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2012年4月30日 (月)

今日の音楽 4月30日 ペレアスとメリザンド

ドビュッシーが完成させた唯一の歌劇「ペレアスとメリザンド」は1902年4月30日にパリのオペラ=コミック座メサジェの指揮により初演されました。

メーテルリンクの戯曲をほぼそのまま使用しています。「ペレアスとメリザンド」はこの時代の多くの作曲家に取り上げられています。フォーレが、劇付随音楽シェーンベルクが交響詩を、シベリウスが劇付随音楽を作曲しており、どの曲も名曲と言われる曲になっています。

この曲によってドビュッシーの印象主義的音楽の評価が確立されたと言える作品です。

ブーレーズ指揮のロイヤル・オペラハウス管弦楽団の演奏で第1幕です。

2012年4月29日 (日)

今日の音楽 4月29日 オラトリオ「天地創造」

ハイドン作曲のオラトリオ「天地創造」は1798年4月29日ウィーンのシュヴァルツェンベルグ侯爵邸で非公開初演されました。

四季」と並ぶハイドンのオラトリオの代表作「天地創造」は旧約聖書創世記ミルトン失楽園を元にした台本に基づくものです。
公開初演は翌年の3月19日に行われ大喝采を受けたそうです。

第1部は天地創造の第1日から第4日まで、第2部は第5日と第6日、第3部は創造された人間アダムとイヴについて語られる曲となっています。

第1部の最終曲の「天は神の栄光をあらわし」です。

2012年4月28日 (土)

今日の音楽 4月28日 トミー

1941年4月28日は女優・歌手のアン・マーグレットの誕生日です。

スウェーデンに生まれたアン・マーグレットは5歳の時に両親と共にアメリカに移住し、ダンスを学んだのち1961年に「ポケット一杯の幸福」で映画デビュー。1963年には「バイ・バイ・バーディ」で初の主役をつとめ歌と踊りで溌剌とした演技を見せました。1971年の「愛の狩人」ではゴールデングローブの助演女優賞を獲得しました。歌手としても13枚のアルバムをリリースする実力派で1975年にはミュージカル映画「トミー」でゴールデングローブ主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞、アカデミー主演女優賞にもノミネートされました。

トミーは、ロック・バンド ザ・フーが発表したロック・オペラで元々はアルバムとして発表されたものをケン・ラッセルが映像化したもので、エルトン・ジョンティナ・ターナーなど多くのミュージシャンが出演した画期的な映画で、アン・マーグレットはタイトル・ロールのトミーの母親を演じています。

この映画の中でエルトン・ジョンが歌ったのが「ピンボールの魔術師」でエルトン・ジョンはトミーに敗れるピンボールの元チャンピオンの役でした。

2012年4月27日 (金)

パイオニア交響楽団第23回定期演奏会に向けて・5 ローマの松

レスピーギという作曲家は、色彩感溢れるオーケストレーションで知られています。それと共に、古典的な音楽を好み、それを現代に取り込んで数々の作品を作っています。

代表作のローマ三部作は、「ローマの噴水」「ローマの松」「ローマの祭」ともに単なる風景描写ではなく、それぞれ工夫をこらしています。「噴水」は、4ヶ所の噴水を時間の変化と共に描写しており、「松」はそれぞれの松が見ている、或いは見てきたであろう人間たちや歴史を、「祭」はその祭に参加する人たちを同時に描写しています。

今回演奏する「ローマの松」は4つの曲から構成されていますが、切れ目無く演奏されます。
「ボルゲーゼ荘」の松はボルゲーゼ公園で遊びまわる子供たちを描写しています。子供たちの嬌声を表わすかのように、この曲では徹底的に低音が排除されています。従ってコントラバスは全休で、チェロもとてつもなく高い音域でメロディを弾かされます。鉄琴の乱打が効果的に使われる非常に華やかな曲です。

「カタコンブ付近の松」は、華やかな1曲目から一転して弦楽器によって静かに始まります。地の底から響いてくる死者たちの聖歌です。コントラバスも弱音器をつけて2つのパートに別れて演奏しますので、隣の人と違う弓使いをしていても間違っているわけではありませんので。この曲の主役はトランペットです・・・が、ステージ上にはいません。舞台脇で遠くから聞こえるように独奏メロディを演奏します。

「ジャニコロの松」は、ローマの南西部にあるジャニコロの丘の松です。ここでは夜の情景を描写しています。主役はクラリネット。最後にナイチンゲールの鳴き声(これは、ローマの松用のCD)が出てきます。

「アッピア街道の松」は、ローマから南へ続く古代ローマ時代からあるアッピア街道のローマ軍の進軍を見続けていた松が、いにしえを思いローマ軍の進軍を思い浮かべる描写です。この曲はpppから始まって最後のfffまで徐々に盛り上がり最後にはバンダまで登場する非常に派手な曲です。が、実はコントラバスにとっては地獄の曲です。2つのパートに別れていて全く休み無く弾かされるのですが、上のパートは八分音符のB♭の音のピチカートが延々と48小節(384発)続きます。下のパートは軍隊の歩みを表わす四分音符の連続が76小節(304発)。しかも五弦の一番低い弦という鳴らしにくい音でしかもpppからのスタートという厳しい状況。目立つのできちんと音が出ないとバレバレという恐怖も付きまとって、全く爽快感を感じられない内に盛り上がって行きます。

特殊楽器の数を考えると多分、このオーケストラが今まで演奏した曲中で最大の編成かもしれません。まあ20分程度の短い曲ですが楽しんで行ってもらえれば幸いです。

今日の音楽 4月27日 交響曲第4番「法悦の詩」

作曲家スクリャービンは1915年4月27日に虫刺されを原因とする膿傷による敗血症で亡くなっています。

モスクワの軍人貴族の家庭に生まれ幼い頃よりピアノを習い始めました。陸軍兵学校に進学しましたが、体が弱く、楽才が認められモスクワ音楽院への通学が認められタネーエフらに師事。その後正式にモスクワ音楽院に入学しアレンスキーらに師事ました。同級生にラフマニノフがいて当時はピアノはスクリャービン、作曲はラフマニノフが有望視されていたようです。

