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2011年10月31日 (月)

今日の音楽 10月31日 ピアノ協奏曲第4番(サン=サーンス)

サン=サーンスのピアノ協奏曲第4番は1875年10月31日、サン=サーンス自身のピアノ演奏でパリで初演されています。

サン=サーンスはピアノ協奏曲を5曲書いていますが、その中で最も人気が高く評価が高いのが、この第4番です。この曲はフランクの交響曲同様の循環形式で書かれています。実は循環形式はフランクよりも早くサン=サーンスが暖めていたという説もありますが、どちらにしてもちょっとくどくなる傾向のある循環形式を主題変容の方式で成功させた少ない例とも言われています。

曲は、交響曲第3番と同様の2楽章形式で書かれています。前半の楽章がアレグロとモデラートという2部に分かれており、後半はスケルツォ風の第1部から始まり第3部への橋渡しとなる緩徐楽章の第2部、循環主題で支配される第3部という5部構成です。

アントルモンのピアノ、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団で全曲です。

2011年10月30日 (日)

今日の音楽 10月30日 男と女

1937年10月30日は、フランスの映画監督クロード・ルルーシュの誕生日です。

クロード・ルルーシュはユダヤ系アルジェリア人としてパリで生まれ23歳の時に初の映画『Le propre de l'homme』を発表するが評論家からも酷評され興行的にも大失敗で、その後鳴かず飛ばずの時期を過ごしています。1966年の「男と女」がカンヌ国際映画祭パルム・ドールアカデミー外国語映画賞を受賞し一躍注目の映画監督となりました。

その後はグルノーブルオリンピックの記録映画「白い恋人たち」「流れ者」「恋人たちのメロディ」「愛と哀しみのボレロ」などによって、フランスを代表する映画監督となりました。
彼の作品に欠かせないのが、フランシス・レイの音楽です。上記の映画を含めて、ルルーシュの主な作品は殆どレイが音楽を担当しています。その最初の出会いが「男と女」でした。

2011年10月29日 (土)

今日の音楽 10月29日 山に祈る

1986年10月29日は、日本の作曲家清水脩の命日です。

清水脩は、大阪外国語学校(現・大阪大学外国語学部の前身)を卒業後、東京音楽学校(現・芸大)選科で作曲・音楽理論を学び1939年に「花に寄せたる舞踏組曲」が第8回音楽コンクールの作曲部門で1位入賞し、音楽活動を開始しました。多くの器楽曲・オペラ・歌曲・合唱曲を残しています。代表作のひとつ歌劇「修善寺物語」は、今でも時々演奏されます。

自ら、大学時代にグリークラヴに入っていたこともあり、合唱曲も数多く作曲し、出版にも尽力しカワイ楽譜の社長となっていた時期もありました。特に自身の経歴から男声合唱の曲を得意とし、「月光とピエロ」「朔太郎の四つの詩」「大手拓次の三つの詩」などを残しています。

合唱組曲「山に祈る」は、元々、度重なる山岳遭難予防のために長野県警察本部が編集した遭難者の遺族たちに手記「山に祈る」の冒頭の手記(上智大学山岳部の飯塚陽一さんの遭難を、彼の残した日誌と、母親の手記)に感銘を受けたダーク・ダックスの依頼で作曲され当初はダーク・ダックス用に男声四重唱と管弦楽のための曲として発表。その後男声合唱、混声合唱の組曲になっています。
内容は、山の素晴らしさを歌った「山の歌」、リュックを背負って新宿駅に集合した時の様子を歌った「リュックサックの歌」、前泊の中房温泉での「山小屋の夜」、組曲中最も知られており山の優しさ、厳しさを歌った「山を憶う」、登山中に襲われた猛吹雪を歌う「吹雪の歌」、長時間の吹雪にさらされビバーク中に死を悟り母親に先立つ後悔の思いを歌う「おかあさん、ごめんなさい」の6曲と、本人及び母親の手記の朗読から構成されている曲です。

山を憶う です。

2011年10月28日 (金)

今日の音楽 10月28日 交響曲第6番「悲愴」

チャイコフスキー最後の交響曲、第6番は1893年10月28日に初演されています。

チャイコフスキーが初演後わずか9日の1893年11月6日に死去してるため、死を予感したチャイコフスキーの最後のメッセージとも考えられている作品ですが、チャイコフスキー自身も最高傑作と言っている程斬新で奥の深い交響曲です。

「悲愴」というタイトル(原題ではPathetique)は、弟のモデストが言った副題をチャイコフスキーが認めた形で、一応公認の副題だそうです。この曲にぴったりのタイトルでは無いでしょうか。

交響曲第6番は、一見オーソドックスな4つの楽章から出来ていますが、中身がまるで違っています。通常の急-緩-舞曲(またはスケルツォ)-急というパターンを、急-舞曲-舞曲(スケルツォ+行進曲風)-緩としています。昔は、第3楽章がとても激しい楽章のため、第3楽章が終わると、全曲終了と思って拍手をしてしまう人が殆どのコンサートにいました。今では、あまり見かけられなくなりましたが、これを防止するために第3楽章が終わると休み無しで終楽章に入る指揮者も少なくなかったようです。

また、有名な主題を持つ第1楽章の次には舞曲として5/4拍子のワルツが入ります。そして、12/8拍子系と4/4拍子系の音楽が絡み合う第3楽章、エレジーともいえる終楽章から成っており終楽章の主題は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが1音ずつ交互にメロディを奏でるという珍しい形になっています。

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この曲は、コントラバスから始まり(左の譜面)、終楽章はコントラバスのピチカートで実質的には終わる(下の譜面)(チェロとコントラバスの伸ばしの音が余韻として残されますが)という曲ですが、両方ともdivisi(1つのパートが複数に分かれて演奏する)になっているため、同じ楽器でアンサンブルをやる事の少ないコントラバスにとっては、あまり得意な分野ではありません。

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デュトワ指揮NHK交響楽団で、第1楽章前半です。

2011年10月27日 (木)

今日の音楽 10月27日 ヴァイオリン協奏曲第2番(パガニーニ)

