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2011年1月31日 (月)

今日の音楽 1月31日 イタリア風序曲第1番

1797年1月31日は、シューベルトの誕生日です。わずか31歳で貧窮のうちに世を去った天才作曲家シューベルトは、短い生涯の間で非常に多くの作品を残しています・・・が、作品自体が埋もれてしまっている事も多く、例えば「ザ・グレート」のように後にシューマンによって再発見されたような作品もあり、まだどこかに埋もれているかもしれませんね。

数多いシューベルトの作品の中から選んだのはイタリア序曲第1番です。昨年末の忘年会に参加された方は、「この作品は誰の作品でしょうか?」というクイズで覚えている方もいるかもしれませんが、その時に使った曲です。実は、この曲、最初から最後まで聴くと、シューベルトの作品だと一発でわかってしまう曲なんです。冒頭の和音はベートーヴェンかシューベルトのどちらか、を思わせる和音ですし、最後の部分はシューベルトの代表作のひとつである劇音楽「ロザムンデ」の序曲と全く同じ。従って、クイズで使ったのはそれとわからない中間の部分でした(笑)

ところで、劇音楽「ロザムンデ」序曲ですが、「ロザムンデ」の初演に際して序曲だけが間に合わず前年に作曲された「アルフォンソとエストレッラ」という歌劇の序曲を転用しました。その後劇音楽「魔法の竪琴」の序曲を転用して現在の形で上演するようになったのですが、何者かが「魔法の竪琴」序曲の自筆譜に「「ロザムンデ」序曲と書き込んだため、非常にややこしい事になったそうです。

ところが、「ロザムンデ」が作曲されたのが1823年、「魔法の竪琴」は1820年ですが、イタリア風序曲は1817年の作曲ですから、「ロザムンデ」序曲は、イタリア風序曲の転用の転用なわけです。

シューベルトはイタリア風序曲を2曲書いていますが、当時イタリアだけでなくドイツ・オーストリアでも人気を博していたロッシーニを意識した音楽です。従って、後半にかけて盛り上がって行きますよ。

2011年1月30日 (日)

今日の音楽 1月30日 2つの水彩画

イギリスで最も古いオーケストラはどこだかご存知ですか。ロンドンフィル、ロンドン響、フィルハーモニア管・・・全部20世紀に入ってからできたオーケストラです。最も歴史が古いのはマンチェスターを本拠地とするハレ管弦楽団です。ハレ管弦楽団はドイツ人で後にイギリスに帰化した指揮者のサー・チャールズ・ハレによって1858年1月30日に創設された世界でも4番目に古いオーケストラだそうです。

ビーチャム、ハーティなどの名指揮者によって第1期黄金時代を迎えたハレ管弦楽団も、第2次大戦で多くの楽団員が徴兵などで抜け存続の危機を迎えましたが、私の好きな指揮者のひとりサー・ジョン・バルビローリによって33名まで減っていた楽団員から再立ち上げをして第2期の黄金時代を迎えました。27年間にわたってバルビローリとともに歩んだハレ管弦楽団ですが1970年にバルビローリが急逝し、ちょっと輝きを失っている感じがします。(常任指揮者としては1958年までの15年間)

ハレ管弦楽団は、エルガー、ヴォーン=ウィリアムズ、ディーリアスなどのイギリスの作曲家の作品を得意としており、他ではバルビローリの時代に録音されたシベリウスの作品が非常に高い評価を得ています。
その中でも最も得意とするのが、ディーリアスの作品です。ちょうど昨日がディーリアスの誕生日だったので、今日は彼の作品を聴きましょう。

あまり日本では馴染みが無いのですが、ラヴェルやドビュッシーとは違った淡色の水彩画っぽい色彩感を感じさせる作風で、盛り上がったり、感動的だったりというのとはかけ離れていますが、心が落ち着く曲が多いですね。
その中で、元々アカペラの合唱曲として作られた「水の上で夏の夜に歌わん」という曲を弟子のフェンビーが弦楽合奏に編曲した「2つの水彩画」という曲を選びました。1曲目は「ゆっくり、しかしタレずに」、2曲目は「陽気に、しかし速くなく」という水彩画とは程遠いタイトルになっていますが、聴く人それぞれが色々な水彩画を思い浮かべるのも良いかと思います。

アマオケのようですが・・・第1曲です。

2011年1月29日 (土)

今日の音楽 1月29日 ポルティチの唖娘序曲

フランソワ・オーベールという作曲家をご存知でしょうか? 日本では殆ど知られていないし、本国フランスでも、かなり忘れられた存在のようですが、グランド・オペラ形式の大掛かりなオペラ作曲家として活躍し、当時はパリ・オペラ座ではワーグナーと人気を二分するほどの作曲家だったそうです。そのオーベールの誕生日が1782年1月29日です。
オーベールがそれ程知名度が高かった証は、オペラ座に面する通りのひとつに「オーベール通り」という名前に道路が残っていることや、地下鉄の駅名にもなっていることから窺えます。

オーベールの代表作は、フラディアボロというオペラですが、この「ポルティチの唖娘」は話題豊富な曲です。
①序曲は、多くの人はどこかで聴いた事がある曲です。運動会かな?
②最終幕でのベスビオ火山の噴火の場面。まあ、これが上演を少なくした原因のひとつなんでしょうけどね。溶岩が宮殿に入り込みフェネッラ=唖娘が溶岩に身を投げるラストシーンです
③フェネッラは喋れませんので、このオペラ、準主役であるフェネッラ役は歌手である必要が無いため、バレリーナや女優が演じるそうです
④気がつかれたと思いますが、「唖」は差別用語として忌避用語なので現在は公式にはこの題名が使えません。なので、「ポルティチの娘」とか「ポルティチの物言わぬ娘」などとされる事が多いようですが、一方この曲はナポリの漁師マサニエッロが当時ナポリを支配していたスペインに対して起した独立のための叛乱という史実に基づいた作品のため、別名「マサニエッロ」と言われており、それを流用する事もあるようです。

