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2012年3月31日 (土)

今日の音楽 3月31日 交響曲第1番「春」

シューマンの交響曲第1番変ロ長調op.38「春」は、1841年3月31日にメンデルスゾーン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で初演されています。

シューマンは、ベートーヴェンのような交響曲を書きたいという願望を持ち続けていました。そのため彼の交響曲は構成力に優れた作品となっています。ただ、残念ながら楽器の事をあまり知らなかったため、思わぬ失敗をしています。よく、シューマンのオーケストレーションは楽器を重ねすぎの為音がくすんでしまうなどと言われますが、確かにスコアを見ると各楽器とも異常に音符が多い事に気が付きます。後の指揮者や作曲家がオーケストレーションを多少いじって演奏する事も多々あったようです。特に、作曲家マーラーが指揮者の視点で楽器編成を変えずにオーケストレーションをいじったマーラー編曲版は現在でもたびたび演奏されます。第1番におけるシューマンの失敗は、冒頭のファンファーレが当時のバブルが無いホルンやトランペットではストップ奏法でしか演奏できない音が混じっており音の質が変わってしまうことをリハーサル時にメンデルスゾーンに指摘され、音を変更したというエピソードがあります。現在でも変更後のファンファーレが演奏されますが、マーラー版では現在のホルン、トランペットがバルブ式になってオリジナルのファンファーレも演奏可能なので、最初の意図を採用しています。

初版では、各楽章に春の始まり、夕べ、楽しい遊び、たけなわの春 という副題が付けられていますが、改訂稿では削除されています。交響曲第1番の「春」という標題はアドルフ・ベドガーの詩に霊感を受けて作曲されたために付けられたものです。

バーンスタイン指揮ウィーンフィルで第4楽章です。


2012年3月30日 (金)

今日の音楽 3月30日 アイ・ショット・ザ・シェリフ

イギリス出身のギタリスト エリック・クラプトンは1945年3月30日に生まれています。

伝説のギタリストのひとりに挙げられるクラプトンですが、音楽活動も私生活も波乱万丈。
1963年1月からルースターズに加入して音楽活動をスタート、程なくヤードバーズ(後にジェフ・ベックジミ・ペイジという個性的なギタリストが参加)に加入。1965年に音楽性の違いから脱退するとブルース・ブレイカーズに参加したり、クリームを結成したり、加入と脱退、結成と解散を繰り返します。

その後アメリカに渡ったクラプトンは、1974年にソロで「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をナンバーワンに輝かせ、その後は特定のグループに加わる事無く、様々なセッションに参加し現在も活動しています。

私生活でも薬物中毒、アルコール依存、交通事故、結婚、離婚、不倫、幼い息子の転落死など、スキャンダルの宝庫という存在でした。

アイ・ショット・ザ・シェリフは、レゲエのボブ・マーリーのカバー曲で、レゲエっぽい雰囲気のロックミュージックです。

2012年3月29日 (木)

今日の音楽 3月29日 「レオノーレ」序曲第3番

ベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番は1806年3月29日ウィーン宮廷劇場で初演されています。

ベートーヴェンは、歌劇「フィデリオ」のために序曲を3回も書き直しています。そのため、「フィデリオ」の序曲は4種類あるわけですが、ベートーヴェンはこのオペラを「レオノーレ」という名で上演したかったようですが興行側が「フィデリオ」で上演したため(過去に同じ原作を元にした「レオノール」とか「レオノーラ」というオペラが存在していたので混同を避けたそうです)、現在オペラの序曲として使用されている最終稿を「フィデリオ」序曲、それ以前の序曲を「レオノーレ」序曲としています。

従って、レオノーレ序曲は3曲あり、それぞれに番号が付けられています。最初に書かれたものが第2番、2番目が第3番、3つ目が第1番という番号で、なぜそうなったのかは、よくわかりません。

その中でも第3番は非常にスケールの大きな曲で、10分をこえる曲のためオペラの序曲としては不適当なのですが、人気が高いため単独の演奏会で演奏される機会が最も多く、また「フィデリオ」の第2幕で演奏される事もあります。

クーベリック指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団です。

2012年3月28日 (水)

今日の音楽 3月28日 蚤の歌

ロシアの作曲家ムソルグスキーは1881年3月28日に亡くなっています。

ロシア五人組の中で最も早く亡くなってしまったムソルグスキーですが、作品はロシアに根づく民謡や民話を題材にしたものが多いものの作風は大胆なものが多い作曲家でした。生涯を貧窮で酒びたりなどで体をこわし42歳の若さで亡くなってしまったわけです。

現在、演奏される作品は、殆どがムソルグスキーオリジナルのものではなく、誰かが手を加えたものです。(ボリス・ゴドゥノフぐらいでしょうかね)
禿山の一夜」はリムスキー=コルサコフ編曲、「展覧会の絵」はラヴェルがオーケストレーションしたもので有名になり、歌劇「ホヴァンシチーナ」、「ソロチンスクの市」は未完に終わったためリムスキー=コルサコフやショスタコーヴィチなどの補筆によって上演されたり一部だけ演奏されたりしています。

ムソルグスキーの作品の中で、異色なのが「蚤の歌」です。
正式な名前は、「アウエルバッハの酒場でのメフィストフェレスの歌」で、ゲーテのファウストの中の一節に、メフィストの笑い声を挿入したもので元々はアルト用に作曲したものですが、現在ではバス歌手によって歌われることが殆どです。何よりも蚤を大切にしていた王様を風刺する内容です。

ネステレンコの歌です。

2012年3月27日 (火)