1900年ごろからニーチェに憧れるようになり超人思想に共鳴し作品にもそれが反映されるようになります。

スクリャービンは自らが卓越したピアニストであったため、ピアノ作品が非常に多いのですが、少ないながらも管弦楽曲を作曲しています。その代表作が交響曲第4番「法悦の詩」です。スクリャービンが神秘主義に傾倒した晩年の作品の中でも中心的な曲で、「法悦」はエクスタシーと理解すれば良いと思われます。

オルガン、ハープ、チェレスタを含んだ4管編成の大オーケストラの曲で、単一楽章からなる交響詩的な作品です。神秘和音を多用した無調性音楽で音楽的にもセクシャルな内容の20分ほどの曲です。

スヴェトラーノフ指揮ソヴェト交響楽団です。

2012年4月26日 (木)

パイオニア交響楽団第23回定期演奏会に向けて・4 白鳥の湖・後編

白鳥の湖の5曲目は第13曲の「白鳥の踊り」です。この曲は7つのパートに分かれていて①テンポ・ディ・ワルツ(白鳥たちの群舞)②モデラート・アッサイ(オデットのソロ)③大きな白鳥たちの踊り(①と同じメロディを持つワルツです)④4羽の白鳥の踊り⑤オデットと王子のパ・ダクシオン⑥テンポ・ディ・ワルツ(①のリフレイン)⑦コーダ からなっています。今回の演奏では①と④を演奏します。

最初のワルツは、4小節の前奏がついています。通常、ワルツではコントラバスは頭打ちと言って小節の1拍目を打つのですが、これはあまり目立たぬように、それでもはっきりと小節頭がわかるように演奏するのですが、このワルツの頭打ちは非常に目立ちます。というのもイ長調のこの曲では通常A線という高い方から3番目の線の低い音を弾くのですが、1オクターヴ高い音で頭打ちをするために妙に目立つという特徴があります。メロディ自体は何だか平板でワルツとしては面白みの無いものですが、後半は2拍子に聴こえるリズムを加えて変化をもたらしています。

第6曲目は、先ほどの「白鳥の踊り」の中の4羽の白鳥の踊りです。ファゴットの単調な伴奏を伴う可愛らしい曲で「白鳥の湖」の中でもよく知られた曲のひとつです。

第7曲は第3幕の4曲目(全体の18曲目)の情景です。この曲の前半は今回の曲の中では最も軽快で、王子の嫁選びのクライマックスが訪れる場面です。続いてトランペットのファンファーレでオディール(黒鳥)が登場し、オデットの白鳥のテーマに酷似した黒鳥のテーマが演奏されます。

第8曲から第10曲は各国の民俗音楽の中からスペインの踊り、ナポリの踊り、ハンガリーの踊りです。ここだけ実際のバレエと順番を入れ替えました。

第8曲は全体の21曲目のスペインの踊りです。カスタネットも加わってボレロのリズムの中で演奏されます。最後はテンポを速めて怒涛のように終わります。

第9曲は全体の22曲目はナポリの踊りです。トランペット(本当はコルネット)の技巧的なソロが見どころ。チャイコフスキーは、イタリア奇想曲の中でもコルネットの速いフレーズを使っており、チャイコフスキーにとってはイタリアはコルネットの音色なんでしょうね。但し、後半のメロディはどちらかといえばスペインっぽく聴こえるのは私だけでしょうか。

第10曲は全体の20曲目ハンガリーの踊りです。ハンガリーといえばチャルダッシュです。ドリーブのコッペリアでも出てきますが、前半はゆっくりとした短調の曲で、後半は速いテンポの長調の曲です。

第11曲目はフィナーレです。流麗な弦楽合奏のメロディ(ここでもコントラバスはピッチカートです)がホルンに引き継がれ、その後白鳥のテーマが出ますが次第に悲壮感を増して行き、王子とオデットの死、そして愛が死を乗り越えて白鳥のテーマが壮大に演奏され、やがて2人が天に昇っていく厳かなメロディで終幕となります。

まあ、最後の曲はちょっとシンフォニックな感じですしストーリー性が非常に高い曲ですので音楽音色の変化が楽しめる曲です。

今日の音楽 4月26日 ある愛の詩

映画音楽の作曲家として知られるフランシス・レイは1932年4月26日にニースで生まれました。

多くの映画音楽を手がけ、特にクロード・ルルーシュ監督とのコンビは数多くの名作を生んでいます。ルルーシュとのコンビは「男と女」から始まり「パリのめぐり逢い」「白い恋人たち」「愛と哀しみのボレロ」などが代表的なコンビ作品です。

ルルーシュとのコンビ作品以外で最も知られているのが「ある愛の詩」でしょう。
「ある愛の詩」は、アーサー・ヒラー監督がエリック・シーガルの脚本を映画化したもので、「愛とは決して後悔しないこと」というキャッチフレーズでも知られている作品です。1970年に公開され、この主題曲でフランシス・レイはアカデミー主題歌賞を獲得しました。

ヒットしたアンディ・ウィリアムズの歌です。

2012年4月25日 (水)

パイオニア交響楽団第23回定期演奏会に向けて・3 白鳥の湖

数あるクラシックの曲の中で、「聴いたことがある」曲はたくさんありますね。CMや映画、TVなどで使われる事も多い(著作権料が無料の曲が多いから)のですが、殆どの人が音楽と曲名を結び付けられる曲というのは、「第九」と「白鳥の湖」の情景が筆頭格では無いでしょうか。
それ程有名な「白鳥の湖」ですが、演奏会用の組曲とか抜粋となると「くるみ割り人形」に分があるのは、実は組曲自体がチャイコフスキーの編んだものでは無いという点が理由のひとつでは無いでしょうか。

従って、白鳥の湖を演奏会用に演奏する場合の殆どは適当な曲を抜粋して演奏する事が多いため、演奏会に行ってみないとどの曲を演奏するかわからないのです。
今回の演奏会では、組曲版に入っている曲を中心に選曲し、ストーリーの順に並び替えた抜粋版での演奏をします。