1782年10月27日は、パガニーニの誕生日です。

けちんぼのパガニーニについては、ヴァイオリン協奏曲第1番の時に詳しく書いてありますので、そちらを見てください。

今日はヴァイオリン協奏曲第2番を取り上げます。この曲は第1番程演奏される事は多く無いのですが、第3楽章のロンド「ラ・カンパネルラ」が一人の大作曲家に大きな影響を及ぼした事で知られています。その作曲家はフランツ・リストです。リストは20歳の時に聴いたパガニーニの演奏会で感銘を受け、「僕はピアノのパガニーニになる」と言ったと言われています。そのとおり、リストはピアノで超絶技巧を探求し数々の作品を残しています。また、「ラ・カンパネルラ」を非常に好んでおり、まず最初にパガニーニの「ラ・カンパネラ」の主題による華麗なる大幻想曲を作曲しています。その後パガニーニによる超絶技巧練習曲集第3番変イ短調ラ・カンパネラ、パガニーニの「ラカンパネラ」と「ヴェニスの謝肉祭」の主題による大幻想曲、パガニーニの主題による大幻想曲、パガニーニによる大練習曲第3番嬰ト短調ラ・カンパネラ・・と5つの作品を作曲しており、まさに「ラ・カンパネルラ」に取りつかれた作曲家という感じでしょうか。

原曲のヴァイオリン協奏曲第2番に話を戻すと、オーソドックスな3楽章形式の曲で、第3楽章がヴァイオリンのフラジオレットとオーケストラによる鐘の模倣の掛け合いが続くことから「ラ・カンパネルラ」といわれています。

ギトリスのヴァイオリン、ヴィスロツキー指揮ワルシャワ国立フィルの演奏です。

2011年10月26日 (水)

今日の音楽 10月26日 子供の領分

1956年10月26日は、ピアニスト、ウォルター・ギーゼキングの命日です。

ギーゼキングは少々特異なピアニストとして知られています。初等教育は「私はもう読み書きができるから面倒くさいので学校へは行かない」と言って行かず家で百科事典を読み漁っていましたし、レパートリーはピアノの為に書かれた全ての作品という事を公言していました。

練習は殆どしない、とも言われていますが、その実は楽譜へののめり込みと演奏法ではなく練習法に長けていた事で高いレベルを保ったとも言われています。

オールマイティなギーゼキングですが、今でも伝説的に言われているのがモーツァルトとドビュッシーとラベルの演奏です。ドビュッシーの数あるピアノ曲の中でも人気が高い作品に組曲「子供の領分」が上げられます。ドビュッシーが3歳の娘エマの為に作曲された作品で、子供が演奏するという事では無く、大人が子供の気分に浸る事ができるように作曲されたものです。

グラドゥス・アド・パルナッスム博士、象の子守歌、人形へのセレナーデ、雪は踊っている、小さな羊飼い、ゴリウォーグのケークウォークの6曲から出来ていて特に雪の降る描写が素晴らしい「雪は踊っている」と、黒人の男の子の人形のダンスを描いた「ゴリウォーグのケークウォーク」は親しまれる作品として単独でも取り上げられる曲です。

2011年10月25日 (火)

、今日の音楽 10月25日 カルメン

1838年10月25日は、作曲家ジョルジュ・ビゼーの誕生日です。

昔から、大作曲家の中には、メロディ・メーカー系とコンストラクチャー系(?)の作曲家がいます。コンストラクチャー系の中には本当に構成力に優れた作曲家と、オーケストレーションの優れた作曲家がいます(まあ、大雑把に分けて・・という事ですが)。構成力型作曲家の代表はベートーヴェンブラームスでしょう。オーケストレーションはリムスキー=コルサコフラヴェルが上げられます。

メロディ・メーカー系の作曲家は、結構単発の作曲家が多いのですが、大作曲家となるとシューベルト、ドヴォルザークそして、このビゼーでしょう。そして、ビゼーと言えば「カルメン」ですね。

ビゼーは、「カルメン」以外にも、例えばアルルの女の「メヌエット」、「真珠採り」のセレナーデなどポピュラー音楽にアレンジされている曲がいっぱいありますが、何と言っても、「カルメン」は親しみやすいメロディの宝庫です。ところが、1875年3月の初演は失敗だったそうです。オペラのヒロインが単なる女工だった事、ソプラノでは無くてメゾ・ソプラノだった事が原因のひとつにされています。初演はオペラコミーク形式で歌とセリフによるものでしたが、その後グランドオペラ形式への改編を依頼されましたが、ビゼーは初演後わずか3カ月で病死し、弟子のギローレシタティーヴォを書き加えてグランドオペラ形式にして現在の大成功オペラになったわけです。

従って、ビゼーは自分の作品が音楽史上代表的なオペラとして認められるなどとは全く思わず亡くなってしまったという事です。ただ、3カ月の間で30回を超える再演があり、今までの自分の作品とは違う手ごたえは感じていたのではないでしょうか。

ハバネラ」「セギディーリャ」「花の歌」「ミカエラのアリア」「闘牛士の歌」など、メロディ・メーカーとしての才能を遺憾なく発揮した「カルメン」は、後に組曲版に改変され演奏会でも頻繁に取り上げられるようになると共に、サラサーテのカルメン幻想曲など多くの作曲家の題材として取り上げられる希有な音楽と言えるでしょう。

マリア・カラスで「ハバネラ」です。

2011年10月24日 (月)

今日の音楽 10月24日 金と銀

1948年10月24日は、レハールの命日です。

レハールといえば「メリー・ウィドウ」や「微笑みの国」「パガニーニ」などオペレッタの作曲家というイメージなのですが、メロディ・メーカーとしての豊かな才能が生かされた作品に、ワルツ「金と銀」があります。この曲は、レハールとしては珍しい純器楽のために作られた作品で1902年の謝肉祭の時にメッテルニヒ侯爵夫人の舞踏会のための作曲されました。題名は舞踏会の会場の装飾から来ており、金は天井に輝く星の煌き、銀は会場の光だそうです。

曲は4拍子の序奏と3つのワルツ及びコーダから出来ています。

2011年10月23日 (日)

今日の音楽 10月23日 荒城の月

旧暦の明治4年10月23日は、詩人土井晩翠の誕生日です。

土井は、東京帝大在学中に「帝国文学」を編集し、多くの詩作を発表しました。作風は男性的な漢詩風のもので、島崎藤村と並んで評価される詩人となりました。

「荒城の月」は、中学校唱歌の懸賞応募作品として土井晩翠が依頼された詩に滝廉太郎が作曲した作品で、韻を踏んだ非常に美しい詩となっています。ここで歌われる荒城は、特定のひとつの城では無く、荒れ果てた城から栄枯盛衰の歴史と哀愁を感じ取った詩ですが、晩翠の詩では「仙台城(青葉城)」「鶴ヶ城」「九戸城」、廉太郎の曲では「岡城」「富山城」などが構想を練った元の城と言われています。

