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2010年9月30日 (木)

今日の音楽 9月30日 恋人か女房がいれば

モーツァルトの死の直前1791年9月に興行主・俳優・歌手であったシカネーダの台本で完成した最期のオペラ(ジング・シュピール=歌芝居)「魔笛」は30日にヴィーデン劇場で初演されました。
宮廷歌劇と異なり、一般大衆を対象にしたこのオペラは、ドン・ジョヴァンニ同様、面白さ・大掛かりな仕掛けなど劇的な要素が多く大好評を博したようです。

内容は、大蛇に襲われたところを夜の女王の侍女に助けられた王子タミーノが、夜の女王の依頼で鳥刺しパパゲーノと共に悪魔ザラストロに捕らわれている娘パミーナの救出に向かう。ザラストロの神殿で、実は、ザラストロは悪魔ではなく高僧で、夜の女王こそ悪人だと聞かされるが、逃げようとしたパミーナと共に奴隷のモノスタストに捕らえられてしまう。
ザラストロは、タミーノ、パミーナ、パパゲーノに試練を課しそれを克服する。
復讐に燃える夜の女王はザラストロを滅ぼすために神殿にやってくるが、太陽の光を受けて滅び、試練に打ち克ったタミーノ、パミーナは結ばれ、パパゲーノも恋人パパゲーノを得る事ができる。というお話し。

コロラトゥーラで有名な「夜の女王のアリア」、パパゲーノの自己紹介「私は鳥刺し」、タミーノが夜の女王に見せられたパミーナの絵を見て一目ぼれしてしまう「何と美しい絵姿」など数々のアリアが散りばめられていますが、今日は、沈黙の試練に失敗したパパゲーノが歌うユーモラスなアリア「恋人か女房がいれば」を選びました。

マンフレッド・ヘムのバリトンで、レヴァイン指揮メトロポリタンオペラです。

2010年9月29日 (水)

今日の音楽 9月29日 乙女の祈り

1861年9月29日はポーランドの女流ピアニスト バダジェフスカの命日です。
バダジェフスカは、18歳(17歳説もあり)の時に作曲した「乙女の祈り」がパリの音楽雑誌に掲載されその名が知られるようになりましたが、その後結婚。5人の子供をもうけたといわれています。35曲程のピアノ小品を作曲しましたが病弱のため23歳(27歳説もあり)で夭折しました。

第二次大戦で彼女の資料や作品の多くが焼失し、本格的な音楽教育を受けない素人作曲家という批判や、「祈り」という言葉が当時共産圏であったポーランドでは不適切とされた事などから祖国ポーランドでは全く忘れ去られた存在だったそうです。
日本では、明治時代に入ってきたピアノ教本に掲載されていたり、オルゴールの定番になった事などで「乙女の祈り」自体は非常に知名度が高く、日本に留学していたポーランドの学生などによりポーランドに逆輸入され、最近では祖国でも知名度が上がって来たそうです。

まあ、確かにこの曲、最初に出てくるテーマが、変奏とは言えないぐらいのほんの少しだけ形を変えて何度も繰り返すという、かなり音楽作品としては稚拙な曲ではありますが、逆に安心して弾く事ができるし聴く事ができる曲とも言えるでしょうね。

You Tube探すとピアノの発表会ばかりたくさんヒットするので・・・誰の演奏だかわかりませんがそうでないものを

2010年9月28日 (火)

パイオニア交響楽団第21回定期演奏会のご案内・7

みなさんは、郭公の鳴き声というと、多分3度の音程、ミ・ドの音を想像されると思います。有名じゃない作曲家ヨナーソンの有名なかっこうワルツも、ベートーヴェンの田園のかっこうも全て3度の下降音で表現されています。

ところが、マーラーの交響曲第1番では4度の下降音を使っています。実は、この4度の下降音が、この曲の重要な動機なのです。つまり、カッコウの鳴き声が非常に大切な役割を持っているわけです。それは、追々解き明かすとして・・・

