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2013年3月31日 (日)

今日の音楽 3月31日 ホイップト・クリーム

ジャズブラス奏者・作曲家のハープ・アルバートは1935年3月31日に生まれています。

8才からトランペットを学び、作曲家や演奏家としてのキャリアを重ねて1962年にはA&Mレコードを共同創始し、翌年にはハーブ・アルパートとティファナ・ブラスを作って1969年に解散するまでに数々のヒット曲を生んでいます。

ラジオ番組の「オールナイト・ニッポン」で使われていた「ビター・スウィート・サンバ」や「ジス・ガイ」など日本でも多くの曲が知られています。

「ホイップト・クリーム」もTBSラジオの昼の番組に使われていた曲でとても軽快な曲です。

今まで取り上げた曲
交響曲第1番「春」(シューマン)
交響曲第100番「軍隊」(ハイドン)

2013年3月30日 (土)

今日の音楽 3月30日 シャルメーヌ

イギリスのイージーリスニングを代表するアレンジャー・指揮者のマントヴァーニは1980年3月30日に亡くなりました。

ヴェネツィア生まれで父親がヴァイオリニストだったマントヴァーニは、一家でロンドンに移住した後サロン・オーケストラを率いて音楽活動を始めました。1940年にデッカと契約し、亡くなるまでの40年間でのべ767曲を録音し数々の大ヒットを生んでいます。最もヒットした「ムーランルージュの歌」は全米ヒットチャートで8位になっています。

特に弦楽器の使い方に特徴があり、カスケードサウンドというヴァイオリンの奏者に少しずつ時間をずらして弾かせてエコー効果を表現するもので、この頃流行した「レイモン・ルフェーブル」や「パーシー・フェイス」「ポール・モーリア」などのイージー・リスニングサウンドの中でも最も特徴あるサウンドを表出していました。

シャルメーヌは1950年に全米第10位になった曲で、サイレント時代のアメリカ映画「栄光」の伴奏音楽として作られたもの。日本でもヒットチャートの3位に記録された曲です。

今までに扱った曲
アイ・ショット・ア・シェリフ(エリック・クラプトン)
風紋(石井歓)

2013年3月29日 (金)

今日の音楽 3月29日 ピアノ協奏曲第2番(ベートーヴェン)

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番は1795年3月29日にウィーンで初演されました。

この曲はベートーヴェンが最初に手がけたピアノ協奏曲で、ハイドンやモーツァルトの影響がかなり大きく残っている曲です。後で完成した第1番の方が出版が早かったために。第2番となっています。

当初は貴族の私邸で演奏するために作曲された経緯もあって、クラリネットを欠き、フルートも1本という非常に小さい編成で作られています。ソナタ形式-変奏曲の緩徐楽章-ロンド形式という3つの楽章からなり、ベートーヴェン自身この作品の出来栄えには納得していなかったようで何度も改訂を繰り返しています。ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中で最も地味な存在ですが、明るく方の凝らない作品になっています。

バックハウスのピアノ、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーンフィルの演奏です。

今まで扱った曲
序曲「レオノーレ」第3番(ベートーヴェン)
弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」(スメタナ)

2013年3月28日 (木)

今日の音楽 3月28日 ホラ・スタッカート

ルーマニアの作曲家・ヴァイオリニストのグリゴラシュ・ディニクは1948年3月28日に亡くなっています。

20世紀の代表的なヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツ が、これまで聞いたことのある最も偉大なヴァイオリニストと評したほどのテクニックの持ち主だったようです。

ヴァイオリンの作品をいくつか残していますが、最も知られているのが「ホラ・スタッカート」です。この曲は、ワンボウスタッカートという奏法を駆使した曲です。通常はスタッカートは一音一音弓を返しかつ短く弾くのですが(勿論、スタッカートの本来の意味は短く弾くのではなく、間をはっきりとあけるという方が近いのですが)、ワンボウスタッカートは、一音一音弓を返すのではなく、連続した数個の音を間をきちんとあけながら一弓で弾くという、大変に難しい奏法です。

ハイフェッツのヴァイオリン独奏です。

今まで取り上げた曲
蚤の歌(ムソルグスキー)
前奏曲嬰ハ短調(ラフマニノフ)

2013年3月27日 (水)

今日の音楽 3月27日 ワン・スイート・デイ

マライア・キャリーは1970年3月27日に生まれています。

歴代の女性歌手の中で最も成功したと言われるマライア・キャリーは、18曲もの全米ナンバーワンシングルを持っています。これはビートルズに次いで第2位。勿論女性歌手としてはナンバーワンです。父親がアフリカ系ベネズエラ人とアフリカ系アフリカ人の混血だったことから人種差別を受けた過去を持っている事もあって恵まれない子供たちへの奉仕活動にも熱心で、日本でも大変な人気を維持し続けていますね。非常に高い声を表現できる数少ない歌手のひとりでもあります。

