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2012年10月31日 (水)

今日の音楽 10月31日 甘い生活

イタリアを代表する映画監督のひとり フェデリコ・フェリーニは1993年10月31日に亡くなりました。

新聞記者、脚本家助手などを経て1950年に監督デビューを果たし、1954年の「」で国際的な名声を得る事ができました。その後「8 1/2」など社会性の強い作品を作るようになって行きましたが、その転換点となった作品が「甘い生活」でした。

1950年代のローマの上流社会の退廃的な生活を描いた作品で、主演はマルチェロ・マストラヤンニ。音楽は、初単独監督作品「白い酋長」からの付き合いであるニーノ・ロータです。

2012年10月30日 (火)

今日の音楽 10月30日 ソー・マッチ・イン・ラヴ

アメリカのロック・バンドポコイーグルスのベーシストとして活躍したティモシー・B・シュミットは1947年10月30日にオークランドで生まれました。

1978年にイーグルスに加入し、1970年のイーグルス解散後ソロ活動を開始。1972年に映画「初体験リッチモンド・ハイ」に、ザ・タイムスのカバー曲「ソー・マッチ・イン・ラブ」を提供しヒットしました。

「ソー・マッチ・イン・ラブ」は、パイオニアのミニコンポのCMにも使われ、個人的にそのCM作成にかかわっていた職場にいた事もあって思い出の曲のひとつです。青春のホロ苦さを感じさせる優しい曲です。

2012年10月29日 (月)

今日の音楽 10月29日 ヴァイオリン協奏曲第1番(ショスタコーヴィチ)

ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番イ短調op.77は、1955年10月29日、オイストラフの独奏、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルの演奏によって初演されました。

作曲されたのは1947年から1948年にかけてであり、ヴァイオリン協奏曲としてはあらゆる面で規模が大きく、ショスタコーヴィチの傑作のひとつと言われています。1948年にジダーノフ批判がはじまり12音技法を使うなど前衛的なこの作品の発表を控え、スターリンの死後交響曲第10番の初演が成功した事を受けて、完成から7年という年月を経て初演に至ったわけです。

編成は3管編成で、4つの楽章から出来ており、交響曲のような風格を感じさせる作品です。

レーピンの独奏、ヤルヴィ指揮パリ管弦楽団で冒頭部分です。

2012年10月28日 (日)

今日の音楽 10月28日 プリティ・ウーマン

アメリカの女優、ジュリア・ロバーツは1967年10月28日にアトランタで生まれました。

両親共に役者で、幼い時には演劇学校を経営していたこともあって役者を志し1988年に映画デビュー。翌年の「マグノリアの花たち」でゴールデングローブ賞の助演女優賞を受賞して注目されました。1990年には「プリティ・ウーマン」でトップスターの座を射止めました。2001年に「エリン・ブロコビッチ」でアカデミー主演女優賞を獲得しています。

「プリティ・ウーマン」は、リチャード・ギアと共演したロマンチック・ラヴ・コメディで「マイ・フェア・レディ」が下敷きとなったシンデレラ・ストーリーです。テーマ曲のオー・プリティ・ウーマンは、この映画の為の曲のようにピッタリとはまっていますが、実はロイ・オービソンが1964年に発売した曲で当時全米ナンバーワンになっています。1982年にはヴァン・ヘイレンもリバイバルヒットさせている曲です。

2012年10月27日 (土)

今日の音楽 10月27日 チェロ協奏曲(エルガー)

エルガーのチェロ協奏曲は1918年10月27日にロンドンのクイーンズホールで初演されました。

弦楽器の中でヴァイオリンに次いで独奏楽器として扱われる事が多いチェロですが、チェロ協奏曲には名曲が多くありません。理由のひとつは古典派以前にチェロ協奏曲の名曲が殆ど無い事。モーツァルトもベートーヴェンもチェロのための協奏曲は作曲していません。(唯一、ベートーヴェンがヴァイオリン、チェロとピアノのための協奏曲という曲を書いていますが)・・・かと言って、チェロを独奏に適さない楽器と考えていたというわけではありませんね。古典派以前でもバッハが無伴奏チェロ組曲などという名曲を作曲していますし、ベートーヴェンもチェロとピアノのために数多くの変奏曲を作っているのですが、チェロ協奏曲は無いんですね。ハイドンぐらいですかね。

数少ないチェロ協奏曲の中でも、シューマンドヴォルザーク、エルガーの作品が三大チェロ協奏曲と言われ演奏頻度も高いです。エルガーのチェロ協奏曲は20世紀の音楽とは思えないほど旋律的で叙情的な作品です。特に早逝のチェリスト、デュ・プレが好んで演奏し世に知らしめた曲です。第1楽章の冒頭がカデンツァで始まる事、第2楽章でスピッカートを多用していること、第4楽章がそれまでの3つの楽章を集約するような内容であることが特徴です。

デュ・プレのチェロ、バルビローリ指揮ロンドン交響楽団で第1楽章です。

2012年10月26日 (金)

今日の音楽 10月26日 交響曲第2番(ブルックナー)

ブルックナーの交響曲第2番は1873年10月26日にブルックナー自身の指揮、ウィーン・フィルによって初演されました。

弦楽器のトレモロの中から主題が出てくるという、いわゆるブルックナー開始が始めて採用された交響曲がこの第2番です。このブルックナー開始とかオルガンのような響きとかブルックナーらしさが垣間見られ、3番以降のブルックナーらしい交響曲への模索と位置づけられる作品です。ウィーンフィルから一部演奏不能と言われて改訂が加えられたことで初演前に改訂を余儀なくされたことをはじめ76年と77年にも改訂、出版時にも改訂が加えられるなど、これまたブルックナーらしく改訂が重ねられた作品です。

第1楽章前半、サヴァリッシュ指揮バイエルン国立管弦楽団です。

2012年10月25日 (木)

今日の音楽 10月25日 ひとりぼっちの哀しみ

70年代ポップスの女王と言われたヘレン・レディは1941年10月25日に生まれました。

「私は女」の大ヒットで、オリヴィア・ニュートン・ジョンリンダ・ロンシュタットなどと並んで70年代ポップスを代表する女性ヴォーカリストと言われ、「デルタの夜明け」「私はイエスがわからない」「歌のある限り」「アンジー・ベイビー」「ピースフル」など数々のヒット曲を残しています。「ひとりぼっちの悲しみ」(Leave Me Alone)は、失恋の悲しみの歌なのですが、それを感じさせない女性の力強さを歌っていて、ウーマン・リブの風潮の高まりの歌としてもてはやされた「私は女」を歌ったヘレンらしい曲でした。

2012年10月24日 (水)

今日の音楽 10月24日 ルクセンブルク伯爵

作曲家のレハールは1948年10月24日に亡くなっています。

メリー・ウィドウ」で人気作曲家となったレハールは、次第にユーモアにシリアスな展開を加えた独自の路線に向かっていきます。「パガニーニ」「ロシアの皇太子」「微笑みの国」などがバッドエンドのレハール独特の作品になっています。
「ルクセンブルク伯爵」は、メリー・ウィドウの路線を引き継いだ喜劇です。

パリのロシア大使館の参事官バジール侯爵はオペラ歌手のアンジェールと結婚したいのだが、アンジェールが貴族では無い事で結婚が許されず、一旦アンジェールを貧乏貴族のルクセンブルク伯爵ルネと結婚させ貴族にしてから再婚するという計略を実行。アンジェールとルネはカーテン越しに顔も合わせずに法律上の結婚を行う。3ヶ月が経ち、離婚のためにロシアから戻ってきたルネは、アンジェールの引退公演を見て彼女に一目ぼれ。やがて彼女が法律上の妻である事を知り断ち難い愛を語る。アンジェールもやがて貴族になるための結婚から真実の愛による結婚へと傾いていき、バジール侯爵の所へも昔別れた恋人が戻りハッピー・エンドというお話です。

ワルツ「ほほえみかける幸福よ」です。

2012年10月23日 (火)

今日の音楽 10月23日 ガランタ舞曲

コダーイの「ガランタ舞曲」は1933年10月23日に初演されました。

コダーイは、「ハーリ・ヤーノシュ」をはじめ故国ハンガリーを題材にした音楽を研究・作曲した事で知られた作曲家です。ブダペスト・フィルハーモニー協会の創立80周年記念のために作曲を依頼され1933年の夏に完成したのがガランタ舞曲です。

ガランタは現スロヴァキア南西部にある地名で、1421年以降6世紀もの間ハンガリーの大地主であったエステルハージ家の私有地となっていた場所で、コダーイはそこで幼年期を過ごしています。オーストリア・ハンガリー帝国崩壊後チェコスロバキアの領土になり、現在はスロヴァキアになっています。

コダーイは、このガランタに伝わり1800年代に出版された「ガランタ・ジプシー音楽集」を題材に作曲しています。チェロによる序奏から始まりA-B-A-C-A-D-E-F-A-コーダの構成からできています。軽やかなBの舞曲、愛らしいCの舞曲、動きのあるDの舞曲、優雅なEの舞曲、激しい動きのFの舞曲とそれらを繋ぐ役割を果たすAの舞曲でできています。

ヨセフ・マリア・ソーレ指揮ハンガリー放送交響楽団の演奏です。

2012年10月22日 (月)

今日の音楽 10月22日 おお、愛し得る限り愛せ

ピアニスト・作曲家のフランツ・リストは1811年10月22日にハンガリーで生まれました。

こんな曲知らねえ・・というのが殆どだと思いますが、愛の夢第3番と言えば「あああ」と思う方もいらっしゃるでしょうね。「おお、愛し得る限り愛せ」は、愛の夢第3番の原曲となった歌曲です。この曲、メロディは「愛の夢」として有名で素晴しい曲なのですが、歌詞も素晴らしい曲です。19世紀ドイツの詩人フライリヒラートの詩で人生は短いものだから愛する対象には愛しうる限り愛しなさいというもの。

他の2曲の歌曲と共に「愛の夢」というピアノ曲に編曲したものが1850年に出版されました。

グンドラ・ヤノヴィッツのソプラノです。

2012年10月21日 (日)

今日の音楽 10月21日 皇帝円舞曲

J.シュトラウスの皇帝円舞曲は1889年10月21日にベルリンで初演されました。

当初は「手に手をとって(Hand in Hand・・・谷村新司ではありません)」というタイトルがつけられていましたが、ドイツ皇帝ウィルヘルム2世がオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世を表敬訪問した時に両皇帝の友情の象徴として、皇帝円舞曲というタイトルがつけられたと言われています。シュトラウス晩年のワルツでは最も人気の高い曲です。

最初は長めの導入部で2分の2拍子のゆっくりとした行進曲(Langsames Marschtempo)で静かに始まります。チェロのソロによる繋ぎの後の第1ワルツはハ長調で、導入部の行進曲のメロディをワルツに転訛させたものです。第2ワルツは変イ長調、第3ワルツは再びハ長調に戻る伸びやかな曲、第4ワルツはヘ長調でちょっとおどけた感じの曲、コーダに入ると第1ワルツが戻ってきてクライマックスに向かいます。最後はチェロのソロによる繋ぎからテンポを速めて盛大に終わります。

ラインスドルフ指揮ウィーンフィルです。

2012年10月20日 (土)

今日の音楽 10月20日 交響曲第3番「キャンプ・ミーティング」

アメリカの作曲家チャールズ・アイヴズは1874年10月20日にコネチカット州ダンベリーで生まれました。

現在では、アイヴズはアメリカ現代音楽のパイオニアとして位置づけられていますが、存命中は音楽界から全く無視された存在でした。不協和音、リズムの煩雑さにより演奏の難しさが大きな要因でした。1940年代に入り、ルー・ハリソンストコフスキーバーナード・ハーマンらが取り上げるようになりましたが、それでも現在のように評価されるまでは長い年月を要したようです。

交響曲第3番は1901年から1904年にかけて作曲された小編成のオーケストラのための曲で、初演は完成から40年以上後の1946年4月5日にルー・ハリソン指揮ニューヨーク・シンフォニエッタによってカーネギー室内楽ホールで行われました。これによって翌年にはピューリッツァ賞を獲得し初めて公に認められたという、アイヴズにとっては転換点となる作品です。

編成は1管編成で、「なつかしき仲間の集い」「子供たちの日」「コンムニオン」の3つの楽章から出来ていて、原曲はオルガンのための教会音楽だったため賛美歌の引用が多い曲です。

バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックで、第1楽章です。

2012年10月19日 (金)

今日の音楽 10月19日 ピアノ・ソナタ第8番(プロコフィエフ)

20世紀を代表するピアニストのひとり、エミール・ギレリスは1916年10月19日にウクライナのオデッサで生まれました。20世紀を代表するピアニストのひとりで、完璧なテクニックと格調高い甘さを備え「鋼鉄のタッチのピアニスト」と言われました。特にベートーヴェンの演奏では骨太の演奏で知られています。

バロックから、古典派、ロマン派、ドビュッシー、バルトークなど幅広いレパートリーを持っていました。
プロコフィエフのピアノソナタ第8番は1944年12月30日にギレリスによってモスクワで初演されました。3曲の「戦争ソナタ」の1曲目で、前作に比べるとかなり叙情的な作品です。

ギレリスのピアノです。

2012年10月18日 (木)

今日の音楽 10月18日 ジョニーBグッド

ロックン・ロールの創始者のひとり、チャック・ベリーは1926年10月18日に生まれています。

バンドのギタリストとしてデビューしたチャック・ベリーは、彼のステージを見たプロデューサーの誘いで「メイベリーン」という曲でソロデビュー。独特のギター奏法とギターを弾きながら腰を折り曲げて歩くダックウォークが話題となり「ロール・オーバー・ベートーヴェン」「ロックン・ロール・ミュージック」など次々とヒットを飛ばし、後のビートルズやローリング・ストーンズに多大は影響を及ぼしました。80歳を超えた今でも現役で活動をしています。

「ジョニーBグッド」は1958年に発売され、ロックンロールのスタンダードナンバーとも言われる曲です。ビートルズをはじめ、ビーチ・ボーイズ、プレスリー、エアロスミスなど多くのミュージシャンによってカバーされています。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマーティが指を負傷したギタリストに変わって演奏したのもこの曲でした。

2012年10月17日 (水)

今日の音楽 10月17日 練習曲op.10-12「革命のエチュード」

1838年10月17日はショパンの命日です。

ショパンについては、こちらに簡単に書いてありますが、書く必要も無いでしょうね。
ショパンの数多いピアノ曲の中でも異彩を放っているのが練習曲集です。だいたい、練習などというものは楽しいものでは無くて、私も昔はコントラバスの教則本(その頃はシマンデルが最も一般的でした)を使っていましたが、これがすこぶる面白くない。スケールの練習などは面白くなくても我慢できますが、ポジションの練習なども弾いていて楽しい曲が全く無い・・・従って、ついつい埃にまみれてしまうという結果になるわけですが・・・

ショパンの練習曲は、どの曲をとっても芸術的にも優れた作品で、世界に名だたるピアニストがコンサートで練習曲を弾くというのも考えて見れば妙な話なのですが、それに違和感を全く感じないほどの作品です。

ショパンの練習曲は全部で27曲あります。作品番号10の練習曲が12曲、作品番号25の練習曲が12曲、新練習曲と称せられる作品番号の無い練習曲が3曲です。

今回は圧倒的に人気の高い作品番号10の練習曲集を解説。
1.ハ長調「滝」(または階段) アルペジオの練習。第1曲ですが難易度は非常に高いダイナミックな曲です。左手のオクターヴの旋律の力強さと右手の流れるような分散和音のバランスが素晴らしい曲です。
2.イ短調「半音階」 右手の弱い指(小指、薬指)を鍛える為の曲
3.ホ長調「別れの曲」 最も有名なピアノ曲のひとつ。遅いカンタービレの練習曲。
4.嬰ハ短調 速い動きの練習
5.変ト長調「黒鍵」 勿論黒鍵の練習です
6.変ホ短調 左手を中心とした遅いカンタービレの練習
7.ハ長調 右手の重音の練習
8.ヘ長調 速い十六分音符の練習
9.ヘ短調 左手の指の間隔を広げる練習
10.変イ長調 第1指に対し第2~第5指で6度を押さえる練習
11.変ホ長調 広いアルペジオを延々と弾いて指の間隔を広げる練習
12.ハ短調「革命」 ポーランドを出たショパンが旅の途中でポーランドを支配していたロシアに対する革命が失敗した事を聞いた絶望をぶつけた曲。難易度はそれ程高くないのですが、圧倒的な迫力で演奏効果がとても高い曲です。

ブーニンのピアノです。

2012年10月16日 (火)

今日の音楽 10月16日 オテロ

イタリアの名テノール マリオ・デル・モナコは1982年10月16日に亡くなっています。

1915年に生まれ、声楽を学んでいたモナコはオペラ指揮者として有名なトゥリオ・セラフィンに見出され、1941年に「蝶々夫人」のピンカートン役で初舞台を踏みました。戦争によって活動は一時中断しましたが、戦後すぐに「アイーダ」のラダメス役で大成功を収め、その後はロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス、ミラノのスカラ座、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場ウィーン国立歌劇場など世界中のオペラハウスでデビューを果たしました。

1950年にブエノスアイレスのテアトル・コロンでヴェルディの「オテロ」を歌い、それがモナコの代表的な役として200回以上も歌ったと言われる作品になりました。

「オテロ」は、勿論シェイクスピアの四大悲劇のひとつ「オセロ」による作品でヴェニスの軍人であるオセロが、旗手イアーゴーの奸計にかかり、妻デズデモーナの貞操を疑い殺すが、のち真実を知ったオセロは自殺する、という話です。オテロ役には、有名なアリアこそありませんが、テノールにとっては非常に難しい役として有名です。

モナコのテノールで、オテロの死「私を恐れる事はない」です。

2012年10月15日 (月)

今日の音楽 10月15日 交響詩「海」

ドビュッシー作曲の交響詩「海」は1905年10月15日シュヴィヤール指揮コンセール・ラムルー管弦楽団によって初演されました。

「海」は、海の情景を表わした標題音楽で、正式なタイトルは管弦楽のための3つの交響的素描と言うんだそうです。印象主義音楽の代表的な作品のひとつです。

作曲が開始されたのは1903年ですが、この頃ドビュッシーは妻リリーを捨てて銀行家の妻だったエマ・バルダックとの不倫騒動が起こり、完成までには2年の月日が費やされました。実際に海を見ながらではなく、自分の記憶の中の海を描いています。編成は3管編成。