原曲は無伴奏でロ短調の曲でしたが、後に山田耕筰がニ短調のピアノ伴奏つきに編曲して、今ではそれが主流になっています。

錦織健の独唱です。

2011年10月22日 (土)

今日の音楽 10月22日 バック・トゥ・ザ・フューチャー

1938年10月22日は、俳優クリストファー・ロイドの誕生日です。

クリストファー・ロイドは19歳の頃からブロードウェイでミュージカルや戯曲に出演しキャリアを磨き、「カッコーの巣の上で」でスクリーン・デビューしました。その後。「赤いドレスの女」「郵便配達人は二度ベルを鳴らす(1981年作品)」などでキャリアを重ね、1985年の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のドク役で世界的な俳優となったわけです。このシリーズは3作まで続き、「アダムス・ファミリー」などでも活躍しています。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、タイムスリップをテーマにした傑作のひとつと言われるシリーズで、自分の存在を維持するために過去・未来で活躍するマーティ(マイケル・J・フォックス)が主役の映画。クリストファー・ロイドは、タイムスリップのためのタイムマシン「デロリアン」の発明者であるブラウン博士を演じています。

音楽は、「ロマンシング・ストーン」や「フォレスト・ガンプ」などを手がけたアラン・シルヴェストリです。

2011年10月21日 (金)

今日の音楽 10月21日 スター・ウォーズ

1956年10月21日は、映画「スター・ウォーズ」エピソード4-6で、レイア・オーガナ姫を演じたキャリー・フィッシャーの誕生日です。

キャリー・フィッシャーは、歌手のエディ・フィッシャーと女優デビー・レイノルズの娘。映画出演2作目にあたる、「スターウォーズ」(現在は スター・ウォーズ新たなる旅立ち というタイトルで呼ばれています」のヒロイン レイア・オーガナ姫役でブレークし、その後、「帝国の逆襲」「ジェダイの復讐」と続けて出演しています。こういったデビューして間も無い作品が大ヒットした俳優にありがちな状況に、キャリー・フィッシャーも陥りました。そのキャラのイメージが強すぎて次が続かないという事です。その後も女優活動は続けていますが、これを超える作品には恵まれていないというのが、彼女にも当てはまってしまったわけです。

「スター・ウォーズ」のヒットの一端を担ったのが、ジョン・ウィリアムズによる音楽。
強烈なオープニング・テーマや、レイアのテーマ、王座の間の音楽、どれをとっても素晴らしい音楽です。

ウィリアムズ指揮ウィーン・フィルで、レイア姫のテーマです。

2011年10月20日 (木)

今日の音楽 10月20日 交響曲第2番(アイヴズ)

1874年10月20日は、アメリカの作曲家チャールズ・アイヴズの誕生日です。

これぞアメリカのクラシック音楽という作曲家のアイヴズも、存命中は殆ど評価されずにいました。不協和音やら奇妙なリズムなど、フロンティア・スピリッツに溢れる音楽も現代では、アメリカ音楽の先駆者という評価を得ているのですが、当時は全く逆の反応だったようです。

交響曲第2番は、まだアイヴズの試験的段階の作品で、20代の時に作曲した作品にも拘わらず初演は完成から50年を経た1951年でした。それでも、当時はヨーロッパの古典的な作品が主流だったアメリカの楽壇では孤立した状態で、アイヴズ自身も複雑な状況で初演を迎えたと言われています。

この曲は、フォスターやベートーヴェンに至るまでの様々な楽曲を引用していて、それを探すのも楽しい作品となっています。

バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックで、第5楽章です。

2011年10月19日 (水)

今日の音楽 10月19日 展覧会の絵(ラヴェル編曲)

ラヴェルが、ムソルグスキーのピアノ曲「展覧会の絵」を管弦楽にアレンジした組曲「展覧会の絵」は1922年10月19日に初演されています。

ラヴェルは、ボストン交響楽団クーセヴィツキーの依頼で、ムソルグスキーの名ピアノ曲をアレンジしました。元々ムソルグスキーのピアノ曲は、あたかも後でオーケストラ用にアレンジする為のものという曲が多く、特にこの「展覧会の絵」は多くの人が様々なアレンジを試みています。

ピアノ曲を管弦楽にアレンジした作品は、「良いアレンジ」の域を脱しないものですが、この「展覧会の絵」は、原曲とは違う世界を創出した1つの作品として高い評価を得ており、単なる編曲版では無い作品に仕上がっています。
ラヴェルは編曲するにあたって原曲から第6曲「サミュエル・ゴールデンベルグ・・・」と第7曲「リモージュ」の間の第5プロムナードをカットしていますが、それ以外は原曲の通りとしました。

プロムナードの華やかなファンファーレっぽい金管による演奏、「サミュエル・ゴールデンベルグ・・・」の弦楽器全奏による金持ちと、ミュート付きトランペットによる悲壮感漂う貧乏人のやりとり、「ビドロ」のコントラバスを2つに分けた伴奏で、牛たちの悲しみに満ちたのろのろの歩み。どれをとっても素晴らしいオーケストレーションです。

ゲルギエフ指揮NHK交響楽団で、バーバ・ヤガーからキエフの大きな門までです。

2011年10月18日 (火)

今日の音楽 10月18日 ヴァイオリンとチェロのための協奏曲

ブラームスのヴァイオリンとチェロのための協奏曲は、1887年10月18日ヨアヒムとハウスマンの独奏、ブラームスの指揮でケルンで初演されています。

詳しくは演奏会曲目紹介の記事に書いていますので、ここここをご覧ください。

ヴァイオリンがオイストラフ、チェロがロストロポーヴィチ、セル指揮クリーヴランド管弦楽団で第3楽章です。

2011年10月17日 (月)

今日の音楽 10月17日 英雄ポロネーズ

1849年10月17日は、ショパンの命日です。

ピアノの詩人と言われたショパンは、マズルカ58曲、ワルツ20曲、ノクターン21曲、バラード4曲、スケルツォ4曲、プレリュード27曲、エチュード27曲、ポロネーズ16曲、即興曲4曲など膨大な量のピアノ小品を作曲しています。

その中でも、最も勇壮な曲がポロネーズ第6番変イ長調でしょう。この曲は「英雄ポロネーズ」と言われていますが、ショパン自身がつけた標題ではなく、誰が名づけたかはわかっていません。いずれにしても、ポロネーズというポーランドの民族音楽であり、堂々とした内容からショパンの祖国愛の表現と言われています。

