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2012年9月30日 (日)

今日の音楽 9月30日 サマータイム

ガーシュウィンの歌劇「ボーギーとベス」は1935年9月30日にボストンのコロニアル劇場で初演されました。ミュージカルの先駆的な作品と言われていて、ジャズや黒人音楽を取り入れ、登場人物も白人が1人だけで後は全員が黒人という設定になっています。

エドワード・デュボーズ・ヘイワードの小説「ボーギー」を元にしたオペラで、ボストンの初演は評判が芳しくなかったものの、その後ブロードウェイで大成功を収めました。

特に第1幕第1場で歌われるクララの子守歌「サマー・タイム」はビリー・ホリディによって歌われたカバーがヒットして以来ジャズのスタンダードナンバーとして多くの歌手によって歌われています。

「サマータイム」をキャスリーン・バトルのソプラノ、デュトワ指揮モントリオール交響楽団です。

2012年9月29日 (土)

今日の音楽 9月29日 真珠採り

ビゼーの歌劇「真珠採り」は1863年9月29日にパリのリリック座で初演されました。

ローマ大賞を受賞してローマ留学から帰国したビゼーが、リリック座の支配人カルヴァロからの要請で作曲したのが「真珠採り」です。初演は聴衆からは喝采を浴び、評論家からは酷評されるという結果でしたが、ベルリオーズが高く評価したそうです。

舞台はメキシコを想定されていましたが後にセイロン(スリランカ)になっています。ストーリーは、真珠とりの頭領ズルガと旧友のナディールがかつて恋争いをして、尼僧となって戻ってきたレイラとの間で再発した恋の争いの話。特にナディールの歌う「耳に残るは君の歌声」は、アルフレッド・ハウゼがタンゴにアレンジして、真珠とりのタンゴとして世界中に知られるようになりました。

ナディールのロマンス「耳に残るは君の歌声」です。

2012年9月28日 (金)

今日の音楽 9月28日 カルメン・シルヴァ

ルーマニアの作曲家イヴァノヴィッチは1902年9月28日に亡くなっています。

ルーマニアの軍楽隊長としても活躍したイヴァノヴィッチですが、とりわけ「ドナウ川のさざなみ」が有名です。もうひとつ、ちょっと知られている曲が「カルメンシルヴァ」です。カルメン・シルヴァは、ルーマニアのカルロ一世の王妃であり小説家・詩人としても活躍していたエリサベタ・ア・ロムニエイのペンネームです。

2012年9月27日 (木)

今日の音楽 9月27日 タワリング・インフェルノのテーマ

アメリカを代表する映画俳優ポール・ニューマンは2008年9月27日(一部26日との報道あり)に肺癌で亡くなっています。

母親が演劇好きで、幼少のころから児童劇団に入れられましたが本人は関心を示さなかったようです。セールスマンや軍人などを経験し紆余曲折の後演劇を目指し劇団を渡り歩いている間にプロデューサーの目にとまり、アクターズ・スタジオに入学。1954年に映画デビューしましたが映画自体が失敗作で不本意なデビューとなりました。アクター・スタジオの同窓生のジェームズ・ディーンマーロン・ブランドが「エデンの東」「波止場」でそれぞれ成功をおさめましたが、ポールは作品に恵まれず、やがて映画を離れて演劇・TVの世界に身を置いていたようです。ジェームズ・ディーンの急死で回って来た「傷だらけの栄光」の演技が認められ、「熱いトタン屋根の猫」でアカデミー主演男優賞にノミネートされるなどようやく日の目を見る事になったのは1958年33歳になってからです。

「明日に向かって撃て」と「スティング」は以前取り上げていますので、今日は「タワリング・インフェルノ」です。パニック映画の最高傑作のひとつと言われ、ビルの設計者に扮するポールと消防士のスティーブ・マックイーンのダブル主人公の映画です。