第1曲は「海の夜明けから真昼まで」、第2曲は「波の戯れ」、第3曲は「風と海との対話」で風と海が引き起こす大きな波のうねりが激しい音楽で描かれています。これはドビュッシーの数々の作品の中でも最もドラマチックな曲と言えるでしょう。

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団で最後の部分です。

2012年10月14日 (日)

今日の音楽 10月14日 交響曲第10番(マーラー)

マーラーの交響曲第10番(未完)は、クルシェネクによる補完版で第1・第3楽章が1924年10月14日にウィーンで初演されました。

結局、9番目の交響曲を「大地の歌」として作曲するなど抵抗した「ベートーヴェンの呪縛」から逃れる事はできず第10番は未完で終わってしまいました。未完と言っても、第1楽章がほぼ完成している以外は、大まかなスケッチしか無く、国際マーラー協会も第1楽章のみを全集版に収録していて他の楽章はマーラー作曲として認められていません。

そうは言っても、一応終楽章の第5楽章まで4段から5段になる譜面にスケッチを書き残しており、楽章によってはオーケストレーションの草稿もできているので、これを放っておく手は無く、様々な人が補筆完成にトライしています。

実際のところ第1楽章も一応完成はしているものの、その他のマーラーの楽曲と比較すると、まだまだ手を加えて完全な完成に持ち込もうという途中段階の印象は否めず、かなりオーケストレーションの薄い部分などが散見されます。そのために、この第1楽章の補筆を含めて補筆版が複数存在しています。

現在も演奏されるのは第1楽章のアダージョのみという場合が圧倒的に多いのですが、クック版完成以降は第1楽章のみの演奏ではマーラー協会が出版しているオリジナル版が使われる事が多いようです。まあ、中途半端な補筆版よりは、完全なオリジナルか完全な補筆版という事なんでしょうね。曲自体は、第9番で顕著になってきた無調性への進行が進んでいて、曲の流れはロマン派っぽいのですが調性が曖昧で、緩徐楽章を冒頭に持ってきた事も相まって、なんだか気色悪い消化不良という感じはします。完成していたらどうなっていたかはわかりませんけど・・・

第1楽章冒頭を、1990年10月14日が命日のバーンスタイン指揮ウィーン・フィルで。

2012年10月13日 (土)

今日の音楽 10月13日 アメリカ

アメリカのシンガー・ソングライター ポール・サイモンは1941年10月13日にニュージャージー州のニューアークで生まれました。

ポール・サイモンについては「明日に架ける橋」のところで記述しましたので省略。
サイモン&ガーファンクルで最も売れたアルバムは「明日に架ける橋」なのですが、この頃2人は既に不仲になっており、映画で忙しかったアート・ガーファンクルがなかなかレコーディングに参加できないでいた、という事もあり、サイモン&ガーファンクルのアルバムとしての出来は、前作の「ブック・エンド」がピークと言われています。「ブック・エンド」は、タイトル曲の「ブック・エンドのテーマ」に挟まれたアメリカの現実を歌った組曲がレコードのA面になっているという作品です。B面の方からは「ミセス・ロビンソン」(映画「卒業」のサウンドトラックをリテイクしたもの)、冬の散歩道がシングルとして発売されましたが、A面は組曲という形をとっているためシングル発売される曲はありませんでした。1970年の解散後1972年の「グレイテスト・ヒッツ」発売に合わせて「アメリカ」がシングル発売されましたが、ビルボードチャートでは97位までしか上がっていません。しかしながら、ポール自身はこの曲をソロでも好んで歌っています。内容がアメリカの真実を求めて旅する2人の若者という設定になっており、アメリカの地名や風物が様々に織り込まれています。

2012年10月12日 (金)

今日の音楽 10月12日 イギリス民謡組曲

イギリスの作曲家ヴォーン・ウィリアムズは1872年10月12日に生まれています。

ホルストとほぼ同世代のヴォーン・ウィリアムズは日本ではホルスト程知られた存在ではありませんが、イギリスの音楽史の上では、ヘンリー・パーセル以降時間が止まっていたイギリス音楽の中興を果たしたのがヴォーン・ウィリアムズと言われています。これより前にエルガーも活躍していたのですが、若い頃からイギリス民謡を収集して、民謡に基づく音楽を多く作曲したヴォーン・ウィリアムズが中興の主なんでしょうね。

9つの交響曲や、グリーン・スリーヴズによる幻想曲タリスの主題による幻想曲が有名ですが、吹奏楽団の間では古典とよばれる作品があります。イギリス民謡組曲です。

原曲は吹奏楽ですが、ゴードン・ジェイコブスによって管弦楽に編曲されてもいます。3つの曲からできていて、
第1曲 行進曲「日曜日には十七歳」・・・「日曜日には十七歳」「可愛いキャロライン」「富める人とラザロ」の3つの民謡からできています
第2曲 間奏曲「私の素敵な人」・・・「私の素敵な人」「緑の茂み」の2曲の民謡を使用
第3曲 行進曲「サマセットの民謡」・・・「朝露を吹き飛ばせ」「高地ドイツ」「とても高い木」「ジョン・バリーコーン」の4つの民謡を使用しています。

ゴードン・ジェイコブスの管弦楽編曲版で、マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏です。

2012年10月11日 (木)

今日の音楽 10月11日 交響曲第9番(ブルックナー)

オーストリアの作曲家アントン・ブルックナーは1896年10月11日に亡くなっています。

マーラーと共に後期ロマン派を代表する交響曲の作曲家で、ワーグナーに傾倒した為にアンチ・ワーグナー派の音楽家から執拗に批判され続け、悪評を受けるたびに作品を改訂し続けるといった生涯でした。とにかく改訂しまくりの作曲家なので、様々な版が存在していて、曲によっては同じ曲とは思えないほどの改訂が入った作品もありました。

ブルックナー最後の交響曲である第9番は、未完の作品です。第3楽章まで完成していて第4楽章は第3主題の途中で自筆譜が終わっています。・・・ので、勿論完成版は本人ではなくて様々な人による様々な版が存在しているのですが・・・

実際には、この曲は第3楽章までしか演奏されない事が多い上に、未完成なので勿論改訂版も存在していない曲です。第3楽章までで30分程度というブルックナーにしては比較的短い曲になっています。初演は1903年レーヴェ改訂版によるものでした。

カラヤン指揮ウィーンフィルで第1楽章前半です。

2012年10月10日 (水)

今日の音楽 10月10日 歌劇「アイーダ」

イタリアオペラの代表的作曲家 ジュゼッペ・ヴェルディは1813年10月10日に生まれました。ヴェルディに関する薀蓄は「ナブッコ」のところの文を引用しておきます。

音楽史上、最も成功したオペラ作曲家は、ワーグナーとヴェルディでしょう。ワーグナーなどは、自分のオペラ専用の歌劇場まで作ってもらったり大変な栄華を極めていますが、それはバイエルン国王ルートヴィヒ二世というパトロンを得た事が大きな要因となっています。

それに比べると、ヴェルディは純粋に作品によって大成功を収めたという部分では、史上ナンバーワンのオペラ作曲家と言っても過言ではないでしょう。
しかも、当時成功を収めても忘れ去れらた作曲家も数多い中、ヴェルディの作品は今でも多くの人に愛され、世界中のあちこちで上演され続けています。
ヴェルディの作品は、その少し後のヴェリズモ・オペラと比較すると、それ以前の作曲家同様歴史や名作を元にした作品が多いのが特徴です。
歴史を元にした作品では「ナブッコ」、「十字軍のロンバルディア人」「アッティラ」「アイーダ」など。名作を元にした作品では、シェイクスピアの「オテロ」「マクベス」「ファルスタッフ」、デュマ=フィスの「椿姫」、ユゴーの「エルナーニ」「リゴレット」などです。

ヴェルディの最高傑作といえば「アイーダ」ですね。スケールの大きさ、音楽の斬新さなど様々な点で他の作品と一線を画すオペラです。一般には、スエズ運河の開通を記念して作られたと言われていますが、確かにヴェルディにその依頼がありましたが、ヴェルディは臨時の機会に音楽を作る事に慣れていないと断っており、結局カイロの劇場の杮落としには「リゴレット」が上演されたようです。ヴェルディにエジプトを舞台にした作品の依頼があったのは、スエズ運河開通後の事だったようです。

作品は普仏戦争の影響で予定より1年ほど遅れた1871年12月24日にカイロで初演されその後世界各国で好評を博しました。

アイーダと言えば野外オペラを思い浮かべますが日本でも東京ドームで公演されました。特にヴェローナの野外劇場での音楽祭の第1回目はアイーダでした。

有名な凱旋の行進は、途中にバレエを挟んだ行進曲で、演奏会(特に合唱主体の演奏会)ではバレエの部分が飛ばされて演奏される事もあります。実は、オーケストラの演奏としてはバレエ部分の方が疲れるんですけどね。

2012年10月 9日 (火)

今日の音楽 10月9日 夢見るシャンソン人形

フランスのシャンソン歌手 フランス・ギャルは1947年10月9日にパリで生まれました。

フランス・ギャルは勿論本名ではありませんが、ファーストネームの方は本名。と言ってもGALじゃ無くって、GALLですが・・・

パリで生まれ、父親は作詞家、母親は木の十字架合唱団の共同創設者という音楽一家に生まれ1963年に「恋のお返し」でデビュー。1965年に行われた第10回ユーロビジョン・ソング・コンテストで「夢見るシャンソン人形」を歌って優勝しました。その後しばらくは低迷していましたが、1970年代に入って作曲家ミッシェル・ベルジュと出会い再スタートして成功しました。

1976年にベルジュと結婚し2児を設けましたが1992年にベルジュが他界し1997年に娘を難病で亡くしてから世に出る事はなくなりました。

「夢見るシャンソン人形」は日本語版も発売され日本でも大ヒットしました。また多くのカバーを生んでおり中尾ミエ弘田三枝子の競作をはじめ、南沙織森口博子なども取り上げています。

2012年10月 8日 (月)

今日の音楽 10月8日 ノヴェンバー・ステップス

日本を代表する作曲家 武満徹は1930年10月8日に生まれています。

日本を代表するというよりも、20世紀後半を代表する世界の作曲家とも言える武満ですが、高校卒業後東京音楽学校の試験を2日目にリタイアし、結局アカデミックな音楽の勉強をせずに大作曲家になった人です。

当初は前衛的な音楽を目指していましたが、やがて調性を取り入れるようになっていきます。映画音楽や合唱曲など様々な分野に作品を残していますが、何と言っても彼の出世作はノヴェンバー・ステップスです。ニューヨーク・フィルの125周年のために委嘱され、琵琶と尺八を取り込んだ作品で、アメリカやカナダで絶賛され武満の名前を世界的なものにした曲です。

映画「切腹」で初めて邦楽器を取り入れ、その後NHK大河ドラマ「源義経」などを通して方向性を確立し、「ノヴェンバー・ステップス」になったわけです。その後カシオペア、カトレーンなどの秀作を遺して1996年65歳で惜しまれながら病死しています。

小澤征爾指揮サイトウキネンオーケストラです。

2012年10月 7日 (日)

今日の音楽 10月7日 ブルー・ハワイ

アメリカ映画音楽の作曲家ラルフ・レインジャーは1901年10月7日に生まれました。

作詞家のレオ・ロビンとのコンビで数々の映画音楽を作曲していますが、わずか41歳で飛行機事故で亡くなっています。代表作の「ブルー・ハワイ」は、元々は1937年のパラマウント映画「ワイキキの結婚」のために書かれた曲ですが、この映画の主題歌でアカデミー歌曲賞を受賞した「スウィート・レイラニ」は他の作曲家によるものです。ラルフ自身は翌年の「百万弗の大放送」の「想い出によみがえる」がアカデミー賞を受賞しています。

この「ブルー・ハワイ」はスタンダード・ナンバーとしてビング・クロスビーフランク・シナトラによって録音され歌い継がれて行きましたが、脚光を浴びたのがプレスリーによる1961年の同名の映画「ブルー・ハワイ」。この映画のサウンド・トラックはビルボードのヒットチャートで20週間ナンバーワンに留まっています。

2012年10月 6日 (土)

今日の音楽 10月6日 八月の鯨

アメリカの女優ベティ・デイヴィスは1989年10月6日に81歳で亡くなりました。

1908年にマサチューセッツ州で生まれ、ハイスクール在学中からダンスや演技を学んで1929年にブロードウェイでデビュー。その後ユニバーサル映画と契約しましたが成功せず、1932年にワーナーブラザーズと契約。1934年に出演した「痴人の愛」が話題になり以後演技派大女優の道を歩みます。

青春の抗議」「黒蘭の女」ではアカデミー主演女優賞を獲得。特に1938年から5年連続してアカデミー賞にノミネートされたのは記録として残っています。1950年の「イブの総て」の悪女役も注目されそれ以降は性格俳優として活躍しました。年齢を重ねても映画に出演し続け、1987年の「八月の鯨」では当時93歳のリリアン・ギッシュと老姉妹役で共演しています。

「八月の鯨」はメーン州の島に2人で住む老姉妹の普通の生活を坦々と描く映画。長い人生の経験が、この普通の人の普通の生活に重みを与えている映画です。音楽は、アラン・プライス。この人は、「朝日のあたる家」で名を残すジ・アニマルズの初代キーボード奏者で体調の都合で脱退した後1970年以降は映画音楽などを作曲していました。

2012年10月 5日 (金)

今日の音楽 10月5日 ジョーカー

アメリカのブルース歌手スティーヴ・ミラーは1943年10月5日に生まれました。

60年代初めからギタリストとして活躍していたスティーヴ・ミラーは1966年に自らのバンド、スティーヴ・ミラー・バンドを結成。このバンドには一時期ボズ・スキャッグスも参加していました。1973年のアルバム「Joker」がミリオンセラーとなり、そこからシングルカットされた「ジョーカー」が全米ナンバーワンに輝きます。

その後は休止・活動再開を繰り返していますが解散はしていません。

ジョーカーは、ファンキーでポップなナンバーです。

2012年10月 4日 (木)

今日の音楽 10月4日 ジャニスの祈り

女性ロックシンガーのジャニス・ジョプリンは1970年10月4日にヘロイン中毒でわずか27歳で死亡しました。

ジャニスは圧倒的な歌唱力で、ロック界を代表する女性シンガーに上り詰めています。いくつかのバンドを渡り歩いて名声を高めていったジャニスは1970年にアルバム「パール」の録音のために滞在していたロサンゼルスのホテルで死体となって発見されました。致死量をこえたヘロインの摂取が原因で、このアルバムは死後1971年にリリースされ大ヒットしています。

ジャニスの祈り(Move over)は、このアルバムの1曲目を飾った曲で、ジャニス自身の作詞作曲によるものです。

2012年10月 3日 (水)

今日の音楽 10月3日 ニール・サイモンも読みかけのままで

シンガー・ソングライター 石川優子(現 田中優子)は1958年10月3日に大阪で生まれています。

1978年ヤマハのポプコン本選会に出場し注目され、翌年「沈丁花」でプロ・デビュー。三枚目のシングル「クリスタル・モーニング」がコルゲントローチのCMに使われてヒット。1981年に「シンデレラ・サマー」がJAL沖縄キャンペーンのCMソングとして使用され大ヒットしました。爽やかで明るい語り口でラジオのDJとしても人気を博しました。

作詞作曲では、河合奈保子早見優などにも楽曲提供しています。1990年に引退しアメリカへ留学、その後結婚しましたが、合間を見てDJなどでは仕事を継続し、2009年にはChageのアルバムで久しぶりにデュエットで歌声を聞かせてくれました。

私も、実は日本のアーチストの中では最も多くのアルバムを持っている歌手です。「ニール・サイモンも読みかけのままで」は19枚目のシングルで作詞は秋元康、作曲は石川優子自身の曲で、失恋を歌ったバラードで、大好きな曲のひとつです。タイトルのニール・サイモンはブロードウェイを代表する脚本家で、映画「グッバイ・ガール」も彼の脚本の作品でした。

2012年10月 2日 (火)

今日の音楽 10月2日 ヴァイオリン協奏曲第2番(ブルッフ)

ドイツの作曲家マックス・ブルッフは1920年10月2日に生まれました。

ケルンで生まれ、ベルリンで没していますが、ユダヤ的な旋律の作曲で成功したためユダヤ人と疑われ、ナチスに演奏禁止とされてしまったため多くの作品が忘れ去られてしまいました。本来はオペラ作曲家のため旋律の美しさは天下一品。ヴァイオリン奏者出身でもないのですが、現在演奏される作品はヴァイオリン協奏曲とスコットランド幻想曲というヴァイオリンと管弦楽のための作品ばかりです。それと言うのもこの時期、ヨアヒムとかサラサーテという名手がいたからで、実際にヴァイオリン協奏曲の第1番第3番はヨアヒムに、第2番とスコットランド幻想曲はサラサーテに献呈されています。

この第2番の協奏曲は1877年に作曲されロンドンで初演されました。なかなかメロディックな曲で第1番にもひけをとらない作品なのですが、出版社がスコアとパート譜を購入した演奏者のみ公開の演奏を認めるとしたため、演奏される事が少なかったため第1番に比べて人気が無いという事のようです。

第1楽章を、エルマンのヴァイオリン、フィストゥラーリ指揮ロンドン交響楽団です。

2012年10月 1日 (月)

今日の音楽 10月1日 おかしな二人

アメリカの映画俳優ウォルター・マッソーは1920年10月1日に生まれています。

マンハッタン育ちでコロンビア大学でジャーナリズムを学び、空軍除隊後に演劇を学び、映画デビューは1955年という遅咲きの俳優でした。1966年にアカデミー助演男優賞を獲得した「恋人よ帰れ!わが胸に」で共演したジャック・レモンとは、その後も名コンビとして知られています。代表的な作品が「おかしな二人」。

妻と離婚したスポーツ記者オスカー・マディソンの部屋に、ポーカー仲間で同様に妻に逃げられたフェリックス・アンガーが居候をはじめたところから話が始まります。極端にずぼらなオスカーと、極端に几帳面なフェリックスという性格が180度違うふたりが巻き起こす騒動を描いたコメディ作品で、続編も作られ、TV番組化もされました。オスカーに扮したのがウォルター・マッソー、フェリックスをジャック・レモンが演じています。

その後、ウォルター・マッソーは「ハロー・ドーリー」「がんばれベアーズ」などに出演。2000年7月1日に亡くなっています。

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