今日の音楽 3月27日 交響曲第3番「勇敢なフランス人」

フランスの作曲家ヴァンサン・ダンディは1851年3月27日に誕生しています。

ダンディといえば、フランクの献身的な弟子として有名ですが、パリ音楽院に対抗してスコラ・カントルムという音楽学校を設立した事でも知られています。これは、パリ音楽院が当時オペラ関係の音楽家の養成機関に変質してしまった事に対抗し、古くからの音楽を研究して新しい時代の音楽を作ることを目的とした学校でした。これは、師匠のフランクがオペラを作曲しなかったために当時パリの楽壇から受け入れられなかったという事も影響していると思われます。ルーセルサティなどを輩出しています。

ダンディの曲は、今では「フランスの山人の歌による交響曲」と交響的変奏曲「イシュタール」ぐらいしか知られていませんが、これ以外に3曲の交響曲や数多くの管弦楽曲などを作曲しています。

交響曲第3番は、1916年から18年にかけて作曲され、「勇敢なフランス人」とか「麗しきフランスの小交響曲」というタイトルがつけられたダンディ最後の交響曲です。第一次大戦でドイツに勝利したフランスへの祝辞として作られたとも言われていて、非常に威勢の良い痛快な曲で特に終楽章は行進曲のような雰囲気を持つ高揚感溢れる曲。一般受けしそうな曲で、もっと演奏されても良い作品だと思います。

グシュルバウアー指揮ストラスブール・フィルで終楽章です。

2012年3月26日 (月)

今日の音楽 3月26日 ジョージアの灯は消えて

1949年3月26日は、アメリカのコメディエンヌであり歌手であるヴィッキー・ローレンスの誕生日です。

と言っても、この人知っている人は殆どいないでしょうね。なにしろ、ヒット曲はこれだけの一発屋ですから。
女優でコメディエンヌのキャロル・バーネットの番組で共演していたヴィッキーですが、ご主人ボビー・ラッセルがシェールのために作った曲が「南部の殺人事件」という微妙な内容を扱った曲だった事から拒否されて、奥様のヴィッキーが歌う事になったそうですが、なんと1973年に全米ナンバーワンヒットとなり、Gold Discに輝きました。何だかセンセーショナルな歌詞と、感情を抑えた歌がマッチして不思議な雰囲気を醸し出している歌です。

2012年3月25日 (日)

今日の音楽 3月25日 グッバイ・イエロー・ブリック・ロード

1947年3月25日はエルトン・ジョンの誕生日です。

1969年にソロ・デビューし全世界で2億枚以上の売上を記録し、イギリスを代表するミュージシャンとなったエルトン・ジョンは、1970年に発売した「僕の歌は君の歌」の大ヒット(全米8位)で一躍スター・ミュージシャンになりました。「ロケットマン」「ホンキー・キャット」などをヒットさせ1972年に「クロコダイル・ロック」で初の全米ナンバーワンを獲得しました。

その後は「ダニエル」「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」「僕の瞳に小さな太陽」など次々とヒット曲を産み出し、特に「アルバム」では7枚連続全米ナンバーワンという快挙を成し遂げています。1970年代後半になると低迷し、一時活動を休止していますが1978年に2年ぶりに復活。その後も薬物中毒などによる休止などを経て現在でも活躍中です。

「グッバイ・イエロー・ブリックロード」は最も売れた「黄昏のレンガ道」というアルバムのタイトル曲で、幸せへと続く黄色いレンガ道への思いを馳せた曲で、決して絶望の歌ではありません。原題はシングルもアルバムも"Goodbye Yellow Brick Road"ですがシングルでは原題をそのまま使用しているものの、アルバムでは「黄昏のレンガ道」という邦題が使われました。「黄昏」は夕方の意味で、人生の夕方=人生の終わりという意味ですので、ちょっと違うような気がしますね。このYellow Brick Roadは、「オズの魔法使い」で出てくるエメラルド・シティに続く道の事で、ドロシーを演じたジュディ・ガーランドを偲んで作ったと言われています。

2012年3月24日 (土)

今日の音楽 3月24日 アンダルーサ(グラナドス)

スペインの作曲家グラナドスは、1916年3月24日ニューヨークから船で帰国する途中、ドイツの魚雷攻撃によって船が沈没し死亡しています。

バルセロナとパリでピアノと作曲を学び、バルセロナに戻ると活動を開始。1901年グラナドス・アカデミーを設立しピアノを教えはじめます。この組織は後に、アリシア・デ・ラローチャなどを育てています。1911年、組曲「ゴイエスカス」、1914年には歌劇「ゴイエスカス」を作曲し1916年にニューヨークの初演に立ち会った帰途の船で生涯を閉じました。

スペインに根ざした作品が多いのですが、単なる民族風音楽でなく近代的なスタイルの作風で、後のファリャなどに影響を及ぼしました。

1892年から1910年にかけて少しずつ作曲された「スペイン舞曲集」は、グラナドスを代表するピアノ曲で全12曲からなっています。その第5曲目「アンダルーサ」はアンダルシア地方の印象を作曲したもので、ギターの奏法を取り入れた作品です。そのために、ピアノ以外でもギターで演奏されることが非常に多い曲です。

デ・ラローチャのピアノです。

2012年3月23日 (金)

今日の音楽 3月23日 交響曲第94番「驚愕」

ハイドンの交響曲第94番ト長調「驚愕」は1792年3月23日に初演されました。

「驚愕」という題名は、第2楽章で静かに流れる主題の中で突然大音量で演奏されて「びっくり」という事から名づけられたと言われています。逸話としては、いつも演奏会が始まると居眠りを始める貴婦人たちを苦々しく思い、驚かせてやろうと思い作曲されたと言われていますが、真偽の程ははっきりしません。