主題歌は、「ポセイドン・アドヴェンチャー」の主題歌「モーニング・アフター」と同じモーリン・マクガバンが歌った「We may never love like thsi again」。邦題は何とも安易な「タワリング・インフェルノ 愛のテーマ」。彼女のダイナミックな歌でアカデミー歌曲賞を受賞しています。

2012年9月26日 (水)

今日の音楽 9月26日 サム

歌手オリビア・ニュートン=ジョンは1948年9月26日にイギリスのケンブリッジで生まれました。

その後オーストラリアで育ち1966年にイギリスで歌手デビューしましたが、しばらくはクリフ・リチャードのバックコーラスなどを務めていました。1971年に「イフ・ノット・フォー・ユー」がヒットし1974年の「レット・ミー・ビー・ゼア」が始めて全米ベスト10にランクイン。その後の「愛しい貴方」もベスト10入りしグラミー賞のカントリー部門を獲得するなど活躍。「愛の告白」で初めて全米№1に輝きました。

その後は「グリース」に出演したり、イメージチェンジをした「フィジカル」が大ヒットしたり、乳癌を克服したりと活動を続けています。

私は、彼女が日本でデビューする前からのファンで日本の公式ファンクラブにも入っていましたし、初期のアルバムは殆ど持っていますが、最も好きな曲が「サム」です。別れた恋人サムへの未練を歌った曲なのですが、とっても爽やかな曲なんですよ。

2012年9月25日 (火)

今日の音楽 9月25日 欲望の街

推理作家高木彬光は1920年9月25日に青森で生まれています。

「刺青殺人事件」で推理作家としてデビューし、その後「能面殺人事件」では探偵作家クラブ賞を受賞し推理作家としての確固たる地位を築きました。特に、「刺青殺人事件」を皮切りに「呪縛の家」「人形はなぜ殺される」などで活躍する名探偵神津恭介は、江戸川乱歩明智小五郎横溝正史金田一耕介と並んで日本の三大名探偵と言われています。(世界三大探偵はホームズとポワロと、もう一人はクイーンでしょうかね。メグレは刑事なので除外)

高木彬光は他にも、弁護士の百谷泉太郎、検事霧島三郎、検事近松茂道、探偵大前田英策などの魅力的なシリーズキャラを生んでいます。
そんな中で、異色の作品が「白昼の死角」。実際にあった事件や人物を下敷きにしたピカレスクロマン作品で、1979年には夏木勲主演で映画化されました。その主題歌がダウンタウン・ブギウギ・バンドの歌う「欲望の街」でした。

2012年9月24日 (月)

今日の音楽 9月24日 時をかける少女

作家の筒井康隆は1934年9月24日に生まれています。

日本を代表するSF作家のひとりでもあり、演劇の世界でも活躍していますが、差別問題による中傷などの影響で1993年から1997年まで断筆するなど話題には事欠かない作家です。

代表作の七瀬三部作(家族八景七瀬ふたたびエディプスの恋人)をはじめ、富豪刑事などたびたびTVドラマなどで扱われていますが、何と言っても「時をかける少女」でしょうね。

原作は1967年に刊行され、「時をかける少女」から翻案された1972年の「タイム・トラベラー」から始まり、映画やTVドラマとして何度も映像化されています。中でも、大林宣彦監督の尾道三部作(他の2作は「転校生」と「さびしんぼう」)の2作目として原田知世映画初出演で製作された「時をかける少女」は日本の青春映画の傑作のひとつでした。

西暦2660年の未来から、既にその時代には滅んでいた「ラベンダー」の採取のために時空を超えてやってきたケン・ソゴル(現代では深町一夫)と高校生芳山和子をめぐる物語。松任谷由実が作詞作曲した主題歌も映画と併せてヒットしました。映画ではエンディングでメイキングのような映像の中で歌うという手法が使われています。

2012年9月23日 (日)

今日の音楽 9月23日 愛さずにはいられない

アメリカの盲目黒人シンガー レイ・チャールズは1930年9月23日に生まれました。

6歳で緑内障で失明しましたが、目が見えないというハンデを乗り越えてピアノを学び歌手として活動を開始。1959年に「ホワッド・アイ・セイ」で初のミリオンセラーを獲得しました。