ワン・スウィート・デイは、マライア・キャリーとボーイズⅡメンによって録音された曲で、1955年にリリースされるや否やビルボードのヒットチャートで第1週目でナンバーワンを記録、その後16週連続のナンバーワンヒットという歴代最長記録を持っている曲です。

今まで取り上げた曲
交響曲第3番「勇敢なフランス人」(ダンディ)
ミシシッピー(グローフェ)

2013年3月26日 (火)

今日の音楽 3月26日 マホガニーのテーマ

ダイアナ・ロスは1944年3月26日にデトロイトで生まれました。

ハイスクール時代の1959年に4人で結成したブリメッツという女声コーラスグループが1961年に正式にモータウンレコードと契約し3人になってシュープリームスと改名しデビューしリード・ボーカルとして活躍しました。「ストップ・イン・ザ・ネイム・オヴ・ラヴ」や「恋はあせらず」などをヒットさせトップ・スターになり1967年のメンバーチェンジを機に、ダイアナ・ロスとシュプリームスに改名しました。

1970年にグループを脱退し、ソロに転向してからも「絵印と・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」を皮切りに「タッチ・ミー・イン・ザ・モーニング」などをヒットさせるとともに、1972年映画「ビリーホリディ物語」では女優としてアカデミー賞にノミネートされています。

「マホガニーのテーマ」は日本ではコーヒーのCMでお馴染みの曲ですが、元々は1975年に主演した映画「マホガニー物語」のテーマ曲です。

1990年代以降は第一線から退いていますが、女性シンガーの大御所という事もあってイベント等に登場しています。

今まで取り上げた曲
ジョージアの灯は消えて
ピアノソナタ第20番(ベートーヴェン)

2013年3月25日 (月)

今日の音楽 3月25日 2つのアラベスク

クロード・ドビュッシーは1918年3月25日に大腸癌で亡くなっています。

最晩年は、管弦楽曲から離れ、6つの楽器のためのソナタの作曲を目指していましたが結局完成したのは、「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」、「チェロソナタ」、「ヴァイオリン・ソナタ」の3曲だけで、残り3曲を完成させないまま亡くなってしまったわけです。

今日取り上げるのは、ドビュッシーの比較的初期のピアノ作品、2つのアラベスクです。1888年に作曲され1891年に改訂されています。アラベスクは、イスラム美術の幾何学模様でこの曲の三連符の躍動がアラビア模様の織り成す世界を感じさせています。

特に第1番は、ドビュッシーのピアノ曲の中でもよく聞かれる曲です。

チッコリーニのピアノで第1番です。

今まで取り上げた曲
僕の歌は君の歌
グッバイ・イエロー・ブリック・ロード

2013年3月24日 (日)

今日の音楽 3月24日 華麗なる賭け

映画俳優のスティーブ・マックイーンは1930年3月24日にインディアナポリス近郊で生まれました。

少年時代は両親の離婚などで住所を転々するなど不幸が続き少年院に入れられるなど不良少年だったようです。17歳で海兵隊に入りましたが何度も脱走を企てるなどで長続きせず、その後も職業を転々としていました。

1951年にガールフレンドの勧めで俳優をめざすためにネイバーフッド・プレイハウスに入学、その後アクターズ・スタジオを経てブロードウェイデビュー。1956年に「傷だらけの栄光」で映画デビュー、「荒野の七人」「大脱走」「砲艦サンパブロ」など数多くの映画に出演し、またモーター・スポーツのファンとしても知られ自らのテクニックもプロ並みでル・マン24時間レース にも参加を切望していたようです。1980年に50歳の若さで死去しました。

「華麗なる賭け」は、アクション・スターとしてのスティーヴとは一線を画すサスペンス作品で、監督はノーマン・ジュイソン 。音楽はミシェル・ルグラン で、主題歌の「風のささやき」はアカデミー主題歌賞を受賞しています。

今まで扱った曲
ゴイエスカス
アンダルーサ

2013年3月23日 (土)

今日の音楽 3月23日 ある偉大な芸術家のために

チャイコフスキーの親友としても知られている音楽家ニコライ・ルビンシュテインは1881年3月23日に亡くなりました。

モスクワで生まれ、兄はロシア音楽協会を設立したアントン・ルビンシュテイン です。教育者として知られモスクワ音楽院 を設立し初代院長にもなっています。存命中はピアニストとしても知られていました。