陰のある長い序奏が終わると一転して豪華な第1主題が演奏されます不協和音が多用され非常の切迫した雰囲気を出す中、主題が再現されトリオに入ります。トリオではブラスバンドのファンファーレのようなメロディも聴こえますが、ここで左手が鉄道の進行のようなオクターヴの下降音階連打を繰り返します。この曲でも最も技巧を要する部分のようです。転調や曲想の変化を繰り返し、主部に戻りますが主部は不完全なままコーダをむかえます。

ホロヴィッツのピアノです。

2011年10月16日 (日)

今日の音楽 10月16日 トゥルー・ラヴ

1964年10月16日は、アメリカの作曲家コール・ポーターの命日です。

コール・ポーターは子供の頃、ヴァイオリンとピアノを学び、イェール大学卒業後ハーバード大学に入学しましたが、最終的には音楽の道を選びました。ブロードウェイ・ミュージカルに曲を提供しましたが成功せず、パリに渡りましたがそこでも成功せず、1920年代後半に帰国。しばらくはなかなか芽が出なかったのですが、「陽気な離婚」が大ヒットし、1956年のグレース・ケリービング・クロスビーが共演した「上流社会」の主題歌で2人のデュエットによるトゥルー・ラヴなどを残しています。

トゥルー・ラヴは、スタンダードナンバーとして多くのカバーがありますが、ジョージ・ハリスンもアルバムの中でカバーしています。

2011年10月15日 (土)

今日の音楽 10月15日 青少年のための管弦楽入門

ブリテンの青少年のための管弦楽入門(ヘンリー・パーセルの主題による変奏曲とフーガ)は1946年10月15日にサージェント指揮リバプール・フィルで初演されています。

この曲は、プロコフィエフの「ピーターと狼」と並んで、オーケストラ入門音楽として親しまれていて、CDなどでもこの2曲のカプリングのものが非常に多いですね。
文字通り、オーケストラの楽器を紹介しながら演奏される曲で、ナレーション入りのものが多いようですが、解説の台本はブリテンの友人のエリック・クロージャーによって書かれています。ただし、ブリテンは解説無しでも演奏できるように曲を構成しているので、純粋な音楽作品としても楽しめる内容になっています。

曲は、17世紀イギリスを代表する作曲ヘンリー・パーセルの劇音楽「アブデラザール」の中のロンドを、各楽器が次々と変奏しながら演奏し最後は壮麗なフーガで締めくくっているもので、BBCの音楽教育映画のために作曲されました。映画自体は1946年11月29日に公開されていますが、それに先立って映画と同じマルコム・サージェント指揮リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団(現ロイヤル・リヴァプール・フィル)で初演されています。(映画のオーケストラはロンドン交響楽団)ナレーションも、サージェントが行っています。

曲は、オープニングはオーケストラの合奏で、その後ピッコロ、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、木管楽器群、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ハープ、弦楽器群、ホルン、トランペット、トロンボーンとチューバ、金管楽器群、打楽器群(ティンパニ、大太鼓とシンバル、タンブリンとトライアングル、小太鼓とウッドブロック、シロホン、カスタネットとタムタム、むち)で楽器が紹介され、最後は合奏の大フーガで壮麗に締めくくられています。音楽としても非常に優れた曲で、楽器紹介云々を無視しても構成力の強い高い完成度の作品です。

聴く方に対しては入門曲でも、弾く方はなかなかの難曲で、コントラバスのように後の方になると変奏も複雑になってコントラバスの難曲のひとつです。

エドワード・ガーデナー指揮BBC交響楽団です。

2011年10月14日 (金)

今日の音楽 10月14日 ヴァイオリン協奏曲(ドヴォルザーク)

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲は1883年10月14日にプラハで初演されています。

チェロとオーケストラの競演曲の最高傑作と言われるチェロ協奏曲の陰に隠れて、なかなか注目されない曲ではありますが、なかなかロマンチックな名曲です。当時の名ヴァイオリニストのヨアヒムに献呈されましたが、ヨアヒム自身はこの曲をあまり気に入っていなかったようで演奏することは無かったそうです。ブルッフヴァイオリン協奏曲第1番によく似ているといわれますが、徹底したロマンシズムを追及したブルッフには一歩譲ってしまいます。

古典的な3楽章形式のコンチェルトで、最近になって再認識され、演奏される機会が増えてきたようです。第1楽章の再現部が極端に短かったり、3楽章では、執拗な反復が繰り返されることが当時敬遠されていたようですが、最近はそういう独創的なところが認められているようです。

サラ・チャンの独奏で、第2楽章です。

2011年10月13日 (木)

今日の音楽 10月13日 時の流れに

1941年10月13日は、ポール・サイモンの誕生日です。

ポール・サイモンについては、昨年「明日に架ける橋」を取り上げた際に書いてあるので省略しますが、サイモン&ガーファンクルを解散してソロ活動に入ってからも、「母と子の絆」「僕とフリオと校庭で」「ダンカンの歌」「僕のコダクローム」などを大ヒットさせました。

「時の流れに」は、1975年のヒット曲で現題は「Still crazy after all these years」。長い年月経ったのに俺はまだアホやなぁ・・というような内容の、原点に戻ったようなちょっとジャズ風のフォーク調の歌です。

2011年10月12日 (水)

今日の音楽 10月12日 トゥ・ラヴ・アゲイン

1989年10月12日は、アメリカのポピュラー音楽ピアニスト、カーメン・キャバレロの命日です。

カーメン・キャバレロは、クラシックのピアニストを目指していましたがポピュラー音楽に転向し、クラシック音楽の基礎を活かした華麗なテクニックでショパンなどのクラシック音楽をアレンジしたり、ポピュラーミュージックの演奏でポピュラー音楽界トップクラスのピアニストとして活躍しました。

彼の名前を不朽のものにしたのは、20世紀前半に活躍したピアニスト エディ・デューチンの伝記映画「愛情物語」のテーマ曲として使われたショパンの夜想曲第2番でした。タイロン・パワーがエディ、その妻をキム・ノバクが演じた作品は、音楽映画の代表的な作品として知られており、タイロン・パワーの演奏の吹き替えをカーメン・キャバレロが行っています。
ショパンの夜想曲第2番も、原曲そのままでは無く、カーメン・キャバレロ流にポップなアレンジを施してある魅力たっぷりの作品です。

