ホームページ

ウェブページ

紹介した音楽

2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月30日 (土)

今日の音楽 6月30日 我が心に歌えば

20世紀前半のハリウッドを代表する女優のひとりスーザン・ヘイワードは1917年6月30日にニューヨーク市ブルックリンで生まれています。

1937年に女優を夢見てハリウッドに移り、徐々に頭角を出して行きました。美しさはハリウッドナンバーワンと言われ、1947年に「スマッシュ・アップ」で始めてアカデミー賞にノミネートされましたが受賞までは至らず、その後数回にわたってノミネートされますが、結局受賞は1958年の「私は死にたくない」まで待たなければなりませんでした。

1971年に脳腫瘍の兆候があらわれ75年に57歳で亡くなっています。

「わが心に歌えば」は第二次大戦中に兵士たちの慰問に献身的な活動をして飛行機事故から奇跡のカムバックを果たしたジェーン・フローマンの半生記。歌は、ジェーン・フローマン自身が吹き替えているそうです。

2012年6月29日 (金)

今日の音楽 6月29日 メヌエット(パデレフスキー)

ポーランドのピアニスト、作曲家、政治家のパデレフスキーは、1941年6月29日に亡くなっています。

政治家と音楽家の二足の草鞋といえば、ヴェルディを思い出しますが、パデレフスキーは単なる議員さんではなく、ポーランドの首相を務めた政治家でした。経歴を考えると音楽ができる政治家ですね。

父親は貴族で、幼少の頃から音楽の才能を発揮したパデレフスキーは12歳でワルシャワ音楽院に入学。卒業後ピアノ教師として母校で教鞭をとっていましたが、子供と妻に先立たれ音楽に献身する事に決めベルリン、ウィーンで学んだ後、ピアニストとしてデビュー。大変な人気だったそうです。アメリカに渡りそこでも人気を得た後、パリで「ポーランド民俗委員会」の活動家になり、やがて政治家の道を歩んだわけです。

作曲家としては、大きな事跡を遺せませんでしたが、6つの演奏会用ユモレスクの中の、メヌエットは演奏も簡単で親しみやすい旋律であることから、ピアノの発表会の定番曲としても知られています。

パデレフスキー自身の演奏です。

2012年6月28日 (木)

今日の音楽 6月28日 踊る人形

ハンガリーの作曲家ポルディーニは1957年6月28日に亡くなっています。

ブダペスト国立音楽院とウィーン音楽院で音楽理論とピアノを学び、音楽教師やピアニストとして活躍するかたわら作曲も手がけています。

ハンガリー生まれではありますが、作品には殆ど民族色は感じられないそうです。
と言っても、実際に聴く事ができるのは「踊る人形」ぐらいです。

「踊る人形」と言えば、シャーロック・ホームズの一短編を思い出します。こちらの方は、暗号解読の推理小説の代表作のひとつですが、勿論全くの無関係。人形が可愛らしく踊るワルツで、ピアノ練習曲として作曲されたもの。後にクライスラーによってピアノ伴奏つきのヴァイオリン曲として編曲されて有名になりました。

ギトリスのヴァイオリン演奏です。

2012年6月27日 (水)

今日の音楽 6月27日 酒とバラの日々 

戦後アメリカ映画界最高の喜劇俳優と言われるジャック・レモンは2001年6月27日に亡くなっています。

ボストンで生まれ、フィリップス・アカデミーハーバード大学とエリートコースを歩んで、演劇活動を始め、1954年に映画デビュー。翌年「ミスター・ロバアツ」でアカデミー助演男優賞を獲得。1959年に「お熱いのがお好き」に出演してからは、ビリー・ワイルダー監督作品の常連となりました。

当初は単なるコメディアンと見られていましたが、「アパートの鍵貸します」のさえないサラリーマン役や、「酒とバラの日々」でのアルコール依存症患者役などシリアスな演技を見せ、現代人の悲哀を演じさせたらナンバーワンと言われるようになりました。

「恋人よ帰れ我が胸に」で共演して以来、ウォルター・マッソーとの名コンビが出来上がり「おかしな二人」「フロント・ページ」など名作を残しました。

酒とバラの日々は、次第にアルコールに溺れていくカップルを描いた作品で、音楽はヘンリー・マンシーニ。アカデミー歌曲賞を受賞しアンディ・ウィリアムズの歌も大ヒット。ジャズのスタンダードナンバーともなっています。

アンディ・ウィリアムズの歌です。

2012年6月26日 (火)