第1楽章の冒頭は、弦楽器のフラジオレットによるAの音の持続で始まります。このAの音は1st violinのフラジオレットの音からコントラバスのAの開放弦まで実に6オクターヴ。しかもマーラーという神経質な作曲家は、音の強弱も非常に神経を使います。普通の作曲家がフォルテ記号の数、ピアノ記号の数(チャイコフスキーが極端な例ですが)で音の大きさを指定しますが、マーラーの場合、演奏する人数を指定して大きさを表現させるという場面が結構頻繁にあります。この冒頭も、3小節目に4度の動機が木管楽器で演奏されるところまでの2小節は、少々大きめの音が欲しかったのでしょう、2nd violinと3つに分かれているチェロの第1パートがその2小節だけ演奏するというような、?な譜面になっています。

そんな事はどうでも良いのですが、これは何となく霧に覆われた森のような雰囲気です。その朝靄の中から森の生き物を象徴する4度の下降動機が断片的に現れ、その後オーボエとファゴットでメロディとして演奏されます。やがてクラリネットによって春の目覚めのメロディが演奏されます。再び朝靄、その中から今度はトランペットがバンダで遠くからアルペンホルンのような響きを演奏します。その間にカッコウの鳴き声、これらの要素が交じり合った後、低弦で半音進行の上行音型が現れ、序奏の終わりに向かいます。

今日の音楽 9月28日 兵士の物語

1918年9月28日、ストラヴィンスキーの兵士の物語が初演されました。
この曲、ベーシストなら誰もがやってみたい曲なのですが、かなり難しいのでアマチュアベーシストにとっては、ちょっと敷居が高い曲です。

というのも、オーケストラの編成は、弦・木管・金管の各高音・低音を受け持つ楽器と打楽器の7人だけ。要するに、ヴァイオリン、コントラバス、クラリネット、ファゴット、コルネット、トロンボーンと打楽器だけなのです。元々は、悪魔と兵士と語り手と音楽という舞台劇で1時間程の作品でした。悪魔に魅入られた兵士が国王の娘の病気を治して結婚し、悪魔を滅ぼすが、結局悪魔の最期の忠告幸せを二つ手にする事は出来ないという言葉を聞かず、自らも滅んでしまうというお話。

後に音楽だけの組曲版が作られています。
ちょっと変わった編成の変わった曲ですが、民族音楽を根底に、ジャズやタンゴなどのリズムを駆使したストラヴィンスキーの傑作のひとつです。

王女の病気が治り、起き出して踊る3つの舞曲の「タンゴ」です。

2010年9月27日 (月)

今日の音楽 9月27日 グリーンスリーヴズによる幻想曲

イギリス近代の作曲家レフ・ヴォーン=ウィリアムズのグリーンスリーヴズによる幻想曲が初演されたのが1937年9月27日でした。

グリーンスリーヴズはエリザベス朝以前から存在していた事がわかっており、シェイクスピアも「ウィンザーの陽気な女房たち」の中で言及している程古くて知られた曲でした。ヴォーン=ウィリアムズは、「ウィンザーの陽気な女房たち」を元にした歌劇「恋するサー・ジョン」の間奏曲に、この曲を使用。これをラルフ・グリーヴズが単独曲に編曲したものが、グリーンスリーヴズによる幻想曲です。弦楽合奏、ハープと独奏フルートまたはヴァイオリンの編成で非常に透明感のある美しい旋律を際立てています。中間部にはラヴリー・ジョーンという別の民謡を使用しています。

マリナー指揮のアカデミー・セイント・マーチン・イン・ザ・フィールズの演奏です。

2010年9月26日 (日)

パイオニア交響楽団第21回定期演奏会のご案内・6

マーラーの交響曲第1番は、元々は交響詩として作曲されました。2部形式で現在の第1楽章と花の章が第1部、第2楽章以降が第2部で、第2稿では、第2楽章までを第1部と改編し、標題も加えています。
第1部は青春の日々から、若さ、結実、苦悩のことなど という標題で 
第1楽章 春、そして終わる事のなく
第2楽章 花の章
第3楽章 順風に帆をあげて
第2部は人間喜劇
第4楽章 座礁、カロ風の葬送行進曲
第5楽章 地獄から天国へ
です。そして、この時に「「巨人」という標題をつけています。