2011年10月11日 (火)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part12

ブラームスのヴァイオリンとチェロのための協奏曲は、古典派以来のコンチェルトの形式に則っています。ただ、やはり新しい時代の工夫はあちこちに見られます。
第1楽章は、力強く短い序奏から入ります。これは第1主題の断片です。その直後にいきなりチェロのカデンツァがあり、次は第2主題を暗示する木管のアンサンブル、そしてヴァイオリンのカデンツァ。そしてチェロとヴァイオリンが合流して、ようやく第1主題が登場という、ブラームスらしいといえばらしい、創意に溢れたスタートです。その先でも、4拍子と6連符が共存するというブラームスの大好きなパターンも登場します。

第2楽章は、非常に陰鬱な音楽です。旋律は美しいのですが、拍子感がわかりにくく輪郭がはっきりとしない音楽なんですね。ブラームスの緩徐楽章は、美しさよりも優雅さなのですが、この曲はそのどちらとも異なる独特な雰囲気の曲です。

第3楽章は、暗くて軽い主題です。実は、この楽章では提示部と再現部で、コントラバスが独奏の対旋律を歌う部分があるのですが、こういうところをコントラバス奏者の醍醐味と感じる奏者も少なくありません。旋律が出てくると喜ぶ人も勿論いますが、いつも演じている縁の下の力持ちではない脇役というのは、実は私が唯一この曲で好きなところです。

演奏会まで1週間を切りました。練習も残るところ1回。
オベロンでは軽快さ
ブラームスではソロを支えつつ自分たちの主張もしっかり出し
運命は、聞き飽きた人でも飽きないような緊迫感、ダイナミックさを表現したいと考えています。

今日の音楽 10月11日 交響曲第4番(ブルックナー)

1896年10月11日はブルックナーの命日です。

ブルックナーの交響曲は、「長い」「やたらに金管が鳴る」など敬遠される方もいらっしゃるようですが、確かにちょっと冗長気味なところはあるにしても、後期ロマン派を代表する交響曲の作曲家なので、第7番第8番といった傑作は聴いておいて欲しいものです。

中でも、交響曲第4番は1時間弱で、内容はちょっと軽薄なところはあるにしても、明快で取っ付きやすい作品だと思います。冒頭にはブルックナーを象徴する原子霧(弦楽器の弱音のトレモロ)があり、その後ホルンによって朗々と歌われるメロディが、この曲を親しみやすくしています。

ブルックナーの交響曲は、よく比較されるマーラーとは異なり形式は古典的な4楽章形式を踏んでいます。この曲も、第1楽章はソナタ形式、第2楽章はロンド形式の緩徐楽章、第3楽章はスケルツォ、第4楽章はソナタ形式のフィナーレと、まさにベートーヴェン以来の古典的な形式そのもので書かれています。

また、ブルックナーは改訂の名人で、またその弟子たちもやたらに改訂を行ったため多くの版が残されていますが、この4番も例外ではなく初稿、ハース版、ノヴァーク版の第2稿、1878年版・・・・たくさんあります。

ティーレマン指揮ミュンヘン・フィルで第1楽章です。

2011年10月10日 (月)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part11

今回のオール・ドイツ・プロの中プロは、ブラームス作曲のヴァイオリンとチェロのための協奏曲です。

ブラームスの時代は、後期ロマン派の最盛期でした。ブラームスは、ドイツ・ロマン派を代表するワーグナーとは非常に仲が悪かったという話は有名ですが、作曲にも大きな違いがありました。ブラームスは、ベートーヴェンを畏怖しておりベートーヴェンの交響曲を越える曲を作らなければならないという気持ちが、交響曲第1番の作曲に10年を越える歳月を費やさせたという話は有名ですが、彼の作風はこういうベートーヴェンなどの古典派音楽をベースに彼なりの新しい息吹を注入し新しい音楽を作るという事でした。

ブラームスは4つの交響曲を残していますが、実は、このヴァイオリンとチェロのための協奏曲は、交響曲第5番として構想されたものでした。当時古くからの友人であったヴァイオリニストのヨアヒムと不仲になっており、それを修復するためにヨアヒムの助言を求めながら協奏曲を書こうという考えで協奏曲に変更したと言われています。
シューマンの妻クララ・シューマンは上記の理由から、この曲を「和解のコンチェロト」と言ったそうです。

結局、この曲はブラームス最後の管弦楽作品になってしまいました。内容も決して派手では無く、親しみやすいメロディも登場しませんが、ブラームスらしい各楽器が縦糸と横糸のように絡み合うというオーケストレーションがあちこちに散りばめられています。またソロの技巧的にも難しい曲で特にチェロは難曲のひとつといえるでしょう。

今回は、ヴァイオリン独奏に東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団のコンサートマスターにで、当団のトレーナーのひとりでもある戸澤哲夫氏、チェロのソロにクァルテット・エクセルシオの大友肇氏をお迎えして演奏することになりました。

今日の音楽 10月10日 シェーンブルの人々

ヨーゼフ・ランナーのワルツ「シェーンブルの人々」は1842年10月10日に初演されています。

ランナーは、ヨハン・シュトラウス以前にウィンナ・ワルツを確立した作曲家で、ウィンナ・ワルツの始祖とも呼ばれています。ワルツポルカギャロップレントラーなど400余りの作品を作曲しています。今では、ニューイヤーコンサート以外ではなかなか聴くことが出来ませんね。

代表曲のひとつシェーンブルンの人々の「シェーンブルン」は勿論ハプスブルグ家の宮殿があるウィーンの西部にある町で、ここに生活する人々の優雅な様子を表現したワルツです。

アーノンクール指揮の2001年ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート 5分過ぎぐらいからが「シェーンブルンの人々」です。

2011年10月 9日 (日)

今日の音楽 10月9日 死の舞踏

1835年10月9日は作曲家サン=サーンスの誕生日です。

サン=サーンスは4つの交響詩を書いていますが、中でもフランスの詩人カザリスの詩に霊感を受けて作曲した「死の舞踏」が最も有名な作品です。シロフォンを使って、髑髏がカチャカチャ音をたてて踊る表現など、グロテスクで悪趣味と初演当時は酷評されていましたが、今ではサン=サーンスの管弦楽作品の代表として知られるようになりました。サン=サーンスは後に組曲「動物の謝肉祭」の「化石」でこのメロディを使用し、リストもピアノ曲に編曲しています。