曲自体も、前期ロンドン交響曲の中核を成す作品で、緩徐楽章にトランペットを使うなど斬新な手法も使っています。
第1楽章はソナタ形式、第2楽章は変奏曲ですがベートーヴェンのような複雑な変奏曲ではなく元の主題がはっきりわかる、わかりやすい変奏曲です。第3楽章は早めのテンポのメヌエット、終楽章はロンドソナタ形式となっています。

第2楽章があまりに有名なので、なかなか全曲を聴く機会も多くはありませんが、第1楽章から聴いてこそ居眠りが出るもの。。。さすがに第2楽章から聴いたのでは始まって数十秒では居眠りはしないでしょう。

クライバー指揮ウィーンフィルで全曲です。

2012年3月22日 (木)

今日の音楽 3月22日 オペラ座の怪人

1948年3月22日は、イギリスの作曲家アンドルー・ロイド・ウェッバーの誕生日です。

作曲家ウィリアム・ロイド・ウェッバーの子として生まれ、有名なチェリストのジュリアンを弟に持つ音楽一家で育ち、作曲家、特にミュージカルの作曲家として名声を得たのがアンドルー・ロイド・ウェッバーです。

ロック・ミュージカルの草分けである「ジーザス・クライスト・スーパー・スター」、「エビータ」で大成功を収め、その後も「キャッツ」をヒットさせました。
中でも、「オペラ座の怪人」はロンドンでは史上2番目の22年、ニューヨークでは最長の21年のロングランを更新中です。

オペラ座の怪人は、「黄色い部屋の謎」という密室トリックを語る際には必ず名前が出てくる推理小説の作者ガストン・ルルーの小説で、オペラ座の若手女優クリスティーヌに楽屋の裏から歌唱指導をして力をつけさせたのが実は、オペラ座の怪人とよばれる醜悪な男で、彼はクリスティーヌを誘拐しオペラ座の地下に隠れてしまう。彼を追ってクリスティーヌの恋人ラウル子爵がオペラ座の地下に潜り込むというお話。
ウェッバーのドラマチックな主題歌が冴え渡った作品でした。

序曲です。

2012年3月21日 (水)

今日の音楽 3月21日 交響曲第8番「ザ・グレート」

シューベルトの交響曲第8(9)番「ザ・グレート」は、シューベルトの死後10年以上たった1839年3月21日、メンデルスゾーン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で初演されました。

シューベルトの交響曲の番号の振り方は二転三転しています。これは、シューベルトが、やたらに手をつけては途中で放り出すという性癖の持ち主だった事と、そんな事もあって楽譜がかなり散逸してしまったことなどが上げられます。今では、第7番のいわゆる未完成交響曲以外の未完成の曲をはずして順番をつけ、「ザ・グレート」は第8番に定着しつつあるようです。

「ザ・グレート」はシューベルト自身がつけたものではありませんが、まあ「グレート」の名前に相応しい曲ではありますね。
未完成を聞いてもわかるとうり、シューベルトの交響曲はベートーヴェンのような構成力を持っているわけではなく、リートで培った天性のメロディメーカーの才を発揮した交響曲といえるでしょう。従って、主題となるメロディは、かなりしつこく登場します。しかも全曲で50分程度という長時間なので、ちょっとウンザリという人もいるようですが、この曲後世の作曲家にかなり影響を与えていたようです。

第1楽章は、最初の一節が「紺碧の空」に酷似しているのんびりとした序奏ではじまるソナタ形式。シューマンの交響曲第1番メンデルスゾーンの交響曲第2番でこの手法が使われています。また、この楽章転調がやや唐突に来るのも特徴かな。
第2楽章は、ソナタ形式の緩徐楽章だが展開部が無いため、非常に長く感じますが、実勢にも長いです。ただ、メロディの美しさはさすがシューベルトです。
第3楽章は、スケルツォですが、トリオがまたしつこい。
第4楽章は、非常に勢いのあるソナタ形式の楽章。第2主題が伸びやかなメロディなのですが、これと勢いのある第1主題が掛け合うところがスリリングで良いです。展開部ではベートーヴェンの「歓喜の歌」へのオマージュと思われるメロディも登場し堂々と終えます。

ガーデナー指揮ウィーン・フィルで終楽章です。

2012年3月20日 (火)

今日の音楽 3月20日 双頭の鷲の旗の下に

オーストリアの軍楽隊長で作曲家のヨーゼフ・フランツ・ワーグナーは1856年3月20日に生まれています。

ワーグナーは、オーストリアの軍楽隊長で、スーザに対抗してオーストリアのマーチ王と呼ばれています、が、スーザに比べると日本で知られているのは「双頭の鷲の旗の下に」だけかな?双頭の鷲は、オーストリア=ハンガリー帝国のシンボルで、スーザもお気に入りだった曲です。スーザの行進曲に比べると、なんとなくヨーロッパの臭いがする曲ですね。

2012年3月19日 (月)

今日の音楽 3月19日 オリビアを聴きながら

1957年3月19日は、シンガー・ソングライター尾崎亜美の誕生日です。

8才からピアノを習い、16才頃からポップスに興味を持つようになり作詞作曲をするようになりました。高校在学中に公開オーディションで見いだされ1976年に「冥想」でデビュー。3作目の「マイ・ピュア・レディ」が資生堂のCMソングに使われでヒットし、翌年には同じ資生堂のCMソングで南沙織が歌った「春の予感 ~I've been mellow」もヒット。優しい曲、しっかりとした歌唱力で、シンガーとしてもソングライターとしても日本を代表するポップ・ミュージシャンのひとりになりました。