今日の音楽 6月26日 ワルキューレ

ワーグナーの楽劇「ニーベルンクの指環」の第2作目「ワルキューレ」は1870年6月26日にバイエルン宮廷歌劇場で初演されました。

「ワルキューレ」は、指環4部作の中でも最も人気が高く上演回数も多い作品で上演時間は3時間40分程度。「ワルキューレ」は神々の長ヴォータンの9人の娘たちのことですが、ここで言っているのはブリュンヒルデの事。ジークムントがフンディングの館にたどり着く場面からブリュンヒルデとヴォータンの別れまでを描いた3幕の作品です。

「ワルキューレ」には、第1幕のジークムントの「冬の嵐は過ぎ去り」、第3幕への前奏曲にあたる「ワルキューレの騎行」、第3幕のヴォータンの告別など単独でも取り上げられる音楽が満載されており、最後は、指環4部作の最大のクライマックスのひとつ「魔の炎の音楽」で締めくくります。

「魔の炎の音楽」の最後です。

2012年6月25日 (月)

今日の音楽 6月25日 交響曲第2番「讃歌」

メンデルスゾーンの交響曲第2番変ロ長調「讃歌」op.52は、印刷技術発明400年を記念する祝典のために作曲され1840年6月25日にライプツィヒ聖トーマス教会で初演されました。

メンデルスゾーンの交響曲は全部で5曲ありますが、番号は出版順であり作曲順ではありません。この第2番は第3番「スコットランド」の前に作曲された4番目の交響曲になります。

この曲は、メンデルスゾーン自らが交響カンタータと呼ぶ声楽つきの交響曲でソプラノ独唱が2人、テノール独唱1人と合唱が入りますが、オーケストラはメンデルスゾーンらしい2管編成で、第5番「宗教改革」同様トロンボーンが加わっています。従来トロンボーンは教会音楽とは切っても切れない繋がりがあった楽器ですので、「讃歌」と「宗教改革」という2曲の宗教色の強い曲には使ったのでしょう。

曲は2部構成で、第1部が3つの楽章からなるシンフォニア、第2部が終楽章にあたるわけですが、9曲からなるカンタータとなっています。この作り自体多分にベートーヴェンを意識したものです。

演奏には60~70分という長大な時間がかかるため、なかなか演奏の機会は多くはないですが、2管編成とは思えない堂々とした曲です。

冒頭です。

2012年6月24日 (日)

今日の音楽 6月24日 バスルームから愛をこめて

作詞家の康珍化は1953年6月24日に浜松で生まれました。

早稲田大学文学部を卒業後歌人として活躍していましたが1979年にアン・ルイスの「シャンプー」で作詞家デビューし、その後「悲しい色やね」でコンビを組んだ作曲家の林哲司と数々のヒット曲を出しています。

1984年には高橋真梨子の「桃色吐息」(作曲佐藤隆)で第26回レコード大賞の作詞賞を受賞、翌年中森明菜の「ミ・アモーレ」がレコード大賞を受賞しています。

その他、「悲しみがとまらない」、「タッチ」、「ヤマトナデシコ七変化」、「君だけに」、「ギザギザハートの子守歌」、「涙をふいて」など1980年代から1990年代にかけての多くのヒット曲の作詞を手がけています。

数多くのヒット曲の中から、今日は山下久美子のデビューシングル「バス・ルームから愛をこめて」を選んでみました。男にフラれた女の子がバスルームでひとり泣いている気持ちを歌ったとてもシンプルは可愛らしい詩の曲です。作曲は亀井登志夫です。

2012年6月23日 (土)

今日の音楽 6月23日 アルルの女第2組曲

フランスの作曲家エルネスト・ギローは1837年6月23日にアメリカのニュー・オリンズで生まれました。

1852年にフランスに移住しパリ音楽院で学び1859年にローマ賞を受賞。1876年にはパリ音楽院の教授に就任し、ドビュッシーデュカスなどを育てました。本人は殆ど作品を残していませんが、オッフェンバックの「ホフマン物語」を補筆完成した事で知られています。

教育者として多くの作曲家を育てたギローですが、何と言ってもビゼーの「アルルの女」第2組曲の編曲者として名を残しています。「アルルの女」には2つの組曲があります。第1組曲はビゼー自身によって編まれた曲ですが、あまり聴くことがありません。ところが、ギローによって編曲された第2組曲は、「カルメン」と並ぶビゼーの代表作として知られています。
実は、この第2組曲の曲は一部アルルの女以外の曲を転用しています。