とにかく、話題豊富な曲ですが日本でも殆ど演奏される事はありませんし、序曲も名曲というにはちょっと?な曲ですが、一度聴いてみてください。「どこか聴いた事があるメロディ」は、長調に転調した後の行進曲風のメロディです。

2011年1月28日 (金)

今日の音楽 1月28日 コーカサスの風景

1935年1月28日は、作曲家イッポリトフ=イワーノフの命日です。イッポリトフ=イワーノフはペテルブルク郊外に生まれ、チャイコフスキーの推薦でモスクワ音楽院で教鞭をとりました。作曲の先生はリムスキー=コルサコフで作風も非常に似ていると言われています。歌劇から室内楽曲までをレパートリーとしており、器楽曲は殆ど作曲していませんが、今日では「酋長の行列」以外は滅多に聴く事がありませんね。

その「酋長の行列」が含まれているのが、組曲「コーカサスの風景」で1894年に作曲された4曲からなる組曲です。これは、イッポリトフ=イワーノフがサンクトペテルブルク音楽院を卒業後、グルジアに音楽学校を設立するために派遣された10年の間に、コーカサス地方の音楽に興味をいだきその民俗音楽を研究し、モスクワに戻ってから完成させた曲です。
第1曲「峡谷にて」・・・ダリヤール峡谷の風景を描いた作品
第2曲「村にて」・・・初めてグルジアを訪れた際に2人のグルジア人が即興で奏でていた曲が素材となっています
第3曲「モスクにて」・・・黒海沿岸のバトゥミで聞いたアザーン(イスラムの礼拝への呼びかけの音楽)を元にした音楽
第4曲「酋長の行列」・・・日本語訳で「酋長の行列」となっていて古を想像しますが、実は原題ではサルダールの行列となっています。サルダールは中近東諸国の軍総司令官の事で、遠い昔の事では無いそうです。でも冒頭のメロディ何となく酋長という言葉がしっくりする行進曲ですね。ただし、中間部はやっぱり現代的です。

コーカサスの風景は実は第2番というのがあります。この「コーカサスの風景」の成功を受けて直後に作曲した曲で組曲「イヴェリア」という別名もついています。こちらは私も聴いた事がありません・・・

酋長の行進、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団です。

2011年1月27日 (木)

今日の音楽 1月27日 グランパルティータ

1756年1月27日は洗礼名 ヨハンネス・クリュソストムス・ウォルフガングス・テオフィルス・モザルト(モーツァルトです)の誕生日。数ある作品の中から何を聞こうかと考えました。今まで、交響曲第36番とか、命日に取り上げたクラリネット協奏曲とか何曲か取り上げていますが何にしようか・・・
好きな曲もいっぱいあるし・・・

で、グラン・パルティータにしました。別名13管楽器のためのセレナーデ。正式名 セレナーデ第10番変ロ長調K.361(370a)。オーボエ2、クラリネット2,バセットホルン2、ホルン4、ファゴット2、コントラバス1(ヲイヲイ、コントラバスは管楽器か?)という編成で7楽章全曲演奏すると50分程度になる長大な曲です。この曲、13管と呼ばれているように本来はコントラバスでは無くてコントラファゴットで演奏するもの、と思っている人がいるようですが、元々はコントラバスが正解。というのもモーツァルトの譜面では4.6.7楽章にpizzが書き込まれているからです。

この曲は、実は私自身の演奏で転機になった曲のひとつでもあります。1999年に紀尾井ホールで行った演奏会。曲目はモーツァルトの13管の第1楽章、マーラー「さすらう若者の歌」、レスピーギ「リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲」、チャイコの「ロミ・ジュリ」。コントラバスの中で13管を誰がやるかで揉めた(みんなやりたがらなかった)すが、「さすらう若者の歌」が、この曲を使用している第1番「巨人」同様コントラバスは全く面白くないので、当時のトップに「さすらう若者の歌」を降り番にしてくれるんだったら13管に出る、という条件で引き受けました。引き受けたのは良かったけどソロだしモーツァルトだし・・練習は厳しかったです。一応練習もきちんとして弾けるようになって参加したTuttiでは当時のオーボエのトップから管楽器の音と合わない・・などと叱責を受け、この時始めて、音色を強く意識しました。演奏会自体は何とか無事に終わりましたがソロって大変ですよね。いつもソロやってる管楽器の人はエライ!

第1楽章です。

2011年1月26日 (水)

今日の音楽 1月26日 ばらの騎士

1911年1月26日は、シュトラウスの有名なワルツを含むオペラの初演された日です。といっても、ヨハン・シュトラウスじゃなくて、リヒャルト・シュトラウス。初演されたのは「ばらの騎士」です。

R.シュトラウスはモーツァルト風のオペラを書きたいと思い立ち作曲したのが「エレクトラ」の台本作家であった詩人のホーフマンスタールと再度手を組んで作曲したのが「3幕の音楽劇ばらの騎士」です。(楽劇というタイトルは後の人がつけたそうです)
ストーリーもフィガロの結婚に似ており編成もシュトラウスとしては小さめの3管編成になっています。

このオペラ3時間20分という長い曲であり、しかもR.シュトラウスですから当然演奏は超難しい・・・という事であちこちカットして上演される事が当たり前になっているようですが、シュトラウス自身は自分の作品に対して寛容な性格ですから(笑)公認していたようです。それにしてもR.シュトラウスの音楽を3時間以上も聞くのは少し勇気が要りますので、組曲を聴きましょう。組曲はシュトラウス自身が1945年に編纂したものの他に、ロジンスキーが全曲の流れを無視して再構成した切れ目のない組曲などが存在しています。
初演はR.シュトラウス作品の中でも最も成功した作品ですが、一部評論家は前時代的とかいう的外れな酷評をしたそうです。それを狙ったんですからねぇ。

ウィンナ・ワルツ風ですが、分厚いオーケストレーションに彩られた男爵のワルツなど、シュトラウスの中では個人的には最も好きな曲です。

2011年1月25日 (火)