チャイコフスキーとニコライとの間の有名な逸話としては、ピアノ協奏曲第1番についての話があげられます。ニコライの勧めで作曲したピアノ協奏曲第1番でしたが、ニコライからは「陳腐で演奏不能」と言われてしまい、初演は他のピアニストに委ねることになりました。初演は大成功し、結局ニコライもこの作品を後に認めて演奏する事になったという話です。

チャイコフスキーは、それでも1880年ニコライにピアノ協奏曲第2番を献呈しましたが、初演を待たずニコライは腸結核で死去してしまいます。親友の追悼のためにチャイコフスキーが作曲したのがピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家のために」でした。1882年に完成した2楽章の曲で、50分前後という長大な曲。特に第2楽章は変奏曲となっていて特にピアノについては高度なテクニックが要求される難曲のひとつとして知られています。

ピアノ バレンボイム、ヴァイオリン ズッカーマン、チェロ デュ・プレによる演奏です。

今まで扱った曲
交響曲第35番「ハフナー」
交響曲第94番「驚愕」

2013年3月22日 (金)

今日の音楽 3月22日 アルト・ラプソディ

ドイツの文人ゲーテは1832年3月22日にフランクフルト・アム・マインで生まれました。

ゲーテは、「ファウスト」を筆頭に、多くの音楽家に影響を与えた文人です。小説や戯曲だけでなく、詩も様々な作曲家に取り上げられました。特にシューベルトは「魔王」「野ばら」「糸を紡ぐグレートヒェン」など600曲のリートの内70曲程がゲーテの詩によるものでした。

ブラームスの「アルト・ラプソディ」はゲーテの「冬のハルツ紀行」に曲づけしたもので本来の題名は「ゲーテの「冬のハルツの旅」からの断章」ですが、アルト独唱に重きが置かれているために「アルト・ラプソディ」と呼ばれています。アルト独唱と男声合唱とオーケストラによる曲で15分弱の長さです。

フェリアのアルト、クレメンス・クラウス指揮ロンドンフィルの演奏です。

今まで扱った曲
ダスティン・ホフマンになれなかったよ
オペラ座の怪人

2013年3月21日 (木)

今日の音楽 3月21日 ホヴァンシチーナ

ロシアの作曲家ムソルグスキーは1839年3月21日に生まれました。

ムソルグスキーは、ロシア五人組の中では最もロシア的な作曲家でした。最も斬新な作品も創作しています。地主階級の家に生まれたものの次第に没落していき、それが元でアルコール依存症になってしまいました。ムソルグスキーの作品の多くが未完成なのもアル中に起因するところもあるのかもしれません。未完成の作品の主なものは、オペラの「アテネのエディプス王」「サランボー」「結婚」「ムラダ」「ソロチンスクの定期市」、交響曲、ピアノソナタホ長調、五つのロシア民謡などなど。作曲途中で亡くなったというわけでは無いので、作曲に飽きたとか断念せざるを得ない事情があったのでしょう。

歌劇「ホヴァンシチーナ」は、遺作に数えられる作品で史実(ホヴァンスキー事件)に基づくオペラで、現在はリムスキー=コルサコフショスタコーヴィチストラヴィンスキーゲルギエフによる4つの完成版がありますが、リムスキー版は大きく手を加えてあるため、前奏曲の「モスクワ川の夜明け」の単独演奏以外では、ショスタコーヴィチ版を使用して上演されることが多いようです。

ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルの演奏です。

今まで扱った曲
家庭交響曲
交響曲第8番「ザ・グレート」(シューベルト)

2013年3月20日 (水)

今日の音楽 3月20日 シングル・アゲイン

シンガー・ソングライターの竹内まりやは1955年3月20日に島根県大社町で生まれました。

慶応大学在学中から音楽活動を行い1978年に「戻っておいで私の時間」でデビュー。「September」「不思議なピーチ・パイ」などをヒットさせましたが、過酷なスケジュールで喉を痛めたり、そのルックスからアイドル扱いされるなどに悩んで1981年に休業。翌年に山下達郎と結婚後作詞作曲家として活動を再開。河合奈保子の「けんかをやめて」などのヒット曲を排出しました。

その後1984年に最後にもう一度のつもりで発売したシングル「もう一度」や全曲自作の「Variety」が大ヒット。長女を出産したため、ライブ活動はしませんでしたが、音楽活動を再開し数々のヒット曲を生み続けています。