第1曲の「田園曲」は第2幕への間奏曲とそれに続く合唱部分を編曲したものです。田園曲(パルトラーレ)というとのんびりとした牧歌的な曲を想像しますが、この曲は前半はゆったりとした力強い音楽から始まり中間部ではピッコロの甲高い合いの手が印象的な踊りの音楽が採用されています。
第2曲の「間奏曲」は第2幕の第1場と第2場の間の曲で、Tuttiによる重厚な前奏と、アルトサックスの美しいメロディによる中間部で構成されています。このメロディは「神の子羊」としても歌われる曲です。
第3曲の「メヌエット」が、実はアルルの女に無い曲です。フルート奏者の定番曲としても知られている極ですがビゼーの「美しきパースの娘」の曲。ここでもフルート独奏のオブリガートとしてサキソフォンが大活躍します。
第4曲「ファランドール」は、プロヴァンス民謡の「三人の王の行列」と舞曲のファランドールが組み合わさった曲で、はじめのうちは独立してそれぞれが演奏されますが、やがて「三人の王の行列」が長調に転調されてファランドールと一体化して演奏されます。
実は、このファランドール64小節にわたるD音の頭打ちと15小節+49小節にわたるD音の連打というコントラバスにとってはあまり美味しくない曲です。

第2曲の「間奏曲」です。

2012年6月22日 (金)

今日の音楽 6月22日 樅の木は残った

1903年6月22日は作家山本周五郎の誕生日です。

山本周五郎は山梨県初狩の生まれで、水害によって村が壊滅して上京。そこで質屋山本周五郎商店で働き、物書きとして自立するまで周五郎(本名は清水三十六)を物心両面で支えてくれた感謝の気持ちもあり、ペンネームとするようになったそうです。

周五郎は、歴史小説や時代小説では日本を代表する作家のひとりになり、特に市井の名も無い庶民や流れ者を主人公に描いた作品で本領を発揮しています。

歴史小説の代表作が、伊達騒動を扱った「樅の木は残った」です。江戸時代初期に仙台伊達藩で起こったお家騒動を、それまで稀代の悪人とされていた原田甲斐を、幕府のお取り潰しから伊達家を守るために尽力した忠臣として描いたもので、1970年に放映されたNHKの大河ドラマでは主人公原田甲斐を平幹二郎が演じて大河ドラマの中でも傑作のひとつと言われています。

音楽は依田光正が担当し、テーマ曲は岩城宏之指揮NHK交響楽団によって演奏されました。

2012年6月21日 (木)

今日の音楽 6月21日 死と変容

R.シュトラウスの交響詩「死と変容」は1890年6月21日にアイゼナハ音楽祭で初演されました。

人間の死と来世における変容(浄化)を表わした交響詩で、生まれつき病弱で20歳を過ぎてからたびたび死に直面したシュトラウス自身の心の中を音楽にしたもので、25分程度の演奏時間です。

3管編成で、瀕死の病人、幸せだった頃の回想、死との戦いが繰り返され、やがて死に至り変容を遂げたことが表現されるという内容。R.シュトラウスの作品の中では比較的平易な曲なので、シュトラウス初心者にはお勧めの曲です。

カラヤン指揮ベルリンフィルです。

2012年6月20日 (水)

今日の音楽 6月20日 セイ・ユー・セイ・ミー

アメリカのシンガー、ライオネル・リッチーは1949年6月20日に生まれました。

1974年にコモドアーズのヴォーカルとしてデビューし1982年に脱退、1983年からソロ活動を行うようになったライオネル・リッチーは、1983年にリリースされたアルバム「オールナイト・ロング」が全米・全英・全豪でナンバーワンに輝きアメリカを代表するスターになりました。

1985年にはマイケル・ジャクソンとの共作で「ウィ・アー・ザ・ワールド」を作曲し、1986年に「セイ・ユー・セイ・ミー」が全米ナンバーワンになりましたが、その後表舞台から姿を消してしまいました。1996年に復帰しましたが、しばらくは低迷。2006年に出したアルバムが初登場6位にランクインして完全復活。

現在も活動を続けています。

2012年6月19日 (火)

