まで取り上げた曲
マイ・ボーイ
アメリカン・パイ

2013年8月15日 (木)

今日の音楽 8月15日 カナダの夕陽

アメリカの作曲家・編曲家のユーゴー・ウィンターハルターは1909年8月15日に生まれました。

大学卒業後、サックス奏者やコーラス・メンバーなどの経歴を経てニューイングランド音楽院で学びなおし、その後アレンジャーとして活動を再開。1950年代のRCAレコードの中心的存在として活躍しました。

ムード音楽のオーケストラの指揮者としても活躍しましたが、代表作はカナダの夕陽。エディ・ヘイウッドの作曲で、アンディ・ウィリアムズなどもカバーしたヒット曲でした。

今まで取り上げた曲
アイドルを探せ
寄港地(イベール)
交響組曲「パリ」(イベール)

2013年8月14日 (水)

今日の音楽 8月14日 歌劇「イタリアのトルコ人」

ロッシーニの歌劇「イタリアのトルコ人」は1814年8月14日に、スカラ座で初演されました。

ロッシーニが以前作曲した「アルジェのイタリア女」ではイタリア女性を主人公にして成功したので、次はトルコ人男性の視点で書かれた作品で、残念ながら二番煎じと言われてあまり良い評価は得られなかったようです。

序曲の方も、リズムやメロディがどこかで聴いたような(ロッシーニの以前の作品に似た雰囲気)感じで、いまひとつ目新しさはありません。有名度から言えば「セヴィリアの理髪師」「ウィリアム・テル」を第1グループ、「セミラーミデ」「どろぼうかささぎ」「絹のはしご」「アルジェのイタリア女」などを第2グループとすると、「シンデレラ」などと共にその次のグループっていう感じかな。

序曲、ウェルザーメスト指揮チューリヒ歌劇場管弦楽団です。

今まで取り上げた曲
Time to say good-by
交響曲第8番(ブルックナー)
交響曲第6番「田園」

2013年8月13日 (火)

今日の音楽 8月13日 Love is All~愛を聴かせて

歌手の椎名恵は1959年8月13日に札幌で生まれました。

1981年にヤマハのポプコンに出演し、その後バックコーラスなどをつとめていましたが、透き通った高音と温かみのある低音までの広い声域が評価され1986年にソロ・デビューしました。

デビュー曲はテレビドラマ「ヤヌスの鏡」の主題歌 「今夜はANGEL」で、この曲は映画「ストリート・オヴ・ファイアー」の中の曲を使っていますが、椎名恵自身はシンガー・ソングライターでもありますが、外国曲を日本語歌詞で歌う事も得意としていました。

中でも4曲目のシングル「Love is All~愛を聴かせて」は、シャーリーンの「愛はかげろうのように」が原曲で、歌詞の内容から結婚式の定番ソングのひとつとして知られています。

今まで取り上げた曲
ケ・セラ・セラ
絵のような風景(マスネ)
アルザスの風景(マスネ)

2013年8月12日 (月)

今日の音楽 8月12日 かなりあ

詩人の西條八十は1970年8月12日に亡くなっています。

1892年に東京で生まれ旧制早稲田中学在学中に文学をめざすようになり、早稲田大学文学部英文科に進学。在学中に様々な同人誌に参加し1919年に自費出版した第一詩集「砂金」で象徴詩人としての地位を確立しました。

その後象徴詩人として活躍する傍ら、流行歌の作詞も行うとともに、「赤い鳥」にも多くの童謡を発表し北原白秋と並んで大正期を代表する詩人と称されています。数日前に取り上げた「人間の証明」も西條八十の詩を英訳したものが歌詞として使われていました。

流行歌の代表的な作品には「東京行進曲」「若鷲の歌」「青い山脈」「王将」など、童謡では「かなりあ」「肩たたき」「鞠と殿様」などがあります。
「かなりあ」は成田為三作曲で、「赤い鳥」に曲のついた童謡として始めて掲載されたものです。

今まで取り上げた曲
映画「十戒」序曲
走れ超特急
弦楽のための組曲(ヤナーチェク)

2013年8月11日 (日)