この作品には独奏ヴァイオリンが登場しますが、ヴァイオリンは通常の低い弦からG-D-A-Eという調弦では無く、G-D-A-Esという調弦が指定されています。

夜中の12時に死神が現れるというところをハープでD音を12回演奏、独奏ヴァイオリンのA-Esの不協和音で不気味さを出し、フルートで「怒りの日」に基づく音楽を表現、雄鶏の朝を告げる時の声をオーボエの高音で演奏などを駆使し、夜中に死神たちが出現し夜通し踊りまくり朝と共に去っていく様子を表現しています。

2011年10月 8日 (土)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part10

今回の前プロは、ウェーバー作曲の歌劇「オベロン」序曲。ウェーバーは1786年生まれのドイツロマン派初期の作曲家です。1786年は、モーツァルトが歌劇「フィガロの結婚」を発表した年で、16年先に生まれていたベートーヴェンがモーツァルトを尋ね弟子入りを志願した年でした。実は、ウェーバーの父方の従姉がコンスタンツェという名前で、モーツァルトの妻という遠い親類でした。

ウェーバーは指揮者としてもオーケストラの配置や指揮棒の使用など近代への礎を築いた人としても知られています。
モーツァルトの死後ドイツのオペラ界は低迷していたのですが、それを立て直しドイツロマン派オペラを確立した作曲家です。
最も有名な「魔弾の射手」をはじめ、「オベロン」「オイリアンテ」「アブ・ハッサン」など9曲のオペラを作曲しているほか、管弦楽曲やクラリネット協奏曲など数多くの作品を残しています。
ウェーバーのオペラは、「魔弾の射手」以外はなかなか上演される機会が無いようですが、その序曲は頻繁に演奏会で取り上げられています。

「魔弾の射手」を並んで親しまれているのが「オベロン」の序曲です。「オベロン」は、またのタイトルを妖精の王の誓いというタイトルで、結核に冒されていたウェーバーの死の2ヶ月前に初演された最後の作品です。

初めの2分ほどはadagio sostenutoの序奏で、実はコントラバスは長いお休みです。こういう長いお休みは、曲の途中では有り難いのですが、幕開けの曲では全く迷惑な話でステージの客席に近い所でボーっとしているのは、なかなか間が持たないものです。この部分は妖精の世界の情景を表現した音楽と言われています。静けさの中で、突然全楽器で和音が鳴らされると、主題部に入ります。ヴァイオリンの第1主題は騎士のテーマで、クラリネットの音楽は魔法の角笛、続いてレツィアのアリアという風にオペラの中から取ったメロディを使ったソナタ形式です。ロマン派音楽ですが、途中古典派風のアリアが登場したりと、形式もまだ古典派音楽を踏襲した部分を多く残した音楽です。

なので、コントラバスは結構忙しいパッセージが出てくる、なかなか手ごたえのある名曲です。ベートーヴェン、ブラームスといった重厚な音楽の前プロとしては肩の凝らない全体的には軽妙だが内容は非常に濃い最適な音楽です。

今日の音楽 10月8日 慕情

1955年10月8日、フォア・エイセスの歌う映画「慕情」の主題歌がビルボード全米ナンバー1に輝きました。

慕情はベルギー人と中国人の混血の作家ハン・スーインの自伝的小説「多くの輝きを持つもの」を1955年に映画化した作品で、ジェニファー・ジョーンズが演じた女医ハン・スーインとウィリアム・ホールディン演じる妻を持つ新聞記者マーク・エリオットの恋と20世紀前半の中国の混乱や日本を含める列強の侵略などで翻弄される主人公たちを描いた作品。

テーマ曲は、映画史上最高の傑作とも言われている曲で、プッチーニの「蝶々夫人」を参考に作曲されたと言われています。

2011年10月 7日 (金)

今日の音楽 10月7日 ピアノ協奏曲第1番(リスト)

1936年10月7日は指揮者シャルル・デュトワの誕生日です。

デュトワはスイス出身の指揮者ですが、現在の音楽界においてフランス音楽を振らせたら右に出る者がいないというほどの指揮者で、音の魔術師とも言われています。ドイツ的な雰囲気を持つNHK交響楽団を大きく変えた指揮者としても知られています。勿論、フランス音楽だけではなく、ロシア物やドイツ物を振らせても一流の指揮者ですが、何と言ってもカナダのモントリオール交響楽団をフランスよりフランスらしいオーケストラと言われるほど鍛え上げた事で今世紀を代表する指揮者のひとりだと思います。

デュトワは3度の結婚・離婚歴がありますがピアニストのアルゲリッチもその一人でした。現在では、アルゲリッチとも仲睦まじく共演しています。

アルゲリッチとの共演で、優れた演奏のひとつがリスト作曲のピアノ協奏曲第1番です。ピアノの天才であったリストですが、ピアノ協奏曲はたった2曲しか残していません。その1曲目は4つの楽章からなる交響曲の構成に似た作品です。リストがピアノ協奏曲を2曲しか書かなかったのは彼が絶対音楽としての交響曲を1曲も作っていないように、管弦楽の作品では絶対音楽が自分の才能を活かすものとして適当では無かったと考えていた事など諸説があります。現に、この曲も、終楽章で妙にトライアングルが目立つため、「トライアングル協奏曲」などと揶揄される事もあるほどです。

デュトワのものはありませんでしたが、アルゲリッチのピアノ、ラビノビッチ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィアで第3・4楽章です。

2011年10月 6日 (木)

今日の音楽 10月6日 交響曲第14番「死者の歌」

ショスタコーヴィチの交響曲第14番「死者の歌」は1969年9月29日サンクトペテルブルク(当時レニングラード)で初演され、その1週間後の10月6日にモスクワで初演されています。

この交響曲は、当時体調が優れなかったショスタコーヴィチが元々ムソルグスキーの歌曲集「死の歌と踊り」を、死への集大成として管弦楽編曲した事に端を発しています。その後彼が好んでいたマーラーの「大地の歌」のような交響曲へと発展させたのが交響曲第14番です。

全部で11の楽章からなる曲で、楽章によって楽器編成が全く異なっています。独唱はソプラノとバスの2名で演奏時間は50分程度です。このあたりになるとショスタコーヴィチの音楽は不協和音を多用して、彼が20世紀の音楽家だと言うことを想起させます。

ロジェストヴェンスキー指揮ソヴェト国立文化省交響楽団(現ロシア・シンフォニー・カペラ)で第1楽章です。

2011年10月 5日 (水)