今日の音楽 6月19日 あの素晴しい愛をもう一度

精神科医であり、作詞家であり、ミュージシャンでもある北山修は1946年6月19日に生まれています。

京都府立医科大在学中の1965年に、加藤和彦の呼びかけに応えて結成されたフォーク・クルセダーズに参加。京都フォークシーンのアンダーグラウンドで活躍していましたが1967年解散を記念して作ったアルバムから「イムジン河」や「帰って来たヨッパライ」がラジオなどで流されプロデビューする事になりました。加藤は反対したものの一年限りという事でデビュー。1968年に解散後、北山は大学院に進みしばらく休養し医学博士となり、医者とミュージシャンの二足の草鞋で活躍し続けています。

あの素晴しい愛をもう一度は、北山修が詞を書いて加藤に持ち込み作曲された曲で1972年に加藤和彦 北山修のデュオでヒットし、多くの歌手によってカバーされると共に、中学校の音楽の教科書にも掲載され、合唱曲の定番にもなっている曲です。

作曲の加藤和彦と北山修に坂崎幸之助を加えたライブです。

2012年6月18日 (月)

今日の音楽 6月18日 交響曲第31番「パリ」

モーツァルトの交響曲第31番ニ長調「パリ」K.297は、1778年6月18日に初演され大成功を収めています。

パリのコンセール・スピリチュエルの支配人ジャン・ル・グロからの依頼で作曲されたため「パリ」という標題で呼ばれているこの31番の交響曲は、第35番「ハフナー」と並んで2曲しかない完全な2管編成の交響曲です。これは、前年に就職活動でマンハイムを訪れた際のマンハイムのオーケストラ管楽器編成に影響を受けたためと言われています。

但し、マンハイム楽派の音楽では従来の急緩急3つの楽章にメヌエットを加えて交響曲を4つの楽章で構成していますが、この曲は3つの楽章になっています。これは、パリの聴衆の趣味に合うようにこの曲が書かれているためとも言われています。

冒頭から、なかなか立派な堂々たる音楽になっていて中期の傑作のひとつですね。

アーノンクール指揮ウィーンフィルで第1楽章です。

2012年6月17日 (日)

今日の音楽 6月17日 哀しみのマンディ

歌手のバリー・マニロウは1943年6月17日に生まれました。

ジュリアード音楽院を卒業したバリー・マニロウは、シンガーソングライターのみでなく、アレンジャーや音楽プロデューサーとしても活躍する楽才の持ち主です。そんな、バリーの出世作が本人の作品ではない「哀しみのマンディ」だった事はちょっと皮肉かもしれません。

その後、「歌の贈り物」「コパカバーナ」をヒットさせてソングライターとしての面目を果たすことができましたが。

哀しみのマンディは1971年に作曲家スコット・イングリッシュとリチャード・カーが発表した「ブランディ」という曲でした。この時は本国イギリスでは12位を記録しましたがアメリカでは失敗。それをバリー・マニロウがテンポを落として「マンディ」として発売し全米ナンバーワンを記録しました。題名を変えたのは、この間にルッキング・グラスが「ブランディ」という曲をヒットさせてしまったため混同を避けたと言われています。

2012年6月16日 (土)

今日の音楽 6月16日 南極交響曲

ヴォーン=ウィリアムズの南極交響曲は1953年6月16日に初録音されました。

南極交響曲は、当初南極点到達の帰途遭難したスコットを描いた映画「南極のスコット」のための映画音楽として1947年に作曲されました。その後、再構成をして交響曲として1953年にバルビローリ指揮ハレ管弦楽団によって初演されています。
3管編成に、チェレスタ、ハープ、オルガンやウィンドマシーン、ゴング、ヴィブラホンなど数多くの打楽器、さらにソプラノ独唱と女声合唱という大編成の曲。5つの楽章からなり、それぞれの楽章の冒頭に文学作品の引用があります。

南極の厳しい自然とそれに対する人間の無力感を表現したもので、ストーリー性はないものの、具体的なテーマを描いた交響詩と交響曲の間に位置するような曲です。なお、交響曲第7番と言われていますが、これは後に作品を整理するために付けられた番号で、譜面には書かれていないため、南極交響曲とするのが正式だそうです。

第1楽章 前奏曲 Andante Maestoso(引用 シェリーの詩「鎖を解かれたプロメテウス」)
第2楽章 スケルツォ Moderato~Poco Animando(引用 詩篇第104篇)
第3楽章 風景 Lento(引用 コールリジ「シャモニー渓谷の日の出前の讃歌」)
第4楽章 間奏曲 Andante sostenuto(引用 ジョン・ダン「夜明けに」)
第5楽章 終幕 Alla Marcia,Moderato(Non troppo Allegro) (引用 スコット大佐の最後の日の手記より)