今日の音楽 1月25日 SF交響ファンタジー第1番

1970年1月25日は特撮の神様、圓谷英二の命日です。圓谷英二といえば「ゴジラ」。映画界に入り戦時中は国策映画や戦争映画で特撮を担当し戦後戦争協力で公職追放の憂き目にあっていましたが、1952年に公職追放が解除され東宝に復帰。その2年後に手がけた作品が「ゴジラ」でした。
ゴジラの薀蓄を語ると長くなるので割愛・・・

ゴジラの音楽を担当したのが、伊福部昭。伊福部昭は「ゴジラ」で有名ですが、勿論本職はクラシック音楽の作曲家及び教育者。特に、教育者として黛敏郎、芥川也寸志、松村禎三、矢代秋雄、石井真木など日本を代表する作曲家を育てています。

圓谷作品の音楽を簡単に聞く事に関して、最も適当な曲が伊福部昭が過去の作品から編んだ、SF交響ファンタジーです。SF交響ファンタジーは第1番~第3番まであります。「ゴジラ」「キングコング対ゴジラ」「モスラ対ゴジラ」の音楽を使っていて、第1番は「ゴジラの動機」「ゴジラのテーマ」「キングコング対ゴジラのテーマ」の3つの曲でできています。作品としては第2番が評価高いようですが、「ゴジラ」の原点となる音楽を含んでいるのが第1番です。

2011年1月24日 (月)

今日の音楽 1月24日 夢のように

ワーグナーと1歳ちがいのドイツのオペラ作曲家フロトウの命日が1883年1月24日です。奇しくも、没年はワーグナーと同じ。(ワーグナーは2月13日が命日)殆ど、同じ時代を生き、オペラという分野で活躍したフロトウですが、今となっては影が薄いですねぇ。
ワーグナーが音楽と舞台芸術の融合を完成させ楽劇を作り出したわけですが、フロトウはもっと大衆的なオペラを作りました。ドイツ伝統のジングシュピーレと、当時フランスで一声を風靡していたオッフェンバックなどのオペラコミークを融合させたドイツ風のオペラコミークの作品を残した作曲家です。多くの作品は殆ど上演される事がなくなりましたが唯一、「マルタ」だけは時々上演されます。

「マルタ」はサン=ジョルジュの「貴婦人アンリエット」というバレエに基づく作品で女官のいだずら心から起きる騒動と恋の顛末を描いた作品です。前にも書きましたが、日本ではロマン派以降のオペラ・コミークやオペレッタは軽視されがちですが、本来楽しいはずの音楽ですから、こういう作品がもう少し評価されても良いような気がします。ただ、フロトウの作品はちょっと内容的に薄い(音楽も)という事は言えるかもしれませんが。「マルタ」では、アイルランド民謡の「夏の名残りのばら(庭の千草)」が引用されて有名ですが、もうひとつ「夢のように」という曲もガラ・コンサートなんかではよく聴かれる曲です。

2011年1月23日 (日)

今日の音楽 1月23日 野ばらに寄す

1908年1月23日は、アメリカの作曲家マクダウェルの命日です。
マクダウェルは、スコットランド移民の家庭に生まれ、17歳の時にフランスに渡りパリ、ドイツに留学、28歳でアメリカに戻りボストンで音楽教師、ピアニストとして活躍、後にコロンビア大学で教鞭をとっています。

青春時代をヨーロッパで過ごしたため、アメリカの作曲家と言っても作風はヨーロッパ的で、メンデルスゾーン、シューマンなどのロマン派作曲家の影響を大きく受けています。交響曲や室内楽曲には興味を持たなかったため、残されている曲は交響詩やピアノ曲、合唱曲が殆どで、晩年の作品にはスコットランドやアイルランドの音楽から題材を得たものや、ネイティヴアメリカンの音楽を題材にしたものも増えています。1902年に辻馬車にはねられ闘病生活に入り1908年に全身麻痺で死亡しています。

最も有名な曲は「野ばらに寄す」というピアノ曲で、この曲は「森のスケッチ」というピアノ曲集の1曲目です。森のスケッチは、ニューハンプシャーのペータバラというところで、自然をテーマに作曲されたもので、「野ばらに寄す」はちょっと聴くとシューマンの曲を思わせる可愛らしい曲です。

2011年1月22日 (土)

今日の音楽 1月22日 ピアノ協奏曲第1番(ブラームス)

ブラームスはコンチェルトを4曲書いていますが、三大ヴァイオリン協奏曲のひとつに数えられているヴァイオリン協奏曲に比べると他の3曲は一般的には人気薄ですかね。まあ、2曲のピアノ協奏曲はちょっと演奏時間が長いし、ドッペルは玄人好みの作りという事もあるかもしれません。

ピアノ協奏曲第1番は1859年1月22日にブラームス自身のピアノ、ヨアヒムの指揮でハノーファーで初演されています。当初の評判は芳しくなく、初演から5日後のライプチッヒ公演では、退屈のあまり聴衆から多くの野次が飛んだそうです。(ブラームス好きの人には良いかもしれませんが、私自身もちょっと退屈。昨年秋の演奏会で取り上げましたが、練習時には何回か第2楽章で寝ちゃった事もありましたし、本番でも意識が飛びそうになって慌てて弓を楽器にぶつけ、静かなところで雑音を出してしまいました・・)

元々は、ピアノデュエット用に考えクララ・シューマンと試奏を繰り返していましたが、どうしてもオーケストラで表現したいと考え、交響曲に変更しようとオーケストレーションを初めたのですが挫折、結局ピアノ協奏曲とする事になったそうです。元々ピアノデュエットって、この曲どうすればピアノデュエットで表現できるっていうんでしょうかねぇ。
ブラームスの協奏曲の理想は、ヴィルトーゾのソロ演奏の伴奏という形のものではなく、文字通りソロとオーケストラが対話をしながら曲を作り上げると言う形のものなので、独奏者の技術を見せるという点では少し物足りないらしいのですが、この曲は演奏技術的に言うと、結構難しいそうです。ブラームスは大男で滅茶苦茶手が大きかったので、右手の親指と薬指でオクターヴを弾いて小指でトリルの上の音を弾く場面が第1楽章の多く出てきますが、手の小さいピアニストは両手を使って弾かざるを得ないらしいです。