1961年に「我が心のジョージア」が大ヒット、麻薬を常用していたが1965年3度目の逮捕後ヘロインを断つ事に成功しました。1985年にはUSAフォー・アフリカに参加。1989年にはサザン・オール・スターズの「いとしのエリー」をカバーして話題になりました。

「ソウルの神様」と呼ばれ「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」でアレサ・フランクリンに次いで第2位に選ばれました。

「愛さずにはいられない」は、カントリーシンガーのドン・ギブソンが作詞作曲しヒットさせた曲のカバーです。

2012年9月22日 (土)

今日の音楽 9月22日 愛の祈り

アメリカの女性歌手デビー・ブーンは1956年9月22日に生まれています。

歌手パット・ブーンの娘で1977年にデビュー。デビュー曲の「恋するデビー」がいきなり全米チャートで10週間連続ナンバーワン(デビュー曲としては初)に輝き70年代後半は大変な人気を誇っていました。残念ながらその後はあまりヒットには恵まれませんでしたが、1枚目、2枚目のアルバムの中にはアバの曲「落ち葉のメロディ」や、シングルカットもされた「カリフォルニア」などの名曲もあります。

「愛の祈り」は原題が"God Knows"。1978年の東京音楽祭で金賞を獲得した曲で「恋するデビー」と違って力強いサビが印象的な歌でした。

2012年9月21日 (金)

今日の音楽 9月21日 メロディ(チャイコフスキー)

ドイツのヴァイオリニストアウグスト・ウィルヘルミは1845年9月21日に生まれました。

まあ、ウィルヘルミと言えば、どちらかというと編曲者として名を残しています。中でも最も知られているのがバッハの管弦楽組曲第3番のアリア、いわゆる「G線上のアリア」です。バッハの美しい旋律を、ヴァイオリンの最低弦であるG線で演奏するというもので、原曲よりもこちらの方が知られているぐらいですね。

そのほかにもドヴォルザークの「ユモレスク」などの編曲でも知られています。

そんなヴァイオリンのための編曲作品の中で、チャイコフスキーの「メロディ」も名曲のひとつです。と言っても、この曲は原曲もヴィオリンのための曲、「懐かしい土地の思い出」の仲の1曲なのですが・・・

2012年9月20日 (木)

今日の音楽 9月20日 アイ・ガッタ・ネイム

アメリカのシンガー・ソング・ライター ジム・クロウチは1973年9月20日に飛行機事故で亡くなりました。

ジム・クロウチは長い間売れずに、道路工事をやったり教師をやったりと仕事を転々としながら歌い続けて来ました。1972年の7月28歳の時に「ジムに手をだすな」が全米チャートのトップ10入りを果たし、翌年の7月に「ルロイ・ブラウンは悪い奴」が全米ナンバーワンに輝きました。私が、ジム・クロウチに出会ったのは、この曲がチャートをグングンと上昇している時。まあ、何と言うか調子が良い曲で(日本ではヒットしないだろうな)なんて思いながら聴いていたのですが、次の映画「ラスト・アメリカン・ヒーロー」の主題歌「アイ・ガッタ・ネイム」がまたまたチャートを上昇、とてもワクワクする曲で、トップにな~れ、と思いながらラジオ関東(現ラジオ日本)の全米トップ40を聞いていたものでした。

そんな上昇中の9月20日に、ジムは不慮の飛行機事故で亡くなってしまったのです。何だか、「ラスト・アメリカン・ヒーロー」、「アイ・ガッタ・ネイム」がようやくアメリカン・ヒーローになって名前を知られるようになったジムとリンクしていたような気がしました。

死後発売された「タイム・イン・ア・ボトル」や「歌にたくして」は日本でもヒット。彼の残した3枚のアルバムを求めて(特に1枚目は日本では殆どヒットしていなかった頃で入手困難だった)秋葉原を歩き回りました。今でも「Don't mess around with Jim」「Life and Times」「I got a name」の3枚のアルバムは私の宝物のひとつです。