ハンドレー指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルで終楽章です。

2012年6月15日 (金)

今日の音楽 6月15日 抒情小曲集

ノルウェーの作曲家グリーグは1843年6月15日に生まれています。

グリーグはノルウェーの国民楽派を代表する音楽家で、祖国では英雄のひとり。旧クローネ紙幣に肖像画が描かれるほどの作曲家でした。ノルウェーの伝統や伝説に基づく数々の作品を作曲したと同時に、ピアニストとしても超一流だったそうです。そのために、ピアノ曲は膨大な数にのぼっています。

その中でも、グリーグを代表するピアノ曲が抒情小曲集です。1867年から1903年の長きにわたって書き続けた全10集66曲からなる作品で一部は管弦楽用に編曲もされています。

第1集 op.12 ニーナと結婚した1867年作曲された初期の作品で比較的単純な構成と技巧になっています。アリエッタ、夜警の歌など全8曲。
第2集 op.38  第1集から16年後、1883年出版。ピアノ協奏曲やペール・ギュントで名声を得た後の作品。子守歌、飛び跳ね踊りなど全8曲。
第3集 op.43 翌年作曲され1886年に出版されました。ヨーロッパ各地の演奏旅行中に書かれ全体的に春の喜びに溢れる作品。蝶々、春に寄すなど全6曲。
第4集 op.47  1888年に出版。即興的ワルツ、エレジーなど全7曲。
第5集 op.54  1891年の出版。この曲集中最も完成度が高いと言われる作品で、ノルウェーの農民行進曲、小人の行進など全6曲。内、4曲が抒情組曲として管弦楽編曲されています。
第6集 op.57 1893年出版。フランス滞在中の作品で ガーデ、郷愁など全6曲。
第7集  op.62  1895年出版。全曲トロルドハウゲンで作曲された曲集で、この頃よりグリーグは体調を崩し始めています。風の精、家路など全6曲。
第8集 op.65  1896年に出版。この曲集中最も規模の大きく人気の高い トロルドハウゲンの婚礼の日を含む全6曲。
第9集 op.68  1898年作曲で出版は1899年。山の夕べとゆりかごの歌は、弦楽合奏に編曲されています。全6曲。
第10集 op.71 1901年に出版。夏の夕べ、余韻など全7曲。

第3集の「春に寄す」です。

2012年6月14日 (木)

今日の音楽 6月14日 揚げひばり

ヴォーン=ウィリアムズ作曲の「揚げひばり」管弦楽版は1921年6月14日に「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス」としてマーリ・ホールのヴァイオリン、ボールト指揮で初演されました。

イギリスの作家ジョージ・メレディスの詩に触発されヴァイオリニスト マリー・ホールの協力を得て作曲され1920年11月15日にピアノ伴奏で初演され、翌年管弦楽版の初演となりました。2管編成で、民謡風の旋律をもつ牧歌的な作品で自由な三部形式の16分程度の曲で、小編成の室内オーケストラでも演奏できるように、独奏ヴァイオリンとフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン各1と3本か4本の1st及び2ndヴァイオリン、2本のヴィオラとチェロ、1本のコントラバス用にも編曲されています。

ヒラリー・ハーンのヴァイオリン、コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団です。

2012年6月13日 (水)

今日の音楽 6月13日 ピアノ協奏曲第17番(モーツァルト)

モーツァルトのピアノ協奏曲第17番は1786年6月13日にウィーンで初演されています。

作曲された1784年頃はモーツァルトが生涯で最も充実していた時期で、第14番から第19番までが一気に作曲されています。この第17番は弟子の女性ピアニスト バルバラ・ブロイアーのために作曲されたもので、この初演も彼女のピアノで彼女の家で行われました。

弟子に配慮してか、難易度は低めに書かれていますが、この時期の6つのピアノ協奏曲の中ではモーツァルト自身も最も高い自己評価をしている曲で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は、この曲を意識して作曲されたといわれています。20世紀の作曲家メシアンもこの曲を、モーツァルトの作品の中で最も美しく変化に富んだ作品で、特に第2楽章のひとつだけでモーツァルトの名を不滅にするのに十分であると讃えています。

バーンスタインの弾き振りです。

2012年6月12日 (火)

今日の音楽 6月12日 宗谷岬

1932年6月12日は作曲家船村徹の誕生日です。

演歌がとても苦手な私としては、あんまり船村徹さんの作品をここで取り上げる程知っている曲は無いのですが、今日は全くネタが無い日なので、演歌じゃない船村作品をひとつ。