「シングル・アゲイン」は1989年に発売された18枚目のシングルで、「火曜サスペンス劇場」の8代目の主題歌に採用された曲です。女性が男性に浮気された時の心情を歌った曲です。翌年に発売した「告白」も第9代目の「火曜サスペンス劇場」の主題歌になっています。

今まで扱った曲
フランスの山人の歌による交響曲(ダンディ)
双頭の鷲の旗の下に

2013年3月19日 (火)

今日の音楽 3月19日 マリアの子守歌

ドイツの作曲家マックス・レーガーは1873年3月19日に生まれました。

レーガーって、マリアの子守歌の作曲家として知られていますが、実はドイツ三大Bの後継者を自認し、好戦的で色々な物議を醸す作曲家だったそうです。交響曲とオペラこそ作曲しませんでしたが、それ以外の様々な分野で作品を残しています。ただ、日本で知られているのはマリアの子守歌だけ。とてもこの曲からは物議を醸すような激しい性格はうかがい知れません。マリアの子守歌は元々は合唱曲ですが、今ではソロ曲としても幅広く歌われています。

レネ・フレミングのソプラノです。

今まで扱った曲

チェロ協奏曲(ドヴォルザーク)
オリビアを聴きながら

2013年3月18日 (月)

今日の音楽 3月18日 What a feeling(フラッシュ・ダンス)

アメリカのシンガー・ソングライター、アイリーン・キャラは1959年3月18日にニューヨークのブロンクスで生まれました。

プエルトリコ系の父とキューバ系の母を持ち、子役として活動していました。1980年の映画「フェーム」の主役に抜擢され主題歌がアカデミー主題歌賞を受賞しスターダムにのし上がりました。

1983年に映画「フラッシュダンス」の主題歌「ホワット・ア・フィーリング」が全米1位の大ヒットとなりグラミー賞の最優秀女性歌唱賞を受賞するとともに2度目のアカデミー主題歌賞を獲得しています。

日本でも大ヒットしオリコンチャートでも1位を獲得。1995年にセリーヌ・ディオンの「トゥ・ラヴ・ユー・モア」が1位になるまで、日本人以外での最も新しいオリコン1位という記録を12年間守っていました。また、麻倉未希がカバーしTVドラマ「スチュワーデス物語」の主題歌として採用されています。

過去扱った曲
ピアノ協奏曲第4番(ラフマノニフ)
太陽がいっぱい

2013年3月17日 (日)

今日の音楽 3月17日 ピアノ協奏曲第2番(ショパン)

ショパンのピアノ協奏曲第2番は1830年3月17日にワルシャワで初演されました。

第1番のピアノ協奏曲に比べるとおっそろしく知名度が低い曲ですが、実は第1番より先に書かれた、ショパン初のピアノ協奏曲です。

ショパンとかシューマンは、オーケストレーションンが稚拙だと指摘されるのですが、確かに楽器の特性を活かし切れていないで、楽器によっては折角弾いても聞こえないとか、聞こえるように楽器を重ねすぎて失敗している箇所があるのは事実です。ただ、コンポーザーとしては、世界最高峰の方々ですからオーケストレーションの稚拙さなんて差し引いても余りある魅力的なオーケストラ曲だと思います。ただ、我々稚拙な技術のアマチュア・オーケストラでは、その曲に対する表現力を十分に引き出すには、オーケストレーションの上手な作曲家の作品の方が取り組み易いのは事実だとは思います。

この第2番の協奏曲は、オーケストレーションはショパン以外の人物の手によるという説もありますが、真偽は定かでは無いようです。ただ、終楽章のコルレーニョなど工夫がされていてショパンらしさは味わえる曲です。終楽章は、マズルカを基にした楽章で、冒頭を聞いているとショパンのマズルカそのものという感じですね。

キーシンのピアノで、第3楽章です。

過去扱った曲
21世紀フォックス ファンファーレ
歌劇「エフゲニ・オネーギン」より ポロネーズ(チャイコフスキー)

2013年3月16日 (土)

今日の音楽 3月16日 今の歌声は

スペインのメゾ・ソプラノ歌手 テレサ・ベルガンサは1936年3月16日にマドリードで生まれました。

マドリード音楽院でピアノと声楽を学び1955年には初の演奏会を開きました。オペラデビューは1957年エクサン・プロヴァンス音楽祭 でモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」のドラベッラ役。同じ年にミラノ・スカラ座でもデビューを果たしました。