今日の音楽 8月11日 栄冠は君に輝く

作曲家 古関裕爾は1909年8月11日に福島で生まれました。

父親は呉服商でしたが音楽好きで、大正時代ではまだ珍しい蓄音機を持っていたという環境の下、古関裕爾は音楽の中で育ち殆ど独学で音楽への道を志しました。家業を継ぐために福島商業学校に入学。この学校は音楽家が多かったようで学業よりも作曲に夢中で、在学中に呉服店が倒産したこともあって、卒業する頃日本でも有数の福島ハーモニカ・ソサエティというハーモニカバンドに入団。卒業後は銀行に勤めましたが、並行して管弦楽法の勉強も開始し、1929年に作曲した管弦楽のための舞踏組曲「竹取物語」がイギリスの出版社のコンクールで入賞し、コロンビアレコードと専属契約を結びました。

その後は作曲家として、放送音楽、映画音楽、校歌、流行歌など数多くの作品を作曲して日本の音楽の礎を築いたひとりとされています。

代表的な作品としては、
映画音楽・・・長崎の鐘モスラ
放送音楽・・・スポーツショウ行進曲(NHKのスポーツ中継のテーマ)、ひるのいこい
流行歌・・・若鷲の歌(予科練の歌)、イヨマンテの夜君の名は、高原列車は行く
その他・・・紺碧の空(早大応援歌)、六甲おろし(タイガース応援歌)、闘魂こめて 、東京オリンピックマーチ
などがあります。

夏の甲子園大会(全国高等学校野球選手権)の大会歌「栄冠は君に輝く」は作詞が加賀大介 作詞で、学校制度の変更によってそれまでの中等学校野球選手権が高等学校野球選手権に変わった1948年を機に作られ現在も使われています。

古関の生誕地の福島駅では新幹線の発車メロディとして使われています。

今まで取り上げた曲
ホルン協奏曲第2番(R.シュトラウス)
オール・バイ・マイセルフ
ラ・チ・ダレーム・マ・ノ変奏曲(ショパン)

2013年8月10日 (土)

今日の音楽 8月10日 オルガン交響曲第5番(ヴィドール)

20世紀を代表するオルガン奏者、マリー=クレール・アランは1926年8月10日にパリ近郊で生まれました。

音楽一家に生まれ、演奏のみでなくオルガン演奏の歴史にも詳しく20世紀最高のオルガニストのひとりと言われています。バッハから現代曲まで広いレパートリーを持ち86歳で亡くなるまで演奏家、教師として活躍を続けていました。

ヴィドールは19世紀後半から20世紀にかけて活躍したフランスのオルガン奏者・作曲家でバッハを中心としたドイツ音楽をフランスで広める役割を果たした人です。フランクの死後後任としてパリ音楽院のオルガン科教授に任命されています。

ヴィドールは作曲家としてオラトリオやバレエ音楽も作曲しましたが現在演奏される機会が圧倒的に多いのはオルガン曲です。

10曲のオルガン交響曲は知られており、中でも第5番の終楽章のトッカータは欧米では結婚式の音楽として有名です。

今まで取り上げた曲
アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク
パッサカリアとフーガ ハ短調(バッハ)
交響詩「ステンカ・ラージン」(グラズノフ)

2013年8月 9日 (金)

今日の音楽 8月9日 ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」

ヴァイオリニストのジノ・フランチェスカッティは1902年8月9日にマルセイユで生まれました。

両親ともにヴァイオリニストだったため幼少からヴァイオリンの手ほどきを受け5歳でリサイタルを開き、10歳でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を演奏する神童でした。

パガニーニの演奏を得意としていましたが、晩年にカサドシュと共に録音したベートーヴェンのピアノソナタ全集は歴史的な名盤といわれています。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番は、ベートーヴェンの数々の曲の中でも底抜けに明るい楽想で、「春」という標題で親しまれています。短調の楽章を持たず流れるようなメロディの数々は心安らぐような曲です。

フランチェスカッティのヴァイオリンとカサドシュのピアノです。

今まで取り上げた曲
祝典序曲(ショスタコーヴィチ)
中国寺院の庭にて(ケテルビー)
交響曲第5番(ショスタコーヴィチ)

2013年8月 8日 (木)

今日の音楽 8月8日 サウンド・オヴ・サイレンス

俳優のダスティン・ホフマンは1937年8月8日にロサンゼルスで生まれました。

大学での落第を避ける(演劇科は誰も落第しないという話だった)ために選択した演劇科に入学したダスティン・ホフマンは1960年にオフ・ブロードウェイで初舞台を踏んでアクター・スタジオで学んだ後、映画に出演。

1967年に出演した映画「卒業」で名声を高め、その後は真夜中のカーボーイパピヨンクレイマー・クレイマートッツィーレインマンなど次々とヒット作に恵まれ20世紀の大スターの仲間入りを果たしています。