今日の音楽 10月5日 天国と地獄

1880年10月5日は、オッフェンバックの命日です。

オッフェンバックはドイツに生まれフランスで活躍した作曲家です。これと言った音楽史に残る功績は残していませんが、何と言っても赤ん坊以外は誰でも知っている曲が「天国と地獄」の序曲でしょう。昔は、「文明堂のカステラ」のCMソング、無声映画の走るシーンのBGM、今でも運動会などで使われています。と言っても、使われているのは第3部の踊りの音楽ですが・・・

天国と地獄は、グルックなどが歌劇として取り上げている「オルフェオとエウリディーチェ」をパロディ化した「地獄のオルフェ」というのが原題のオペレッタで、「天国と地獄」というタイトルは日本でしか通用しないので要注意です。元々はこのオペレッタには序曲は無かったのですが、ウィーン初演の際にカール・ビンダーというオーストリアの作曲家が、劇中の曲を使って序曲を作ったというのが始まりでした。

シェルヘン指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団です。

2011年10月 4日 (火)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part9

ベートーヴェンの交響曲第5番の第4楽章は勝利の楽章です。運命を克服した喜びを高らかに歌うソナタ形式の楽章です。

ベートーヴェンは、この楽章で交響曲としてははじめての試みを行っています。従来、教会音楽を中心に使われていたトロンボーンと、コントラファゴット、ピッコロの導入です。この3つの楽器は第九でも使われ、その後ロマン派のオーケストラの定番になっていくわけです。そういう意味でも、この交響曲第5番が画期的な曲だったことがわかります。

この3つの楽器は終楽章しか出てきません。したがって、5人の奏者(トロンボーンは3人なので)は3楽章が終わるまでずっとステージ上で待っているわけです。演奏会に行く機会があったら、これらの人たちが3楽章までどんな顔して待っているか見てみてください。

また、展開部の終わりには、第3楽章のスケルツォが挿入されます。この手法も第九では全ての楽章を終楽章に挿入するという方法で使われています。という事から考えると、第5番と第9番は切っても切れない関係にあるという事がわかります。

第3楽章の再現の後に、第4楽章の再現部が登場します。ソナタ形式の構成自体は単純で、この後は長~いコーダが待っています。いったんは結尾の和音の連打で終わりかな?と思うのですが、実はこの後まだ3分ぐらい曲が続いて、またまたしつこい和音の連打でやっと終わります。

「運命」の第1楽章は、ひと昔前は、本当に「運命が扉を叩く」ようなゆっくりしたテンポで演奏されるのが普通でしたが、今では完全な1拍子音楽として、速いテンポで演奏される事が多くなっています。スケルツォも3拍子で演奏しているものもありましたが、現在では1拍子で演奏されます。これによって緊張感は高まり第2楽章の安らぎや第4楽章の勝利の雄たけびが更に引き立つようになっています。かなり体力的にも精神的にもクタクタになる曲ですが、聴く人がこういう緊張感や喜びを感じ取って頂ければ幸いです。

今日の音楽 10月4日 自由の鐘

1989年10月4日は、イギリスのコメディアン、俳優のグレアム・チャップマンの命日です。

チャップマンといえば「モンティ・パイソン」。ジョン・クリーズエリック・アイドルテリー・ジョーンズマイケル・ベイリンテリー・ギリアムといったコメディアンが結成したグループで1969年からBBCで「空飛ぶモンティ・パイソン」というコメディ番組がイギリスBBC放送で放送され、後に「モンティ・パイソン・アンド・ナウ」、「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」などの長編映画も製作され、マニアの間では好評を博していました。

ところで、タモリは東京12chで当時放送していた「モンティ・パイソン」の日本語版で芸能界にデビューしたというのは、あまり知られていないようですね。

チャップマンは1989年に脊髄ガンで死去。モンティ・パイソンは彼の死をもって事実上解散しました。

このモンティ・パイソンのテーマ音楽が、スーザの行進曲「自由の鐘」でした。自由の鐘は、勿論合衆国独立の象徴フィラデルフィアにある鐘です。

ボストンポップス管弦楽団による珍しい管弦楽版です。

2011年10月 3日 (月)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part8

31 ベートーヴェン交響曲第5番第3楽章は、スケルツォですが、この時代の管弦楽作品には珍しくコントラバスが主役のひとつになっています。
まず、最初に出てくるスケルツォの主題の旋律はコントラバスで演奏され、これが少し形を変えて繰り返されます。
32 続いてホルンで「運命の動機」による2つめの主題旋律が演奏されます。それまでのスケルツォであれば、ここで繰り返しがあるのですが、第5番では構成は似た構成ながら少し和声を変えたりして若干の変更を加えて演奏されます。

33_2  トリオも、コントラバスで提示される激しい音楽で、第3番や第4番、第6番、第7番といったベートーヴェンの他の交響曲のような軽さや優雅さとは全く異なる雰囲気の音楽です。

ところで、スケルツォの主題も、トリオの主題も、チェロとコントラバスが弾くのに何故コントラバスによって演奏される、と言われるのか疑問に思う方もいると思います。通常のチェロとコントラバスのユニゾン(と言ってもコントラバスの実音は記譜より1オクターヴ低いので、正確にはオクターヴ・ユニゾンですが)は、チェロが主役でコントラバスが1オクターヴ低い音でチェロを支えるという性格の場合が多いのですが、この第3楽章のようなメロディをチェロとコントラバスがユニゾンで弾く場合は、コントラバスがメロディの主役で、チェロはコントラバスの楽器の特性上の欠点(輪郭がはっきりしないなど)を補完する役割というわけです。有名な曲では、同じベートーヴェンの第九最終楽章のレシタティーヴォが同じパターンです。

ところで、コントラバスのスケルツォのメロディはどのポジションを使っても、最初の4つの音で移弦3回、ポジション移動1回が必要で、それを速いテンポでスラーで弾くというのは決して簡単ではありませんし、トリオもド・シドレ のあと、更に音が上がっていけば難しくは無いのですがソラシでまた音が下がることが難しさを増しています。つまり簡単じゃないということです。

トリオの後、スケルツォに戻りますが、このスケルツォは非常に短く、弦のピチカートや管楽器の断片的なメロディを繰り返して、長いコーダに入ります。そしてそのまま途切れる事無く第4楽章に突入していくわけです。