1959年にロイヤル・オペラ・ハウスロッシーニの歌劇「セヴィリャの理髪師」のロジーナ役を歌い、それ以降この役が彼女の代表的な持役になりました。

高度な歌唱力技術と知性豊かな音楽性、魅力的な舞台姿で知られていて、1994年にはスペインの王立芸術アカデミーに女性初の会員として迎えられています。

「セヴィリャの理髪師」は、ロッシーニを代表するオペラでモーツァルトの「フィガロの結婚」の前編にあたる曲。ヒロインのロジーナは、「フィガロの結婚」では伯爵夫人となる女性でメゾ・ソプラノの役なのですが、ロジーナの歌う「今の歌声は」は、技巧的にもコロラトゥーラ を駆使する華やかな曲なので、ソプラノ歌手もリサイタルなどで取り上げる曲です。第1幕第2場の冒頭に歌われ、"Una voce poco fa"という原題でも親しまれています。

過去扱った曲
劇的序曲「ロミオとジュリエット」(チャイコフスキー)
さすらう若者の歌(マーラー)

2013年3月15日 (金)

今日の音楽 3月15日 Across the Borderline

アメリカのギタリスト、ライ・クーダーは1947年3月15日にロサンゼルスで生まれました。

スライド・ギターの名手として知られ、ロック、カントリー、ジャズなどあらゆる分野の音楽を手がけ、さらに世界各国のルーツミュージックを発掘し広めたミュージシャンでした。

ストリート・オヴ・ファイアー」など映画音楽も数多く手がけています。

「Across the Borderline」は、1981年にパイオニアのカーステレオLoneseme Car-BoyのCMソングとしても使われたカントリー調の曲です。

過去扱った曲
スペイン狂詩曲(ラヴェル)
交響曲第4番(ベートーヴェン)

2013年3月14日 (木)

今日の音楽 3月14日 ハンブルグの潮の満干

ドイツ・バロック時代の作曲家テレマンは1681年3月14日にマクデブルクで生まれました。

バッハ、ヘンデルといった後期バロック時代の巨匠の影に隠れてしまいイマイチ地味な存在ですが、後期バロックから古典派への橋渡しをした作曲家として評価されています。

ハンブルグの潮の満干は、1723年に作曲されたテレマンの水上の音楽と言われている作品で、序曲、サラバンド(眠るティーティス)、ブレー(目覚めるティーティス)、ルール(恋に堕ちたネプチューン)、ガヴォット(踊る泉の精霊たち)、ハーレキナード(戯れるトリトン)、メヌエット(吹きすさぶ風)、メヌエット(心地よい西風)、ジグ(潮の満ち干)、カナリ(愉快な舟人たち)という当時の舞踏組曲の様式をとりながら、海の様子や海にまつわる神話の世界を表現しています。特に、第9曲のジグでは、潮が満ちてきて引いていく様子をわずか1分余りの中で表現しています。

第7曲から第10曲までです。ヴェンジンガー指揮バーゼル・スコラ・カントルムです。

過去扱った曲
スリラー
弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」(シューベルト)

2013年3月13日 (水)

今日の音楽 3月13日 スーパー・バード

アメリカのシンガー・ソングライター ニール・セダカは1939年3月13日にブルックリンで生まれました。

幼少からピアノを学び、同じアパートに住んでいた作詞家のハワード・グリーンフィールドと共同で曲を作り始め、高校時代には友人とポップ・グループのトーケンズを結成して発表した「ライオンは寝ている」が全米1位になりました。

その後ジュリアード音楽院で学んだ後、コニー・フランシスのために作った「間抜けなキューピッド」が1958年にヒットして注目されるようになり、ソロ歌手としてデビュー。「おお!キャロル」「カレンダー・ガール」「すてきな16歳」「悲しき慕情」などを次々とヒットさせポール・アンカと並んでトップ・アイドルとなりました。

ビートルズがアメリカに上陸すると、その影響を受けて一時期低迷しましたが、1974年に「雨に微笑を」が大ヒット。キャプテン&テニールに提供した「愛ある限り」も大ヒットして完全復活しました。

ニール・セダカは、日本でも高い人気を誇っていて、低迷期の1972年に発売した「スーパー・バード」は日本でのみヒットした曲です。とてもポップでテンポの良い曲でした。

過去扱った曲
ソリテア
ヴァイオリン協奏曲(メンデルスゾーン)

2013年3月12日 (火)

今日の音楽 3月12日 イルカの日

フランスの作曲家ジョルジュ・ドルリューは1925年に生まれました。

ドルリューはパリ音楽院ダリウス・ミヨーに師事して作曲を学びローマ大賞を受賞しました。オペラなどのクラシック音楽作品も残していますが、映画音楽の作曲家としてのキャリアの方が遥かに知られています。特に、フランスのヌーベルバーグを代表する映画監督のフランソワーズ・トリュフォーとのコンビでは、「ピアニストを撃て」以降11作品あまりで音楽を担当しています。