出世作の「卒業」はマイク・ニコルズ監督のアメリカン・ニュー・シネマを代表する作品のひとつで、青年と大人の狭間で揺れ動く若者を描いた作品。ラスト・シーンで結婚式の最中の教会から花嫁をさらっていくというシーンは映画史上に残る名シーンとされています。

音楽は、この映画のために作られた「ミセス・ロビンソン」などサイモンとガーファンクルの歌に彩られ、中でもテーマ曲の「サウンド・オブ・サイレンス」は我々の少し上の世代のバイブル的な曲として親しまれました。

今まで取り上げた曲
スカーフの踊り(シャミナード)
80日間世界一周
序曲「1812年」

2013年8月 7日 (水)

今日の音楽 8月7日 人間の証明

俳優、歌手のジョー山中は2011年8月7日に肺癌で死亡しています。

米兵の父親と売春婦の母親の混血で生まれ、早くに親を亡くし孤児院で育つ、ボクシングをやるなど紆余曲折を経て、グループサウンズで音楽の世界に入りました。

その後1977年に森村誠一原作の映画「人間の証明」で殺される混血児の役で映画デビューし、主題歌が大ヒット。その後も映画音楽などで活躍しました。

「人間の証明」は、西條八十 の詩「母さんあの帽子どうしたのでせうね ・・・」をモチーフにした作品でした。主題歌は英語ですが、歌詞はこの詩を英訳した「Mama Do You Remember, the old straw hat・・」という詞になっています。

今まで取り上げた曲
心にひびく愛の歌
ラデツキー行進曲
さようならふるさとの家~歌劇「ワリー」(カタラーニ)

2013年8月 6日 (火)

今日の音楽 8月6日 街の灯り

マルチタレント 堺正章は1946年8月6日に世田谷で生まれました。

父親は喜劇俳優の堺駿二 で5歳の時から子役として活動をしていました。1962年16歳の時に、グループ・サウンズのザ・スパイダースに参加し井上順 と共にボーカルを担当し、数々のヒットを生みました。

1970年バンドの解散後はソロ歌手や俳優、コメディアンとして現在まで活動を続けています。

1971年のソロデビュー作「さらば恋人」がヒットしてレコード大賞の大衆賞を受賞。1970年から放映されていたTVドラマ「時間ですよ」ではコミカルかつペイソスに溢れるキャラクターで人気を得、その番組の中から「涙から明日へ」「街の灯り」などのヒット曲が生まれました。

「街の灯り」は阿久悠作詞、浜圭介作曲で、「時間ですよ」の中では天地真理扮する隣のまりちゃんと歌っていました。

今まで取り上げた曲
ブラジル風バッハ第8番
マネー
管弦楽のための前奏曲(松村禎三)

2013年8月 5日 (月)

今日の音楽 8月5日 ピアノ協奏曲第2番(プロコフィエフ)

プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番の改訂版は1924年8月5日にパリでプロコフィエフのピアノ独奏、クーセヴィツキーの指揮で行われました。

元々は1912年から13年にかけて作曲され1913年に初演されましたが、悪意に満ちた評価しか与えられず、その後のロシア革命による混乱で初版の楽譜は失われてしまいました。1923年に記憶を元に復元し改訂したものが1924年に初演されました。内容は初版より穏健なものになっていたと言われています。

とは言っても、野生的でグロテスクな野心作である事には変わりはありません。4楽章の構成になっていて、中間楽章ではスケルツォと間奏曲を用いています。

ブロンフマンのピアノ、ゲルギエフ指揮ウィーンフィルです。

今まで取り上げた曲
ロザナ
帰らざる河
歌劇「ミニヨン」序曲

2013年8月 4日 (日)

今日の音楽 8月4日 宿命(映画「砂の器」)

作家の松本清張は1992年8月4日に肝臓癌で亡くなっています。

20世紀を代表する作家のひとりである松本清張は特に社会派推理作家と歴史作家として活躍しました。これだけの作家ですのでTVドラマや映画で取り上げられる事も非常に多い作家でした。中でも複数回取り上げられた作品も少なくありません。

主な映画作品としては「点と線」、「眼の壁」、「ゼロの焦点」、「黒い樹海」、「波の塔」、「霧の旗」、「球形の荒野」、「張り込み」、「影の車」などがありますが、最もヒットしたのが「砂の器」でしょう。