第3稿で、花の章を削除して4つの楽章からなる交響曲に改訂し、ここで初めて交響曲第1番が一応の完成を見たわけです。

編成は、フルート4本(うち2本はピッコロ持ち替え)、オーボエ3本(うち1本はコールアングレ持ち替え)、クラリネット4本(バスクラ、Esクラ含む)、ファゴット3本(うち1本はコントラファゴット持ち替え)、ホルン7本、トランペット4本、トロンボーン3本、チューバ、ティンパニ2セット、大太鼓、シンバル、トライアングル、銅鑼、弦5部という編成ですが、今回の演奏会ではホルンは11本で吹くようです。

マーラーもこの初期の交響曲では、オーケストレーションが完璧というわけではなくて、所々音が薄いところがあります。あの迫力の第4楽章でさえ、?と思うような薄さが露見されるところもありますが、まあ最初のシンフォニーという事で目をつぶっても良いでしょう。こういう点をあげつらって、この曲は駄作と言う人もいますが、これだけ多くの人に受け入れられ人気がある作品ですから、これを駄作と評価する人こそ、音楽の本質を知らない人なんでしょうね。緻密なオーケストレーションが施されていても、モチーフがつまらない、構成力が無い作品はやっぱり受け入れられませんからね。

それから、この交響曲は、歌曲集「さすらう若人の歌」と密接な関係があります。第1楽章のテーマは、第2曲の「朝の野を歩けば」からの転用、第3楽章中間部は第4曲の「恋人の青い瞳」からの転用です。

今日の音楽 9月26日 中国の不思議な役人

1946年9月26日は、ハンガリーの作曲家バルトークの命日です。バルトークは、ハンガリー人なので日本と同様姓・名前の順の表記なので、正しくはバルトーク・ベラなのですが、ヨーロッパ風にベラ・バルトークと表記されているものが多いようです。

彼の作風は、ハンガリー、ルーマニアなどの東欧の民族音楽の収集による民族主義的な雰囲気と大編成のオーケストラ、後期ロマン派音楽から出発し新ウィーン楽派、印象派やストラヴィンスキーなどの音楽を巧みに取り入れた独自のスタイルです。また、演奏が非常に難しい事でも有名で、中でもパントマイムのために書かれた「中国の不思議な役人」は、変拍子が多く、指揮者コンクールの課題にしばしば充てられる程指揮者にとっても難易度の高い曲です。

中国の不思議な役人は、バルトークのピアノの先生であったイシュトヴァーンの勧めで1925年に完成させた曲。パントマイム自体、中国の宦官を扱ったグロテスクな作品だったため、初演も1回だけで上演禁止になりました。今でこそ、バルトークのオーケストラ曲の代表作のひとつですが、当時はかなりの衝撃を与えたようです。

ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団で、組曲版の前半です。

2010年9月25日 (土)

今日の音楽 9月25日 バレエ「黄金時代」

1906年9月25日は、20世紀の偉大な作曲家ショスタコーヴィチの誕生日です。
ショスタコーヴィチは、ソヴェト共産党との関係に翻弄され、多分作品の多くは本当にショスタコーヴィチが表現したかった事の半分ぐらいしか書けなかったのでは無いかと思うと、非常に残念ではあります。

本来、ジャズやポピュラー音楽に非常に興味を持っていたのですが、民族主義、社会主義リアリズムを強要され、時代的には少々古臭い作風での作曲をせざるを得なかったのは20世紀を代表する作曲家という観点で見ればもったいなかった気がします。それでもショスタコーヴィチの音楽と考えると、新ウィーン楽派のような十二音技法へ完全に走らずにロマン派的・国民楽派的な雰囲気を残した作品という親しみ易さも、愛される原因かもしれませんね。

1929年から1930年にかけて作曲されたバレエ音楽「黄金時代」は、内容があまりにプロパガンダ的ではあるけれど、音楽だけ聴いていれば、活発で楽しめる作品です。

内容は、とあり西側の資本主義国で開催されている工業博覧会「黄金時代」に、ソ連のサッカークラブが招待され、彼らは労働者たちに人気を博したが、ファシストたちは彼らに対して陰謀をめぐらした。ミュージックホールでの馬鹿げた踊りや、スタジアムにおける各競技の光景などを織り込ませながら、黒人のボクサーや地区の共産党員をはじめとする労働者たちとソ連のサッカークラブとの友情を描いたもの。最後にはファシストたちの陰謀が西側の共産党員に暴かれ、喜ばしい労働の踊りで終わる。というものです。