2012年9月19日 (水)

今日の音楽 9月19日 夢のカリフォルニア

ロック・コーラス・グループ ママス&パパスのママことキャス・エリオットは1941年9月19日に生まれました。

1965年に「ニュー・ジャーニーメン」というグループにキャスが合流して結成されたママス&パパスはデビュー曲の「夢のカリフォルニア」でいきなり全米第4位のヒットを飛ばして、2作目の「マンディ・マンディ」が第1位となりその後もヒットを続けていきましたが、メンバーのフィリップス夫妻の仲に亀裂が生じて1968年にはグループは崩壊。その後は各メンバーがソロで活動し、キャスはソロでも成功したのですが1974年にロンドンのツアー中に心臓発作で突然の逝去。享年32歳という若すぎる死でした。歌唱力抜群でユーモアのセンスもあり、ママス&パパスの成功は彼女に負うものが大きかったと言われています。

1965年to

2012年9月18日 (火)

今日の音楽 9月18日 アントニオの歌

アメリカのAORを代表する歌手マイケル・フランクスは1944年9月18日に生まれています。

囁くようなヴォーカルスタイルで知られるマイケルは、ボサノバの名曲「アントニオの歌」で知られています。

アントニオの歌は1977年の曲で、ボサノバを創生したと言われるブラジルのミュージシャンのひとりアントニオ・カルロス・ジョビンを歌った歌です。

2012年9月17日 (月)

今日の音楽 9月17日 ミセス・ロビンソン

アメリカの映画女優アン・バンクロフトは1931年9月17日にニューヨークのブロンクスで生まれました。

1951年から女優としてTVなどに出演していたもののハリウッドでは芽が出ず、ニューヨークに戻って1958年に舞台出演しトニー賞の助演女優賞を受賞し、1959年にヘレン・ケラーを育てたアン・サリバンを描いた戯曲「奇跡の人」でサリバン役を演じて話題になり、1962年の映画化に際して同役を務めアカデミー主演女優賞を獲得しました。

その後「卒業」「愛と喝采の日々」など多くの作品に出演しましたが、2005年に子宮がんで死去しています。

「卒業」では、エレーンの叔母にあたる妖艶な人妻ミセス・ロビンソンを演じています。ミセス・ロビンソンはサイモン&ガーファンクルによって唯一この映画の為に書き下ろされた曲です。

2012年9月16日 (日)

今日の音楽 9月16日 花はどこへ行った

フォーク歌手のマリー・トラヴァースは2009年9月16日に白血病が元の合併症で亡くなりました。

1936年グリニッジ・ヴィレッジで生まれたマリーは、1961年にピーター・ヤローノエル・ポール・ストゥーキーと共にピーター・ポール&マリー(PP&M)を結成し「天使のハンマー」がヒットして代表的なフォーク・グループとなりました。

その後「パフ」が全米第2位の大ヒット。3枚目のアルバムでは、駆け出しのミュージシャンだったボブ・ディランの曲を3曲取り入れてボブが世に出るきっかけを作っています。その中の「風に吹かれて」は彼女たちの最大のヒットになりました。PP&Mの曲は、「反戦」「平等」など社会主義運動を象徴する歌として、ワシントン大行進の際にも演奏されています。

「花はどこへ行った」(Where have all the flowers gone)は世界で最も有名な反戦歌と言われる曲でアメリカン・フォークの父とも言われるピート・シーガーの作詞作曲による歌です。

歌詞は、
花はどこへ行った → 少女が摘んでいった
少女はどこへ行った → 男のところへ嫁いだ
男はどこへ行った → 兵隊として戦場へ行った
兵隊はどこへ行った → 死んで墓に行った
墓はどこへ行った → 花で覆われた
花はどこへ行った  ・・・・・

最後に「いつになったらわかるのだろう」(=戦争の愚かさを)で締めくくっているために反戦歌として捉えられています。

2012年9月15日 (土)