実際に白鳥の湖は非常に楽しい曲です。但し、くるみ割り人形にも言える事ですが、ソロ楽器が活躍する場面が非常に多いので、ソロ奏者の腕にかかってくるというアマチュア・オーケストラとしては賭けのような(笑)ものです。ソロが活躍する場面が多いということは逆に言えばシンフォニックな場面が少なくコントラバスは影の存在になってしまいます。楽しい曲なのですが、あまり楽しくないというのが実感かな。

第1曲 序奏 オーボエの「情景」に似たメロディのソロに始まり、それをチェロが受けて始まります。どことなく暗い雰囲気の後は激しいメロディ、そして最後に冒頭のメロディが再び現れて次の曲には続いて入っていきます。

第2曲 第1幕の情景で王子ジークフリートの到着の音楽です。コントラバス以外の弦楽器はとっても速いメロディをチェロからヴィオラ、第ニヴァイオリン、第一ヴァイオリンの順番で受け継ぎながら非常に楽しい成人式の雰囲気を演奏します。この曲は、上記の引渡しなどアンサンブル重視の曲です。

第3曲 バレエでは9曲目。有名なワルツです。ここはコントラバスは頭打ちばっかり。長いので、ちょっとうんざりしますが、そういう顔をして弾くわけにはいかないので演奏会では楽しそうにちょっと踊りながら弾いて見ましょうか。最後の方でメロディを弾かせてもらえるのですが、トロンボーンに掻き消されて殆ど聴こえません。

第4曲 バレエでは10曲目。あの有名な情景で、第2幕への間奏曲にあたります。前半は殆ど「白鳥のテーマ」を吹くオーボエの独壇場。最後の方に、ちょっとだけチェロとコントラバスによる白鳥のテーマのメロディがあります。ここはちゃんと聴こえるはずです。

  

今日の音楽 4月25日 フォロー・ミー

映画監督のキャロル・リードは1976年4月25日に亡くなっています。

1906年に俳優の息子としてロンドンで生まれ、本人も俳優として活躍していたが後に映画監督・プロデューサーに転進「第三の男」でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞し映画監督として初のナイトの称号を得るまでになりました。

その後「オリバー!」ではアカデミー監督賞を受賞しています。

監督最後の作品が「フォロー・ミー」で、ミア・ファロー(フランク・シナトラ、アンドレ・プレヴィンの元奥さん)主演で、イギリスの上流階級の男が、気ままに旅するアメリカ女(ファロー)を見初めて結婚するが、いつもふらふらと出歩く妻を疑い探偵を雇って調査を依頼。探偵に扮するのは、「屋根の上のバイオリン弾き」のトポル。彼女を尾行するうちに探偵は彼女が本当に求めているものを発見する・・・というお話。

ジョン・バリーの音楽が素敵でした。

2012年4月24日 (火)

パイオニア交響楽団第23回定期演奏会に向けて・2

ムソルグスキーの管弦楽法というのは、余程当時の作曲家から下手糞と見られていたらしく、矢鱈に他の作曲家にいじられています。中でも最もいじくりまくったのがロシア五人組のひとりで最年少のリムスキー=コルサコフでした。

ムソルグスキーの管弦楽法の巧拙は別にして、ムソルグスキーという作曲家は五人組の中で最も独創的な作曲家だと思います。展覧会の絵などは、ピアノ曲であそこまでできるのか、という素晴らしい音楽だと思います。

「展覧会の絵」と並ぶムソルグスキーの代表作が、今回の第1曲目「禿山の一夜」です。原型はメグデンの戯曲「魔女」に基づいて構想された歌劇「禿山」で、聖ヨハネ祭の前夜に禿山に地霊チェルノボグが手下の魔物や精霊たちと大騒ぎし夜明けと共に消え去っていくという言い伝えに基づくものです。

音楽自体も、前半は精霊や魔物たちの登場とどんちゃん騒ぎ、後半は夜明けと魔物たちの撤退を描いた曲です。
ムソルグスキー自身も交響詩として完成させていますがリムスキー=コルサコフ編曲版が演奏される機会が遥かに多いですね。不気味さではムソルグスキーの原典版も負けてはいませんが、大騒ぎの度合いがリムスキー=コルサコフの方に軍配があがるようです。
我々より年配の世代では、ディズニー映画「ファンタジア」のアニメを思い浮かべる方も多いと思いますが、映画で流れていたのはリムスキー=コルサコフ版に更に鳴り物や楽器を追加してスペクタクルな雰囲気を出したストコフスキー編曲版でした。

ところで、管弦楽法ではラヴェルなどと並んで賞賛されるリムスキー=コルサコフですが、コントラバスの使い方は個人的には好きではありません。かつて「シェエラザード」を演奏した事がありますがチェロのオクターヴ下の楽器の域を出ていない感じです。「禿山」もメロディっぽいところは殆どトロンボーンが被り、コントラバス独自の場所は、最後の数分間延々と続くD(レ)の音のピチカート(鐘の音を象徴しているようです)。全体的に非常に鳴らしにくい調でもあって、なんか爽快感が無いんですよね。

本番は、交響詩らしくストーリーを彷彿とさせる演奏を心がけようと思っております。

今日の音楽 4月24日 レインボー戦隊ロビン

1933年4月24日は、作曲家服部公一の誕生日です。

服部公一は学生の頃からアマチュアの音楽家として活動し4年の時にNHKのオーディションに合格してプロの世界に入りました。NHKの仕事では「アイスクリームの歌」など子供向けの歌を手がけると共に、ラジオやテレビ向けの童謡や合唱曲を作曲し知られるようになりました。

1963年にアメリカに留学し、その後世界各国を巡り日本の音楽の紹介や各国の音楽の研究に取り組み、ジャズやタンゴなども取り入れるようになります。

「レインボー戦隊ロビン」は石ノ森章太郎原作のアニメで1966年4月から1年間放映されていました。バルダ星人と地球人の混血児ロビンと6体のロボットによるレインボー戦隊が、バルダ星人の侵略から地球を守るというお話。七人の侍をヒントにしたアニメです。このアニメの音楽は、子供の頃に見たアニメの中でも最も好きな曲のひとつでした。これを作曲したのが服部公一です。好きだったのは、オープニングテーマです。