第1楽章冒頭は、交響曲第1番と似たようなティンパニ、低音楽器の根音に乗って主題が演奏されます。それにしても、ブラームスはティンパニ好きですよね。最終楽章のコーダのティンパニは本当にかっこ良いです。ホロヴィッツのピアノ、ワルター指揮のアムステルダムコンセルトヘボウで終楽章の最後です。

2011年1月21日 (金)

今日の音楽 1月21日 レクイエム(ケルビーニ)

レクイエムは、本来の意味では「安息を」という意味だそうです。歌詞は聖書の典礼文で、入祭唱、キリエ・・(略)・・続唱(怒りの日、レコルダーレ、ラクリモーサを含む)、奉献唱、サンクトゥス、神羊誦(アニュス・デイ)・・・以下略・・・ですが、それぞれの作曲家がこの全ての典礼文に曲をつけたわけではありません。だいたい、前文で略していない典礼文はほぼ使われていますけど・・・

モーツァルト、フォーレ、ヴェルディのものが三大レクイエムと呼ばれています。それぞれが素晴らしい曲ですね。モーツァルトは、やはり絶筆となった以降の後半部分がイマイチですが、唯一モーツァルト自身がオーケストレーションまで完成させた入祭唱や、壮大なフーガによる2曲目のキリエは素晴らしいと思いますし、フォーレの「アニュス・デイ」は至上の美しさ、ヴェルディの「怒りの日」の力強さ、どれをとってもレクイエムという曲は作曲家が自分の力を全て使って作曲した傑作が多いと思います。他にもドイツ語によるブラームスのドイツレクイエム、大編成のベルリオーズのレクイエムなどどれも良い曲です。

ケルビーニという作曲家はイタリア人ながら、フランスの宮廷作曲家として活躍し、フランス革命に翻弄された作曲家でした。数々のオペラを作曲し、古典からロマン派への変革の時代ではトップスターだったようです。ナポレオンの作曲依頼を断ったために疎まれていた時代もありましたが、ナポレオン失脚後再度宮廷音楽監督に任命されルイ18世の依頼で、断頭台に消えたルイ16世の追悼のために書かれたのが、このハ短調のミサです。この曲は7つの典礼文を使用しており、ソロが無い合唱とオーケストラだけの曲です。地味な存在ですが、入祭唱の美しさは他のレクイエムに優るとも劣らない曲だと思います。また、怒りの日の冒頭トランペットのファンファーレの後のドラは・・・ちょっとご愛嬌っぽいですけど。

入祭唱です。ムーティ指揮のフィルハーモニア管、アンブロジアン合唱団です。

2011年1月20日 (木)

今日の音楽 1月20日 交響曲変ロ長調(ショーソン)

作曲家と交通事故というと、まずラヴェルを思い出しますね。もう一人自転車事故で44歳で死亡した作曲家がいます。エルネスト・ショーソン。日本ではヴァイオリンと管弦楽の「詩曲」以外は殆ど知られていない作曲家です。1855年1月20日は、そのショーソンの誕生日です。

ショーソンはマスネに作曲を学び、フランス国民音楽協会に参加した作曲家ですが、作風はラヴェルやドビュッシーのような、いわゆる我々が頭に描くフランス音楽とは少し異なっています。ドイツ音楽からの影響を大きく受けたフランクに師事し、ワーグナーやリストの影響を大きく受けた作風です。この唯一の交響曲を聴いても、ワーグナーや、ブルックナーの雰囲気を感じさせるところが多く発見できます。でも、ところどころにフランス音楽の色彩感を感じさせるところが、フランキスト(フランクを敬愛する一派、ダンディ、ピエルネなど)ですね。

この交響曲は3つの楽章でできていて、循環形式を用いているというフランクの影響がかなり大きい曲ですが、演奏の難しさはコロンヌ管の創設者のエドワード・コロンヌを恐れさせたというほどです。

ところで敬愛するフランクも交通事故で死去していますので、因縁を感じますね。

第3楽章の前半です。

2011年1月19日 (水)

今日の音楽 1月19日 交響曲第38番「プラハ」

41曲ある(本当は番号無しがあったり、37番のようにM.ハイドンの作品に加筆したものもあるので正確には違うけど)交響曲の中でも、最も「交響曲」というちょっと固い響きのする名前にふさわしい曲のひとつが、この交響曲第38番「プラハ」だと思います。曲自体は別に固~い曲でもないですが、メヌエットという踊りの音楽を欠いてガッシリとした構成、長大な序奏、それでいて明るく楽しい曲・・天才モーツァルトの面目躍如の曲だと思います。

1976年12月の「フィガロの結婚」のプラハ上演が大成功に終わり、プラハに招かれたモーツァルト自身の指揮で、1977年1月19日(ここでもwikiは間違ってる)「フィガロ」の再演の前に初演されたのが38番目の交響曲でした。プラハで初演されたので通称「プラハ」と言われていますが、曲自体はプラハもチェコも全く関係ありません。
第1楽章の第1主題の対旋律に、「フィガロ」のケルビーニのアリア「もう飛ぶまいぞこの蝶々」が使われていたり、第3楽章の主題はケルビーニとスザンナの二重唱「早く開けて」のモチーフを使用したり、「フィガロの結婚」との多くの共通点を持つ作品ですが、このプラハ公演のために作った作品というわけではなかったようです。