自らのヒット曲も多いのですが、ソング・ライターとして多くの歌手に楽曲を提供してきました。代表的な曲は、

岩崎良美「ごめんね、ダーリン」
岡田有希子二人だけのセレモニー
河合奈保子微風のメロディ
高橋真梨子「あなたの空を翔びたい」「Heart and Hard~時には強く、時には優しく」「漂流者へ」
松田聖子天使のウィンク」「ボーイの季節
松本伊代時に愛は
観月ありさ伝説の少女
など多数。

彼女を代表する作品は「オリビアを聴きながら」でしょうか。
1978年に杏里のデビュー曲として提供した曲で、オリビアは「オリヴィア・ニュートン=ジョン」の事。直接オリヴィアに関して歌った曲では無くて、失恋の痛手を歌った曲で失恋した女性がオリヴィアの曲が好きだという設定です。その後セルフカバーもして多くの歌手にカバーされ日本のスタンダード曲になっています。

2012年3月18日 (日)

今日の音楽 3月18日 太陽がいっぱい

1913年3月18日は映画監督ルネ・クレマンの誕生日です。

少年時代から映画に熱中していたクレマンは陸軍の映画班に入隊、除隊後はカメラマン、助監督として映画界に入りました。第二次大戦中に軍事活動委員会により鉄道従業員組合のレジスタンス活動を描いた映画を依頼され、セミ・ドキュメンタリー「鉄路の戦い」を監督し第1回カンヌ国際映画祭のグランプリと監督賞を受賞し、一躍世界に躍り出ました。

1951年には、幼い子供を通して戦争の悲惨さを描いた「禁じられた遊び」がヴェネツィア国際映画祭金獅子賞アカデミー外国語映画賞を獲得しました。1959年には「太陽がいっぱい」をヒットさせますが、この頃フランス映画界ではヌーベルバーグの波が強く、以後商業映画監督というイメージが固定されました。

その他では、パリは燃えているか、パリは霧にぬれてなどを監督しますが1975年に引退1996年3月17日に亡くなっています。

「太陽がいっぱい」は、アラン・ドロン主演のサスペンス映画で、有名な主題曲はニーノ・ロータが作曲しました。サスペンスとは思えない哀愁たっぷりの音楽です。

2012年3月17日 (土)

今日の音楽 3月17日 20世紀フォックスファンファーレ

1900年3月17日は、映画音楽の作曲家・音楽プロデューサーのアルフレッド・ニューマンの誕生日です。

アルフレッドは、10人兄弟の長男としてコネチカット州で生まれ5歳の時からピアノを弾き始め20歳の時にニューヨークに移り住んでブロードウェイで音楽監督として活躍するようになりました。30歳になってハリウッドに移って映画音楽の作曲家になります。

1937年から1970年まで、アカデミー賞のノミネートは実に45回、そのうち9回も受賞しています。特に1940年は異なる4つの作品でノミネートされました。1970年に亡くなる直前まで作曲活動を続け、彼が手がけた映画の作品数は200本以上と言われています。
ニューマン一家は「ニューマン・ファミリー」と言われる音楽一家で、弟のライオネルは「ハロー・ドリー」など、同じく弟のエミールは「センチメンタル・ジャーニー」などの音楽監督、息子のデヴィッドは「ローズ家の戦争」など、同じく息子のトーマスは「若草物語」、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」など、甥のランディはシンガー・ソングライターとして活躍すると共に「トイ・ストーリー」の音楽などを手がけています。

アルフレッドの手がけた主な作品は「海外特派員」「わが谷は緑なりき」「荒野の決闘」「三十四丁目の奇蹟」「イヴの総て」「聖衣」「ショウほど素敵な商売はない」「慕情」「大空港」など大作がずらり。

アルフレッドは20世紀フォックスのプロデューサー ダリル・F・ザナックの依頼でサウンド・ロゴの音楽を作曲し、現在でも使われています。

2012年3月16日 (金)

今日の音楽 3月16日 ロメオとジュリエット(チャコフスキー)

チャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」は1870年3月16日に、ニコライ・ルビンシュテインの指揮でモスクワで初演されました。

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を題材にした演奏会用序曲で、バラキレフに勧められて作曲したものです。修道僧ロレンスを表わすコラール風の序奏、その後モンタギュー家とキャピュレット家の争いを表わす激しい第1主題、ロメオとジュリエットの愛のテーマの第2主題を組み合わせて物語を展開していきます。

最後に、ティンパニで葬送を表現し愛のテーマが短調になって表れて劇的な音楽を閉じます。

現在、通常演奏されるのは初演時の物では無く数回の改訂を経て1881年に出版された決定稿で、初演時よりも更に劇的な音楽になっています。

ゲルギエフ指揮ロンドン交響楽団で前半です。

2012年3月15日 (木)

今日の音楽 3月15日 スペイン狂詩曲

ラヴェルのスペイン狂詩曲は1908年3月15日に、パリのシャトレ座エドゥアール・コロンヌ指揮コンセール・コロンヌ管弦楽団の演奏で初演されました。

スペイン狂詩曲は、1898年パリ音楽院在学中に書かれた序曲「シェエラザード」を別にすれば、ラヴェル初の管弦楽作品です。母親がスペイン生まれのバスク人だったために、ラヴェル自身スペインの民謡などの影響を受けた作品を多く残しています。
1907年から1908年にかけて作曲した2台のピアノのための3曲と、1895年に作曲した2台のピアノのための「ハバネラ」をまとめてオーケストラ曲にしたものがスペイン狂詩曲です。
初演時は大衆にはうけなかったようですが、スペインの作曲家ファリャは絶賛したそうです。