2012年4月23日 (月)

今日の音楽 4月23日 スキタイ組曲「アラとローリー」

ロシアの作曲家プロコフィエフは1891年4月23日にウクライナで生まれています。

プロコフィエフの管弦楽曲といえば、バレエ「ロミオとジュリエット」や、ピーターと狼が知られていますが、その他にもかなり多くの作品を残しています。

スキタイ組曲「アラとローリー」は元々バレエ曲として構想されていたのですが、スケッチの段階でディアギレフに見せたところ「春の祭典」の二番煎じだと関心を示されなかったため演奏会用の組曲として書き直した作品です。従って、スキタイ人の音楽(紀元前の事なので音楽自体もあったかどうか・・・)と直接かかわるものではありませんが、騎馬民族を象徴する野卑な激しい音楽を特徴としている曲です。

ヴェレスとアラへの讃仰、邪神チュジボーグと魔界の悪鬼の踊り、夜、ロリーの栄えある門出と太陽の行進の4曲からなる組曲です。標題のアラは太陽神ヴェレスの娘、ローリーは邪神に襲われたアラを救う勇者です。

第2曲です。

2012年4月22日 (日)

パイオニア交響楽団第23回定期演奏会に向けて・1

私の所属するパイオニア交響楽団の第23回定期演奏会の本番まで、あと1週間になりました。

今回は、3曲全てが標題音楽という初の試み。前半はロシア、後半はイタリアという構成になっています。
標題音楽というのは、非常に解りやすい音楽なので聞き手も難解なクラシック音楽とはちょっと異なる、カジュアルな気分で聴くことができるというのが良い点でしょうか。弾く方も、音楽のイメージが作りやすいので楽曲の解釈という点では比較的楽ですし、交響曲のような絶対音楽と違って演奏者ひとりひとりが異なった音楽解釈をする事が無いという面では、オーケストラのベクトルが合わせ易いと思われます。

逆に、あるイメージを表わすメロディを明確にするために、ソロの部分が多いのも特徴です。で、こういう曲は実はコントラバスはあまり面白くない(あくまでも私見ですが)ものが多いです。というのも、私の場合、コントラバスを演奏する面白さは下支えに見出しているので、メロディや頭打ち(拍子をとるために小節の頭=1拍目 を和音の基音を弾く)は勿論重要なのですが、そればかりではちょっと・・・という事で面白くないと言っております。

今回は、標題音楽ばかりなので、ブラームスやマーラーなどの交響曲にある深遠な部分を探る楽しみが無いというのも個人的な感想ではあります。

ただ、今回は聴く方は楽しいですね。
有名なムソルグスキーの交響詩「禿山の一夜」、数多いバレエ音楽の中でも最も人気の高いチャイコフスキーの「白鳥の湖」、壮麗というか壮大というに相応しいレスピーギの交響詩「ローマの松」の3曲です。

今日の音楽 4月22日 交響曲第7番(ドヴォルザーク)

ドヴォルザークの交響曲第7番ニ短調op.70は、ドヴォルザーク自身の指揮でロンドンのセント・ジェームズ・ホールで1885年4月22日に初演されました。

ブラームスを尊敬していたドヴォルザークは、それまで6曲の交響曲を作曲していましたが、ブラームスの延長線上という感は拭い得ないものでした。この交響曲第7番は、ブラームスの影響は相変わらず大きいものの、自分自身で消化して自身の音楽に歩み始めた作品と言えるものです。1883年にブラームスの交響曲第3番の初演を聴いて感銘を受けたドヴォルザークは、こういう作品を作りたいと感じて作曲したものですので、ところどころにその影響を感じさせますが、スラヴ的な雰囲気を残しながら、もっと普遍的な音楽を完成させました。

特に第2楽章の牧歌的な雰囲気はドヴォルザークの交響曲の中でも最も美しく、特に導入部から主部に移行する最初のクライマックスは、それまでのドヴォルザークの緩徐楽章とはちょっと違う雰囲気を出しています。

ビエロフラーヴェク指揮プラハ交響楽団で第2楽章です。

2012年4月21日 (土)

今日の音楽 4月21日 そよ風のくちづけ

キャンディーズで、女優の田中好子は昨年(1911年)4月21日に乳癌で死去しました。

1972年にNHKの歌謡グランドショーのマスコットガールのオーディションに伊藤蘭藤村美樹と共に合格し、「キャンディーズ」を結成。翌年「あなたに夢中」でデビューしました。当初は歌唱力を買われてセンターを務めていましたがヒットに恵まれず、5曲目の「年下の男の子」で伊藤蘭がセンターになってヒットしたため藤村美樹がセンターを勤めた「わな」以外は全て伊藤蘭がセンターになりました。

1978年4月4日の解散コンサートを最後に「普通の女の子に戻りたい」とキャンディーズは解散しましたが、1980年に芸能界に復帰、ソロシングルを1枚出しましたがその後は女優に専念し「土佐の一本釣り」でデビュー。1989年に初の主演映画「黒い雨」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得するなど演技力が高く評価され本格的女優の道を歩み始めました。

その後「ゴジラ対ビオランテ」「鉄道員(ぽっぽや」など多くの映画に出演し、最後の作品は「明日への遺言」。

1991年に夏目雅子の実兄で実業家の小達一雄と結婚しましたが、翌年に乳癌が見つかり闘病しながらの芸能活動でした。2010年には癌が再発、翌年あちこちに転移して帰らぬ人となりました。

「そよ風のくちづけ」は、キャンディーズ2枚目のシングルでまだスーちゃんがセンターをしていた頃の作品です。

2012年4月20日 (金)

今日の音楽 4月20日 ペーパー・ムーン

俳優のライアン・オニールは1941年4月20日にロサンゼルスで誕生しました。

1964年にTVドラマ「ペイトンプレイス物語」で一気にスターダムにのぼりました。1970年に「ある愛の詩」が世界的にヒットしてその後は「バリー・リンドン」、「遠すぎた橋」など数々の作品に出演しています。

スキャンダルの非常に多い俳優で、結婚離婚を繰り返し最後はファラ=フォーセットと同棲していましたが、それも破局。その後慢性白血病を発症しましたが闘病しながら活動を続けています。

ライアンには最初の妻ジョアンナ・ムーアとの間に女の子がいますが、その娘と共演したのが「ペーパー・ムーン」という映画。古き善き時代の、どこか憎めない詐欺師ライアンと、ライアン顔負けの詐欺の才能を持つ元恋人の娘の絆を描いた作品で、元恋人の娘を演じたのがライアンと娘のテイタム・オニールでした。その後、テイタムは「がんばれベアーズ」などで活躍しています。

「ペーパー・ムーン」は1935年の流行歌「It's only a paper moon」を主題歌に使い、その主題歌の題名をそのまま映画のタイトルにしたそうです。

フランク・シナトラの歌です。

2012年4月19日 (木)

今日の音楽 4月19日 椰子の実

作曲家で、大中恩の父親である大中寅二は1896年4月19日に誕生しています。

1920年に同志社大学入学、その年に日本基督教団霊南坂教会のオルガニストになりました。その後山田耕筰に師事して作曲を学びました。オルガニストが長かったこともあり、オルガン曲や賛美歌など教会音楽を多く作曲しています。

最も知られている曲は、島崎藤村の詩に曲をつけた「椰子の実」です。民俗学者の柳田國男が大学時代に伊良湖岬に滞在し、風の強かった翌朝は黒潮に乗って椰子の実が漂着したことから、日本人のルーツは南洋諸島だと確信したという話から、故郷の南の国の椰子の木を離れて遠く日本まで来てしまった椰子の実が、いつかは故郷に帰りたいと願っているという故郷への思いを椰子の実を擬人化して詠んだ詩で、NHKからの依頼で1936年7月に完成させた歌です。

倍賞千恵子さんの歌です。

2012年4月18日 (水)

今日の音楽 4月18日 ローマの噴水

1936年4月18日はイタリアの作曲家レスピーギの命日です。

レスピーギのローマ三部作は「ローマの祭り」「ローマの松」を紹介して、残すのが最初に作曲された交響詩「ローマの噴水」です。1916年に作曲されたこの曲は交響詩ではあるものの、形式は従来の交響曲の4楽章形式に則っています。ローマの4つの噴水を、それぞれが最も周囲との調和のとれた時間帯を捉えて描いた曲で、各楽章のタイトルも時間軸と噴水の名前にしています。

第1曲は夜明けのジュリアの谷の噴水
第2曲は朝のトリトンの噴水
第3曲は真昼のトレヴィの泉
第4曲は黄昏のメディチ家の噴水

です。

2012年4月17日 (火)

今日の音楽 4月17日 ロミオとジュリエット(ニーノ・ロータ)

1951年4月17日は、女優オリヴィア・ハッセーの誕生日です。

オリヴィアは、アルゼンチン生まれで両親の離婚で母親の母国イギリスに渡り1968年に映画「ロミオとジュリエット」で人気女優となりましたが、その後作品に恵まれずTV中心の活動になっていました。2003年に映画「マザー・テレサ」で主役を演じて復活しています。

3度の結婚歴があり、2人目のご主人は布施明でした。

映画「ロミオとジュリエット」はフランスとイタリアの合作映画、フランコ・ゼフィレッリ監督作品で、ニーノ・ロータが音楽を担当しています。映画音楽史上に残る名作のひとつでしょう。

2012年4月16日 (月)

今日の音楽 4月16日 この胸のときめきを

1936年4月16日は、ポップス・シンガー ダスティ・スプリングフィールドの誕生日です。

イギリスで1960年に二人の兄とともにスプリングフィールズを結成し音楽活動を開始、63年からソロ活動を開始しました。「二人だけのデート」で全米トップ5に入ってからはヒットチャート上位の常連となりましたが1970年代は低迷。ドラッグや酒に溺れるというお決まりのコースを経験しています。1986年にイギリスのペットショップボーイズとの共演で「とどかぬ想い」がヒットして復活しましたが1994年に乳癌で亡くなっています。

彼女の代表作のひとつ「この胸のときめきを」は原曲はイタリアのカンツォーネでしたが、1966年にダスティがヒットさせ、その後エルヴィス・プレスリーがカバーして大ヒットした熱唱型の曲です。

2012年4月15日 (日)

今日の音楽 4月15日 オンブラ・マイ・フ(ラルゴ)

ヘンデルの歌劇「セルセ」は1783年4月15日に初演されています。

ヘンデルは数多くのオペラやオラトリオを書いており、その多くが歴史や聖書に基づくものです。「セルセ」は、紀元前5世紀のアケメネス朝ペルシアの王クセルクセス1世のことです。クセルクセス1世は歴史上重要なサラミスの海戦でギリシアに大敗した王ですが、このオペラでは婚約者のいるセルセが弟の恋人に横恋慕してすったもんだの末、婚約者の献身でセルセが心を入れ替えるという喜劇で、歴史とは何の関係も無いお話です。

このオペラ自体は、あまり上演されることはありませんが、何と言っても冒頭でセルセが歌う「オンブラ・マイ・フ」(懐かしい木陰)がヘンデルのラルゴとしてクラシックのみならず、ポピュラー音楽にも取り入れられて知られている事でしょう。また、この曲は世界で始めて電波に乗った音楽(ラジオ放送された曲)として知られています。1906年の実験放送のことです。

元々は、セルセの歌でカストラートによって歌われていましたが、現在は女声で歌われることが多い曲です。

キャスリーン・バトルの歌です。


2012年4月14日 (土)

今日の音楽 4月14日 ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」

モーツァルトのピアノ協奏曲第26番ニ長調「戴冠式」K.537は1789年4月14日に初演されています。

モーツァルトに関しては、その死に関しても様々な憶測がありますが、宮廷を離れフリーの音楽家としての活動が中心となった晩年は、その天才的な音楽性のためか品行が悪かったせいか大衆からの人気も無くなり、予約演奏会も予約が集まらずに開催できなくなっていたようです。
ピアノ協奏曲第26番は、そういう時代の作品で、公式の初演も自費によって行われましたが不入りで経済的に更に厳しい状況になって行ったようです。
フランクフルトで行われたオーストリアのレオポルド2世の戴冠式に同行して演奏されたため「戴冠式」というタイトルがついていますが、4月の初演は、これに先立ってドレスデンのザクソン選帝侯フリードリヒ・アウグスト三世の后アマーリエの元で行われたそうです。

この曲の特徴は、ピアノ独奏譜が不完全という事。モーツァルト自身が演奏する分には譜面など無くても演奏できるのでしょうが、出版となるとそうも行かないわけで結局様々な補完譜が出版されているものの、決定的なものは無さそうです。左手部分が書かれていない部分が非常に多く2楽章などは右手だけしか無いそうです。

明るくてロココ形式の華やかな曲なので人気がありますが、作品としては20番台の協奏曲の中では最も評価の低い曲だそうです。が、音楽というのは作品の出来だけで左右されるものではなくて、人の心にどう感じるかですので理論的な出来の悪い曲が人気があったりするのも当然でしょうね。

カーゾンのピアノ、ケルテス指揮ロンドン交響楽団で全曲です。

2012年4月13日 (金)

今日の音楽 4月13日 シャレード

映画監督のスタンリー・ドーネンは1924年4月13日に生まれています。

娯楽作品が多く、ミュージカル映画を多く手がけた監督として知られています。大学中退後にブロードウェイでコーラスをやっていたところ主演のジーン・ケリーと意気投合しケリーの助手としてハリウッドに乗り込みました。

ケリーと共同で「踊る大紐育」「雨に唄えば」を監督し大ヒット、その後ケリーから独立してからも「略奪された七人の花嫁」などを手がけました。

オードリー・ヘップバーン主演の「シャレード」は、ドーネン監督としては珍しいミステリー・サスペンス作品。ヘンリー・マンシーニの音楽がより一層サスペンスの雰囲気を強めていました。

2012年4月12日 (木)

今日の音楽 4月12日 愛があれば大丈夫

1966年4月12日はシンガー・ソングライター広瀬香美の誕生日です。

幼少から母親にピアノを習わされ作曲法を勉強されられ、小中学校の頃には数々の作品を作曲していたそうです。後にヒットする「ロマンスの神様」や「愛があれば大丈夫」のメロディは高校の頃に出来ていたそうです。国立音大の作曲科に進学しましたが成績は悪く、講師から作曲科は無理と言われて、幼い頃からの夢が破れた広瀬香美は、気分転換にL.A.に旅行をしてマイケル・ジャクソンマドンナのライブを見てポップスに目覚め、ポップスの作曲の勉強を開始。

マイケル・ジャクソンなどのボイス・トレーナーセス・リッグスの厳しいオーディションを受け東洋人として初の合格者となり3年間師事。修了後デモテープがビクター音楽産業のプロデューサーの耳に止まってデビューする事になりました。

1992年7月にアルバム「Bingo!」でデビューし年末に1st シングル「愛があれば大丈夫」をリリース。3枚目のシングル「ロマンスの神様」が170万枚を超える大ヒットとなってブレークしました。「アルペン」のCMソングを多く書いている事から「冬の女王」とも呼ばれています。

さすがに本場でボイス・トレーニングを受けて来ただけあって、高音域の伸びはすごいですね。

デビュー曲の「愛があれば大丈夫」は、「病は気から 病院へ行こう2」の主題曲として使われましたがオリコンランキングでは93位どまりでした。その後「ロマンスの神様」の大ヒットで再びチャートを上昇し42位まで上がりました。

2012年4月11日 (水)

今日の音楽 4月11日 ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」

ドヴォルザークのピアノ三重奏曲第4番ホ短調「ドゥムキー」は1891年4月11日に、ヴァイオリン フェルディナント・ラフナー、チェロ ハヌス・ヴィハン、ピアノ ドヴォルザーク自身によってプラハで初演されています。

「ドゥムキー」とは、ウクライナ起源のメランコリックなバラード歌謡の事で、交響曲第8番の完成の翌年、渡米の前年の充実した時期に書かれた室内楽曲です。
6つの楽章で出来ていますが、ソナタ形式の楽章はひとつも無い、それぞれの楽章間の関連も全く無い独立した曲なので、組曲を聴いているような雰囲気の曲です。

ボロディン三重奏団で、第2楽章から第4楽章です。

2012年4月10日 (火)

今日の音楽 4月10日 黄昏迄

1952年4月10日は、シンガー・ソングライターさだまさしの誕生日です。

長崎で裕福な材木商の家に生まれたさだまさしは幼少からヴァイオリンを習う程のお坊ちゃまでしたが、1957年の諫早大水害で父親の事業が失敗し家は没落します。ヴァイオリンの才能を認められ小学校卒業後単身上京しヴァイオリンを学び、芸大付属高校を受験するが失敗し失意の内に国学院高校へ入学。ヴァイオリンへの情熱は失ったものの音楽への思いは強く国学院大学に入学するも早々に中退したさだを訪れた、高校時代の友人吉田正美と意気投合しグレープを結成。1973年にレコードデビューするも全く売れず、2曲目の「精霊ながし」も始めは全く売れなかったもののラジオで紹介されじわじわとヒットし、レコード大賞の作詞賞を獲得するまでになりました。それ以降はご存知のとおり、日本を代表するフォーク歌手のひとりとして活躍しています。

さだまさしの音楽は、私小説的作品・・・「精霊流し」「転宅」「親父の一番長い日」「椎の実のママへ」など
落語好きの本領を発揮したユーモア(とペーソス)作品・・・「パンプキンパイとシナモンティー」「関白宣言」「恋愛症候群」
故郷長崎を歌った曲・・・「絵はがき坂」「長崎小夜曲」「長崎から」
ダイナミックで朗々と歌われる曲・・・「夕凪」「ひきしお」「黄昏迄」
などとても多彩な作品があります。