北海道の最北端(島は除く)宗谷岬へ行ったのはもう30年近く前でしょうか。
流行歌の世界にはご当地ソングというのが数多くありますね。最初からその土地とのタイアップで作られたものもあれば、純粋にその土地のイメージから作られたものと色々ですが、北海道もたくさんの歌に歌われています。北島三郎の「函館の女」、石原裕次郎の「恋の町札幌」、森繁久弥の「知床旅情」、森進一の「襟裳岬」というのが超有名どころですが、宗谷岬はみんなの歌で紹介され、ダ・カーポなどにより歌われた宗谷岬の風物を歌った曲です。

恋とか愛とかいうフィクションの世界ではなく、「流氷とけて  春風ふいて ハナマス咲いて・・」という風物をそのまま歌った曲です。宗谷岬に歌碑があって、そこでボタンを押すと曲がかかるそうです。。。私が行った時は既にかかっていました。

2012年6月11日 (月)

今日の音楽 6月11日 ホルン協奏曲第1番

リヒャルト・シュトラウスは1864年6月11日に生まれています。

シュトラウスといえば、オペラと管弦楽曲の作曲家として名を残していますが、協奏曲も少々作曲しています。と言っても、本格的なものはオーボエ協奏曲と2曲のホルン協奏曲だけですが。

シュトラウスは、父親がホルン奏者だったことから、ホルンには特別な愛着があったようで、数少ない協奏曲の内の2曲がホルンという事も、その影響によるものだと言えるでしょう。第1番は、初期に書かれた曲で、まだ父親が健在だったが、高齢のため初演は父親の弟子のホルンと自身のピアノ伴奏で行われ、その譜面は父親に献呈されています。その後出版された管弦楽伴奏の譜面はオスカー・フランツに献呈されました。

はっきり言って、シュトラウスらしくない古典的な手法の曲で、冒頭のアルペンホルンを髣髴とさせるメロディが主題。その後は3つの楽章切れ目無く演奏されますが、この冒頭のインパクト(シュトラウスらしくないという意味)が強くて、後はあまり覚えていません(笑)。シュトラウスは晩年モーツァルトを学んで古典への回帰を模索していますが、この曲はまだそれ以前の曲。ですが、モーツァルトっぽいですね。

第1楽章。タックウェルのホルンでNHK交響楽団です。

2012年6月10日 (日)

今日の音楽 6月10日 春はじめてのカッコウの声を聴いて

イギリスの作曲家ディーリアスは1934年6月10日に亡くなりました。

ディーリアスは両親はドイツ人で、イギリスに生まれましたが長じてからはアメリカに渡りその後フランスに定住したため、イギリスでの音楽活動は殆ど行われていません。従って、エルガーヴォーン=ウィリアムズなどと異なりイギリスとの深いつながりがある作品はあまり多くはありませんが、イギリスを代表する指揮者トーマス・ビーチャムが彼の作品を高く評価し取り上げたことによってイギリスでの人気が定着したようです。

ディーリアスは自由な形式の管弦楽曲に実力を発揮し、傑作の数々を残していますが、小オーケストラのための2つの小品の1曲目「春はじめてカッコウの声を聴いて」が最も知られている曲です。クラリネットによるカッコウの声が派生した旋律による第1主題とノルウェー民謡から取られた第2主題による牧歌的な音楽です。

ビーチャム指揮ロイヤルフィルです。

2012年6月 9日 (土)

今日の音楽 6月9日 チェロ協奏曲(シューマン)

シューマンのチェロ協奏曲は1860年6月9日にライプツィヒで初演されました。

チェロのための協奏曲は、数的にはそれ程少ないという事も無いのですが、演奏会で取り上げられる機会も多くは無く、一般的に知られている曲は少ないというのが事実です。理由は、やっぱり音域にあるのでしょうかねぇ。チェロという楽器は非常に豊かな中低域を持っていて表現力もある楽器で、特にロマン派以降では弦楽器の中でも1st ヴァイオリンに次いでメロディを担当する事の多い楽器ではあるのですが、やはり他の独奏楽器に比べると音域が低い。音域が高い方が当然華やかな雰囲気を出せるので、チェロによる協奏曲も高い音域が必要になりますが、高い音域になると音色が硬くなっていくので華やかさは演出できますが流麗さに欠ける事。それに高い音域を連続させるとどうしても技術的に難しくなる・・などが考えられます。