今日の音楽 9月15日 黄金の日々

作曲家池邊晋一郎は1943年9月15日に生まれました。

NHK教育テレビのN響アワーの司会を13年間もやっていたおかげで、現代日本の作曲家の中では最も知られた存在のひとりなのですが、作品となるとあんまり知られていないですね。交響曲を7曲も書いているし、日本合唱連盟の役員を長年務めていて合唱曲も多く作曲していますし、映画音楽やTVドラマなどでも活躍していますが、代表的な作品が浮かんでこない方です。映画でも「影武者」「楢山節考」「うなぎ」など日本映画界を代表する作品に数多く携っているのですが・・・・

NHKの大河ドラマも現在までに5回主題曲を作曲しています。「黄金の日々」「峠の群像」「独眼竜政宗」「八代将軍吉宗」「元禄繚乱」です。私は大河ドラマは見たり見なかったりで、3分の1強しか見ていないのですが、この5作品は「見ていない」ものです。(だいたい江戸時代ものは見ないので上記は全て戦国末期から江戸時代のものですね)

最も古い「黄金の日々」です。戦国末期の豪商呂栄助佐衛門の話でした。

2012年9月14日 (金)

今日の音楽 9月14日 マンボ№5

マンボ王と言われるキューバのバンドリーダー ペレス・プラードは1989年9月14日に亡くなっています。

1940年代ハバナで働いていた頃当時流行していたルンバにジャズの要素を取り入れたマンボを積極的に取り上げたもののキューバでは受け入れられず、メキシコへ移住しペレス・プラード楽団を創設して人気アーチストになりました。

ペレス・プラードと言えば、日本では「8時だよ全員集合」の加藤茶の「ちょっとだけよ」のコントで演奏される「タブー」が大変によく知られています。

マンボ№5は、彼が1949年に発表した曲でマンボのインストロメンタル曲では最も知られている曲でしょうね。

2012年9月13日 (木)

今日の音楽 9月13日 機動戦士ガンダム めぐりあい

作曲家井上大輔は1941年9月13日に生まれています。

1963年にジャズ喫茶で演奏中にジャッキー吉川にスカウトされ、ジャッキー吉川とブルー・コメッツに参加し、ボーカルとフルート、サックスを担当すると共に多くの曲の作曲もしていました。「ブルー・シャトウ」はグループサウンズ唯一のレコード大賞を獲得しています。

1972年にメンバーチェンジがあり実質的にはブルーコメッツは解散。その後作曲家に転進し数々のヒット曲を手がけています。

代表的な曲は、杏里「気ままにReflection」、葛城ユキ「ボヘミアン」,フィンガー5「恋のダイヤル6700」、ラッツ&スター「ランナウェイ」「め組のひと」など。

日大芸術学部の同窓生富野由悠季が手がけた劇場版ガンダムシリーズの第2作と第3作は自作自演でした。

劇場版ガンダム第3作「めぐりあい宇宙」の主題歌「めぐりあい」です。

2012年9月12日 (水)

今日の音楽 9月12日 ロイ・ビーンのテーマ

「サイコ」のノーマン・ベイツ役で知られる、映画俳優アンソニー・パーキンスは1992年9月12日に亡くなりました。

1932年4月4日にニューヨークで生まれたアンソニー・パーキンスは父親が舞台俳優だったことから俳優を志し1953年には「女優」という映画でデビューしましたが、しばらくは泣かず飛ばず。大学卒業後の1956年に出演した「友情ある説得」でアカデミー助演男優賞にノミネートされ1960年代を代表する青春スターの仲間入りを果たしました。

緑の館」ではオードリー・ヘプバーンと共演もし、翌年にはヒッチコック監督の「サイコ」の主役ノーマン・ベイツ役が大当たり。その後ハリウッドの体質を嫌ってフランスに移住し「パリは燃えているか」などの出演。1980年代には監督としても活躍しましたが、大麻所持などのスキャンダルで人気を落とし、晩年は「サイコ」の続編などサスペンス・ホラーのイメージを脱する事ができずにエイズのために死亡しています。