編成は3管編成ですが、サリュソホーンというフランスの楽器が追加されています。珍しい楽器なので殆どがコントラファゴットで代用するようです。打楽器は多種雑多で、チェレスタも使われ、ハープも2本という編成です。

第1曲「夜の前奏曲」
第2曲「マラゲーニャ」
第3曲「ハバネラ」
第4曲「祭り」
で、演奏時間は15分程度です。特に第4曲の「祭り」は非常に華やかで活気に溢れた曲です。

ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団で、第3曲と第4曲です。

2012年3月14日 (水)

今日の音楽 3月14日 スリラー

1933年3月14日は、音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズの誕生日です。

少年時代にトランペットを学んだクインシーは、10歳の頃にシカゴからワシントン州に転居し、そこでレイ・チャールズと知り合いバンド活動を始めます。バークリー音楽大学を卒業後トランペッターとしてバンドに加入し、そのかたわらアレンジ活動や作曲を始めます。

1960年代からは音楽プロデューサーとしても活動しマイルス・デイヴィスフランク・シナトラなどの音楽を手がけながら「愛のコリーダ」などのヒットも生みました。

クインシーの最大の成功は、何と言ってもマイケル・ジャクソンのスリラーでしょう。アルバム「スリラー」はアルバムタイトル曲の「スリラー」をはじめ9曲の曲が入っていますが、その中から「今夜はビート・イット」「ビリー・ジーン」など7曲がシングルとして発売されています。

「スリラー」は、説明するまでも無くマイケル・ジャクソンとゾンビたちのダンスというMTVと共に話題になった曲。現在のような映像と音楽が一体となった時代ならではのヒット曲でしょう。

CMの後音楽再生になります。

2012年3月13日 (火)

今日の音楽 3月13日 ソリテア

1939年3月13日は、シンガーソングライター、ニール・セダカの誕生日です。

ニール・セダカは幼少の頃からピアノを学び、高校時代にトーケンズというグループを結成し、「ライオンは寝ている」を全米ナンバー1ヒットさせますが、その後ジュリアード音楽院で学びました。

1958年に、コニー・フランシスのために作曲した「間抜けなキューピッド」で成功してRCAレコードとソロ歌手契約し「おお、キャロル」「カレンダーガール」「すてきな16歳」「悲しき慕情」などを次々とヒットさせて、ポール・アンカと並ぶ全米のトップアイドルになりました。ビートルズのアメリカ上陸後は、低迷期を迎えましたが1974年に「雨に微笑を」で全米チャートにカムバックしました。

ニール・セダカは、他の歌手にも数多くの楽曲を提供しており、キャプテン&テニールに提供した「愛ある限り」は全米ナンバー1とグラミー賞の最優秀レコード賞に選ばれました。
今日は、そういった提供曲の中からカーペンターズがヒットさせた「ソリテア」です。非常に美しい曲なのですが、歌詞は失恋した男がドンドン落ち込んで行くような歌です。

2012年3月12日 (月)

今日の音楽 3月12日 キャバレー

1946年3月12日アメリカの女優・歌手のライザ・ミネリは、映画監督の父ヴィンセント・ミネリと、女優のジュディ・ガーランドの間に生まれました。

2歳で映画にデビューし、その後いくつもの映画に出演し17歳でブロードウェイデビュー。翌々年にトニー賞の主演女優賞を獲得しました。1967年に本格的に映画デビュー、1972年に公開されたミュージカル映画「キャバレー」で、アカデミー主演女優賞とゴールデングローブ賞主演女優賞をダブル受賞し高い評価を受けました。

その後アルコール依存症、薬物中毒、ウィルス性の脳炎など歌手活動の危機を何度も乗り越えて現在も活動中です。

「キャバレー」はベルリンの場末のキャバレーで働く踊り子とイギリスから来た学生の友情と恋を描いたミュージカル映画で、主題曲の「キャバレー」は、ライザ・ミネリのパンチある歌が印象的でした。

2012年3月11日 (日)

今日の音楽 3月11日 リベルタンゴ

1921年3月11日は、タンゴの作曲家・演奏家のピアソラの誕生日です。

ピアソラはタンゴをクラシックやジャズに融合させた作曲家として他に類を見ない音楽家です。アルゼンチンで生まれ、4歳から15歳までニューヨークで暮らしジャズに親しんでいました。アルゼンチンに戻ってからタンゴに感動しバンドネオン奏者として活躍し、自分の楽団を作って活動しますが、タンゴの限界を感じ、クラシックやジャズとの融合の道を模索するわけです。

クラシックの作曲家をめざしてパリに留学しナディア・ブーランジェに師事、ナディアからタンゴこそがピアソラの音楽の原点であることを教えられタンゴの革命をめざすようになりました。
タンゴを外から眺めることができたピアソラは、タンゴをローカルな音楽から国際的な音楽へと高める事に成功した作曲家として世界的に知られるようになりました。

代表作のひとつ「リベルタンゴ」は、自由とタンゴから作られた造語で歌詞をつけて歌われたりもしています。ヨーヨーマがチェロで弾いた演奏もあります。

ヨーヨーマのチェロ版です。

2012年3月10日 (土)

今日の音楽 3月10日 ピアノ協奏曲第21番

モーツァルトのピアノ協奏曲第21番は1785年3月10日ブルク劇場で初演されました。

ピアノ協奏曲第20番が完成したわずか1ヶ月後に完成し予約演奏会で初演された曲で第2楽章が、映画「みじかくも美しく燃え」で使われ有名になった曲です。そういうわけであまりにも第2楽章が有名なため他の楽章が霞んでしまっているのですが、第20番に続くモーツァルトの脂の乗り切った時期(交響曲で言えばリンツプラハの間)で、行進曲風の第1楽章冒頭を聞いても、非常にシンフォニックな響きがする名曲です。それゆえに、ト短調の旋律や第2主題では40番の交響曲などを彷彿とさせる曲調も聴くことができます。