何故3楽章になったかは、明確にわかってはいません。しっかりした構成で舞踏音楽であるメヌエットが入る余地が無かったとか、31番の差し替えのために最初に第3楽章ができて、後に第1・2楽章を付け加えたから・・など諸説があるようです。
私がこの曲を好きになったきっかけは、第1楽章展開部の瑞々しいリズム。とても現代的でウキウキする曲です。
ベーム指揮のウィーンフィルで第1楽章主部です。

2011年1月18日 (火)

今日の音楽 1月18日 楽しい行進曲

1841年1月18日はフランスの作曲家シャブリエの誕生日です。
シャブリエについては命日の9月13日に書いていますので割愛。
代表的な作品の狂詩曲「スペイン」もそこで取り上げているので、もうひとつの代表作、「楽しい行進曲」を取り上げます。
この曲はピアノ連弾用に書かれた「フランス風行進曲」をオーケストレーションした曲です。行進曲とは言っても、この曲ちょっと行進しにくいと思いませんか?行進曲風の威勢のよい部分が断片的で、急に音が小さくなったり、G.P.があったり、この曲で行進しようと思うと、蹴躓いてしまったり、コケちゃったりしそうです。

実は、この曲のイメージは、楽士たち。コンサートがうまく行ったのか、機嫌よく飲んで酩酊して家へ帰っていく様子だそうです。歩いては電信柱につっかかり、また歩いては立ちションベン(をしたかどうかはわかりませんが)
でも、気分が良くて楽しいのです・・・
というユーモアたっぷりの曲です。

ビーチャム指揮ロイヤルフィルです。

2011年1月17日 (月)

今日の音楽 1月17日 エナジー・フロウ

1952年1月17日は、坂本龍一の誕生日です。坂本龍一は芸大の作曲科を卒業後大学院に進み音響研究科の修士課程を卒業しています。大学在学中からスタジオ・ミュージシャンとしてスタート、1978年に細野晴臣の誘いで高橋幸宏とYMOを結成し爆発的な人気を得て、それと並行してアレンジ、作曲活動を行いサーカスの「アメリカン・フィーリング」でレコード大賞の編曲賞を受賞しました。
その後は、忌野清志郎との「いけないルージュマジック」や「戦場のメリー・クリスマス」など日本を代表する音楽家となったわけです。
「ラスト・エンペラー」の音楽を担当し、アカデミー賞作曲賞を受賞して世界的なミュージシャンになりました。

特に、クラシック音楽で培った和声法と東洋的なメロディを融合させた「メリー・クリスマス ミスター・ローレンス」は単純ながら深い音楽だと思います。

三共のコマーシャル曲として作られたエナジー・フロウは、坂本龍一自身は何故この曲が人気があるのはわからない、と言っているそうですが、日本におけるヒーリングミュージックの魁として大きな流れを作った曲として知られています

2011年1月16日 (日)

今日の音楽 1月16日 花の二重唱(歌劇「ラクメ」)

ドリーブといえば、「コッペリア」「シルヴィア」といったバレエ曲が有名ですが、実は彼の作曲したバレエ音楽はこの2曲を含めて全3曲。それに比べるとオペラは8曲も作曲しています。

ドリーブは1891年1月16日に亡くなったフランス・ロマン派の作曲家でバレエ音楽の父と言われています。(Wikiでは1月6日没になっていますが、これはWikiの日本サイトに投稿した人が1月16日の"1"を見落として投稿しちゃったようです。これだからWikiは100%信用してはいけません)
オペラの代表作は「ラクメ」という当時流行していた東洋趣味?的な作品(ビゼーの真珠とり、マスネのラオールの王など)で、イギリス統治下のインドでのイギリス人将校ジェラルドとヒンドゥー教の高僧の娘ラクメの許されざる恋の悲劇を描いた作品です。

この曲の中で最も有名な曲が、花の二重唱(Flower Duet)で「トゥーム・レイダー2」「トゥルーロマンス」「ハムナプトラ3」などの映画やコマーシャルなどにも使われています。
ドリーブらしいメロディックな曲です。

アンナ・ネトレブコのソプラノとエリーナ・ガランカのメゾソプラノです。

2011年1月15日 (土)

今日の音楽 1月15日 ウィザウト・ユー

1994年1月15日アメリカのシンガーソングライター、ニルソンが糖尿病から来る心不全で死去しました。享年52歳(今のオレの年齢)

ニルソンは、本名ハリー・エドワード・ニルソン三世。ビートルズをこよなく愛し、特にジョン・レノンと深い親交がありました。
1969年の「真夜中のカウボーイ」の主題歌として、「うわさの男」が採用され脚光を浴び、1971年の「ウィザウト・ユー」の大ヒットで一躍トップスターに上ったわけです。その後数々のヒット曲を世に出し2度のグラミー賞を受賞しましたが、1980年のジョン・レノンの死以降は活動を停止、復帰を考えていましたが持病の糖尿の悪化などでかなわず自らも死を迎えることになってしまったわけです。

「ウィザウト・ユー」は、ビートルズの弟分として活動していたロック・グループ「バド・フィンガー」のオリジナル曲ですが、ニルソンが歌って大ヒット、全英ではトップ、全米では3位にまでなりました。この曲が全米トップに輝くのはニルソンの死の1年後、マライア・キャリーのカヴァーでした。

甘く哀愁のこもった声で「七色の声をもつヴォーカリスト」と評されたアーチストでした。

2011年1月14日 (金)

今日の音楽 1月14日 交響的狂詩曲

近代スペインの作曲家というのは独特の色彩感がありますね。代表格のファリャもそうですが、ロドリーゴ、アルベニス、グラナドス、タレガ、誰の曲を聴いても原色を基調とした鮮やかな色を感じさせます。特に、ラヴェルのような大編成ではない、時にはギター1本でこの色彩感を味わえるのがスペインの曲の特徴なんでしょうかね。