「黄昏迄」は1981年発売のソロ6枚目のアルバム「うつろひ」に収録された曲ですが、7年後に「風に立つライオン」とのカプリングでシングル化された曲。海を見ながら亡くなった恋人を懐かしむ歌です。

2012年4月 9日 (月)

今日の音楽 4月9日 オリエント急行殺人事件

映画監督シドニー・ルメットは昨年2011年4月9日リンパ腫のためニューヨークの自宅で亡くなっています。

シドニー・ルメットは4歳から子役として舞台に立って俳優業に進みましたが、飽き足らず演出家に転向5年間で500本のテレビドラマを演出しました。TV局を辞めた後1957年に初の劇場映画「十二人の怒れる男」を監督しベルリン国際映画祭金熊賞を受賞し人気作家の仲間入りをしました。

その後「セルピコ」「オリエント急行殺人事件」「狼たちの午後」「ネットワーク」「評決」など数多くの映画を手がけました。

「オリエント急行殺人事件」は、アガサ・クリスティの代表作のひとつで、この映画はオールスター・キャストの娯楽映画として作られました。アルバート・フィーニーポアロを演じ、アンソニー・パーキンスショーン・コネリーヴァネッサ・レッドグレイヴイングリッド・バーグマンジャクリーン・ビセットなど錚々たる俳優が出演しています。

音楽はイギリスの作曲家リチャード・ロドニー・ベネットが担当しています。テーマ曲はピアノ協奏曲風のロマンチックな音楽です。

2012年4月 8日 (日)

今日の音楽 4月8日 悪魔のトリル

18世紀を代表するヴァイオリニストで作曲家のジュゼッペ・タルティーニは1692年4月8日に誕生しています。

フランシスコ会の修道士をめざして音楽教育を受けていたタルティーニですが結婚相手にパトロンがいて、パトロンによって誘拐の訴追を受け逃げ込んだアッシジの聖フランシスコ修道院でヴァイオリンを習得します。ヴェラチーニの演奏を聴いて自分の未熟さを悟ったタルティーニは、その後猛練習をしたそうです。

作曲家としてのタルティーニは、ヴァイオリン協奏曲やヴァイオリンソナタといった、ヴァイオリンの曲が殆どですが、最も有名な曲がヴァイオリンソナタ「悪魔のトリル」。タルティーニが夢の中で悪魔に魂を売って伝授されたダブルストップのトリルから名付けられたという説もありますが、悪魔的な難しさのトリルという事が本当のところでしょう。
いずれにしても、第3楽章に出てくる、このトリルは現在でも難曲のひとつとしてヴァイオリニスト必須曲のひとつなので、当時としては物凄い難易度だったんでしょうね。

ムターのヴァイオリンで第3楽章です。

2012年4月 7日 (土)

今日の音楽 4月7日 筑後川

作曲家團伊玖磨は1924年4月7日に生まれています。

政治家團伊熊男爵の子供として生まれた伊玖磨は、8歳の時に三井財閥の総帥であった祖父の團琢磨が暗殺され、物質的な栄達に疑問を抱くようになり、芸術の道へ進むきっかけとなったようです。
東京音楽学校へ進んだ伊玖磨は戦後、作曲家として活躍を始め1949年には代表作となる歌劇「夕鶴」を作曲。その後は数々の歌曲や管弦楽曲を作曲し2001年に中国旅行中に客死しています。

管弦楽組曲「シルクロード」、歌曲「花の街」、童謡「ぞうさん」「かたつむり」などが知られていますが、夥しい合唱曲も残しています。

その中で今でも歌われている曲のひとつが「筑後川」です。詩人丸山豊の詩に久留米音協合唱団の5周年を記念して委嘱された曲で、源流で誕生したばかりの水の流れが筑後平野を潤して有明海に注ぐ様子をダイナミックに描いています。川の自然描写に加えて、その地域に住む住民たちの伝説や祭も取り上げた変化ある5楽章からできています。

中でも、最後の「河口」は、フィナーレを~ から始まる川のフィナーレと曲のフィナーレを高らかに歌った曲で、単独で取り上げられる程の人気曲です。

2012年4月 6日 (金)

今日の音楽 4月6日 交響曲第1番(ストラヴィンスキー)

ストラヴィンスキーは1971年4月6日に88歳で亡くなっています。

ストラヴィンスキーは生涯に大きく分けると音楽スタイルが3度変化しています。そのためにストラヴィンスキーの曲を聴くと、どれぐらいの時期に作曲されたものかがよくわかります。
初期は原始主義で、この頃の作品が最も好まれています。火の鳥ペトルーシュカ春の祭典に代表される変拍子、複調などリズムを前面に出した音楽作りでした。
その後、新古典主義になります。バロック音楽古典派音楽の簡素な作風をめざした作品で、プルチネルラ兵士の物語が代表作です。
第二次大戦後は、セリー主義の音楽になりシェーンベルクウェーベルンといった以前は毛嫌いしていた十二音技法を取り入れた作風になりました。レクイエム・カンティクルスなどが代表作です。

ストラヴィンスキーは多くの近代ロシアの作曲家がそうであったように、バレエ音楽に優れた作品を多く残しており、純器楽曲は多くありませんが、交響曲という作品を4曲残しています。ただし1曲は詩篇交響曲という合唱付きの曲で、ハ調の交響曲3楽章の交響曲は新古典主義音楽時代の作品です。

唯一の番号付きの交響曲が、リムスキー=コルサコフの下で修行していた時代の、ストラヴィンスキー初の管弦楽作品である、交響曲第1番です。まだリムスキー=コルサコフ、チャイコフスキーグラズノフなどの作品を参考にした古典的な形式の作品で、後のストラヴィンスキーのセンセーショナルな作品を想像できない曲です。

終楽章です。

2012年4月 5日 (木)

今日の音楽 4月5日 結婚しようよ

1946年4月5日はシンガー・ソングラーター吉田拓郎の誕生日です。

吉田拓郎は、日本のシンガー・ソングライターの草分け的な存在でフォークとロックを融合させマイナーだったフォークをメジャーにしたアーチストです。
大学時代からグループを結成し、デビュー前から人気があった拓郎のデビュー・アルバムは1970年。その後「今日までそして明日から」「人間なんて」などで人気は上昇し続け、1972年の「結婚しようよ」がオリコンチャートの3位まで上昇しメジャーとなりました。