第2楽章は、中声部の弦楽器の三連符と低弦のピチカートに乗っかって「みじかくも美しく燃え」のメロディが奏でられる美しい楽章です。
第3楽章はソナタ形式ですが展開部を持っていないため、主題の繰り返しがちょっと多すぎる感じがしてしまいます。やっぱり1ヶ月弱という短い作曲期間だった影響でしょうか、2楽章までに比べると、ちょっと作りが弱い感じです(と、天才モーツァルトを批評する程偉くないので、素人の感想です)

You Tubeの映像も圧倒的に2楽章が多いので他の楽章探すのが大変でした。
第1楽章、マレイ・ペライアのピアノ、マゼール指揮バイエルン放送交響楽団です。

2012年3月 9日 (金)

今日の音楽 3月9日 ナブッコ

ヴェルディの歌劇「ナブッコ」は1842年3月9日にミラノ・スカラ座で初演されました。

ヴェルディは、処女作歌劇「オベルト」を成功させたものの2作目のオペラブッファ「一日だけの王様」が失敗に終わり音楽への情熱を失いかけていました。そんな折スカラ座支配人のメルッリから、新しいオペラの委嘱を受け、旧約聖書を題材にした台本「ネブカドネザル」を渡されました。気が乗らなかったヴェルディが偶然開いたページの「行け、わが思い黄金の翼に乗って」の台詞を見て音楽への意欲を取り戻しました。この3作目の歌劇「ナブッコ(ネブカドネザル)」が出世作となり、その後イタリアを代表するオペラ作曲家となりました。

「ナブッコ」は、紀元前7~6世紀ごろの古代オリエントの新バビロニア王国の王ネブカドネザル2世の事で、ユダヤ人の建国したユダ王国を滅ぼし、首都のエルサレムから多くのヘブライ人を捕虜として連れて来た(バビロン捕囚)人物として知られています。

このオペラが多くの人に知られている最大の要因は、第3幕でヘブライ人たちがユーフラテス河畔で故郷への思いを歌う「行け、わが思い、金色の翼に乗って」という合唱曲です。
この曲は、イギリスにおける「威風堂々」、フィンランドにおける「フィンランディア」などと同じくイタリアの第2の国歌と言われています。当時イタリアはオーストリアに支配されていたため自分たちを重ね合わせたという伝説もありますが、実のところは議員にもなったイタリアの英雄の作曲した故郷(国)を思う歌という事で歌われるようになったのではないでしょうか。

シノーポリ指揮ドレスデン・シュターツカペレです。

2012年3月 8日 (木)

今日の音楽 3月8日 ラコッツィ行進曲

1869年3月8日はベルリオーズの命日です。

今でこそフランスの器楽音楽の祖みたいな存在で、その先進性が大きな評価を得ているベルリオーズですが、その斬新さから当時は興行的には成功と失敗を繰り返していた作曲家でした。

1930年に幻想交響曲で大成功を収め、一躍脚光を浴びます。その後ベルリオーズはローマ大賞を受賞しローマに留学しますが、留学中に婚約者が他の男と結婚してしまった為精神的なダメージを受けニースで療養しています。
そのためにローマ留学を早めに打ち切って帰国したベルリオーズは、幻想交響曲の幻想の相手である女優のハリエット・スミッソンと再会し結婚します。イタリア時代に作曲した交響曲「イタリアのハロルド」の初演は成功し金銭的にも余裕が出たようです。

1938年に初演された歌劇「ベンヴェヌート・チェルリーニ」は序曲を除いて不評に終わり、「レクイエム」は初演までの紆余曲折はあったものの結果的には大成功、劇的交響曲「ロミオとジュリエット」も成功しました。その後は「ベンヴェヌート・チェルリーニ」の第2幕の前奏曲として作曲した「ローマの謝肉祭」、ハンガリー民謡の「ラコッツィ行進曲」を管弦楽に編曲したハンガリー行進曲などが次々と成功しますが「フランス讃歌」などの大編成の曲の演奏で出費が嵩み、経済的には苦しかったようです。

ヨーロッパ各地への演奏旅行をしながら「ファウストの劫罰」を作曲し、ラコッツィ行進曲もこの曲の中に取り入れました。

ラコッツィ行進曲は17世紀末に作曲されたと考えられていますが作曲者は不明なようです。リストも「ハンガリー狂詩曲」第15番で、この曲を引用しています。
ベルリオーズの作品の中でも、比較的簡潔で演奏効果も高いため、アマチュア演奏には適した曲ですね・・・ただ、編成が大きい割りに時間が短い(5分程)なので、なかなかプログラムには組めないのかな?