1949年1月14日に亡くなったホアキン・トゥリーナも、日本ではギター曲の作曲家として知られています。「タレガ礼賛」とか「ファンダンギーリョ」などはギターのリサイタルの主要演目として取り上げられる事が多いのですが、トゥリーナは実はギター独奏曲はあまり多く作曲していません。オペラからオーケストラ曲まで幅広いジャンルの作曲家ですが、日本ではあまり取り上げられる機会はありません。そんな彼の作品の中で、交響的狂詩曲という曲があります。これは、ピアノと弦楽合奏のための曲なのですが、初めて聴いたときの印象としては、本当に管楽器が入っていなかったのか?と感じさせる色彩感があります。8分程度の短い曲なので是非聴いてもらいたい曲です。

ランランのピアノ、指揮はエッシェンバッハ、演奏は・・不明

2011年1月13日 (木)

今日の音楽 1月13日 交響曲第5番(プロコフィエフ

ヨーロッパのクラシック音楽の作曲家で、もっとも日本にゆかりが深い作曲家のひとりが、プロコフィエフでしょう。ロシアに革命の嵐が吹き荒れた1918年にプロコフィエフはアメリカへの亡命を決意し、古典交響曲の初演後に決行。シベリア鉄道経由で敦賀に上陸し2ヶ月以上日本に滞在し、日本の西洋音楽に少なからず影響を与えたと言われています。

ソヴェト政府成立後、母国に戻ったプロコフィエフですが第2次大戦が勃発しておりドイツのソヴェト侵攻で、プロコフィエフとしては珍しく愛国心にめざめたような作品をわずか2ヶ月で書き上げました。それが交響曲第5番です。この曲は作品番号100番というキリ番作品でもあってプロコフィエフもかなり力を入れて作ったようです。

3管編成を基本としたそれ程大きくない編成ですが、打楽器が滅茶苦茶多くて華やかな雰囲気を持った曲で、プロコフィエフの交響曲の中では最も成功を収めた作品だそうです。初演は1945年1月13日モスクワ音楽院大ホール。プロコ自身の指揮するモスクワ国立交響楽団です。

マゼール指揮クリーヴランド管弦楽団で終楽章です。

2011年1月12日 (水)

今日の音楽 1月12日 思秋期

季節はずれではありますが、「思秋期」は 作曲 三木たかし、作詞 阿久悠 による岩崎宏美の11枚目のシングルだったそうです。

1945年1月12日は、作曲家三木たかしの誕生日。三木たかしといえば、歌手の黛ジュンの実兄で、出世作も妹の歌った「夕月」でした。演歌からアイドルソングまで幅広い実績を残した作曲家で、自身の作品でレコードが最も売れたのが、わらべの「もしも明日が・・・」だそうです。演歌が苦手な私としては、代表作として今回取り上げるのが、岩崎宏美の「思秋期」です。

この曲は、岩崎宏美自身も最も好きな曲だそうで、2007年4月にチェコ・フィルや、そのメンバーによる室内楽の伴奏で、プラハのドボルザーク・ホールで録音された「PRAHA」にも収められています。

今は亡き、羽田健太郎との共演です。

2011年1月11日 (火)

今日の音楽 1月11日 2本のフルートの為の協奏曲(チマローザ)

1801年1月11日は、イタリアバロックの作曲家チマローザの命日です。
チマローザは数々のオペラとオーボエ協奏曲が有名ですが、この曲はチマローザの未完のソナタなどから取って、現代イギリスの作曲家アーサー・ベンジャミンが編曲したものなので、純粋にチマローザの作曲とは言えないようです。
なので、今日は2本のフルートのための協奏曲ト長調を選びました。
3つの楽章から出来ていて、第1楽章は当時としては長めの9分余りの曲。第2楽章は、フルートの透明な音色がうまく引き出された緩徐楽章。第3楽章は、2拍子ですが踊りだしたくなるような軽快なメロディが、フルートの軽い音によって活かされている曲です。(ソロのフルートも大変ですが、Tuttiのファゴットが死ぬほど大変な箇所があります)全楽章で15分程度の曲です。

第3楽章です。

2011年1月10日 (月)

今日の音楽 1月10日 イシュタール

ダンディという作曲家は、日本では知名度が非常に低いですね。知っていても「フランスの山人の歌による交響曲」という協奏曲(笑)ぐらいかな。交響曲も3つ書いているし、交響詩などの管弦楽作品もかなりの数作曲しています。まあ。フランク門下ということで、日本でのフランス音楽の主流ドビュッシー、ラヴェルなどとは違う路線という事で、あまり興味を持たれないのかもしれません。

ダンディの管弦楽作品で次に知られているのが、交響的変奏曲「イシュタール」です。古代メソポタミアの豊饒、性愛、戦争の女神「イシュタール」が冥界に下る様子を描いた作品で、冥界へ下る際の7つの門を超える様子を描いたものです。が、特に具体的描写をしているわけではなく、冒頭の「イシュタール」の主題を10の変奏曲にした作品です。

特にメソポタミア風の音楽というわけでもなく、結構絶対音楽として聴いてもよい曲だと思います。途中の部分、モントゥー指揮サンフランシスコ交響楽団です。

2011年1月 9日 (日)

今日の音楽 1月9日 練習曲作品10-3

非常にベタなのですが、ピアノ曲で一番好きなのはショパンの別れの曲です。別れの曲といえば101回目のプロポーズ・・・では無くて、私の場合大林宣彦監督の「さびしんぼ」。黒澤明監督も絶賛した大林作品の最高傑作のひとつです。1938年1月9日が大林宣彦の誕生日。大林作品は結構見てましたね。一番最初に見たのが「ハウス」。その後ブラックジャックを翻案した「瞳の中の訪問者」、「ねらわれた学園」、尾道三部作の「時をかける少女」「転校生」「さびしんぼ」、「漂流教室」「異人たちとの夏」、「水の旅人」、「青春デンデケデケデケ」、新尾道三部作の「ふたり」「あした」・・・三部作目の「あの夏の日」は見てない・・・「転校生-さよならあなた-」。で、「さびしんぼ」で全編にわたって使われていたのがショパンの練習曲op10-3でした。

この映画の私に与えた影響は大きくて、息子の名前「大樹(ひろき)」は、この映画の主人公 井上ヒロキ から音をとって、漢字をあてたものです。この曲はショパンの他の練習曲とは異なってメロディを非常に大切にしています。ショパン自身も「一生のうちで二度とこのような美しいメロディは作れないだろう」と言ったそうです。
中間部の激しい動きから再び冒頭のメロディに帰ってきた時の安堵感は(勿論中間部も大好きですが)筆舌に尽くしがたいものがありますね。
ヴァレンティーナ・リシッツァのピアノ演奏です。

2011年1月 8日 (土)

今日の音楽 1月8日 ベルガマスク組曲

1896年1月8日は、フランスの詩人ヴェルレーヌの命日です。
ヴェルレーヌといえば「秋の日のヴィオロンのためいき・・・」とか「巷に雨の降るごとく・・」という和訳で有名なランボーやマルラメと並ぶ象徴派の代表ですね。

ヴェルレーヌの詩は、印象派の作曲家に大きな影響を及ぼしています。フォーレやドビュッシーは、ヴェルレーヌの詩をもとに数々の歌曲を遺していますが、ドビュッシーの初期代表作のひとつ「ベルガマスク組曲」もヴェルレーヌの「艶なる宴」という詩集の中の「現われたる艶やかな仮面喜劇者たちとベルガモの踊り子たちは」という一節からとられたものです。フォーレの「マスクとベルガマスク」もここから取られた曲です。
中でも有名な「月の光」も同じ詩集から取られたもので、ドビュッシー自身も歌曲として「月の光」という曲を残していますが、「ベルガマスク組曲」の中の「月の光」は、これとは別の曲です。

「ベルガマスク組曲」は、勇壮な「前奏曲」、バロック時代の舞曲風な雰囲気をドビュッシー風に料理した「メヌエット」、神秘的な「月の光」、本来4分の3拍子である舞曲を4拍子に置き換えた「パスピエ」の4曲の組曲です。

月の光は、映画「ファンタジア」用にストコフスキーが管弦楽編曲していますが、上映ではカットされた作品です。DVD版で復活しているそうですよ。

2011年1月 7日 (金)

今日の音楽 1月7日 ピアノ協奏曲第2番(リスト)

リストのピアノ協奏曲第2番は、1857年1月7日にワイマールで初演されました。
第1番の協奏曲は、4つの楽章からできている循環形式の交響曲的な色合いが強い作品でしたが、この第2番は単一楽章で、リストが作り上げた交響詩的な色が濃い作品です。
この曲は6つの部分からできています。
第1部は、アダージョによる幻想的な主題の提示です。
第2部は、うってかわって激しい第2主題が提示されます。
第3部は、この曲中最も優美な部分ですが幻想的な雰囲気は低弦やピアノによって保たれます
第4部は、再び激しさを増します。弦楽器にとってもピアノにとっても最も演奏が難しい部分です。
第5部は、第4部からそのままの勢いで突入する行進曲の部分です。短いカデンツァをはさんで後半は静かにはじまりそのままの静けさでコーダを迎えます
第6部はコーダですが、ちょっとコミカルな雰囲気から始まりやがて勢いを増し華やかに曲を閉じます。

20分程度の曲ですが、交響詩風の色が強いので変化に富んだ曲です。協奏曲の魅力のひとつである緩徐楽章の美しいメロディという要素にかける曲ではありますが、レ・プレなどの交響詩と比較して聞いてみると、そちらの要素が強いと感じられる楽しい曲だと思います。

ブレンデルのピアノ インバル指揮のフランクフルト放送響で終盤です。

2011年1月 6日 (木)

今日の音楽 1月6日 牝鹿

近代フランス音楽の作曲家プーランクの代表作のひとつ、バレエ「牝鹿」が初演されたのが1924年1月6日です。

プーランクという作曲家オネゲル、ミヨーなどと共にフランス6人組のひとりに数えられていますが、どうもこのフランス6人組は日本ではあまり一般的ではないようでオネゲルのほかはあまり演奏会でも取り上げられないですね。一時代前のドビュッシーやラヴェルのような一貫とした清新さが無い、同時代の新ウィーン楽派のような新しい時代を切り拓く音楽ではなく新古典主義に属する・・・という中途半端な感じが原因かもしれません。
ただし、欧州では、その中途半端さ(失礼)=聴き手の気持ちよさに繋がって息がつまらない音楽として評価されているようです。

プーランク自体が大金持ちの子息だったこともあり、ガツガツと作品を仕上げるとか、熟慮の上作曲するという事は無かったようで、永遠のガキ大将のような単純さを持っていて、20世紀音楽にもかかわらず心地よい音楽を産んでいます。

この牝鹿はバレエ音楽として初演されましたが、「牝鹿」というのは文字通りの意味のほか、当時の若い娘たちを表現したもので、ショパンのレ・シルフィード同様ストーリーの無いバレエです。この中から5曲を選んだ組曲が1939年に発表されています。

組曲版では1曲目になる「ロンド」です。

2011年1月 5日 (水)

今日の音楽 1月5日 ピアノ協奏曲第3番(ベートーヴェン)

何故、今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番なのか、というと、ベートーヴェンには全く関係ない日です。ピアノ協奏曲第3番の初演日でもありません。では、何故?

