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2011年9月30日 (金)

今日の音楽 9月30日 シャル・ウィ・ダンス

1921年9月30日は女優デボラ・カーの誕生日です。

デボラはイギリスに生まれ、バレリーナになりましたが身長が高すぎたため女優に転向。「地上より永遠に」でバート・ランカスターと演じた砂浜のキスシーンが話題になりました。その後「王様と私」、「旅路」、「007カジノロワイヤル」などに出演し、アカデミー主演女優賞には6回ノミネートされましたが受賞には至りませんでした。1994年にアカデミー名誉賞を受賞しています。

「王様と私」は、シャム王家に家庭教師として入ったアンナとシャム王ラーマ4世の物語で、マーガレット・ランドンの「アンナとシャム王」を原作としたミュージカル映画です。その中で、伝統を頑なに守ろうとするシャム王に、新しい時代の流れを理解させるために歌う「シャル・ウィ・ダンス」は代表的な曲です。(歌は吹き替えで、デボラの声ではありません)

2011年9月29日 (木)

今日の音楽 9月29日 アメリカン・バンド

9月29日は、アメリカのロック・バンド グランド・ファンクのギタリストマーク・ファーナーの誕生日(1948年)であり、彼らの「アメリカン・バンド」が全米ナンバーワンに輝いた(1973年)記念すべき日です。

グランド・ファンクは、結成当時はグランド・ファンク・レイルロードと名乗っていた、バリバリのハード・ロック・バンドでした。ドラムのドン・ブリュワー、ギターとボーカルのマーク・ファーナー、ベースのメル・サッチャーの3人で1969年にデビューしています。すさまじいまでの音量でガンガン鳴らすスタイルは、その後プログレッシヴパンクなどへロックミュージックが変貌して行っても変わることなく、これぞアメリカン・ハード・ロック・バンドというミュージシャンでした。「ハート・ブレイカー」などをヒットさせ頂点は、「アメリカン・バンド」(原題 We're an American Band)でした。その後「ロコモーション」をロックバージョンでカバーしヒットさせましたが、1976年に解散しています。その後メンバーを変えて再結成しましたがパッとせずに解散しています。

1997年のボスニア救済コンサートではオリジナルメンバーで再結成されました。

「アメリカン・バンド」は、タイトルそのまま、これぞアメリカのハード・ロックバンドを地で行くパワフルな曲で単純明快な爽快感を残す曲です。

1997年のボスニア救済コンサートでは再結成されました。

2011年9月28日 (水)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part6

「運命の」第2楽章は変奏曲です。この楽章はヴィオラとチェロが主役級の活躍をする曲です。変奏曲と言ってもただ主題を変奏しているだけでなく構成もしっかりしているベートーヴェンらしい楽章になっています。

22 主題はAとBの2つの、第1楽章の緊張感溢れる音楽から一転して、伸びやかな安らぎを与えてくれる音楽です。上記の主題Aと下記の主題Bが使われていますが、Bは全ての変奏で使われているわけではありません。
23
ところで、コントラバスには4弦と5弦の楽器があります。4弦はベースギターと一緒、ギターの下4つの弦と同じでE(ミ)-A(ラ)-D(レ)-G(ソ)でチューニングされていますが、その一番低い弦の更に低い音のする弦を張ってあるのが5弦ベースです。この5つ目の弦は演奏者によってC(ド)かH(シ)でチューニングします。Cでチューニングするとチェロの最低弦の一オクターヴ下の音になるので、古典派音楽などでチェロの一オクターヴ下を平行して弾く場合には便利なわけです。上の主題Bの最下段はチェロとコントラバスが一緒に記譜されているのですが、一番最後のCの音は4弦のコントラバスでは1オクターヴ上げて弾くしかないわけです。Hの音でチューニングする人は、上の4つの弦が4度間隔で張ってあるためEの音の4度下Hの音でチューニングすると、ポジションが非常にわかりやすいという事が主な理由です。ちなみに、私はHの音で張ってあります。

ところで、上の楽譜の最後の小節を見て頂ければわかるように、最後の小節の2拍目はチェロとコントラバス以外の楽器は全て休みになっています。つまり、チェロとコントラバスのそれぞれの楽器の事実上の最低音だけがこの1拍の間鳴るわけです。このコントラバスの最低音は鍵盤楽器以外の通常の楽器では殆ど出すことができない音で、バス弾きの間ではコントラCと呼んでいるようですが、5弦を持っているからには、この音を高らかに(音は低いですが)鳴らしたいものです。

長くなっちゃったので第1変奏から先の話は次回。

今日の音楽 9月28日 ドナウ川のさざ波

1902年9月28日は、イヴァノヴィッチの命日です。

イヴァノヴィチは、ルーマニアの軍楽隊長で350ものワルツ、行進曲などを残しました。オーケストレーションは非凡なものがあり、「ドナウ川のさざ波」は東ヨーロッパで最も優れたワルツと言われています。同じドナウを題材にしたシュトラウスの「美しく青きドナウ」の明るい雰囲気とは全く異なり感傷的でロマンチックな作品になっています。

2011年9月27日 (火)

今日の音楽 9月27日 タヒチ・トロット(ショスタコーヴィチ)

1898年9月27日はアメリカのポピュラー音楽の作曲家、ヴィンセント・ユーマンスの誕生日です。

ユーマンスは、ミュージカル・プロデューサーとしても活躍し、ノーノー・ナネットというブロードウェイミュージカルで成功。このミュージカルの挿入歌のひとつが「二人でお茶を」(Tea for two)です。「二人でお茶を」はジャズの定番曲として今でも歌い継がれていますが、ソヴェトの作曲家ショスタコーヴィチがオーケストレーションを施し「タヒチ=トロット」という曲名で発表しています。元々ジャズを取り込んだ曲を書くこともあったショスタコーヴィチですが、ある日指揮者のニコライ・マルコの自宅で、二人でお茶をの録音をマルコから聞かされ1時間以内に記憶だけでこの曲を編曲することはできないだろう。100ルーブル賭けようという挑発に乗り、およそ45分でオーケストレーションを済ませて、賭けに勝ったというエピソードがあります。

演奏者はわかりませんが・・・

2011年9月26日 (月)

今日の音楽 9月26日 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽

1945年9月26日は、バルトークの命日です。
バルトークについては、過去何度か取り上げていますが、故国ハンガリーやルーマニアの民族音楽を収集、研究し、それを自分の作品に活かしたのですが、単にハンガリーの民謡を借用したのであれば、ごく普通の国民楽派の作曲家に留まったのでしょう。ところが、バルトークは一方で非常に緻密な構成をする作曲家でした。ベートーヴェンなどの過去の作曲家の音楽を分析し、理論的にどんな構成をすれば良いかを導き出し、自分の作品に採用しました。黄金分割フィボナッチ数列を構成や和音にも取り入れたりしています。

そのフィボナッチ数列を使った端的な例が、弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽という作品です。文字通り、管楽器の無い曲ですが、決して室内楽の曲では無くて、バルトークの指定によると指揮者を中心に左右に弦楽器群を配し、中央に打楽器群とチェレスタを置いた編成的にも小さくはない曲です。
打楽器は木琴、スネア無しのドラム、スネア付きのドラム、シンバル、タムタム、大太鼓、ティンパニで、それにチェレスタとピアノが入ります。

第1楽章は、変拍子のフーガで、フィボナッチ数列で表される小節に主題が音程を変えて登場してきます。
第2楽章は、ソナタ形式の音楽です。コントラバスは弦のテンションが弱いためフォルティッシモで強いピチカートを弾くと指板(左指で音程を決めるときの弦を押さえつける板)に弦があたってバチン!という雑音を出してしまい、指揮者に注意される事がありますが、バルトークは、この弦を弾いた音に弦が指板にあたるバチン!という音を加える奏法を要求する事があります。これをバルトーク・ピチカートと言っているのですが、この奏法が多用されている楽章です。
第3楽章は、バルトークの得意としたアーチ形式(A-B-C-B-A)の不気味な雰囲気の曲。
第4楽章は、舞曲的な変奏曲です。

フィリッチャイ指揮RIAS交響楽団で第2楽章です。

2011年9月25日 (日)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part5

14 ベートーヴェン交響曲第5番第1楽章の展開部は、ホルンとクラリネット、続いて弦楽器の「運命の動機」から始まります。この楽章は展開部と言っても、提示部の密度が濃いために展開部を意識させるような大きな流れの変化はありませんが、運命の動機が構成を変えながらこれでもかこれでもかと演奏されて行きます。
展開部に更なる高い緊張感をもたらすのが右のようなピアニッシモの二分音符の和音の掛け合いです。譜面にすると非常に単純なものなのですが、ここで10秒間あまりの運命の動機の空白を置くことで、さらに緊張感を増しているわけです。

この後、再び運命の動機が全楽器でフォレティッシモで演奏されクライマックスを迎えます。クライマックスからそれとは気がつかないように、冒頭の5小節(と言っても冒頭とは異なり全楽器のフォルティッシモで)が演奏され再現部が始まります。再現部の冒頭は、ずっと弱く演奏されますがわずか2小節のクレッシェンドでフォルテまで高揚し、オーボエのカデンツァが演奏されます。ここからはコーダに向かって再現部が展開されていきます。コーダは、最後の「運命の動機の5小節」が演奏された後、静かに立ち上がって行き、今度はクレッシェンドも無く唐突にフォルティッシモで「運命の動機」、ハ短調の和音で第1楽章を閉じます。

今日の音楽 9月25日 交響曲第3番(シベリウス)

シベリウスの交響曲第3番は1907年9月25日にヘルシンキで初演されました。

シベリウスは1901年に交響曲第2番で大成功し名声を確実なものとしましたが、生活が乱れ病気がちで作曲にも支障を来たすようになってしまいました。1904年に都会を離れ、ヘルシンキ郊外のヤルヴェンバーへ転居し自然とのふれあいなどで再び創作意欲を取り戻して行きます。

そういう生活の転換もあったのでしょうが、シベリウスの交響曲は第2番までと第3番まででは作風が大きく変わっています。壮麗でロマン派の嚆矢たる第2番とは打って変わって、密度の高い緊張感に溢れる作品に変わっていきます。この第3番は、その転換点にあたる曲で伸びやかではありますが、2番までの流麗さは無くなってきています。

第2番では第3楽章と第4楽章が続けて演奏されるようになっていましたが、この第3番では第3楽章がスケルツォ的な部分とフィナーレとしての部分を持つ構成の3つの楽章で構成されています。これがやがて第7番では1つの楽章で全てを包括する形式へと発展していくわけです。
第1楽章は第1主題が低弦によってリズミカルに提示され、第2主題はチェロによってメロディックに提示されるという具合に低弦が活躍するソナタ形式の楽章です。
第2楽章は変奏曲の形をとっています。
第3楽章は序奏の後、スケルツォ部分にあたる戦闘的なアレグロ、その後フィナーレ部分にあたるコラールによって展開されていきます。

3番、4番あたりの交響曲はシベリウスの交響曲の中でもなかなか取り上げられる機会がありませんが、2番までと5番以降のギャップを埋めるためには聴いておかないとならない曲ではあります。

ネーメ・ヤルヴィー指揮エーテボリ交響楽団で、第3楽章です。

2011年9月24日 (土)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part4

ベートーヴェン交響曲第5番第1楽章は典型的なソナタ形式で書かれています。拍子は4分の2拍子ですが、音楽的には1拍子の音楽で数小節でひとつのフレーズを成す構造になっています。テンポは、ベートーヴェンのメトロノーム指定では二分音符が108.のAllegro con brio(活気あるアレグロ)ですが、数年前まではかなりゆっくりめに演奏されるのが通例でした。現在は、二分音符108の演奏は流石に聞くことはありませんが、二分音符100ぐらいで演奏されるのが普通になっています。

12_2 5小節の「運命の動機」の呈示のあと、この動機を使った第1主題が提示されますが、ここで、このテンポが速くなっていることが演奏の難しさを増しています。というのも、通常の主題の提示のように1つの楽器で演奏されれば問題ないのですが、左のように2ndヴァイオリン、ヴィオラ、1stヴァイオリンの順番に「動機」を演奏する事で主題を形成しているからです。例えばヴィオラは1小節休んでから1拍目の表拍に休符を取ってから「動機」を演奏するわけです。音楽にずっと乗っていれば問題ないのですが、この休符を数えたりしていると絶対に遅れてしまうわけです。ここでヴィオラが遅れると次の1stヴァイオリンも遅れる・・・遅れの連鎖で、テンポが次第に遅くなり、この楽章で最も大切な緊張感が失われてしまうという結果が、特にアマチュアの演奏では少なくありません。こういう箇所が楽器を替えていくつも出てくるので、緊張感を保って演奏するためには、休符もきちんと演奏する必要があるわけです。

13_3 第2主題は、ホルンのソロによる「動機」の後ヴァイオリン、クラリネット、ヴァイオリンとフルートのそれぞれ短いフレーズで演奏されます。ここで注目する必要があるのは下から2段のチェロとコントラバス。見てわかるように「動機」が演奏されます。この「動機」が演奏されることによってハ長調に転調して曲調も明るくなり、四分音符のみの展開でテンポ的にもゆったりとした雰囲気になっても緊張を持続することが出来るわけです。

この第1楽章には、このような箇所が随所に見られます。特にコントラバスは、最多数の運命の動機の演奏を強いられる事になります。これは第1主題のところで書いたように、少しでも緊張を解いてしまうとテンポを緩める原因になってしまうので、ずっと緊張しっぱなしというのが実際のところですが、結構それが気持ちよいM的な性格を覗かせてくれる第1楽章です。

再び第1主題を元にした曲想で小さなクライマックスを迎えて提示部を終了します。多くの演奏は、この提示部は繰り返しを行います。

今日の音楽 9月24日 さよならをもう一度

2004年9月24日はフランスの小説家、フランソワーズ・サガンの命日です。

サガンは、ごく普通の人の平穏な生活の中のちょっとした変化を描いた作品を特徴とする作家です。18歳の時に書いた「悲しみよこんにちは」が大ヒットすると若いうちにベストセラー作家となりました。が、これが悪かった。お金を目当てに悪い取り巻きがたかって行き、薬物・アルコール・ゴシップ・浪費癖・ギャンブルなどで、晩年は困窮生活を余儀なくされたそうです。

サガンの作品は、中流家庭の日常生活を舞台にしたものが多く映像化が容易だったためか、数多くの作品が映画化されています。デビュー作の「悲しみよこんにちは」をはじめ、「ブラームスはお好き」が「さよならをもう一度」というタイトルで映画化されたのが代表格です。

この「さよならをもう一度」は、イングリッド・バーグマンイヴ・モンタンアンソニー・パーキンス主演の映画で、ブラームス作曲の交響曲第3番第3楽章が様々にアレンジされて全編で使われています。ブラームスの音楽では、この「今日の音楽」の第1回で取り上げた弦楽六重奏曲第1番(「恋人たち」で使用)と並ぶ「映画音楽の中の名曲」として知られています。

フェランテとタイシャーのピアノデュオによる演奏です。

2011年9月23日 (金)

今日の音楽 9月23日 オペラ座の怪人

フランスのガストン・ルルーの小説「オペラ座の怪人」は1909年9月23日に出版されています。

ルルーは、「黄色い部屋の秘密」という密室物の推理小説では史上トップクラスにランクされる作品でルールタビューという探偵役をデビューさせましたが、その後ルールタビューを主人公にした小説をいくつか書きましたがパッとしませんでした。その3年後に書かれた「オペラ座の怪人」が大評判になり1925年に映画化され、1943年の再映画化がヒット。その後何度か映画化されましたが2004年にアンドリュー・ロイド・ウェッバーのミュージカルを映画化し大ヒットしています。

劇団四季もこのミュージカルを上演し、特にテーマ曲の劇的な音楽は、様々なシーンでサウンド・エフェクトとしても使われています。

マイケル・クロフォードサラ・ブライトマンのオリジナル・キャストでのテーマ曲です。

2011年9月22日 (木)

今日の音楽 9月22日 ラインの黄金

ワーグナーの「ニーベルンクの指環」四部作の序夜「ラインの黄金」が初演されたのが1869年9月22日ミュンヘン宮廷歌劇場でした。

ワーグナーは、ドイツの叙事詩「ニーベルンゲンの歌」と北欧神話を下敷きに「ニーベルンクの指環」という総合音楽芸術作品を作ると言う構想から、1852年7月に第1夜「ワルキューレ」、11月に序夜「ラインの黄金」の台本を完成。それを元に、楽劇「ラインの黄金」が完成したのは1854年でした。ワーグナー自身は全4作が完成するまで上演するつもりはありませんでしたが、ワーグナー信奉者として有名なルートヴィヒ2世の依頼で単独での初演をすることになったわけです。

ラインの黄金は、四部作中最も短い2時間半程度の作品です。ニーベルンク族のアルベリヒと3人のラインの乙女たちのライン川底での話し。ラインの乙女に愛を捨てることで無限の力を得て世界を支配できる指環を作ることができるラインの黄金を手に入れられると聞いたアルベリヒが、愛を捨て黄金を手に入れる第1場より始まり、ヴォータンが指環を手に入れようと巨人族に策を弄し、怒りを買ってしまい女神フライアをさらわれてしまう・・・・長くなるので割愛。

特に、最後の場面でのワルハラ城の神々の入場は、単独で演奏会でも演奏される曲です。

クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団で、「ワルハラ城の神々の入場」です。

2011年9月21日 (水)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part3

11_2 ベートーヴェン交響曲第5番の第1楽章は弦楽器とクラリネットによるユニゾンのソソソミ♭ー、ファファファレーで始まります。これが「運命の動機」です。この動機を元に第1主題が構築されているわけです。
 それぞれの楽章の詳細は次回以降に譲るとして、第2主題にも「運命の動機」は終始寄り添っています。そしてコーダも「運命の動機」そのもので終わらせるという具合にこれでもかこれでもかと「運命の動機」を呈示し続けます。

21_6 第2楽章は、はっきりしませんが、数回出てくるこのリズム(ここではチェロが演奏しています)が「運命の動機」だと言われています。

第3楽章は、もっとはっきりしていて、低弦で不気味なスケルツォの主題が呈示された後のホルンによって強く演奏されるメロディです。

31_2

この「運命の動機」はかなりしつこく演奏されます。最後の第4楽章への経過部分では弦のピチカートによって奏でられますし、第4楽章でも姿を現します。

第4楽章は運命に打ち勝った勝利の楽章と言われていますが、あちこちで「運命の動機」が高らかに演奏されます。

41 これはほんの一例ですが、第1楽章はともかく、他の楽章では聴く人にそれ程の意識をさせないで、実は一貫した動機に基づく構成で全曲を貫いたという点で、今までに無い全く新しい交響曲と言えるでしょう。同じ日に初演された第6番の「田園」も始めての標題交響曲という完全にロマン派音楽と言っても差し支えのない新たな世界を築いた2曲でした。

今日の音楽 9月21日 ゴースト・バスターズ

1950年9月21日は、俳優ビル・マーレイの誕生日です。

ビルはシカゴでアイルランド系の家庭に生まれました。医学を学ぶためデンバーの大学へ入学しましたがマリファナの使用で逮捕され退学、その後即興劇団「セカンド・シティ」に入団。その後ブルース・ブラザーズジョン・ベルーシの勧めでニューヨークへ移住しバラエティ番組などで人気を博しました。

ビルの名前が一躍知られるようになったのは、映画「ゴーストバスターズ」の主演です。ダン・エイクロイドハロルド・ライミスの3人が超常現象や霊体の研究者で、大学から研究費をカットされたのちに幽霊退治のゴーストバスターズを結成し大活躍する映画でした。

ビルは特定のエージェンシーやマネージャーを持っていない為オファーが出しにくい俳優だそうですが、その後も映画「チャーリーズ・エンジェル」のボスレー役やゴースト・バスターズ2などに出演、来年にはゴースト・バスターズ3の公開も予定されています。

ゴーストバスターズの音楽は、エルマー・バーンスタインが担当していますが、テーマ曲はレイ・パーカーJrが担当し全米1位の大ヒットになっています。

2011年9月20日 (火)

今日の音楽 9月20日 四つの伝説(レンミンカイネン組曲)

1957年9月20日はシベリウスの命日です。

フィンランドの作曲家シベリウスは、フィンランドの伝説や寓話に基づく作品を数多く作曲しています。カレリア地方の伝説に基づく劇音楽「カレリア」、ヤルネフェルトの戯曲に基づく「クオレマ」などですが、中でも叙事詩「カレワラ」に基づく曲はクレルヴォ交響曲ポピョラの娘タピオラ、レンミンカイネン組曲(四つの伝説)と非常に多くの作品を作り上げています。

レンミンカイネンはカレワラの中の主人公格の超人的な人物ですが、色男で武術にも魔法にも優れているが女たらしで傲慢という人物。あちこちで騒ぎを起こし災難にも会うという人物です。

四つの組曲は、「カレワラ」の登場人物レンミンカイネンに焦点を当てて作曲された交響詩集で、単独でも演奏されます。
第1曲「レンミンカイネンとサーリの乙女たち」  カレワラ第11章に基づく曲でサーリという名の島でのレンミンカイネンとキュッリッキという娘の喜劇
第2曲「トゥオネラの白鳥」  第14章に基づく曲で、冥界との境を流れるトゥオネラ川に浮かぶ幻想的な白鳥の姿を、コールアングレの神秘的な音を巧みに使って描いています。単独で演奏される機会が非常に多く、シベリウスの作品ではフィンランディアと並ぶ代表的な作品です。
第3曲 「トゥオネラのレンミンカイネン」 第2曲と同様第14章に基づくもので、白鳥を射ようとして水蛇に噛まれて死を迎えるレンミンカイネンというストーリー。
第4曲「レンミンカイネンの帰郷」 第15章に基づくレンミンカイネンの復活と帰郷を描いた曲。

この曲は演奏上の難曲としても有名な曲だそうです。

トゥオネラの白鳥です。

2011年9月19日 (月)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part2

いまさら、ベートーヴェンの「運命」の曲目説明なんて必要ないと思っている方もいらっしゃるとは思いますが、とにかくこのベートーヴェン5つ目の交響曲は非常に良く出来た曲です。演奏時間は30分余りというロマン派の大曲とは比較するまでもありませんし、ベートーヴェンの交響曲の中でも演奏時間は真ん中ぐらいなのですが、短い時間に濃縮されているだけに、息をつく暇もありません。
それほど、この曲は良く出来ている曲です。ベートーヴェンは、それぞれの交響曲で必ずと言ってよいほど新たな試みをしていますが、一緒に初演された「運命」と「田園」は、ベートーヴェンが単純に古典派の作曲家ではなく、実は既にロマン派の作曲家としてスタートを切っていたという証にもなる作品と言えるでしょう。

「運命」という標題は「田園」のようにベートーヴェン自身が標題としてつけたものではなく、弟子のシントラーが、冒頭のジャジャジャジャーンの4つの音が何を表しているのかと尋ねた時に答えたベートーヴェンの「このように運命は扉をたたく」と言った事から付けられたと言われていますが、その真偽は定かではありません。したがって、ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調作品67は、欧米では全くということではありませんが「運命」という副題をつけている事は稀なようです。また、最初の運命が扉をたたく音は日本では「運命の動機」と呼ばれていますが、欧米では「(短-短-短-長の)4つの音の動機」と呼ばれているようです。ここでは交響曲第5番といちいち書くのが面倒なので「運命」と便宜的に表記させて頂きます。

「運命」は4つの楽章から出来ていますが、ベートーヴェンの新しい試みとして第3楽章と第4楽章は完全に繋がっています。この4つの楽章は、「運命の動機」ずっと支配されています。緊張感溢れる第1楽章、緊張感がとけほっとする穏やかな第2楽章、不安と葛藤が続く第3楽章、不安の中からやがて「運命」に立ち向かう未来が開け喜びが爆発する終楽章という流れの中で、どのように「運命の動機」が使われているかは次回です。

今日の音楽 9月19日 夜空のトランペット

1926年9月19日は、ジャズ・トランペット奏者、作曲家のニニ・ロッソの誕生日です。

ニニ・ロッソはイタリア出身で、1962年にレコーディングされた「さすらいのマーチ」が映画「前進か死か」に使われヒット。イタリアを代表するジャズ・トランペッターとなりました。
1964年に発表された「夜空のトランペット」はヨーロッパ各国でヒットチャートの1位を獲得し世界的なヒットとなりました。その透明感溢れるトランペットの響きと、夜空に向かってトランペットを鳴らす姿を思い浮かべるような曲調は、トランペットを使ったイージーリスニング曲の代表として今でもスタンダード・ナンバーになっています。但し、原題は「沈黙」なんですけど・・・・

ロッソは、日本びいきで毎年のように年末に日本にやってきてクリスマス・コンサートなどを催していました。

2011年9月18日 (日)

今日の音楽 9月18日 椿姫

1905年9月18日は、女優グレタ・ガルボの誕生日です。

グレタ・ガルボは初期ハリウッドの伝説的な女優。私の大好きなイングリッド・バーグマンと同じスウェーデン出身の神秘的な美貌の持ち主として映画界を支えてきました。

スウェーデンの王立演劇アカデミーで演技を学び、在学中に映画監督マウリッツ・スティッレルと出会い「イエスタ・ベルリングの伝説」という映画の大役に抜擢されました。スティッレルがハリウッドに招かれるとガルボも随行し半ば強引にMGMと契約。1926年の「イバニエスの激流」でハリウッドデビュー。スティッレルはハリウッドのシステムと合わず帰国しましたが、ガルボは残り「肉体の悪魔」「アンナ・カレーニナ」などで人気女優に登りつめました。

トーキー映画時代に入り、容姿と声のギャップによって人気が落ちる女優が続出する中、ガルボのハスキー・ボイスが人気に拍車をかけました。その後1940年代になると以前より人気が落ちたことで引退を決意。36歳までに24本の映画を残しています。引退後は一切マスコミの前に出ることは無く、1954年に受賞したアカデミー名誉賞の授賞式にも欠席。1990年に84歳でこの世を去っています。

1936年に公開された「椿姫」で、ガルボはマルグリット(オペラではヴィオレッタ)役で主演しています。勿論オペラ映画では無く歌も歌っていませんが、アルマン・デュバロ(オペラではアルフレード)を愛しながら、彼の立場を尊重し遠ざかっていく女性を見事に演じています。特に、死の床にある最後のシーンはハリウッド映画の名場面のひとつとも言われており、ミュージカル映画「アニー」でも劇中劇として使われています。

「椿姫」は、ヴェルディによってオペラ化され、ヴェルディの作品の中でも最も人気の高い作品です。が、初演は大失敗。死の床にあるヴィオレッタ役の歌手の体格があまりにも立派過ぎたことなどが原因のようです。オペラでは登場人物の名前が原作から変えられています。このオペラの人気の理由は、美しくはかない前奏曲、華やかな「乾杯の歌」、「そはかの人か~花から花へ」、アルフレードの「燃える心を」、父親ジェルモンの「プロヴァンスの陸と海」、愛の二重唱「パリを離れて」などのアリアの数々と、登場人物ひとりひとりの性格描写が単純(性格が単純という事ではありません)という事が大きいと思います。

ただ、よく考えてみると、アルフレードが最も単純で考えが浅い人間という感じがしてしまいます。

ネトレプコのソプラノで、「花から花へ」です。

2011年9月17日 (土)

パイオニア交響楽団第22回定期演奏会へ向けて part1

2011年10月16日に、パイオニア交響楽団第22回定期演奏会が、東京 江東区のティアラ江東大ホールで開催されます。

今回は、オール・ドイツ・プログラム。ドイツと言っても実際にはドイツという国はヨーロッパの中では案外歴史が浅い国です。ゲルマン民族はローマ時代には北ドイツを中心にローマ帝国を脅かす民族として存在していましたが、4世紀の民族大移動の後にヨーロッパ史の中心に踊り出ました。広い意味でのゲルマン民族はノルマン人アングロサクソンデーン人などが北欧やグレートブリテンなどに国家を作って行きましたが、現在のドイツの地は、小国家のが割拠していて、それを統治していたのが神聖ローマ帝国で、19世紀になってプロイセン王国が現在のドイツに近い形で統一を成し遂げたわけです。

したがって、18世紀から19世紀に活躍したバッハやベートーヴェンといったドイツの作曲家として認識されている作曲家も、正しくは「ドイツ人の神聖ローマ帝国」の作曲家という事になります。

今回の演奏会では、18世紀古典派音楽のベートーヴェン、ベートーヴェンとほぼ同じ時期に活躍しましたが前期ロマン派に属するウェーバー、そして後期ロマン派の時代に属しながらその雄たるワーグナーと対立していたブラームスの3名の作曲家を取り上げます。

もっともこういう画一的な○○主義とか○○派というのは後世の人たちがつけたもので、ベートーヴェンの交響曲にしても古典的な形式から脱して新しい和声法や形式を使った「田園」や「第九」などの曲を書いていますし、ウェーバーはモーツァルトのオペラを発展させ近代のドイツオペラの礎を築いた作曲家、ブラームスはベートーヴェンに畏怖の念を抱いていてベートーヴェンの金縛りに合っていた時期もあったり、といった具合にひとつの点で捕らえてはいけない流れの中で、ドイツの音楽の潮流といったものを感じて頂ければ良いと思います。

今回の演目は、ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、ブラームスのヴァイオリンとチェロのための協奏曲、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の3曲です。これを明日から少しずつ紹介して参ります。

今日の音楽 9月17日 アヴェ・マリア(メルカダンテ)

1795年9月17日は、イタリアの作曲家メルカダンテの誕生日です。

ロッシーニの勧めでオペラの作曲を始め「ヘラクレスの神格化」でデビュー。第7作の「エリザとクラウディオ」は世界的な成功を収め一ました。ロッシーニが早くに引退し、ベルリーニが早逝したこともあり19世紀半ばのイタリア・オペラを支える存在になりました。

その後失明しましたが口述で作曲を続けましたが、ヴェルディの台頭で彼の作品は古臭い過去のものとされ次第に歌劇場のレパートリーから姿を消していったようです。

そんなメルカダンテの作品で今でも演奏されるのは得意としたオペラではなく、フルート協奏曲とアヴェ・マリアぐらいというのは皮肉な事です。

メルカダンテのアヴェ・マリアは、数多いアヴェ・マリアの中でも非常にドラマチックな抑揚の大きい曲で、さすがオペラ作曲家と思わせる作品です。

アリヴェルティのソプラノで、シモーネ指揮イ・ソリスティ・ヴェネティの演奏です。

2011年9月16日 (金)

今日の音楽 9月16日 メタル・グルー

1977年9月16日は、イギリスのグラム・ロックを代表するロック・バンドT・レックスのリド・ヴォーカル、マーク・ボランの命日です。

T・レックスはデヴィッド・ボウイと共に、奇妙なコスチューム、化粧など当時としては驚くべきバンドで、4人組になって初のアルバム「電気の武者」が全英でナンバーワンヒットになり一躍スターに踊り出ました。「メタル・グルー」「20センチュリー・ボーイ」などをヒットさせましたが、アメリカでは全く売れず、やがてグラムロックも下火になります。29歳で交通事故死、イギリスで脚光を浴びたわずか数年後でした。

「メタル・グルー」にしても、非常に単純なロックで当時流行していたシンセなどキーボードを使わず、ギターとドラムとヴォーカルというロックンロールの原点に返った音楽ゆえにアメリカでは受け入れられなかったのでしょう。

2011年9月15日 (木)

今日の音楽 9月15日 管弦楽のための6つの小品

1945年9月15日は、オーストリアの新ウィーン楽派を代表する作曲家のひとり、ウェーベルンの命日です。

ウェーベルンといえば、ちょっと取っ付きにくい新ウィーン楽派の代表的作曲家なのですが、生前は殆ど評価されず、戦後の前衛音楽ブームで再評価され、多くの作曲家に影響を与えるようになりました。先生は、シェーンベルクで兄弟子にはベルクがいます。

ウェーベルンは、煙草で命を落としています。と言っても肺癌とか血管の病気ではありません。元ナチ親衛隊で、当時闇取引に関与していた娘婿の家のベランダで煙草に火をつけた時に、闇取引の合図と勘違いしたオーストリア駐留の米軍によって射殺されました。ウェーベルンの音楽は、十二音技法から無調性へと進化していますが構成は古典的な雰囲気を残しており、現代の音楽への架け橋となる作曲家と言えるでしょう。

管弦楽のための6つの小品は、1909年に作曲された4管編成の作品でしたが1928年に2管編成にオーケストレーションをしなおしシェーンベルクに捧げられています。

第1曲~第4曲です。

2011年9月14日 (水)

今日の音楽 9月14日 鉄道員

1914年9月14日は、イタリアの俳優・映画監督のピエトロ・ジェルミの誕生日です。

ピエトロ・ジェルミは新聞売りやメッセンジャーなど職業を転々として、やがて俳優を志しますが、ローマの映画実験センターで3年間演劇を学んだ後監督科に転籍。1945年監督デビューした後、「越境者」で1951年のベルリン国際映画祭銀熊賞ヴェネツィア国際映画祭セルズニック賞を受賞、1956年自らも主演した「鉄道員」が大ヒット、その後も次々と社会派の映画を作り続けました。

その後コメディ路線に転向し、「イタリア式離婚狂騒曲」で1962年のアカデミー脚本賞、1966年に「蜜がいっぱい」でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞し名声を極めました。

出世作の「鉄道員」は、厳格な鉄道員の父を嫌う家族の中で唯一父親を誇りに思う末っ子のサンドロが、事故で解雇され酒に溺れ家に帰らぬ父親を探し当て、ようやく友人や家族との和解の兆しが現れたときには既に死が迫っていた、というお話。悲しげな音楽はカルロ・ルスティケリが担当した彼の代表作とも言える名曲です。

2011年9月13日 (火)

今日の音楽 9月13日 ララのテーマ

1924年9月13日は、フランスの作曲家モーリス・ジャールの誕生日です。

フランスのリヨン出身で、数多くの映画音楽を作曲しています。特に、映画監督のデビッド・リーンとのコンビは「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」「インドへの道」というアカデミー音楽賞受賞作品など名作を生み出しています。その他には「史上最大の作戦」「パリは燃えているか」「ライアンの娘」「ロイ・ビーン」「ブリキの太鼓」「刑事ジョン・ブック/目撃者」「いまを生きる」「ゴースト/ニューヨークの幻」などの音楽を担当し、2009年に亡くなっています。邦画でも「首都消失」「洛陽」の作曲をしています。

「ドクトル・ジバゴ」はロシア革命の中を生きた誠実な医者ユーリ・ジバゴとララ、トーニャの2人の女性との愛を描いた作品で、「ララのテーマ」は、マンドリンで奏でられる主題によるスケールの大きな曲で、ジャールの最高傑作として今でも愛されている曲です。

2011年9月12日 (月)

今日の音楽 9月12日 愛のテーマ

1944年9月12日は、アメリカの音楽プロデューサー兼シンガー・ソング・ライターのバリー・ホワイトの誕生日です。

若い頃は放蕩の限りを尽くし、少年院で聴いたプレスリーに刺激を受けて音楽の道に入りました。その後は、ソロで曲を出したり、多くのミュージシャンのプロデュースを手がけましたが、その中で、彼の結成したラヴ・アンリミテッド楽団の「愛のテーマ」は、キャセイパシフィック航空のCMでも知られていますし、様々な場面でのBGMとして使われている曲です。

多分、イージーリスニングの数々の曲の中でも3本の指に入るぐらいの名曲ではないでしょうか。

バリーは残念ながら2003年にこの世を去っています。

2011年9月11日 (日)

今日の音楽 9月11日 クープランの墓

1733年9月11日は、フランスのバロック時代最大の作曲家フランソワ・クープランの命日です。

クープランは音楽一家に生まれヴェルサイユ宮殿礼拝堂のオルガニストに就任、作曲家としてはクラヴサン(チェンバロ)のための作品を多く残しています。

近代フランスの作曲家モーリス・ラヴェルは、18世紀フランスの音楽に傾倒し、クープランを非常に尊敬していましたが、クープランのみでなく18世紀フランスの音楽家へのオマージュとなる作品を構想していました。その直後第一次世界大戦が勃発し、大戦で戦死した多くの友人たちへの追悼の意味も込めて作曲したのが「クープランの墓」です。6曲からなるピアノ曲ですが、後にラヴェル自身が4曲を選んで管弦楽曲にしています。

第1曲 プレリュード ジャック・シャルロー中尉に捧げられた装飾音が多用されている曲です。
第2曲 フーガ ジャック・クルッピ少尉に捧げられています。
第3曲 フォルラーヌ ガブリエル・ドゥリュック中尉に捧げられています。フォルラーヌは北イタリアを起源とする舞曲です。
第4曲 リゴドン ゴーダン兄弟に捧げられています。
第5曲 メヌエット ジャン・ドレフュスに捧げられています。
第6曲 トッカータ マルリアーヴ大尉に捧げられ技術的に非常に高いレベルが要求される曲です。

管弦楽版は、フーガとトッカータを除く4曲からなっています。

第6曲目のトッカータです。

2011年9月10日 (土)

今日の音楽 9月10日 雨のささやき

1945年9月10日は、プエルトリコ出身の盲目のギタリスト、ホセ・フェリシアーノの誕生日です。

ホセは、緑内障で生後間もなく失明しましたが、ハンディキャップを乗り越え1966年デビュー、スパニッシュギターの名手としても知られています。ドアーズのカバー曲「ハートに火をつけて」でグラミー賞の最優秀新人賞を獲得しました。

彼の最大のヒット曲は「雨のささやき」(Rain)で、この曲はアン・マレーなどもカバーしています。

2011年9月 9日 (金)

今日の音楽 9月9日 カリフォルニアの青い空

1850年9月9日、米墨戦争の勝利でメキシコから割譲されていたカリフォルニアがアメリカ合衆国の31番目の州になりました。

ご存知のように、カリフォルニアといえば現在ではロサンゼルスサンジェゴサンノゼサンフランシスコといった大都市を持ち合衆国の50の州でもナンバーワンの人口をかかえる大きな州ですが、独立時にはまだ開拓もされていない未開の地でした。それが19世紀半ばのゴールドラッシュで一気に移民が進み、温暖な地中海性気候などの条件もあって人口が膨れ上がって行ったわけです。

カリフォルニアを舞台にした音楽も数多くあります。「霧のサンフランシスコ」、「ホテル・カリフォルニア」などが代表的な曲でしょうか。そんな中から、アルバート・ハモンドの「カリフォルニアの青い空」(It never rains in Southern California)を選びました。アルバート・ハモンドはイギリス出身のシンガー・ソング・ライターで1970年代に合衆国に移住し1972年に出した「カリフォルニアの青い空」が全米5位の大ヒット、その後「ダウン・バイ・ザ・リバー」「落ち葉のコンチェルト」といったヒット曲を生むと共に、多くのミュージシャンに曲を提供しています。

「カリフォルニアの青い空」は、雨が殆ど降らないカリフォルニアにやってきたミュージシャンの苦労を歌った曲ですが、カリフォルニアにぴったりの軽快な曲なので、そういう歌詞とは気がつかないですね。日本では南沙織がカバーシングルを出していましたし、広瀬香美もアルバムでカバーしたました。

2011年9月 8日 (木)

今日の音楽 9月8日 ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯

1949年9月8日は、リヒャルト・シュトラウスの命日です。

R・シュトラウスはワーグナーと並ぶ後期ロマン派の作曲家の代表格。演奏技術面では、史上最も難しい作曲家のひとりでしょう。。。最もシュトラウス自身が、自分の書いた全てを音符を忠実に演奏することは期待していなかったようですが。

家庭交響曲アルプス交響曲という2つの交響曲以外には管弦楽作品として数多くの交響詩を作曲しています。中でも、「ドン・ファン」と並んで人気が高いのが「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」です。20分程度という適度な長さで、ユーモアを交えた肩の凝らない作品になっています。楽器・メロディで数々の動機が定められていて、ストーリーを知って聴くとシュトラウスの管弦楽法の巧妙さが非常によくわかります。ティル・オイレンシュピーゲルは、14世紀北ドイツの伝説の人で、数々の悪さをして最後には捕らえられ絞首刑に処されます。この曲は、ティルの数々の悪戯から絞首刑によって首が転がるところまで表現されています。

この曲は、シュトラウスが初めて交響詩で4管編成で作曲した曲です。

ショルティ指揮シカゴ交響楽団です。

2011年9月 7日 (水)

今日の音楽 9月7日 エデンの東

1909年9月7日は、映画監督エリア・カザンの誕生日です。

カザンはオスマン・トルコ帝国のイスタンブールに生まれ、4歳の時にアメリカに移住、エール大学で演劇を学び俳優としてデビューしました。1942年に演出した作品がピューリッツァ賞を獲得し、1944年には映画「ブルックリン横丁」で監督デビュー。1947年に監督した「紳士協定」がアカデミー作品賞、監督賞などを受賞し映画監督としての確固たる地位を築きました。

レッド・バージの時代がやってくると、元共産党員だったカザンは目をつけられ、司法取引を行い友人の劇作家、演出家など11人を告発。この密告行為が後のカザンの作品に暗い影を落としています。

その後、「欲望という名の電車」「波止場」「エデンの東」「草原の輝き」などを監督し2003年に死去しています。

「エデンの東」は、ジェームズ・ディーンが初めて主役を演じたスタインベック原作の映画化作品で、ローゼンマンの作曲したタイトル曲は、今でも最も人気のある映画主題曲のひとつです。

2011年9月 6日 (火)

今日の音楽 9月6日 ディアベリ変奏曲(ベートーヴェン)

1781年9月6日は、作曲家ディアベリの誕生日です。
ディアベリはウィーンに生まれハイドンに師事した古典派の作曲家ですが、音楽出版業もやっており、本人の作品自体は殆ど残されていません。

38歳の時に、当時の作曲家に自作のメロディによる変奏曲を公募し、50名からの応募がありました。シューベルトは作品番号D.718のピアノ曲を、11歳のリストはS.147のディアベリのワルツによる変奏曲を応募しました。ベートーヴェンは応募せずピアノの単独作品を作曲しています。ディアベリの主題による33の変奏曲(通称 ディアベリ変奏曲)です。演奏時間は1時間近い大曲です。

ベートーヴェン自身は、この主題を気に入らず、完成された変奏曲自体はディアベリの主題からの変奏とわかるのはほんの数曲で、最後は全く違う曲になっています。この曲は、ベートーヴェンの晩年の傑作のひとつとされていて、不滅の恋の相手アントニーア・ブレンターナに献呈されています。

ソコロフのピアノです。

2011年9月 5日 (月)

今日の音楽 9月5日 ファウスト交響曲

交響詩を確立したとされる、フランツ・リストですが生涯を通して器楽作品としての交響曲を1曲も作曲していません。リスト自身、あまり絶対音楽を得意としていないという事もあったのかもしれませんが、彼の作曲した2つの交響曲も声楽を含めた標題音楽です。後に書かれたダンテ交響曲と共に彼の2つの交響曲のひとつが、ファウスト交響曲です。1857年9月5日(一説では12月5日)ワイマールで、ゲーテシラーの記念碑の除幕式の祝典で初演されています。

このファウスト交響曲は、勿論ゲーテの戯曲「ファウスト」に基づくものですが、ストーリーを追っているものではなくて、3人の主要登場人物をそれぞれの楽章で性格描写しています。1954年に完成した初稿では合唱がありませんでしたが、初演された第二稿では第3楽章にテノール独唱と男声合唱が加わっています。

第1楽章はソナタ形式で書かれた「ファウスト」、第2楽章は三部形式の「グレートヒェン」、第3楽章はソナタ形式の「メフィストフェレス」で、75分から80分の演奏時間になります。

ショルティ指揮シカゴ交響楽団・合唱団、テノールはジークフリード・イェルザレムで、第3楽章最後です。

2011年9月 4日 (日)

今日の音楽 9月4日 世界の創造

1892年9月4日はフランスの作曲家、ダリウス・ミヨーの誕生日です。

ミヨーは、オネゲルプーランクらと共にフランス6人組を形成したひとりです。フランス6人組は20世紀前半に活躍したフランスの作曲家で、同世代のイベールなどの印象主義音楽とは一線を画し新古典主義的な作風で、全音階に可能性を追求した作曲家たちでした。

ミヨーはフランスの作曲家らしくバレエ音楽を数多く作曲していますが、当時一世を風靡していたバレエ・リュスディアギレフには嫌悪されていたために、主流の音楽となることはできませんでした。その他では、劇用の音楽や歌劇、映画音楽など通俗音楽を手がける一方では、13曲の交響曲、5曲のピアノ協奏曲をはじめとする数十曲の協奏曲、20曲余りの弦楽四重奏曲など純音楽も数多く作曲しており、旺盛な創作活動の中で1974年に81歳で没しています。
作品の数を見ると、現代のベートーヴェンのような感じですが、日本ではあまり人気が無いのが残念です。

バレエ音楽「世界の創造」は、米国滞在中に聴いたジャズの影響を強く受けた作品で、パリで活躍していたスウェーデンのバレエ・スエドワの依頼で作曲しました。6つの連続した場面からなる1幕もののバレエで、ジャズを本格的に取り入れた作品としてはガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」よりも早かったためアメリカでも非常に好意的に受け入れられたそうです。

バーンスタイン指揮フランス国立管弦楽団で、序曲です。

2011年9月 3日 (土)

今日の音楽 9月3日 管弦楽のための5つの小品

1912年9月3日、シェーンベルクの管弦楽のための5つの小品がロンドンで初演されました。

小品といっても、編成は4管編成という巨大な編成で、後のベルク「管弦楽のための3つの小品」、ウェーベルン「管弦楽のための6つの小品」などに影響を与えた作品です。特に3曲目の「色彩」では、古典的な音楽要素を用いずに、音そのものだけで組み立てをするという音響作曲法の魁となる曲です。「予感」、「過去」、「色彩」、「急転」、「オブリガート・レチタティーヴォ」の5つの曲からなっています。

グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団の演奏で3~5曲目です。

2011年9月 2日 (金)

今日の音楽 9月2日 ナッシング・フロム・ナッシング

1946年9月2日は、アメリカのキーボード奏者ビリー・プレストンの誕生日です。

あまり名前は知られていないかもしれませんが、1960年代から70年代にかけてのアメリカの代表的なキーボード奏者です。ビートルズアビーロードレット・イット・ビーのアルバム録音に参加し5番目のビートルズと呼ばれる時期もありました。その後ソロミュージシャンとして活躍、最もヒットしたのが「ナッシング・フロム・ナッシング」という軽快な曲。歌も上手いですよ。

その後、エリック・クラプトンエルトン・ジョンのコンサートなどにも参加し活躍しましたが、2006年6月6日に腎臓の病で亡くなっています。享年59歳。

2011年9月 1日 (木)

今日の音楽 9月1日 宵待草

1934年9月1日は、画家であり詩人であった竹久夢二の命日です。

夢二は、独特の美人画をはじめとする大正浪漫を代表する画家であり、雑誌の挿絵、書籍の装てん、浴衣のデザインなども手がけ、グラフィック・デザイナーの魁ともいえる芸術家でした。一生中央画壇に出ることなく、大衆に人気のある作家でした。

また詩作も残していますが、「どんたく」という詩集の中の「宵待草」は多忠亮によって曲が付けられ一世を風靡すると共に、今でも広く歌われています。

中沢桂のソプラノです。

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