ショルティ指揮ウィーンフィルです。

2012年3月 7日 (水)

今日の音楽 3月7日 出発の歌

歌手であり俳優である上條恒彦は1940年3月7日に生まれています。

長野に生まれた上條恒彦は高校卒業後上京し15種類もの職業を転々としますが、労音に勤務した事をきっかけに音楽の道を歩く事になりました。1971年に六文銭と共演した「出発(たびだち)の歌」が世界歌謡祭のグランプリ・歌唱賞を受賞して一躍名前が知られるようになり、翌年ソロで、TV「木枯らし紋次郎」のテーマ曲「誰かが風の中で」をヒットさせました。その後「さよならの世界」で2度目の世界歌謡祭グランプリを受賞しました。

それ以降は、俳優やミュージカルを含めた舞台俳優として活躍しています。

「出発の歌」は六文銭のメンバーの及川恒平が作詞し、リーダーの小室等が作曲した曲で、非常に雄大な歌詞とダイナミックなメロディに、上條の歌唱力が加わった曲です。
実は、この曲「さあ、今宇宙に・・・さあ、今未来に・・・」というサビが最後に繰り返され、一旦終わったと思うと、突然ドラムが鳴らされ、また同じ歌詞が数回繰り返されるという曲で、ラジオ番組などで終わったと思ったパーソナリティがしゃべり始めるといきなり音楽が続いて出てくるというような事もありました。

2012年3月 6日 (火)

今日の音楽 3月6日 ごめんね・・・

歌手の高橋真梨子は1949年3月6日に広島で生まれています。

1972年にペドロ&カプリシャス前野曜子に続く2代目のボーカルとしてスカウトされ高橋まりの芸名で加入。「ジョニーへの伝言」「五番街のマリーへ」などをヒットさせ1978年に脱退し、ソロ活動をスタート。

ソロデビューは、尾崎亜美(この人も歌上手です)の「あなたの空を飛びたい」。尾崎亜美はこの他にも3枚目のシングル「ハート&ハード〜時には強く時には優しく〜」、「漂流者へ」などを提供しています。その後、「アフロディーテ」、第11回東京音楽祭で金賞をとった「For you・・・」、「桃色吐息」「はがゆい唇」など多数の曲をヒットさせています。

高橋真梨子最大のヒット曲が「ごめんね」です。日本テレビの火曜サスペンス劇場の15曲目の主題歌で、岩崎宏美の「聖母たちのララバイ」に次いでヒットした曲です。高橋真梨子自身の作詞です。

彼女はコンサート・ツアーを中心に、日本を代表する実力派女性歌手としてカーネギーホールでのコンサートなど幅広く現在も活動しています。ホントに歌の上手い方ですね。ちなみに、私の最も好きな女性歌手のひとりです。

2012年3月 5日 (月)

今日の音楽 3月5日 交響曲第7番「レニングラード」

ショスタコーヴィチの交響曲第7番は、1942年3月5日に当時の臨時首都クイビシェフ(現サマーラ)で、サモスード指揮ボリショイ劇場管弦楽団の演奏で初演されました。

ショスタコーヴィチの作品はソヴェト共産党との葛藤無くして語れないものがあります。純粋に音楽という事で云えばそれは悲しい事ではありますが、この共産党の監視下という極限の中でショスタコーヴィチの表現したかった音楽を隠し味にしていたりと、ショスタコーヴィチならではの音楽の世界が表現されていて、それをわかって聴けばなかなか面白いものです。

ショスタコーヴィチは、交響曲第7番について第二次大戦のレニングラード包囲戦におけるファシズム(ナチスドイツ)に対する勝利を讃え、レニングラードに捧げた、と表明したため、この曲を「レニングラード」という標題で呼ぶようになりました。ショスタコーヴィチの交響曲中最長の曲で75分程度の時間がかかります。また、全曲を通して戦争を直接的に表現した部分も多く、一時はショスタコーヴィチ最大の愚作と言われた時期もあったようですが、今では単にナチへの反抗ではなく、スターリンによる独裁的全体主義も含めて攻撃したと解釈されるようになっています。

何と言っても第1楽章で楽器を替えながら12回も繰り返される「戦争の主題」が頭にこびりついて離れない程インパクトがある主題です(ちょっと調子っぱずれなところが更に良いです)。ラヴェルのボレロの影響を受けていると言われています。

30分を要する第1楽章は、従って戦争を表現し、スケルツォの第2楽章は戦争の悲しみと戦争の回想、緩徐楽章の第3楽章は祖国愛を表現、終楽章はベートーヴェンの「運命」のパロディともモールス信号のVを表現しているとも言われる同音連打に始まり輝かしい勝利を表現しています。

ロジェストヴェンスキー指揮ソヴェト文化省交響楽団(現ロシア・シンフォニー・カペレ)で、第1楽章です。

2012年3月 4日 (日)

今日の音楽 3月4日 四季

1678年3月4日はヴィヴァルディの誕生日です。

ヴェネツィアの司祭となったヴィヴァルディはピエタ慈善院でヴァイオリンを教えながら作曲を行い、ヴァイオリンのヴィルトーゾとしても活躍しました。オペラも数多く作曲しましたが、死後は忘れられた存在でした。20世紀になって再評価され作品も次々と発掘されるに従ってバロック時代を代表する作曲家としての地位を確立するようになっています。

とにかく器楽の作品数の多さは(当時は鍵盤楽器はチェンバロが代表的でソロ楽器として認識されていなかったため鍵盤楽器のソナタは殆ど無い。オルガン曲は楽譜として残っているものが殆ど無い)バッハを凌ぐ多作家でした。
中でも協奏曲の数は当時の器楽曲がソロ楽器と小アンサンブルの共演が主体だったこともあって、物凄い数です。

ヴィヴァルディの作品は、デンマークの音楽学者ペーター・リオムが分類したRV番号で整理されています(ほかに、パンシェル番号=P、ファンナ番号=Fがありますが、現在ではRV番号がメインに使われています)。RV番号は、バッハBWV同様作品群別で整理されていますが順番は調性順になっています。
ヴァイオリン・ソナタ(当時はヴァイオリンと通奏低音)が37曲、2本のヴァイオリンのソナタが20曲、ヴァイオリン協奏曲が222曲、その他チェロやフルート、オーボエ、ファゴットなどの協奏曲も207曲など・・・