映画「ロイ・ビーン」は19世紀末に実在した、自らの手で悪を罰する「首吊り判事ロイビーン」の半生を描いた映画で、アンソニー・パーキンスは牧師役として出演していました。

アンディ・ウィリアムズが歌う ロイ・ビーンのテーマ曲。原題はMarmalade Molasses and Honey ママレード、糖蜜と蜂蜜という内容とは全く似つかわしくない何とも甘いタイトルです。

2012年9月11日 (火)

今日の音楽 9月11日 ミルテの花

1840年9月11日、シューマンの歌曲集「ミルテの花」が完成しています。

シューマンがクララと結婚したのが1840年9月12日ですから、この曲は結婚前日に完成したわけです。というのも、シューマンがクララに純潔の象徴であるミルテの花で飾ってクララにプレゼントしたのがこの曲なのです。クララは当代きってのピアニストですから本来はピアノ曲を贈っても良かったのでしょうが、なにしろ1840年はシューマンにとって歌曲の年と言われている年でしたから歌曲を贈ったのでしょうね。ちなみにこの1840年には「リーダークライス」「女の愛と生涯」「詩人の恋」といったシューマンの代表的な歌曲集が全部作曲されています。

ミルテの花はリュッケルトハイネゲーテバイロンといった詩人たちの詩に曲をつけた26曲からなる歌曲集で、情熱と愛に満ち溢れた作品です。第1曲目の「献呈」は文字通りクララに捧げるという内容の曲です。

第1曲「献呈」です。

2012年9月10日 (月)

今日の音楽 9月10日 平城山

日本の作曲家 平井康三郎は1910年9月10日に生まれています。

東京音楽学校のヴァイオリン科を卒業後研究科作曲部で作曲を学び、その後母校で教鞭をとる傍ら作曲活動を行っていきました。

器楽作品としては、日本の古謡に基づく作品が多く、オリジナルの歌曲も日本の文化に根付いた作品が多かったのですがスキー、とんぼのめがね、ゆりかごといった童謡も作曲しています。

中でも歌人の北見志保子の短歌「磐之媛皇后御陵」という2つの短歌に作曲した「平城山(ならやま)」は5・7・5・7・7の詞を非常に美しく表現した作品です。

2012年9月 9日 (日)

今日の音楽 9月9日 ドック・オヴ・ザ・ベイ

アメリカのシンガー・ソングライター オーティス・レディングはジョージア州で1941年9月9日に生まれました。

後のソウル・ミュージックに多大な影響を与えたR&Bのミュージシャンとして知られ、ローリング・ストーン誌の「歴史上最も偉大な100人のシンガー」の第8位に選ばれています。(ちなみに第1位はアレサ・フランクリン)

1962年からソロ歌手として活動をはじめ数々のヒットを出しましたが1967年12月10日に飛行機事故で死亡。わずか5年という短い間に、これだけの評価を得たのは、後のブラック・ミュージックへの影響度の大きさもあったからでしょうね。

ドック・オヴ・ザ・ベイは、事故の3日前の12月7日と8日にかけてレコーディングされ、死後翌年の3月に全米チャートの1位になっています。これは1955年のロック時代以降では死後1位になった初めてのミュージシャンだったそうです。

2012年9月 8日 (土)

今日の音楽 9月8日 ピンクの豹

映画俳優ピーター・セラーズは1925年9月8日にイギリスのハンプシャーで生まれています。

2歳で初舞台を踏み、ダンスやウクレレ、バンジョーなどでも才を発揮しジャズバンドのドラマーとしても活躍しています。コメディアンとして活動し、1956年の映画初出演の「マダムと泥棒」で評価を得て数々の映画に出演するようになりましたが、何と言っても彼の当たり役は「ピンクの豹」のクルーゾー警部。「ピンクの豹」は「ティファニーで朝食を」や「酒とバラの日々」のブレーク・エドワーズが監督したコメディ作品。

本来は、中東の王女ダーラの持つ「ピンクの豹」が浮かび上がるダイヤモンド、ピンク・パンサーを狙うチャールズ・リットン卿(怪盗ファントム)=デヴィッド・ニーヴンが主役だったのですが、クルーゾー警部に扮するセラーズが人気を食ってしまったために、以後のピンク・パンサーシリーズはクルーゾーが主役となってしまうわけです。

また、クルーゾー警部には当初はピーター・ユスチノフがキャスティングされていたのですが、キャンセルとなったため急遽セラーズが演じる事になったそうです。このチャンスを活かしたセラーズは死後に未発表フィルムを使って作られた「ピンク・パンサーX」を除いて4作のピンク・パンサーシリーズや「何かいいことないか仔猫ちゃん」、「007カジノロワイヤル」など多くの作品で存在感を現していましたが1980年に心臓発作で急死してしまいました。

「ピンク・パンサー」のテーマ曲は、ブレーク・エドワーズ監督と多くの作品で組んでいるヘンリー・マンシーニの作曲です。

2012年9月 7日 (金)

今日の音楽 9月7日 愛のフィーリング

ブラジルのシンガー・ソングライター モーリス・アルバートは1951年9月7日に生まれました。

ブラジルで1974年に発売した「愛のフィーリング」がいきなり大ヒット。その後中南米、南アフリカ、ヨーロッパで次々とヒットし翌年秋には全米ヒットチャートで6位、年間チャートで4位という世界的なヒットになりました。日本やオーストラリアでもヒットし、ブラジルからカリフォルニアに移住、その後も大ヒットは無いものの活躍を続けているようです。

日本では、ハイファイセットのカバーが大ヒットしています。

2012年9月 6日 (木)

今日の音楽 9月6日 皇帝ティートの慈悲

モーツァルトの歌劇「皇帝ティートの慈悲」は、1791年9月6日プラハで神聖ローマ皇帝レオポルド2世のボヘミア王としての戴冠式で初演されています。

実在したローマ皇帝のティトゥスを描いた作品です。ティトゥスはポンペイの町が大噴火で埋まってしまった時の皇帝で災害復旧に寝る間も惜しんで尽力し、その激務から早死にしてしまったという、大変に慈悲深い皇帝として知られています。オペラのストーリーは自分を暗殺しようとしたヴィッテリアを「裏切りよりも慈悲が強い」として許すという話。モーツァルトのオペラの中では時間も短いため「にわか作り」という評価もあって、上演回数は非常に少ない作品でした。

序曲です。アンドリュー・デイヴィス指揮ロンドン・フィルです。

2012年9月 5日 (水)

今日の音楽 9月5日 ボーン・トゥ・ラヴ・ユー

イギリスのロック・ミュージシャン、フレディ・マーキュリーは1946年9月5日に生まれました。

優れた歌唱力とマイクパフォーマンスでナンバーワンシンガーとも讃えられるフレディ・マーキュリーは、1973年にクイーンのボーカリストとしてエイズで1991年11月23日に他界するまで活躍しました。その間1985年には唯一のソロ・アルバム「Mr.バッド・ガイ」を発表しました。

その中で、最も知られている曲が「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」です。フレディの死後1995年にクイーンによって再録され、それが TVドラマ「プライド」の主題歌として使われたりビールのCMなどで使われたことで、クイーンのバージョンの方が知られているようです。

ここでは、フレディのソロバージョンです。

2012年9月 4日 (火)

今日の音楽 9月4日 屋根の上の牛

フランスの作曲家ダリウス・ミヨーは1892年9月4日に生まれました。

子供の頃から小児麻痺を患ったり30代にはリウマチにかかるなど体は丈夫ではありませんでしたが、作曲意欲は旺盛で、ジャズやタンゴを取り入れたり、映画音楽にも携り81歳で亡くなるまで作品を発表し続けています。

バッハの小さな二重奏曲に複数の調が同時に存在することを見出し、それ以降は複調性や多調性を研究し、ミヨーの作風のひとつとなっていきます。

外交官秘書になってブラジルに2年弱赴任しているときに接したブラジルの音楽の影響も受け、帰途に立ち寄ったプエルト・リコで購入した楽器ギロを取り込んだ作品がバレエ「屋根の上の牛」です。1920年の初演はジャン・コクトーの前衛的な演出もあって不評で、「滑稽な作品を書く作曲家」というレッテルを貼られてしまったそうです。

18分ほどの作品ですが、転調の連続で冒頭から複調性を聴くことができます。

マンゴウ指揮フランス国立管弦楽団です。

2012年9月 3日 (月)

今日の音楽 9月3日 管弦楽のための5つの小品(シェーンベルク)

シェーンベルクの管弦楽のための5つの小品は1912年9月3日にロンドンでヘンリー・ウッド指揮クイーンズ・ホール管弦楽団によって初演されました。

シェーンベルクにとっては、後期ロマン派に属する音楽から無調性へ向かう過渡期の作品で、1909年に作曲され1922年には改訂が加えられています。ベルクの「管弦楽のための3つ小品」やウェーベルンの「管弦楽のための6つの小品」などに影響を与えた作品としても知られており、第3曲の「色彩」は史上初の音響作曲法による作品として作曲科のアナリーゼに使用されるという重要な作品となっています。

5曲は、完全に独立した曲で編成も曲ごとに異なっています。第1曲「予感」、第2曲「過去」、第3曲「色彩」、第4曲「急転」、第5曲「オブリガート・レチタティーヴォ」からなっています。

第3曲「色彩」です。ラトル指揮バーミンガム市交響楽団です。

2012年9月 2日 (日)

今日の音楽 9月2日 時には娼婦のように

作詞家のなかにし礼は1938年9月2日満州で生まれています。

立教大学を卒業後、フランス後の訳詩をやっていたところ石原裕次郎に出会い日本語の詞を作ることを勧められました。作品を石原プロに持ち込み作詞家として本格的にスタート。その後小説や脚本なども幅広く手がけています。

石原裕次郎の「わが人生に悔いなし」、アン・ルイスの「グッバイ・マイ・ラヴ」、北原ミレイの「石狩挽歌」、菅原洋一の「今日でお別れ」、テンプターズの「エメラルドの伝説」、ペドロ&カプリシャスの「別れの朝」、細川たかし「北酒場」、黛ジュン「天使の誘惑」などヒット曲は膨大な量で、クラシックでも第九の訳詞や日本人作品の歌曲、合唱曲の詩も手がけています。

数は多くはありませんが作曲もやっていて、黒沢年男の「時には娼婦のように」もなかにし礼の作詞作曲になっています。

2012年9月 1日 (土)

今日の音楽 9月1日 若葉のころ

ビージーズの、バリー・ギブは1946年9月1日にマン島で生まれました。

教会の合唱団で腕を磨き、父親の仕事で1958年にオーストラリア移住後はバリー、ロビン、モーリスのギブ兄弟を中心に結成されたビージーズは1963年にレコード・デビュー。1972年からは3人兄弟のトリオになって活動しています。2003年にモーリスが、今年の5月にロビンが死去し、残されたのは長兄のバリーだけになってしまいましたが・・・

イギリスに帰国後1967年「ニューヨーク炭鉱の悲劇」で本格的なデビュー。その後「マサチューセッツ」「若葉の頃」「イン・ザ・モーニング」「傷心の日々」「マイ・ワールド」「ラン・トゥ・ミー」などヒットを重ねましたが、1975年のジャイヴ・トーキンでそれまでのフォークっぽいポップな路線から、初めてロック色を打ち出し「傷心の日々」以来の全米ナンバーワンを獲得。その後は「愛はきらめきの中で」「ステイン・アライブ」「恋のナイトフィーバー」など6曲連続全米ナンバーワンヒットを送り出しています。

「若葉の頃」は日本では非常に人気の高い曲です。日本で非常に人気の高かった映画「小さな恋のメロディ」の挿入歌として使われ、TVドラマの「若葉のころ」のテーマ曲としても使われたのが要因のひとつでしょうね。

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