その他の監督作品でも音楽担当としての実績は大きなものがあります。代表作は「1000日のアン」「ジャッカルの日」「アメリカの夜」「ジュリア」「リトル・ロマンス」(アカデミーオリジナル作曲賞受賞)、「プラトーン」などがあります。

「イルカの日」は、イルカに人間の言葉を覚えさせる研究を利用して大統領暗殺計画に利用しようとする組織と、それを阻止しようとする研究者を描いたサスペンス映画で日本では1974年に公開されました。

イルカの日のメインテーマです。

過去扱った曲
キャバレー
君のともだち

2013年3月11日 (月)

今日の音楽 3月11日 リゴレット

ヴェルディの歌劇「リゴレット」は1851年3月11日に、ヴェネチアのフェニーチェ座 で初演されました。

原作はビクトル・ユゴーの「王は愉しむ」という戯曲ですが、私が知っているオペラの中では最も後味の悪い作品です。戯曲自体も、1832年11月22日に初演されたのですが、翌日には上演禁止となってしまったという曰くつきのものでした。最も、原作ではフランス国王の贅を尽くした享楽と、それに対する貴族の呪い。そしてその呪いが、毒舌家の道化師とその娘に降りかかるという内容ですが、ヴェルディは流石にフランス国王をマニトヴァ公爵に書き換えています。

道化師のリゴレットは、自分の娘にマニトヴァ公爵の魔の手が及ぶことをおそれ、殺し屋に公爵殺し布袋に死骸を入れて渡す事を依頼しますが、殺し屋から受け取った布袋の中から出てきたのは瀕死の最愛の娘ジルダだったという内容。「あれかこれか」「慕わしい御名」「女心の歌」など数々の有名なアリアで彩られた作品なのですが、ちょっとストーリーが衝撃的すぎませんかね。

パヴァロッティの歌で、「あれかこれか」(Questa o quella)です。

過去扱った曲
リベルタンゴ(ピアソラ)
歌劇「カプレッティとモンテッキ」序曲(ベルリーニ)

2013年3月10日 (日)

今日の音楽 3月10日 カルメン幻想曲

歴史的名ヴァイオリニスト パブロ・サラサーテは1944年3月10日にスペインで生まれています。

小さい時からヴァイオリンを学び、8歳で初公演、その後パリ音楽院へ入学。1860年代から演奏活動を初め、パガニーニと並ぶ歴史上のヴァイオリン・ヴィルトーゾとして名を残しました。楽器の名手がいる時代には、その楽器のための協奏曲の名曲が多く作曲されているのですが、サラサーテも数多くの名曲を献呈されています。

サン=サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソヴァイオリン協奏曲第3番
ラロ スペイン交響曲
ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第2番スコットランド幻想曲
などがあります。

サラサーテ自身もヴァイオリンとオーケストラのための曲を作曲していて、ツィゴイネルワイゼンという名曲中の名曲がありますが、ビゼーの歌劇「カルメン」 のパラフレーズのカルメン幻想曲も人気の高い曲です。勿論、名曲をただなぞっただけではなくて、難しい技巧の数々を織り込んでいるのもサラサーテならではでしょう。

序奏 アラゴネーズ トリル、重音奏法、グリッサンド、フラジオレットなど
Moderato ハバネラ 装飾音
Lento assai トゥ・ラララ  フラジオレットなど
Allegro moderato  セギディーリャ ピッツィカート、トリル、グリッサンドなど
Moderato ジプシーの歌
という構成です。

五島みどりのヴァイオリンです。

過去扱った曲
ピアノ協奏曲第21番(モーツァルト)
交響曲第3番「典礼風」(オネゲル)

2013年3月 9日 (土)

今日の音楽 3月9日 歌劇「エルナーニ」

ヴェルディの歌劇「エルナーニ」は1844年3月9日にヴェネチアのフェニーチェ劇場で初演されました。

ヴェルディにとって5作目のオペラで、ヴェルディのオペラの中では一般的に地味な(あまり名の知れていない)作品のひとつですが、原作がビクトル・ユーゴー という当時としては売れっ子作家の作品でもあり、内容も、没落貴族で山賊の頭目のエルナーニ(真の名はドン・ファン)が主人公という問題作だった事、題材探しの段階からヴェルディ自身が乗り出していた事など話題の作品でした。

また、この作品での歌手の配置で、主役=テノール、ライヴァル=バリトン、ヒロイン=ソプラノというヴェルディの様式を確立したとも言われています。

アンナ・トモワ=シントウのソプラノで、「エルナーニよ、いっしょに逃げて」です。

過去扱った曲
歌劇「ナブッコ」(ヴェルディ)
歌劇「ウィンザーの陽気な女房」(ニコライ)

2013年3月 8日 (金)

今日の音楽 3月8日 部屋とYシャツと私

シンガー・ソングライター平松愛理は1964年3月8日に神戸で生まれています。

子供の頃から音楽好きで、高校からは軽音楽部に所属してボーカルを担当する傍ら作曲も手がけていました。大学進学後もバンドを組んで音楽活動をして、学園祭で自作の歌に拍手をもらったことからプロを意識。その後さまざまなオーディションを受けるなどしてようやく1989年にデビュー。1992年に発売した8枚目のシングル「部屋とYシャツと私」が100万枚を超えるヒットを記録しました。

「部屋とYシャツと私」は、さだまさしの「関白宣言」へのアンサーソングとして書かれたもので、レコード大賞の作詞賞を受賞しています。

過去扱った曲
ラコッツィ行進曲
交響曲第2番(シベリウス)

2013年3月 7日 (木)

今日の音楽 3月7日 青い影

プロコルハルムの初代キーボード奏者マシュー・フィッシャーは1946年3月7日にイングランドのサリー州で生まれています。

R&Bバンドのパラマウンツ を前身として、その中心メンバーだったゲイリー・ブルッカー と詩人のキース・リードがオルガニストのマシュー・フィッシャーを迎えて1967年に結成したのがプロコル・ハルムでした。バンド名はラテン語で「Beyond these things」という意味でプロデューサーの飼い猫の名前をもじったものだそうです。

プロコル・ハルムはゲイリーのピアノとマシューのオルガンのダブルキーボードを特徴としR&Bとクラシックの要素を取り入れたサウンドを融合した独自の音楽を作り、プログレッシブ・ロックの先駆けとも言えるロックバンドでした。デビュー曲の「青い影」が1967年にイギリスで2週間に40万枚を売り上げヒットチャートでも6週間連続1位という鮮烈なデビューを飾りました。この曲はバッハの影響を受け、G線上のアリアと類似したコード進行の曲でアメリカでも大ヒットし、その後のロックにも多大な影響を与えたといわれています。

マシュ・フィッシャーは1969年にプロコル・ハルムを脱退しソロ活動をしていましたが1991年にプロコル・ハルムの再結成に参加。2004年に再び脱退しています。

 

過去扱った曲
出発の歌
サラバンド(ヘンデル)

2013年3月 6日 (水)

今日の音楽 3月6日 夢遊病の女

ベルリーニの歌劇「夢遊病の女」は1831年3月6日にミラノのカルカーノ劇場で初演されました。

紙幣の肖像にまでなっていたベルリーニの傑作のひとつで、数々の美しいアリアで知られるオペラです。ストーリーは、夢遊病に罹っていた村娘のアミーナは、領主ロドルフォ伯爵の泊まっていた宿屋の部屋に入って寝てしまい、婚約者のエルヴィーノに貞操を疑われますが、やがて疑いが晴れて、二人は結ばれるというペーソスを含んだオペラです。

目をつむったままソファーに座るなど、歌手の演技力が試される作品としても知られています。

マリア・カラスのソプラノで、「おお、花よ、お前に会えるとは思わなかった」です。

過去扱った曲
ハーリ・ヤーノシュ(コダーイ)
ごめんね

2013年3月 5日 (火)

今日の音楽 3月5日 弦楽四重奏曲(ラヴェル)

ラヴェル唯一の弦楽四重奏曲ヘ長調は1904年3月5日にエマン四重奏団によって初演されました。

終楽章、ニュー・イングランド弦楽四重奏団の演奏です。
19世紀後半から20世紀にかけてのフランスではクラシックの世界では純音楽は不毛の時代でした。舞台芸術が花盛りで、クラシックの作曲家もバレエや劇音楽といった分野で傑作を多く遺していますが、特に室内楽の分野では作品数は非常に少ないですね。まだ、ピアノは教養として多くの人が嗜んでいた事もあって、ピアノを含む室内楽曲はそれ程でもありませんが、弦だけの室内楽なんてほんとに希少です。フォーレドビュッシーも、そしてラヴェルもただ1曲だけしか作曲していません。

ラヴェルの弦楽四重奏曲は、10年前に作曲されたドビュッシーの弦楽四重奏曲 の影響を受けて作曲したものです。後に多少手を入れて1910年に出版され、師であったフォーレに献呈されています。

4つの楽章からなり、フランク 以来の伝統を受けて循環形式をとっています。まだ27歳と若かりし頃の作品で、特別に変わったスタイルの作品ではありませんが、お得意の色彩感の片鱗を見せている作品です。

過去扱った曲
バレエ「ロミオとジュリエット」(プロコフィエフ)
交響曲第7番「レニングラード」(ショスタコーヴィチ)

2013年3月 4日 (月)

今日の音楽 3月4日 ピアノ協奏曲第27番 

モーツァルトの最後の協奏曲第27番変ロ長調K.595は1791年3月4日に、宮廷料理人イグナーツ・ヤーン邸で初演されました。

莫大な借金に追われて、予約演奏会も開くことができないでいたモーツァルトは1788年に第一楽章を出掛けていたこの曲を完成させましたが、演奏会を開くこともできず。親しい友人だったクラリネット奏者のベーアによる演奏会に出演させてもらって初演したわけです。これが演奏者としてステージに上がった最後でした。わずか1小節の前奏があっていきなり主題に入るのは、交響曲第40番 同様。非常に有名な第20番第21番と並ぶ人気曲のひとつです。

内田光子のピアノ独奏、テイト指揮イギリス室内管弦楽団です。

過去扱った曲
そよ風のメヌエット
四季(ヴィヴァルディ)

2013年3月 3日 (日)

今日の音楽 3月3日 ヴァイオリン協奏曲第22番(ヴィオッティ)

イタリアのヴァイオリニストで作曲家のジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティは1824年3月3日にロンドンで死去しています。

ヴィオッティは、モーツァルトが生まれる1年前にイタリアで生まれヴァイオリニストとして活躍しました。特にパリで名声を獲得しましたがフランス革命から逃れてイギリスに渡りハイドンと親交を持ちました。この時にハイドンの交響曲第103番などの初演に携わっています。

作曲家としても、ヴァイオリン曲を中心に活動しました。ヴァイオリン協奏曲を29曲、弦楽四重奏曲を21曲作っていますが、弦楽四重奏曲は、独奏ヴァイオリンと弦楽三重奏による伴奏のような作風でした。

特にヴァイオリン協奏曲第22番イ短調は、ヴィオッティの代表作で、ブラームスヨアヒム などは、この曲を絶賛しています。形式は古典的なハイドンスタイルの協奏曲を継承していますが、技巧的にも高い曲で今でもヴァイオリンを上級練習者のレパートリーのひとつとなっています。

オイストラフのヴァイオリン、コンドラシン指揮ソヴェト国立交響楽団です。

2013年3月 2日 (土)

今日の音楽 3月2日 交響曲第103番「太鼓連打」

ハイドンの交響曲第103番変ホ長調「太鼓連打」は1795年3月2日にイギリスの王立劇場で初演されました。

ハイドンの最後から2番目の交響曲で、2度目のイギリス滞在中に作曲された12曲の交響曲のひとつです。ハイドンはイギリスでの人気が高く、訪英は悲願だったようで、特に2度目の滞在は1794年から1795年という短い期間で、「驚愕」「軍隊」「時計」「ロンドン」などの数多くの名曲を残しました。その後ウィーンに戻ったハイドンは、宗教音楽や弦楽四重奏に作曲の軸足を移し、二度と交響曲を作曲する事はありませんでした。

第103番「太鼓連打」は、ハイドンの多くの交響曲同様自らが付けた副題ではなくて、第1楽章の初めと終わり(コーダの入り口)にティンパニの長い連打があり、そこから名づけられた通称です。このティンパニの連打が何を表現していたのかは明確ではありませんが、茶目っ気のあるハイドンの事ですから、聴衆を惹き付けるためにやったのかも知れませんね。

このあたりの交響曲になると、後に連なるモーツァルト、ベートーヴェンと言った交響曲の全盛期への礎がしっかりと感じられる、がっちりとした構成になっています。

バーンスタイン指揮ニューヨークフィルです。

2013年3月 1日 (金)

今日の音楽 3月1日 春の声

J.シュトラウス二世のワルツ「春の声」は1882年3月1日に、オーケストラ伴奏つき歌曲としてアン・デア・ウィーン劇場で初演されました。

親友だった当時71歳のフランツ・リスト と即興演奏パーティで同席した際に余興でまとめ上げたと言われる作品で、シュトラウスが3度目の結婚で喜びにあふれる時期だったため非常に明るい曲調に仕上がっています。短い序奏が春のようにすべてがぱっと目覚める雰囲気を出しています。

キャスリーン・バトルの歌、カラヤン指揮ウィーン・フィルです。

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