何と言っても、最も知られているのは「四季」でしょうね。
「四季」は「和声と創意への試み」と名付けられた協奏曲集の第1集にあたる曲で「春・夏・秋・冬」というタイトルはヴィヴァルディ自身によるものではありません。
後にそれぞれの作品にソネットが付けられ(作者不明)た為に標題音楽として捉えられていますが、勿論ヴィヴァルディ当時は標題音楽という物は無く、ヴィヴァルディが四つの季節を意識して書いたかどうかも良くわかっていません。
が、3楽章からなる4つの作品を聴いてみると確かに四季なんですねぇ。春の喜びも良いのですが個人的には冬の厳しさが好きです。
当時は楽譜は簡単なもので装飾音などは殆ど書かれていない為、演奏者によって全く異なる演奏を聞かせてくれます。

イ・ムジチ合奏団で、「冬」の最終楽章です。

2012年3月 3日 (土)

今日の音楽 3月3日 英雄の生涯

R.シュトラウス最後の交響詩「英雄の生涯」は1899年3月3日にフランクフルトで初演されました。

「英雄の生涯」は、7曲の交響詩を作曲していますが、1888年から1898年の妬く10年間に集中しています。それ以降はオペラに興味が移ったようで、1898年以前に作曲したオペラは僅か2曲、それ以降は20曲を超えるオペラを書いています。
ドンファン」からスタートした交響詩は、この長大な作品「英雄の生涯」で集大成を迎える事になりますが、シュトラウスは作品の中でそれを宣言していると思われます。

調性はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」を意識した変ホ長調、ホルン8本、トランペット5本という巨大な4管編成で演奏時間は約50分というもので、ただでさえ演奏が困難なシュトラウスの作品の中でも最大級の難易度と言われています。

この曲で言っている「英雄」は本人は名言していないものの、シュトラウス自身を言っているというのが一般的な見解です。それは、この曲の中に、今まで彼の作曲した交響詩の断片が回想のように登場してくるという事からも推察されます。
楽譜に明確な標題は書かれていませんが、便宜的に6つのパートに分けられています。

1.英雄 ここは英雄の主題を提示する部分
2.英雄の敵 スケルツォに相当する部分で、彼の音楽に対する無理解な音楽家、批評家、聴衆を表現
3.英雄の伴侶 緩やかなテンポで英雄の愛の力を表現
4.英雄の戦場 これは戦場における敵との戦いを表現
5.英雄の業績 ここで、「ドン・ファン」「ツァラトゥストラはかく語りき」、「死と変容」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」「マクベス」「ドン=キホーテ」といった彼の交響詩などが引用されます。
6.英雄の隠遁と完成 過去の回想と死をテーマにした部分です。

この曲は指揮者のウィレム・メンゲルベルクとアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)に献呈されました。

第5部を小澤征爾指揮ベルリンフィルで

2012年3月 2日 (金)

今日の音楽 3月2日 小組曲「子供の遊び」

ビゼーが12曲のピアノ連弾曲から5曲を選んで管弦楽用の組曲に編曲した「子供の遊び」は1873年3月2日にパリ・オデオン座コロンヌの指揮により初演されました。

子供の~と名づけられた曲はいくつかあります。ドビュッシーの「子供の領分」、シューマンの「子供の情景」が代表作ですが、「子供の領分」は娘の2歳の誕生日に娘のために書いた曲で、「子供の情景」は大人の目で見た子供の世界を作曲したものです。ビゼーの「子供の遊び」も後者に属するもの。
「ぶらんこ」や「こま」、「人形」と言った子供の玩具や「鬼ごっこ」、「馬とび」という遊び自体を表現した曲から出来ています。

管弦楽版の子供の遊びは、ラッパと太鼓(行進曲)、お人形(子守歌)、こま(即興曲)、小さな旦那様小さな奥様(いわゆるおままごとですか)(二重奏)、舞踏会(ギャロップ)の5曲です。

とても軽やかで華やかな曲です。

2012年3月 1日 (木)

今日の音楽 3月1日 レ・シルフィード

1810年3月1日はショパンの誕生日です。

ショパンはピアニストとして活躍し、作曲した曲も全てピアノが絡んでいる曲ばかり。オーケストレーションはあまりお上手じゃないという事を本人も熟知していたようで、オーケストラとピアノの曲も10曲に満たない数です。とにかく作品の90%以上がピアノ独奏曲という、ピアノの詩人という名に相応しい音楽家でした。

そんなショパンのピアノ曲の数々がピアノ曲として放っておかれるわけもなく、後にディアギレフが結成するバレエリュスの振付師として結成に参加するミハイル・フォーキンの依頼によってグラズノフが、「軍隊ポロネーズ」や「夜想曲第4番」など5曲を編曲してバレエ音楽としたのが「レ・シルフィード」です。

1907年に初演されましたが、アップテンポの曲が多かったためか、今ではロイ・ダグラスによって完全に作り直された版で上演される事が多いようです。
この「レ・シルフィード」は「大田胃散」のCMでも有名な前奏曲第7番イ長調、夜想曲第10番ワルツ第11番マズルカ作品33-2マズルカ作品67-3、ショパンが生前に出版された最後の作品であるワルツ第7番華麗なる大円舞曲を使用しています。
勿論、鑑賞用の曲では無いので、ピアノの雰囲気をそのままオーケストレーションしたわけではなく華やかにかつ優雅なオーケストレーションになっていますので、原曲と比較して云々というのはちょっと的外れでしょうね。

最後の華麗なる円舞曲です。

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