今日の音楽 10月3日 交響曲第2番「四つの気質」

1931年10月3日は、デンマークの作曲家カール・ニールセンの命日です。

ニールセンについては、彼の代表作交響曲第4番「不滅」で詳しく書いてありますので省略します。

交響曲第2番「四つの気質」は1902年に完成しています。「四つの気質」とは、当時ヨーロッパにおける一般的な人間の気質の分類方法で、19世紀から20世紀にかけて活躍した教育学者シュタイナーによるものです。
①多血質(終楽章)・・・陽気で活発、自由で開放的、欠点は軽薄、飽きっぽいなど
②胆汁質(第1楽章)・・・エネルギッシュ、行動的、強い意志を持つ、欠点は短気で怒りっぽく攻撃的
③粘液質(第2楽章)・・・冷静で知的、几帳面、欠点は柔軟性に欠ける
④憂鬱質(第3楽章)・・・敏感で芸術的、欠点は臆病、神経質
といった内容の分類です。

曲の内容自体もそれぞれの気質の代表的な性格を表現しています。第1楽章の主題は怒りっぽい事を表す激しい和音、第3楽章は落ち込んだ憂鬱な主題で始まります。ニールセン自身はこの曲は決して標題音楽では無いと言っていますが、それぞれの気質を理解して聞くと本当に面白い音楽だと思います。

モートン・グールド指揮シカゴ交響楽団で第1楽章です。

2011年10月 2日 (日)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part7

前回、「運命」の第2楽章のそれぞれの変奏を詳しく・・・と書いたのですが、このままのペースで書き続けると、演奏会までに「運命」だけで終わっちゃいそうなので、少し足を速めます。
第2楽章は5つの変奏曲とコーダで出来います。第1変奏は、ヴィオラとチェロが主題を付点音符の無いレガートな形で演奏します。第2変奏では、珍しくコントラバスもメロディに加わります。第3変奏で、初めて木管群が主役にまわり独奏の掛け合いからやがて合奏になります。第4変奏は引き続き木管による変奏ですが、ここで初めて短調に転じます。第5変奏は再び主題に近い形に戻り今度はフォルティッシモでの大合奏で現れます。

コーダは、テンポを速めてあっさりと終わるのかと思うと、さすがベートーヴェン。きちんと最後に盛り上がりを持ってきています。

下のスコアは、第2楽章で最も盛り上がる第2変奏後半のコントラバスがメロディに加わる部分です。

26

今日の音楽 10月2日 スコットランド幻想曲

1920年10月2日は、ブルッフの命日です。

ブルッフという作曲家は、現在演奏される多くの作品がヴァイオリン協奏曲第1番をはじめとするヴァイオリンとオーケストラの為の作品なので、ヴァイオリニスト出身と勘違いされる方もいるかもしれませんが、ブルッフは母親と妻が歌手だった事もあって当時は合唱曲や歌劇の作曲家として名を馳せていたようです。
ヴァイオリンの曲が多かったのは、当時サラ=サーテヨアヒムというヴァイオリンの名手が存在していたからだと考えられます。

スコットランド幻想曲は1879年から1880年にかけて作曲されたヴァイオリンとオーケストラの為の曲で、ヴァイオリン協奏曲のような雰囲気を持つ作品です。ブルッフは実際にスコットランドへ行ったわけではなくスコットランド民謡を編集収録した「スコットランド音楽博物館」という全6巻599曲からなる楽譜集からの影響からスコットランドの伝統へのオマージュの意味を込めて作曲しました。

協奏曲との違いは、この曲が序奏及び4つの楽章から構成されている点です。4つの楽章と言っても交響曲などの形式にのっとっているわけでもない、あくまでも幻想曲というタイトル通りの自由な形式で書かれています。初演はサラ=サーテのヴァイオリンで行われ彼に献呈されていますが、この曲が有名になったのはハイフェッツがたびたび演奏会で取り上げてからだと言われています。

オーケストラは不明ですが、ハイフェッツの独奏で終楽章です。

2011年10月 1日 (土)

今日の音楽 10月1日 2ペンスを鳩に(メリー・ポピンズ)

1935年10月1日は女優ジュリー・アンドリュースの誕生日です。

ジュリーはイギリスに生まれ幼少の頃から4オクターヴという驚異的な声域を持っていたためボードヴィルの芸人だった両親から才能を見出され子役としてデビュー。アメリカに渡り「ボーイ・フレンド」のポリー役としてブロードウェイデビューを果たしました。「マイ・フェア・レディ」のイライザ役などで活躍し、1964年にディズニー映画「メリー・ポピンズ」で映画デビューし、アカデミー主演女優賞を獲得しました。1964年には、「マイ・フェア・レディ」も映画化されました。莫大な費用がかかる為絶対にヒットする映画をという事で、主役をオードリー・ヘップバーンに奪われてしまいましたが、「マイ・フェア・レディ」が作品賞、監督賞、主演男優賞などアカデミー賞の主要部門を独占する中、この年の主演女優賞を「メリー・ポピンズ」のジュリーが取ったという事で同情票とも言われましたが、その実は、「マイ・フェア・レディ」の歌が吹き替えであったためと言われています。

じゅりーはその後「サウンド・オブ・ミュージック」でもアカデミー主演女優賞にノミネートされるなど大ブレークしましたが、その後はこれらの2つの作品の健全な女性のイメージが邪魔をして出演映画はなかなか成功しませんでした。その為ハリウッドを去ってTVらライブなどで活躍しましたが、1979年に「テン」でハリウッド復帰。「ビクター/ビクトリア」では再びアカデミー賞にノミネートされ復活を果たしています。1998年に声帯に腫瘍ができて手術しその後は以前のような声が出なくなっていますが、それでも現役で活躍しています。

メリー・ポピンズは、パメラ・ドラバーズの原作のミュージカル化で、厳格な銀行家の父親と婦人運動に熱中している母親の子供たちジェーンとマイケルの子守としてやってきた魔法の使えるメリー・ポピンズによって、家族の絆が蘇るお話。「お砂糖ひとさじで」、「スーパー・かリフラジリスッティ・エクスピアリ・ドーシャス」、「チム・チム・チェリー」など、今でも歌われる曲が多く使われていますが、その中で最も劇的な歌が「2ペンスを鳩に」(Feed the Birds)です。ジェーンとマイケルが父親の働く銀行に仕事ぶりを見に行くように父親に命じられ、メリー・ポピンズが、銀行に行く途中の教会の前でお婆さんが2ペンスで売っている鳩の餌を飼って与えてあげなさいと歌う曲です。

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