チェロ協奏曲といえば、ドヴォルザークが断トツの人気を誇っていますが、さてナンバー2は、というと??ですね。ハイドン、シューマンと合わせて三大チェロ協奏曲と呼ばれる事はありますが、三大・・・という程知られていません。さらに、これにエルガーのチェロ協奏曲が比較的人気が高い曲です。

シューマンのチェロ協奏曲は古典的な3楽章の形式ですが、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲同様切れ目無く演奏されます。高音域が多く技巧的な側面を持っている事と、その技巧を華やかに聴かせることよりもオーケストラと一体になって曲を作り上げる作風がブラームスのピアノ協奏曲などにも似ているとも言えるでしょう。

デュ・プレのチェロ独奏、バレンボイム指揮ニューフィルハーモニア管弦楽団で第3楽章です。

2012年6月 8日 (金)

今日の音楽 6月8日 ウィ・アー・オール・アローン

アメリカのAORの歌手ボズ・スキャッグスは1944年6月8日にアメリカのオハイオで生まれています。

12歳の時にギターをはじめ、いくつかのバンドを組んで活動をしていましたが、1960年代前半にイギリスに渡りレコード・デビュー。アメリカに戻ってからはサンフランシスコを拠点に活動1969年にアトランティック・レコードからデビューしましたが暫くはヒットに恵まれませんでした。

1976年にアルバム「シルク・ディグリーズ」が全米第2位のヒットを記録し500万枚を売り上げました。このアルバムからシングルカットされた「ロウ・ダウン」もヒット。更に、ボズ・スキャッグスの名声を不動のものにしたのは、このアルバムの最終トラックに収められていた「ウィ・アー・オール・アローン」(当初の邦題は「二人だけ」)。

この曲は後に、リタ・クーリッジ、フランキー・ヴァリなどによってカバーされました。
AORを代表する名曲です。

2012年6月 7日 (木)

今日の音楽 6月7日 ピーター・グライムズ

ブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」は1945年6月7日にロンドン・サドラーズ・ウェールズ劇場で初演されました。(日本語版Wikipediaでは7月7日になっていますが、正しくは6月7日です。クラシック音楽の項目の月の表示は時々Juneを7月と訳しているらしい箇所が多く、6月と7月の表記間違いが目立つのでご注意ください・・・多分June=7月と勘違いして覚えている方が編集しているのでしょう)

原作はジョージ・クラブの詩「町」の一節「ピーター・グライムズ」。原作では、漁師のピーターとその徒弟との少年愛の話ですが、オペラではその色はかなり薄められています。

6つの間奏曲から5つを選んで「四つの海の間奏曲」として独立して演奏できるようにしてあり、そちらも演奏会で取り上げられる機会が多い曲です。

2012年6月 6日 (水)

今日の音楽 6月6日 ガイーヌ

アルメニアの作曲家ハチャトゥリャンは1903年6月6日に生まれています。

個人的には、ハチャトゥリャンという作曲家は好きではない作曲家のひとりなのですが・・・というのも野卑で、ワンパターンで、音楽の内容が濃くない・・・と感じるからです。
何故か、メロディが日本人には好まれていて、「剣の舞」などは誰でも知っている曲ですし、最近は「仮面舞踏会」のワルツも浅田真央さんによって有名になりましたね。有名ではありますが、音楽的価値としては最初の数十秒で十分で、後は同じことの繰り返しという演奏する側も途中で飽き飽きしてしまう曲なんですが・・・(勿論私見です)

あらゆる分野の曲を作曲しているハチャトゥリャンですが、やはり最も有名無いのは、バレエ「ガイーヌ」です。1942年12月にキーロフバレエ団のよって初演されたソ連の集団農場万歳!という内容の曲なので、本来はソ連が崩壊した現在となっては殆ど意味の無いプロパガンダ作品です。

3曲の管弦楽用の組曲も組まれていて、第1組曲には「バラの娘たちの踊り」「子守歌」「ラズギンカ」、第3組曲には「剣の舞」「ゴパーク」などが含まれています。

演奏会では、これらの組曲をそのまま演奏されることは稀で、更に抜粋して組曲として演奏する場合が多いようです。

「ゴパック」(ホパーク)はウクライナの民俗舞曲で、なかなか楽しい曲です(短いのも好ましいです)

2012年6月 5日 (火)