実は1月5日は、20世紀を代表する2人のピアノの巨匠の誕生日。この2名ちょっと路線が違っていてなかなか同じ曲の音源が無い。で、私が持っている音源で唯一2人共通の曲が、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番なんです。

2人のピアニストとは
アルフレート・ブレンデル(1931年1月5日生まれ)
アルトゥーロ・ベネディッティ=ミケランジェリ(1920年1月5日生まれ)
です。

ブレンデルといえば、どちらかといえば古典派やロマン派のドイツ・オーストリア系の音楽を得意とする、と思われていて、特にシューベルトの演奏では定評があります。
ミケランジェリは、完璧主義者(キャンセル魔でもあったそうです)ゆえに、演奏会でのレパートリーはあまり広くなく、定番のドビュッシーのほかはベートーヴェン、シューマン、ショパンあたりを得意としていました。

で、2人の共通のレパートリーはベートーヴェン。
第3番は、「運命」と同じハ短調。重々しい悲壮感を感じさせる冒頭の第1主題も「運命」と雰囲気が似ています。最終楽章は「運命」と違って短調で始まりますが、最後は長調で華やかに終わります(中抜けの解説でした)

何故か、ブレンデルのものはYou tubeに無かったので、ミケランジェリとジュリーニの演奏でフィナーレです。

2011年1月 4日 (火)

今日の音楽 1月4日 大学祝典序曲

ブレスラウ大学から名誉博士号を授与されたブラームスが、その返礼として作曲し、1881年1月4日のブレスラウ大学の特別集会で初演されたのが、大学祝典序曲です。ブラームス自身も、オペレッタの中のメロディを寄せ集めて序曲として作曲していたズッペを模したような4つの学生歌の寄せ集めを考えていたようですが、そこはブラームス。見事な構成で、単なる寄せ集めを超えた曲になっちゃいました。

文化放送でやっていた大学受験講座のテーマ曲として知られている2つめの「祖国に父」が知られていますが・・・私もお世話になりました・・・、何と言ってもこの曲の思い出は、自分の大学の卒業式。
当時大学オケのコントラバスは4年生が2人で1年生が1人という惨状。しかも、この1年生秋以降は4年の2人が就職活動で引退したのにカマけてサボリ気味。それに私以外のもう1人の4年生は理工学部だったため別キャンパス・・・という事で、自分の卒業式での「大学祝典」の演奏を自分で弾くハメになってしまった苦い思い出です。

2011年1月 3日 (月)

今日の音楽 1月3日 荒野の七人

1910年1月3日は、映画監督ジョン・スタージェスの誕生日です。

ジョン・スタージェスといえば「大脱走」が代表作ですが、オールスターキャストで製作されたもうひとつの映画が「荒野の七人」です。黒澤明監督の「七人の侍」を下敷きに(というか設定を西部に変えただけ?)作られた娯楽アクション映画で、ユル・ブリンナー、スティーヴ・マックイーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーン、ロバート・ボーンなどが出演しています。
まあ、映画自体は、ただの焼き直しで目新しさは無いのですが娯楽作品と思えばよろしいのではないかと思います。

ただ、この主題曲は西部劇主題曲の代表作のひとつとして、西部を描くBGMなどにも多用され親しまれています。作曲は十戒、大脱走、ゴーストバスターズなどの音楽を手がけたエルバー・バーンスタイン。開拓という言葉がぴったりのワクワクするような元気の出る音楽です。

2011年1月 2日 (日)

今日の音楽 1月2日 交響詩「タマーラ」

1837年1月2日はロシアの作曲家バラキレフの誕生日です。バラキレフは、ロシア五人組の統率者としても知られており作曲家としてよりはロシア音楽のまとめ役としての役割が強かった人です。

とは言っても、勿論作品は少なからず残っており、そのいずれもロシア民謡やロシアの伝承を色濃く反映した作品です。交響詩「タマーラ」は、旅人を惑わせる悪魔のような女王タマーラとその餌食となる旅人を描いた作品で、不気味な渓谷の描写にはじまり、タマーラの誘惑、誘惑に誘われた旅人との饗宴、旅人の死を思わせる再度の渓谷の描写というストーリー性の強い音楽で、20分程度という長めの作品です。

後半です。

2011年1月 1日 (土)

今日の音楽 1月1日 美しく青きドナウ

ウィーンフィルによるニューイヤーコンサートが始まったのは1939年の年末31日、「特別演奏会」という名前でクレメンス・クラウスの指揮による演奏会でした。ニューイヤーに演奏されるようになったのは1941年から。正式にニューイヤーコンサートという名称になったのは1946年からです。1954年にクレメンス・クラウスが死去し、その後の後継者についてオーケストラ集会が重ねられ、コンサートマスターであったウィリー・ボスコフスキーが演奏しながら指揮をするという形に決定しました。これが、ニューイヤーコンサートを飛躍的に有名にする事になったわけですから怪我の功名とは、まさにこの事でした。

ボスコフスキーの指揮振りは1955年から1979年まで25回続き、このコンサートを世界で最も有名な演奏会まで押し上げる事になりました。ボスコフスキー引退後7年間はマゼールが指揮しましたがその後毎年指揮者を変える事になりました。登場してきた指揮者は錚々たる名前の数々です。翌年のカラヤンから始まりアバド、クライバー、メータ、ムーティ、アーノンクール、バレンボイムなどなど、そして勿論小澤征爾。2011年はウェルザー・メストが指揮します。

選曲は、シュトラウス協会会長などシュトラウスファミリーの権威者がシュトラウスファミリーと縁の深い作曲家(ランナー、ツィラー、ズッペ、ニコライなど)の曲から、有名曲とあまり有名でない曲を取り混ぜて選曲し、指揮者・団員が検討して決定するそうですが、近年は作曲家の生誕・没後記念年に合わせた選曲など柔軟な選曲も加えていますね。

ニューイヤーコンサートが現在の形式になって以降、有名な曲であるのに一度もプログラムに乗っていない曲が2曲あります。それが、シュトラウス二世のワルツ「美しく青きドナウ」とシュトラウス一世の「ラデツキー行進曲」。この2曲はアンコールの2曲目と3曲目に演奏される習慣なのでプログラムには乗らないんですよね。

「美しく青きドナウ」は1866年のプロイセンとの戦争(普墺戦争)の敗戦を慰めるために作曲された、ウィンナワルツの代名詞とも呼べる曲。ヴァイオリンのトレモロに乗ってホルンで奏でられるドナウ源流から水が湧き出る描写から始まり華やかな曲で、新しい年を祝うのにぴったりの曲なんでしょうね。

2009年のニューイヤーコンサートです。

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