その後は「旅の宿」「おきざりにした悲しみは」などをヒットさせると共に、「襟裳岬(森進一」「ルームライト(由紀さおり)」「じゃあまたね(浅田美代子)」「やさしい悪魔(キャンディーズ)」「狼なんか怖くない(石野眞子)」など歌謡曲の分野にも多くの楽曲提供しています。

肺癌や気管支喘息を克服して、現在も現役で活動中です。

「結婚しようよ」は、拓郎が人気フォーク歌手からメジャーへと脱皮した記念すべき曲。歌詞もわかりやすい求愛ソングです。

2012年4月 4日 (水)

今日の音楽 4月4日 汽車ぽっぽ

作曲家本居長世は1885年4月4日に生まれています。

本居長世は江戸時代の有名な国学者本居宣長の6代目の子孫で、東京音楽学校を卒業後日本の伝統音楽の補助教員として学校に残りました。その後ピアノ科の助教授になりピアニストを目指しましたが指の怪我で断念し日本の伝統音楽と西洋音楽を融合させる作品を発表していきます。

作品には「七つの子」「青い眼の人形」「赤い靴」など野口雨情の作詞によるものが多いのですが、「汽車ぽっぽ」は本居長世自身で作詞作曲した歌です。作曲は昭和2年で、当時はまだ丹那トンネル開通前で、東海道線が現在の御殿場線ルートを通っていた頃の、御殿場ルートの急勾配を補助機関車をつけた蒸気機関車が駆け上っていく様子を歌ったものです。

汽車を歌った童謡はいくつかありますが、「汽車」(今は山中、今は浜)や、「汽車ポッポ」(汽車汽車シュッポシュッポ)と混同されてしまいます。この「汽車ぽっぽ」は お山の中行く汽車ポッポ・・・です。

2012年4月 3日 (火)

今日の音楽 4月3日 交響曲第4番(シベリウス)

シベリウスの交響曲第4番は1911年4月3日にヘルシンキ・フィルハーモニー協会のコンサートで初演されました。

1907年から体の不調を訴えていたシベリウスは喉の腫瘍と診断され、それを摘出する手術を行いました。腫瘍は良性でしたが、死を身近に感じるようになりこの時期のシベリウスの作品には死を克服するわずかな光明をみつけるような感じが表れています。

交響曲第4番は、そんな時期に作曲されたものですが、そういう渋い作品だったため評論家などの評判は高くなかったようです。
編成は2管編成で、4つの楽章からできていますが古典的なものではなく独自の展開をしています。
第1楽章は、ゆったりとしたテンポの沈鬱な楽章
第2楽章は不規則な三部形式のスケルツォにあたる楽章
第3楽章は長大な序奏を持つ緩徐楽章
第4楽章はアレグロではあるものの重苦しい楽章です。

シベリウスの作品の中では最も内面的で緊張感溢れる作品なので、人気という点ではイマイチですが、イギリスの音楽研究家に「音符にひとつの無駄も無い」と言わしめた交響曲です。

サロネン指揮スウェーデン放送交響楽団で第1楽章です。

2012年4月 2日 (月)

今日の音楽 4月2日 七重奏曲(ベートーヴェン)

ベートーヴェンの七重奏曲は、1800年4月2日に交響曲第1番、ピアノ協奏曲第1番などと一緒にウィーンのブルク劇場で初演されました。

初期のベートーヴェンの作品で、この曲をステップのひとつとして交響曲へ繋いだと言われている人気作品のひとつです。古典派音楽の勉強という意味で作曲されたため、ベートーヴェンらしさを発揮する以前のもののため、ベートーヴェン自身はこの作品がいつまでも高い人気だった事はあまり嬉しくなかったようですが、ベートーヴェンは弦楽四重奏以外の室内楽曲をあまり作っていない為、特に管楽器の奏者からは親しまれるのはやむを得ない事だとは思います。

難易度もそれ程高くないため、アマチュアの間でも人気が高いのですが、全曲を通すと40分を超える大作のため、体力は激しく消耗する曲ではあります。

編成は、クラリネット、ファゴット、ホルンとヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスで、シューベルトは後に、これにヴァイオリンを1本加えて八重奏曲を作曲しています。

6つの楽章から出来ていて、
第1楽章 ソナタ形式
第2楽章 Adagio cantabileの緩徐楽章
第3楽章 ピアノソナタ第20番の第2楽章から転用したメヌエット
第4楽章 民謡の主題による変奏曲
第5楽章 スケルツォ
第6楽章 序奏つきのソナタ形式で、ヴァイオリンのカデンツァまでついているお得な楽章

第3楽章です。

2012年4月 1日 (日)

今日の音楽 4月1日 イージー・ウィナーズ

アメリカのラグタイム王スコット・ジョプリンは1917年4月1日に梅毒による肺炎で亡くなっています。

元黒人奴隷の農夫の息子としてテキサス州に生まれたスコットの両親は、当時の黒人は十分な教育を受ける事が出来なかったため自分の身を助ける才能を伸ばすという考えから、小さい頃から音楽の才能を現していた息子のために生活費を削ってピアノを買い与えたそうです。独学でピアノを学び、クラシックの演奏家・作曲家を目指していましたが、ヨーロッパのクラシックとアフリカ系の音楽を融合させ後に「ラグ」と呼ばれる音楽を作り出しています。

ジ・エンターティナー」などの曲を作曲しましたが、生存中はあまり評価されませんでしたが死後半世紀以上を経た1970年代に、映画「スティング」で「ジ・エンターティナー」などが使われアカデミー賞を受賞した事もきっかけになり見直されるようになりました。

「メープル・リーフ・ラグ」「パイナップル・ラグ」「ソラス」など多くの曲が演奏されるようになっています。

イージー・ウィナーズも、スティングの中で使われている軽快な曲です。

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