今日の音楽 6月5日 風変わりな店

レスピーギのバレエ「風変わりな店」は1919年6月5日にロンドンのアルハンブラ劇場でバレエリュスによって初演されました。

1918年にバレエ・リュス率いるディアギレフからの依頼でロッシーニ音楽院に保管されていたロッシーニの未出版の小品集「老いのいたずら」の素材から作曲した曲です。

1幕のバレエで、序曲、タランテラ、マズルカ、コサックダンス、カンカン、ワルツ、ノクターン、ギャロップの8曲からなっています。ロッシーニ作品が土台といっても、我々が耳にした曲は1曲も無く、特に親しみも沸くわけではないので、あまり人気がある作品とは言えません。
特に、ロッシーニ自体の人気が今イチの現代では、同じオムニバスものでも、大作曲家の筆でない「レ・シルフィード」なんかの方が親しみが沸くというものです。

2012年6月 4日 (月)

今日の音楽 6月4日 シャボン玉ホリデー

日本テレビ系の音楽バラエティ「シャボン玉ホリデー」は1961年6月4日に放送が開始されました。

渡辺プロと日本テレビの共同制作で、渡辺プロが売り出し中の双子デュオ ザ・ピーナッツを主役にした音楽バラエティでした。毎回決められたテーマに沿ったコント、トークや歌をレギュラーのハナ肇とクレージー・キャッツやゲストたちと展開していく番組でした。植木等の「お呼びでない?・・・こりゃまた失礼いたしました」はこの番組でブレークしたギャグでした。

ジャボン玉は、牛乳石鹸の一社提供からつけられた番組タイトルで、タイトル曲は、シャボンが飛び交う中でザ・ピーナッツが歌っていました。

2012年6月 3日 (日)

今日の音楽 6月3日 雷鳴と電光

ヨハン・シュトラウス二世は1899年6月3日に没しました。

シュトラウスといえばワルツ王ですが、ワルツに限らずポルカとかオペレッタ、カドリーユなどの数々の名曲をたくさん残しました。

ポルカはチェコの民俗舞曲で速い2拍子の曲です。シュトラウスのポルカとしてはトリッチ・トラッチ、観光列車と共に知られているのが、「雷鳴と電光」。1868年に作曲され大太鼓とシンバルを使って雷の遠近や稲妻を表現しています。トリッチ・トラッチと共にシュトラウス・プログラムのアンコールの定番のひとつです。

クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団です。

2012年6月 2日 (土)

今日の音楽 6月2日 ルル

未完で終わったベルクの歌劇「ルル」は、最初の2幕とソプラノと管弦楽のための「オペラ『ルル』からの交響的小品としてチューリヒ歌劇場で初演されました。

原作は、ヴェーデキントの戯曲「地霊」と「パンドラの箱」で、これをベルク自身が台本にして1929年に着手。作曲途中でシェーンベルクに全曲を献呈しています。1935年に敗血症で急死してしまったため第3幕第1場までのスコアと、その後の抜粋譜及び第3幕終結部を抜粋し組曲としたスコアが遺されました。

ベルクの未亡人ヘレーネは、この曲の完成をシェーンベルクに依頼しましたが、様々な理由で送られてきたスケッチから採用せず、他の作曲家の補筆も拒否して、完成部分の第2幕までと、残りの部分は小品集として初演したわけです。

その後もヘレーネは補筆を拒否していましたが、密かに完成版への補筆が進行しており、最終的には第2幕までと補筆完成版の第3幕を別々に出版という事で決着しています。

ルルは勿論十二音技法を使われていますが、ワーグナーのように登場人物にライトモチーフのような「音列」を設定しています。

アバド指揮シモン・バリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ、ルル役のソプラノはアンナ・プロハスカで、組曲です。

2012年6月 1日 (金)

今日の音楽 6月1日 ハンガリー幻想曲

リストのハンガリー幻想曲は1853年6月1日、ブダペストでビューローのヴァイオリン独奏で初演されました。

ハンガリー幻想曲は、正式名を「ハンガリー民謡の旋律にもとづく幻想曲」といい、ピアノ独奏と管弦楽のための曲です。原曲は、ピアノ独奏のためのハンガリー狂詩曲第14番です。ハンガリー狂詩曲第14番は、弟子のドップラーと管弦楽曲にも編曲され、管弦楽版のハンガリー狂詩曲第1番としても知られている曲です。

レスリー・ハワードのピアノ、リッケンバッハー指揮ブダペスト交響楽団で前半です。

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »