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2011年8月31日 (水)

今日の音楽 8月31日 愛の喜び

1741年8月31日は、フランスの作曲家マルティーニの誕生日です。

マルティーニはドイツ生まれ(なので元々の姓はマルティンだったらしい)で、後にフランスに移住しました。当時は歌劇と行進曲の作曲家として大成功し宮廷音楽家にも上り詰めましたが、フランス革命が彼の活動を一変させてしまいました。

その後ブルボン王朝の王政復古まで生き延びて、再び宮廷音楽家となりましたが「ルイ16世のためのレクイエム」を最後に1816年に死亡しています。

現在、彼の作品で唯一演奏されるのが「愛の喜び」です。この曲は原語は勿論フランス語ですが、イタリア語で歌われる曲が多くギリシアの歌手ナナ・ムスクーリが歌ってヒットもしています。また、エルヴィス・プレスリーの「好きにならずにいられない」の原曲にもなった曲です。

「愛の喜び」という題名から、結婚式で歌う人も多いようですが、歌詞は「愛の喜びはたった1日で、愛の悲しみは一生続く」という結婚式には最も相応しくない内容なので、ご注意ください。

シャルロット・チャーチの歌です。

2011年8月30日 (火)

今日の音楽 8月30日 東へ西へ

1948年8月30日は、井上陽水の誕生日です。

陽水といえば、今では押しも押されもしない日本のシンガーソングライターの第一人者ですが、売れるまで非常に苦労した話は有名ですね。アンドレ・カンドレという芸名でデビューしたものの売れずに、しばらく活動を休止、その後小室等忌野清志郎などの援助を受けながら、井上陽水としてデビューし、「人生が二度あれば」で再デビュー、「傘がない」が注目され、「夢の中へ」がオリコン17位のヒットとなりました。

1973年にリリースされた4枚目のアルバム「氷の世界」が日本史上初のミリオンセラーアルバムとなりました。タイトル曲の「氷の世界」を始め、「心もよう」、「白い一日」などが収録されています。
2枚目のアルバム「陽水Ⅱセンチメンタル」に収録された「東へ西へ」はポップ&メランコリックなメロディの妙な歌詞の歌で、初期の陽水の作品の中でも印象に残る曲のひとつです。高中正義が参加しています。

2011年8月29日 (月)

今日の音楽 8月29日 ベンのテーマ

1958年8月29日は、マイケル・ジャクソンの誕生日です。

マイケル・ジャクソンといえば、"Beat it"や"Thriller"、"Bad"など数々のヒット曲を持つアメリカ音楽史上最大の歌手とも呼ばれる存在ですが、子供の頃から4人の兄と始めたジャクソン・ファイヴで歌い、1971年にソロ・デビュー、と言ってもまだ子供でした。

そして初の全米ナンバーワンに輝いたのが映画「ベン」のテーマ。「ベン」は、「ウィラード」というネズミを調教して復讐を果たそうとするが、最後には自分も殺されてしまうという内容のパニック映画(ベンはネズミの名前)の続編で、こちらはパニック映画ではなくて、自閉症気味の少年とベンの友情物語。

マイケル・ジャイクソンはその後変声期になり、しばらく活動停滞期を迎えてしまいますが、その後の活躍は皆さんご存知のとおり。

2011年8月28日 (日)

今日の音楽 8月28日 魔法使いの弟子

1749年8月28日は、文学者ゲーテの誕生日です。

ゲーテといえば、疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドランク)時代を代表する、ドイツの文豪。その詩作や戯曲などが多くの作曲家に取り上げられています。
特に、ベートーヴェンの第九の原詩の作曲家として有名なシラーとは影響しあう盟友でした。

特に、シューベルトはゲーテの詩を好み「魔王」「野ばら」「糸を紡ぐグレートヒェン」など600曲余りの歌曲の内70曲はゲーテの詩を使用しています。
その他では、モーツァルト「すみれ」、ベートーヴェン「静かな海と楽しい航海」(メンデルスゾーンも演奏会用序曲として作曲)「劇音楽エグモント」などが同時代の作曲家によって取り上げられています。
その他では何といってもゲーテの代表作「ファウスト」。グノーの歌劇がもっとも有名ですが、ベルリオーズの「ファウストの劫罰」、ボイト「メフィストフェーレ」、シューマン「ファウストからの情景」、リスト「ファウスト交響曲」、マーラーの交響曲第8番の第2部など多くの作品が生まれていますし(糸を紡ぐグレートヒェンもファウストからの作品)、もうひとつの代表作「若きウェルテルの悩み」からはマスネの歌劇「ウェルテル」が、「ウィルヘルム・マイスターの修行時代」からは、シューベルトの歌曲、トマの歌劇「ミニヨン」などが生まれています。

ゲーテが、1世紀シリアのルキアノスの詩を元に書き上げたバラード「魔法使いの弟子」を交響詩(交響的バラード)に仕上げたデュカスの「魔法使いの弟子」は、映画「ファンタジア」でミッキーマウスが魔法使いの弟子に扮して有名になった作品です。ストーリーに基づく標題音楽ですが、それを非常に幻想的に表現しています。有名な曲なのですが、非常に演奏が難しく(アマチュアオーケストラでは1小節目で崩壊する可能性がある、などとも言われています)実際の演奏ではなかなか取り上げられないですね。

2011年8月27日 (土)

今日の音楽 8月27日 星めぐりの歌

1896年8月27日は、宮沢賢治の誕生日です。(戸籍上は8月1日)

現在の花巻市の質屋の長男として生まれ、盛岡高等農林学校(岩手大学農学部)を卒業しました。盛岡中学(盛岡第一高校)在学中から先輩の石川啄木の影響を受けて短歌創作を開始し農林学校時代には同人雑誌を刊行し童話などの創作を始めました。

農業指導をしながら1933年に死去するまで童話集や詩集を書きましたが、生前に出版されたのは「春と修羅」「注文の多い料理店」など僅かで、死後草野心平などの尽力で多くの作品が発表されています。ヒューマニズムと平和主義に満ちた作風で「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「グスコーブドリの伝記」など日本を代表する童話作家と位置付けられています。

また賢治は、音楽にも興味を示しており、自ら「星めぐりの歌」を作詞作曲しています。「星めぐりの歌」は、新幹線の新花巻駅の到着時の車内チャイムや、アニメーション映画「銀河鉄道の夜」の挿入曲(オルゴール)、「セロ弾きのゴーシュ」のオープニングとして使われています。

2011年8月26日 (金)

今日の音楽 8月26日 ローレライ

1860年8月26日は作曲家ジルヒャーの命日です。

神学校の教師を目指していましたが、ウェーバーに出会って音楽の道を選び合唱曲の分野で数多くの作品を残しています。
中でも有名な曲は、ドイツの「ローレライ伝説」を元に書かれたハイネの詩に曲をつけた「ローレライ」でしょう。ローレライは、ライン川にある岩山にまつわる魔女伝説で、船の通行の難所だったことから、船頭を惑わせて水中に誘い込むという話です。

2011年8月25日 (木)

今日の音楽 8月25日 キャンディード序曲

1918年8月25日は、バーンスタインの誕生日です。

バーンスタインはアメリカが生んだ最高の音楽家と言われており、作曲家としても指揮者としても超一流でした。ユダヤ系アメリカ人としてマサチューセッツで生まれハーバード大学・カーティス音楽院で学び指揮をクーセヴィツキーライナーに師事、作曲はピストンに学び1943年夏にニューヨーク・フィルの副指揮者に就任。チャンスはいきなり訪れました。同じ年の11月に病気のため指揮できなくなったブルーノ・ワルターの代役で、シューマン「マンフレッド」序曲リヒャルト・シュトラウスの「ドン・キホーテ」、ワーグナー楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲などでデビュー。ラジオ放送もあったためバーンスタインの名は一躍知られるようになりました。

1958年にはニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督にアメリカ生まれの指揮者として初めて就任し1969年に辞任するまで黄金時代を築いています。その後は特定のオーケストラに縛られず、ウィーン・フィルイスラエル・フィルフランス国立管弦楽団などで客演し、マイケル・ティルソン・トーマス小澤征爾佐渡裕など多くの弟子を輩出しています。

作曲家としては、クラシック音楽の枠にとらわれず、ジャズなどの要素を巧みに取り入れて難解な現代音楽では無いけれど、決して古臭さを感じさせない作品を多く残しています。

「キャンディード」は1956年に初演されたミュージカルで、特に軽快な序曲が有名です。

彼自身の指揮でロンドン・フィルの演奏です。

2011年8月24日 (水)

今日の音楽 8月24日 白銀は招く

2009年8月24日は、スキーヤー、俳優のドニー・ザイラーの命日です。

トニー・ザイラーは、元々はアルペン競技のスキーヤー。1956年のコルツィナダンペッツォ冬季オリンピックで回転大回転滑降で三冠王に輝き(当時はスーパー大回転がありませんでした)、その爽やかな美男子ぶりも合わせてスーパースターとなりました。その後、CMに出演して当時厳しかったアマチュア規定に違反し、次のオリンピックには参加できず22歳の若さで引退。俳優に転向し、歌手活動も行いましたが、あまりパッとした活躍ができず、その後はオーストリアのナショナルチームの監督を務めたり、スキー場の設計に参加したり、その人望の厚さからIOCでも主要な地位をしめて、1985年にはオリンピック勲章を授与されています。

その、トニー・ザイラーが主役を務めた映画に「白銀は招くよ」があります。サスペンス仕立ての映画ですが、勿論メインはスタントなしの滑降シーンなど。特にトニー・ザイラー自身が歌った主題歌はみんなの歌でも紹介されたりして、スキーソングのスタンダードになりました。

2011年8月23日 (火)

今日の音楽 8月23日 雨に唄えば

1912年8月23日は、アメリカのミュージカル・スター ジーン・ケリーの誕生日です。
ブロードウェイでのダンサーを経て、1942年に「フォーミー・アンド・マイ・ギャル」で映画デビュー。その後多くのMGM作品に出演、監督・脚本・振り付けもこなしハリウッド映画の黄金時代を築きました。

ジーン・ケリーの代表作「雨に唄えば」の主題歌「雨に唄えば」は、実のところはこの映画の為の作品ではなくボピュラー作品として存在していたものを1929年のMGM映画「ハリウッド・レヴィユー」で使われスタンダードナンバーとなったもの。この曲を素材に作られた映画が「雨に唄えば」で、サイレント映画からトーキーへの転換時のドタバタを描いた作品です。内容は、サイレント時代の大女優が実は悪声で、デビー・レイノルズ扮する駆け出しの女優キャシーをジーン・ケリー扮する俳優ドンがその吹き替えに起用するという話から・・・最後はキャシーがスターの座を勝ち取るという内容。ジーン・ケリーが土砂降りの雨の中で「雨に唄えば」を歌い踊るシーンは、MGM映画の名場面として、ザッツ・エンターテインメントなどにも取り上げられています。

2011年8月22日 (月)

今日の音楽 8月22日 前奏曲(ドビュッシー)

1862年8月22日は、ドビュッシーの誕生日です。

ドビュッシーもショパン同様に24曲からなるピアノのための前奏曲集を作曲していますが、ショパンやバッハの平均律クラヴィーア曲集とは異なり、1曲ごとに調性を割り振ったものではなく、小品集といった作品です。
1910年に完成した第1集は「雪の上の足跡」「亜麻色の髪の乙女」「沈める寺」からなる12曲、1913年に完成した第2集は「水の精」「花火」などからかる12曲です。

ドビュッシー自身は、この曲には全くオーケストレーションを施していませんでしたが、後の作曲家がいくつかの作品を管弦楽編曲しています。特に、「亜麻色の髪の乙女」はカプレによる管弦楽版の他にもハイフェッツのヴァイオリン編曲版などがあります。

第2集の「ピクウィック殿をたたえて 」は、イギリス国歌「ゴッド・セイヴ・ザ・キング」、「花火」ではフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が引用されています。

ポリーニのピアノで「花火」です。

2011年8月21日 (日)

今日の音楽 8月21日 ピエ・イエズス

1893年8月21日は、作曲家リリ・ブーランジェの誕生日です。

リリは音楽一家に生まれました。姉は音楽教師として活躍し女性指揮者の先駆者とも言われるナディア・ブーランジェです。生来臓器障害があったリリは24年という短い生涯でしたが、ローマ大賞を受賞し本格的な女流作曲家として活躍しました。

「ピエ・イエズス」はリリの遺作で、口述を姉のナディアが書き留めて完成させています。「ピエ・イエズス」はフォーレのレクイエムなどにも採用されている「慈悲深い、主イエスよ。彼らに永遠の安息を与えたまえ」という意味の曲で、これを最後に病気と闘いながら短い一生を燃え尽きたリリの安息への音楽として感慨深いものがあります。

2011年8月20日 (土)

今日の音楽 8月20日 天国への階段

1948年8月20日は、レッド・ツェッペリンのヴォーカル、ロバート・プラントの誕生日です。

レッド・ツェッペリンは1968年にデビューし1970年代を代表するイギリスのハード・ロックバンドです。
伝説のギタリスト ジミー・ペイジ、広い音域を自在に操るヴォーカルのロバート・プラント、ベースを中心にシンセ、ピアノなどの鍵盤楽器を担当したジョン・ポール・ジョーンズ、ハードロックのドラムを確立し、後のハード・ロックやプログレに大きな影響を与えたドラマー ジョン・ボーナムというメンバーでスタート。1980年にボーナムが死去するまで、珍しくメンバーの入れ替えなしで活動しています。
もっとも、ボーナム死去後、ドラマーを探したもののボーナムの後継たるべき才能が見つからず活動継続を断念したという事らしいですが・・・(その後、残ったメンバー3人+αで時々コンサートは行われています)

1969年のデビューアルバム「レッド・ツェッペリンⅠ」は全米で800万枚の売上を獲得しましたが、大ブレークは翌年の「レッド・ツェッペリンⅡ」でイギリス、アメリカともトップチャートを獲得し、全米で1300万枚を売り上げました。
シングルでは、「移民の歌」が三枚目のアルバム「レッド・ツェッペリンⅢ」からカットされ曲冒頭のプラントのシャウトが今でも効果音のように使われる程、当時は全米16位になりました。第4作の無題アルバム(日本では「レッド・ツェッペリンⅣ」)から「ブラック・ドッグ」が大ヒットしました。が、実はこのアルバムからはシングルカットされていない人気曲があります。それが「天国への階段」です。静かに始まりドラマチックに盛り上がる三部形式であり、コード進行や伴奏パターンを活かして全く異なるメロディを展開していくというように、クラシック音楽にも匹敵する作曲技法を使っている音楽性豊かな曲です。

2011年8月19日 (金)

今日の音楽 8月19日 ダフニスとクロエ

1929年8月19日は、総合芸術プロデューサーのディアギレフの命日です。

ディアギレフは作曲家を目指して勉強したものの師匠のリムスキー=コルサコフから作曲の才能が無いと指摘され断念、義母の莫大な遺産を元手に絵画を買いあさり、各地で展覧会を催したり、「芸術世界」という雑誌を刊行したりと、今で言えば青年実業家として活動。帝政末期のロシアで政争に巻き込まれ、パリへ逃亡、そこでロシア文化の紹介などに励み、バレエが衰退していたパリでバレエの興行を行い成功を収めました。この公演では臨時のバレエ団を組織しましたが、後にバレエ・リュスへと発展していきます。この頃、私財を投げ打って困難な情勢の中ロシア文化の発展に寄与してきたツケで、破産状態に陥りますが、ラヴェルストラヴィンスキーに次々と新作バレエを委嘱し、貴族中心だったバレエを大衆にも紹介し成功を収めていきます。バレエ・リュスは、次々と新作を発表するばかりではなく、チャイコフスキーなどの旧作も取り上げていきます。1929年糖尿病によってベネチアで58歳で死去しました。

ディアギレフは音楽家ではありませんが、音楽史の中で果たした役割は大きく、彼の依頼によって初演された曲は膨大な数にのぼります。ストラヴィンスキーの3大バレエ「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」や「プルチネルラ」「結婚」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」、ドビュッシーの「遊戯」、プロコフィエフ道化師」「鋼鉄の歩み」、サティバラード」、レスピーギ風変わりな店」、プーランク牝鹿」など、20世紀初頭に活躍したロシア、ヨーロッパの作曲家の殆どがディアギレフと関わりを持っていたと言っても過言では無いでしょう。

ラヴェルの「ダフニスとクロエ」はロンゴスの原作を元に作曲された3部構成のバレエで1912年にモントゥーの指揮でパリ・シャトレ座で初演されました。その後演奏された2つの組曲は、組曲と言っても全曲から連続した一部を抜き取ったもので、通常の組曲作品のような寄せ集めたものではありません。第1組曲は第1部の5曲目「夜想曲」6曲目「間奏曲」と第2部の1曲目「戦いの踊り」を抜粋したもの。第2組曲は第3部の「夜明け」「無言劇」「全員の踊り」から冒頭の第2部からのつなぎ部分数小節を除いた第3部ほぼ全曲からなっています。
ラヴェルらしい色彩感も勿論ですが、ダイナミックでかつドラマチックな人気作品のひとつです。

小沢征爾指揮ボストン交響楽団で、第2組曲です。

2011年8月18日 (木)

今日の音楽 8月18日 ジョスランの子守歌

1849年8月18日は、フランスの作曲家ゴダールの誕生日です。

ゴダールは速筆で、実に多くの作品を作曲を作曲しました。しかし、現代では殆どの作品が忘れられ、サロン小品の作曲家として名前が残る程度です。

歌劇「ジョスラン」の子守歌が、「ジョスランの子守歌」として唯一知られていると言っても過言では無いでしょうか。数多い子守歌の中でも叙情的な曲として知られている曲です。

デブリースのテノールです。

2011年8月17日 (水)

今日の音楽 8月17日 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」

1838年8月17日は、イタリアの詩人で台本作家のダ・ポンテの命日です。

ダ・ポンテはイタリアに生まれ放蕩の果てに、サリエリに才能を見いだされ神聖ローマ皇帝のヨーゼフ2世の宮廷詩人として、召抱えられ、様々な作曲家に台本を提供しました。
ダ・ポンテの名が世に残ったのは、モーツァルトの「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」の台本によるところが大きいようです。

「ドン・ジョヴァンニ」は、スペインの放蕩者ドン・ファンを題材とした作品で、最後は放蕩の末に地獄に落ちるドン・ジョヴァンニの悲哀が描かれています。モーツァルトのオペラの中では「フィガロの結婚」「魔笛」と並んで人気のある作品で、悲喜劇の両方の要素を盛り込んだ傑作と称されています。

今まで関係した女性を誇らしげに自慢するカタログの歌や、結婚したばかりの新婦を誘惑する「奥様お手をどうぞ」、かつての恋人エルヴィーラの女中を窓辺で誘惑するセレナーデなど数々の名アリアがあります。

トーマス・アレンのバリトン、コリン・デイヴィス指揮コヴェントガーデン王立歌劇場管弦楽団で、カタログの歌「奥様、これが恋人のカタログ」です。

2011年8月16日 (火)

今日の音楽 8月16日 アメリカンパイ

1958年8月16日は、マドンナの誕生日です。

と、言っても今日紹介するのはマドンナの音楽ではありません。数々のヒット曲を持っているマドンナが2000年にヒットさせ、彼女の第4位の売上を記録した(全世界で590万枚売ってライク・ア・ヴァージンとかパパ・ドント・プリーチなどより売れた)曲に、アメリカン・パイという曲があります。

この曲はアメリカのシンガー・ソングライター、ドン・マクリーンが1971年にビルボードで4週連続ナンバーワンに輝いた曲です。8分を超える長い曲で、当時は勿論レコードでしたから、シンブル盤は両面で1曲でした。この曲は1959年2月3日に、バディ・ホリーリッチー・バレンスなどのミュージシャンが乗った飛行機の墜落事故を扱っていて、曲中で何回も出てくる"Day the music died"という歌詞は文字通り「音楽が死んだ日」をあらわしており、この曲からこの事故のことを"Day the music died"と呼ぶようになったそうです。
曲自体は、非常に軽快な曲ですが、最後にテンポをぐっと落として終わっています。

私もこのレコードを買いました。曲全体を続けて聞くにはLPを買うしかなかったのですが残念ながらスネ齧りの身でシングルレコードしか買えませんでした。A面からB面へ急いでひっくり返して聞いていた思い出の曲のひとつです。

2011年8月15日 (月)

今日の音楽 8月15日 寄港地

1890年8月15日は、フランスの作曲家イベールの誕生日です。

イベールという作曲家は、軽妙洒脱な音楽を多く残していますが、イマひとつこれが「イベール」だという特徴が見当たりません。20世紀になると、新しい音楽の歴史を作るというような何かが無いとなかなか後世まで残らないということでしょうか・・・

イベールの代表作は、29歳の時に獲得したローマ大賞によって留学したローマで作曲された「寄港地」です。第一次世界大戦中に海軍士官として従軍した際に、寄港した各地の様子を組曲にした管弦楽作品で、ローマを出港しシチリア島パレルモまでが第1曲、チュニジアチュニスから南の内陸へ入った町ネフタまでが第2曲、スペインの港町バレンシアが第3曲になっています。第1曲ではタランテラ、第2曲ではアラビア風の音楽、第3曲はスペインの舞曲セギディーリャが使われています。

ポール・パレー指揮デトロイト交響楽団で第3曲バレンシアです。

2011年8月14日 (日)

今日の音楽 8月14日 交響曲第8番(ブルックナー)

1996年8月14日は、指揮者チェリビダッケの命日です。

チェリビダッケといえば、ゆったりしたテンポ、ビブラートなしの弦楽器、レコーディング嫌い、厳しい練習などで知られていますが、その大元になる思想は「音楽は生き物」という考え方でしょう。要するに、ホールの響きなど演奏する環境によって同じ音楽でも表現の仕方が変わるという事で、作曲家のメトロノームの数字で指定したテンポは意味が無いとまで言っているようです。従って、演奏がいつまでも残るレコーディングを嫌っていたという事ですね。

チェリビダッケといえば、最も得意とするレパートリーはブルックナーです。非常にゆったりとしたテンポがブルックナーの宇宙的な音楽に合ったのかもしれませんが、例えば通常1時間20分程かかる交響曲第8番を晩年の演奏で1時間45分かけたという記録も残っています。多分、これぐらいの遅いテンポになると管楽器泣かせでしょうね。息が続かないからねぇ。

ブルックナーの交響曲第8番は、伝統的な4つの楽章からなる曲ですが彼の交響曲では最も長い曲です。1887年に完成していますが、送付されたスコアを見た指揮者のヘルマン・レヴィに「演奏不能」と言われ、改訂を余儀なくされ1890年に改訂版(第2稿)が完成され初演されました。今では殆どこの第2稿で演奏されます。が、ブルックナーの版はもっと複雑で、ブルックナーの弟子シャルクが第2稿を元に1892年に出版した初版(改訂版)から始まり、1939年ハースが出版したハース版(原典版)、1955年に第2稿に基づきノヴァークが出版したノヴァーク版第2稿、1972年に第1稿に基づきノヴァークが出版したノヴァーク版第1稿などがあり、それぞれかなりの部分で違っています。
ブルックナーの版については、非常に詳しいブルックナーフリークの方々がいるので細かいところはお任せしますが、興味のある方は覗いてみてはいかがでしょうか。
ブルックナーのスコアにこれだけの版があるのは、ひとえにブルックナーの性格にもよるようです。彼は、人の意見にやたらに耳を傾けるので、何か言われてはスコアを直し・・・を繰り返し、スコア自体がどれが最新のものかわからなくなっちゃったという事らしいです。

チェリビダッケ指揮で第1楽章です

2011年8月13日 (土)

今日の音楽 8月13日 絵のような風景

1912年8月13日は、フランスの作曲家マスネの命日です。

マスネは、「タイスの瞑想曲」でのみ一般に知られる作曲家ですが、ヨーロッパでは「ウェルテル」や「マノン」といった歌劇が今でも上演され続ける人気作曲家のひとりです。20歳の時にローマ大賞を受賞して3年間をイタリアで過ごし、その後はオペラを中心に活躍。普仏戦争に従軍して作曲活動の中断はありましたが、戦争終結後はパリ国立高等音楽院で教鞭をとる一方、歌劇を中心に作曲活動を続けています。

マスネは後の印象派への先鞭となる位置づけの作曲家でしたが、先進的な音楽というよりはメロディ・メーカーとして当時は大人気だったようです。勿論、タイスの瞑想曲を聴けばメロディ・メーカーとしての一端には触れられますが、7つの管弦楽組曲を聴けばその実力は明確になると思います。

第1番は表題の無い組曲第1番というタイトルですが、第2番「ハンガリーの風景」、第3番「劇的風景」、第4番「絵のような風景」、第5番「ナポリの風景」、第6番「おとぎの国の風景」、第7番「アルザスの風景」というように、第2番以降は「~の風景」という具体的なタイトルが付けられています。中でも、最も知られているのが「絵のような風景」です。行進曲、舞踏曲、お告げの鐘、ジプシーの祭りの4曲の組曲です。

オッソンス指揮ニュージーランド交響楽団で、第1曲の「行進曲」です。

2011年8月12日 (金)

今日の音楽 8月12日 走れ超特急

1929年8月12日は、日本の作曲家湯浅譲二の誕生日です。

医者の家に生まれ、外科医をめざして慶応医学部に入学しましたが、趣味として続けていた作曲活動を続けるために中退。電子音楽を含む現代音楽の活動を始めました。

クラシックの現代音楽や、電子音楽を作曲すると共に、合唱曲や、「お葬式」などの映画音楽、「草燃える」などのTVドラマの音楽などを作曲しています。
そんな中で異色の作品が「走れ超特急」。東海道新幹線が開通した時に作られた曲で、「おかあさんといっしょ」などで取り上げられています。新幹線のスピード感を表すと同時に、走行音を実際に使用して本業の現代音楽の片りんをうかがわせています。

2011年8月11日 (木)

今日の音楽 8月11日 オール・バイ・マイセルフ

1949年8月11日はアメリカのロックシンガー、エリック・カルメンの誕生日です。
エリック・カルメンは幼少のころから音楽に親しみ、クリーヴランド管弦楽団のヴァイオリニストにヴァイオリンの手ほどきを受け11歳頃までには作曲もするようになっていました。

ビートルズローリングストーンズを知ってからロックに目覚め、高校時代にバンドを結成。大学時代にワリー・ブライソンらとラズベリーズを結成。23歳の時に「ラズベリーズ」というアルバムを発売し、「ゴー・オール・ザ・ウェイ」がシングルとして全米第5位の大ヒットを記録。1974年に解散するまでに「トゥナイト」などをヒットさせました。

解散の翌年ソロアルバム「オール・バイ・マイセルフ」からタイトル曲がシングルとして発売され全米第2位のヒットになりました。

この曲はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をモチーフにした7分程のドラマチックな曲で、同じアルバムからシングルカットされた「恋にノータッチ」は同じくラフマニノフの交響曲第2番をモチーフとしており、どうやらこの頃はラフマニノフに凝っていたようです。少々鼻にかかった声と甘美なメロディラインはCMにも使われ愛される曲になりました。

2011年8月10日 (水)

今日の音楽 8月10日 パッサカリアとフーガ ハ短調

1926年8月10日は、20世紀を代表するオルガニスト、マリー=クレール・アランの誕生日です。

アランは、抜群の記憶力を持っており演奏旅行にも楽譜を持ち歩かなかったと言われています。常に、進化するオルガニストで、バッハのオルガン曲全集も3回の録音をしており、バッハの演奏の第一人者としても知られています。

バッハのオルガン曲は、多種雑多ですが有名なトッカータとフーガニ短調フーガト短調を除けば、演奏を聴いても、曲の題名が出てこないというのが一般的な音楽ファンでしょうね。
パッサカリアとフーガハ短調は8小節の主題を20回にわたって変奏を繰り返す曲ですが、主題自体が非常にドラマチックなため、レスピーギストコフスキーによって管弦楽に編曲されています。

アランの演奏じゃないですが・・・

2011年8月 9日 (火)

今日の音楽 8月9日 中国寺院の庭にて

1875年8月9日は、作曲家ケテルビーの誕生日です。

西洋人から見た東洋の音楽は、我々東洋人が聞くと??というものが多いのですが、それは現在のような情報社会では無かった19世紀以前ではやむを得ない事。情報が無い分、西洋人は、東洋を神秘的な地域として考え、そこに憧れみたいな物を抱いていたのでしょう。

プッチーニの「蝶々夫人」や「トゥーランドット」はその代表例ですが、その他にもクライスラーの「中国の太鼓」やケテルビーの「中国寺院の庭にて」などという作品があります。

「中国寺院の庭にて」も、必ずしも中国の音楽とは言いがたいのですが、中国風の雰囲気はうまく表現しています。それだけではなく、ケテルビーの作品の中では、かなりダイナミックな作品で、「ペルシアの市場にて」同様合唱もついている作品です。勿論中国を表現する上で欠かせない銅鑼も登場しますよ。

ファリス指揮ロンドン・プロムナード管弦楽団とアンブロジアン合唱団です。

2011年8月 8日 (月)

今日の音楽 8月8日 80日間世界一周

1899年8月8日は、作曲家ヴィクター・ヤングの誕生日です。

音楽生活のスタートは、コンサートヴァイオリニストでしたが、ポップスオーケストラに参加してから、ポピュラー音楽の道に入って行きました。1930年代からは映画音楽に専念するためにハリウッドに居住し、「誰が為に鐘は鳴る」「腰抜け二挺拳銃」「シェーン」など20世紀半ばのハリウッド映画を支えた作曲家として君臨しましたが、アカデミー賞は22回もノミネートされるも受賞ができずに1956年に死去。

死後ようやく、アカデミー作曲賞を受賞したのが、「八十日間世界一周」でした。この映画は、ジュール・ヴェルヌの原作によるデビッド・ニーヴン主演の映画ですが、シャーリー・マクレーンマレーネ・ディートリヒフランク・シナトラなどの大スターがチョイ役で出演している事も話題になった映画です。主題曲は、今でもCMやドラマに使われるダイナミックな曲です。

2011年8月 7日 (日)

今日の音楽 8月7日 ラデツキー行進曲

1848年8月7日は、ヨハン・シュトラウス(父)のラデツキー行進曲が初演された日です。(一説では8月31日)

ラデツキー行進曲は、北イタリアの独立運動を鎮圧したラデツキー将軍を称える為に作曲した曲で、ウィーン・フィルニュー・イヤー・コンサートの2曲目のアンコールとして毎年演奏される世界で最も有名な行進曲です。

2009年のニュー・イヤー・コンサート。指揮はバレンボイムです。

2011年8月 6日 (土)

今日の音楽 8月6日 マネー

1971年8月6日、箱根芦ノ湖畔で開催された箱根アフロディーテには、前年発売された「原子心母」が大ヒットしスターダムにのし上がったピンク・フロイドが参加しています。

ピンク・フロイドは、プログレッシヴ・ロックという分野を築いた先進的なバンドと言われています。プログレッシヴ・ロックという言葉自体は日本で生まれたもので、明確なジャンル分けが出来ているわけではありませんが、要するに、ロックンロールから発展しビートルズを経て、単純なロックビートのノリの良い音楽から、ジャズやクラシックなど他の音楽の要素を取り入れたもので、アルバム自体がシングル曲の集まりから、コンセプトを持ったひとつの作品として重視される傾向がありました。主にイギリスを中心としたヨーロッパで盛んになり、キング・クリムゾンイエスなど数多くのスターが生まれています。

反面シングル曲としては、ヒットしにくいため、ビルボードヒットチャートの第1位!などという輝かしいヒット曲が殆ど無いというのも事実。但し、アルバムチャートではトップに立ったアルバムは少なくありません。思うに、当時はアルバムと言えばLPなので60分弱の収録が出来たものの、「レコードをひっくり返す」という作業が必要なため30分弱で一度音が途切れなければならないという制約がありました。現代のCD時代であれば70分連続で演奏できるわけですから、彼らのアルバムも構成が大きく変わっていたのでは無いでしょうか。

1970年5枚目のアルバム「原子心母」が全英ナンバーワンに輝き、プログレッシヴ・ロック・バンドのナンバーワンと認知されると、1972年には「狂気」が全米ナンバーワンになり推定で全世界で4500万枚を売ったとされ、ロック史上の名盤のひとつとされました。その後、1979年の「ザ・ウォール」などをヒットさせメンバーを入れ替えながら現在まで息の長い活動をしています。

「狂気」からシングルとしてアメリカや日本で発売されてヒットしたのが「マネー」です。お金がジャラジャラする音が入れられるなど、拝金主義を痛切に皮肉った作品で「金は諸悪の根源」と切り捨てている痛快な曲で、今でも最も人気の高い曲のひとつです。

2011年8月 5日 (金)

今日の音楽 8月5日 帰らざる河

1962年8月5日はマリリン・モンローの命日です。享年36歳。大リーガーのジョー・ディマジオや作家のアーサー・ミラー等との結婚・離婚、大統領のケネディとの不倫など私生活でも話題を振りまき、最後は薬物中毒、政府筋の陰謀など謎の死で終わった生涯でした。

「嵐の園」という映画の端役でデビューし、「紳士は金髪がお好き」でブレイク。「百万長者と結婚する方法」「帰らざる河」「ショウほど素敵な商売はない」「七年目の浮気」「お熱いのがお好き」などのコメディやミュージカルに主演し遺作は「荒馬と女」でした。

「帰らざる河」は、それまでちょっと頭の足りない美女ばかりを演じていたモンローの転機となった作品。西部劇ですが、ごく普通の女性を演じたわけです。主題歌もモンロー自身が歌っています。

2011年8月 4日 (木)

今日の音楽 8月4日 男はつらいよ

1996年8月4日は渥美清の命日です。

渥美清といえば寅さん。TVドラマとしてスタートした「男はつらいよ」ですが、TVでは寅さんはハブに噛まれて死んでしまうのですが、映画で復活。1969年から1995年まで48作が作られました。全作品で山田洋次が原作・脚本を担当。2作を除いて監督もしていました。

この「男はつらいよ」のテーマ曲、山本直純が作曲しています。

2011年8月 3日 (水)

今日の音楽 8月3日 霧のサンフランシスコ

1926年8月3日は、アメリカのポップスシンガー、トニー・ベネットの誕生日です。
イタリア系のアメリカ人で、合衆国最高の男性シンガーと言われる存在だそうです。とにかく声量の大きさと、通る声で知られており、フランク・シナトラに「金を払ってでも聴きに行きたいのはトニー・ベネットだけだ」と言わしめた存在でした。

そのトニー・ベネット最大のヒット曲が「霧のサンフランシスコ」です。原題は"I left my heart in St. Francisco"。サンフランシスコを去るけれど、心は残してきてしまった・・という歌です。「思い出のサンフランシスコ」という邦題でも知られている永遠のスタンダードナンバーのひとつで、歌詞自体も非常にわかりやすい英語のため、英語の教材としても使われる名曲です。

2011年8月 2日 (火)

今日の音楽 8月2日 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲

1945年8月2日は、マスカーニの命日です。
マスカーニは19世紀末から20世紀初頭にかけてイタリアで活躍した作曲家ですが、代表作の「カヴァレリア・ルスティカーナ」の人気があまりに高すぎて、他の曲は殆ど知られていないというのが現在のマスカーニです。その他の作品では唯一「友人フリッツ」が知られているぐらいでしょうか。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」は、レオンカヴァルロの「道化師」と並んでヴェリズモ・オペラの代表曲で上演時間が短いため、この2つのオペラはよくカップリングで上演されます。「カヴァレリア・ルスティカーナ」は、田舎騎士道という意味で、主人公トゥリッドが兵役中に他の男と結婚した恋人のローラを忘れられずに、村娘のサントンツァと結婚した後も、ローラと密会を重ね、やがてそれがローラの夫の知るところとなり、決闘の末殺されるというお話。
「道化師」も三角関係と殺人という題材なのですが、その内容に比べると、どうも音楽は美しすぎるようですね。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」は1幕もののオペラですが、場面転換のところで間奏曲が演奏されます。この間奏曲こそが「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲として知られる名曲です。
原曲は、オルガン、ハープが入るのですが、ハープはともかくオルガンは、この短い曲だけの為に準備するというのもなかなか難しいため、オルガンやハープが無い場合は、弦楽器と木管楽器、弦楽器のピチカートで代用するように譜面に書かれています。
但し、ハープの代用は良いのですが、オルガンの代用として複数楽器の響きが使われると曲の雰囲気がかなり変わってしまうので、個人的にはオルガンが無い場合は、この曲を演奏することはあまりお勧めしません。私自身は、オルガン付で1回、オルガン無しで数回演奏した経験がありますが、オルガン無しはやっぱり違和感がありました。(コントラバスはオルガンのペダルの部分を演奏することになっています)

私のホームページで、オルガン付とオルガン無しのMP3データーを公開していますので聞き比べてみてください。

これはオルガンを使った演奏です。

2011年8月 1日 (月)

今日の音楽 8月1日 ジョニーへの伝言

2007年8月1日は作詞家阿久悠の命日です。
昨年も取り上げましたが、数々のヒット曲の中で何を選んだら良いかとても難しいのですが、今回はペドロ&カプリシャスの「ジョニーへの伝言」にしました。

何といっても、わずか3分強の中でドラマのようなストーリーを、しかも説明調では無い台詞だけで表現しているのが凄いと思いました。ジョニーという男と恋をした踊り子が、約束をした場所に2時間待っても現れない彼に、自分は一人でやっていけるから大丈夫という伝言を残して次の汽車で町を出て行くというストーリーですが、当然、踊り子の台詞は本音では無いのでしょうね。

高橋真梨子も、日本で有数の女性ポップスシンガーになる事を予感させる情感たっぷりの歌唱でした(当時24歳でした)

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