野村芳太郎監督作品で、1974年に製作されました。原作では、犯人の和賀英良が前衛音楽の作曲家ですが、映画では明らかにロマン派っぽい作風の作曲家になっていたり、原作で重要な役割をしていた前衛芸術グループのヌーボー・グループが映画では全く登場しないなどの変更が加えられています。特に、原作に比べてハンセン病への差別という点に特に焦点を当てて、松浦親子が日本を彷徨う遍路の旅の部分にかなり力を入れた作品になり、原作とは別の意味で原作を超えた作品に仕上がっています。

音楽は芥川也寸志が担当していますが、最後の場面で演奏される「宿命」は菅野光亮が作曲したもので、日本の映画音楽の中でも傑作中の傑作とされています。まあ、ちょっとクラシック音楽としてはそれ程の作品では無いとは思いますが。

第1楽章の後半です。

今まで取り上げた曲
Day By Day
男はつらいよ
ジークフリート牧歌

2013年8月 3日 (土)

今日の音楽 8月3日 楽しい思い出はどこに~フィガロの結婚

ドイツのソプラノ歌手 エリザベート・シュヴァルツコップは2006年8月3日に亡くなりました。

シュヴァルツコップはプロイセンで生まれ、ベルリン音楽大学で学び1938年にワーグナーの「パルジファル」の花の乙女でデビュー。カール・ベームに認められウィーン国立歌劇場 と契約して活躍しました。

非常に生真面目な性格でレコード契約の話が来た時も、自らオーディションをする事を希望しました。

コロラトゥーラからリリックまでをこなせる歌手として、またオペラだけでなくドイツ・リートも積極的に取り上げています。1976年には61歳でオペラ歌手を引退、その3年後にはリート歌手としての活動からも引退し後進の指導にあたっていました。

得意なレパートリーは、「フィガロの結婚」の伯爵夫人、「ドン・ジョヴァンニ」のエルヴィーラなどのモーツァルト作品、リヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」の元帥夫人などでした。

「フィガロの結婚」の伯爵夫人は、その前の話である「セヴィリアの理髪師」ですったもんだの末伯爵と結ばれるロジーナ。倦怠期を迎え伯爵の愛情に疑問を持つようになり、フィガロとスザンナの機知によって伯爵との愛を取り戻すというお話。「楽しい思い出はどこに」は、伯爵夫人が昔を思って歌う名アリアです。

今まで取り上げた曲
タンゴ(シュニトケ)
霧のサンフランシスコ
ウィリアム・テル序曲

2013年8月 2日 (金)

今日の音楽 8月2日 ラジオ体操第一

作曲家の服部正は2008年8月2日老衰のため100歳で亡くなりました。

慶応大学時代はマンドリンクラブに所属し、マンドリンオーケストラ作曲コンクールで入選し作曲の世界に入りました。管弦楽やオペラ作品も残していますが、映画やドラマの音楽も多く担当し黒澤明監督作品でもいくつかの作品で音楽を担当しています。

服部正の数多い作品の中で最も知られているのが、ラジオ体操第一の曲でしょう。2代目と3代目の作曲をしていますが、特に3代目の曲は1951年から現在まで半世紀以上も使われている作品で、多分知らない人がいないでしょう。ちなみにラジオ体操第二のテーマは團伊久磨の作曲です。

今まで取り上げた曲
歌劇「ドンナ・ディアナ」序曲(レズニチェク)
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲(マスカーニ)
歌劇「友人フリッツ」間奏曲(マスカーニ)

2013年8月 1日 (木)

今日の音楽 8月1日 海ゆかば

日本の作曲家 信時潔は1965年8月1日に亡くなっています。

1887年に生まれた信時潔は牧師の子として生まれ、幼少の時から賛美歌に親しみ東京音楽学校を卒業後教授として教鞭をとりました。作曲も数多く、高田三郎大中恩橋本国彦など多くの弟子を生みました。

「海ゆかば」はNHKの委嘱で作られた愛国の曲で、原詩は大伴家持の「賀陸奥国出金詔書歌」から取られたものです。歌詞も音楽も崇高なもので当時は第二の国歌とも言われていました。

それが、軍によって出征兵士を送る歌に使われ、それがやがて信時の意に反して学生の出陣にも使われ、非常に苦悩したと言われています。その為戦後はその後悔の念からか、作品を発表する事が極端に少なくなったとも言われています。

私自身も「軍歌」として位置づけられるこの曲には多少の抵抗感はありますが、歌詞もメロディもとにかく素晴らしいので取り上げました。

今まで取り上げた曲
海の構図
ジョニーへの伝言
夏の思い出

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