バレエ全体は上演される事は少ないですが、序奏、アダージョ、ポルカ、踊りの4曲からなる組曲は演奏の機会が多い曲です。

ハイティンク指揮ロンドンフィルで、ポルカです。

2010年9月24日 (金)

今日の音楽 9月24日 ハイケンスのセレナード

みんな誰でも聞いた事がある、ハイケンスのセレナーデ。
作曲者のハイケンスは1884年9月24日生まれのオランダの作曲家ですが、第二次大戦終結後、ナチスドイツへの協力により収監され獄死しています。そんな関係で、今でも全く顧みられない作曲家ですが、何故かこの曲は列車の社内放送に使われたりして、耳にすることが多い曲です。

原曲はピアノ曲らしいのですが、譜面も全く残されていない、ハイケンス自体のプロフィールも殆ど知られていない、という不思議な作品です。
クラシックを長くやっていると、こういう曲は全く聴く機会が無くなってしまうと思いますが、多分子供の頃クラシックに初めて触れたのは、こういう曲なんでしょうね。(最近では胎教のため、などと言ってモーツァルトなどが初めて聴く音楽になっているのかもしれませんけど)

クラシック初心者に戻って、こういう曲を聴くのもたまには良いのではないでしょうか。

2010年9月23日 (木)

パイオニア交響楽団第21回定期演奏会のご案内・5

プラハの第3楽章は、非常に快活な曲です。2拍子ですが指揮者は1つ振り=要するに1小節を1拍で振る=で指揮します。ヴィオラと2ndヴァイオリンがいきなりレの音を弾くと、半拍遅れで1st ヴァイオリンが第1主題をはじめます。普通こういう場合、はじめの小節を不完全小節として1拍目のウラ拍(0.5拍目)の1stヴァイオリンのテーマからはじめるのですが、モーツァルトはそうしなかった。しかも中声部を担当する弦楽器だけでの弱い頭打ち。これでアウフタクトから始まる曖昧さを回避してくっきりとした輪郭を形勢しているのでしょうかね。

こういう速い楽章は、どんどん速くなっていくか遅くなっていくか、速度が変化しがちですが、その上途中でシンコペーションの掛け合いがあったりして、思わず「私は誰?ここは何処?」状態になりがちなので要注意。。。した結果を聞いてください。

私はこの曲の中では特にこの最終楽章が好きです。とにかく屈託無く、最初から最期まで生き生きとした楽しい楽章ですよ。

今日の音楽 9月23日 オーボエ協奏曲(ベッリーニ)

イタリアの作曲家ベッリーニは1835年9月23日34歳で夭折しました。
19世紀前半のイタリアを代表する天才作曲家は、「夢遊病の女」「ノルマ」「海賊」「清教徒」などオペラの傑作を多く残していますが、唯一、器楽曲で今でも演奏されるのが、オーボエ協奏曲です。

この曲を知ったのは、NHK-FMの土曜だったか日曜だったかのクラシック番組のテーマ曲として使われたいた為。確か川上アナが、あの落ち着いた声でナレーションをやっていました。

冒頭に弦楽器の力強い序奏があり、すぐにオーボエが独特の音色でテーマ曲を演奏します。独奏以外は弦楽器だけの編成で、ちょっと聴くとバロック音楽にも聞こえますが、通奏低音はなくてチェロ・バスも弦の仲間として演奏していますので、やっぱり小編成のロマン派音楽なんでしょうね。
全3楽章通しても7分程度の短い曲なので、全部聞いて見ましょう。

2010年9月22日 (水)

パイオニア交響楽団第21回定期演奏会のご案内・4

プラハの第2楽章はソナタ形式の緩徐楽章です。
モーツァルトの後期シンフォニーの緩徐楽章は、どれを聴いてもステキな曲ばかりです。第35番の可愛らしさ。緩徐楽章と言っても何か跳ねる様な快活さを感じさせる曲です。
第36番の第2楽章は、優雅さ。この曲のスケールの大きさにぴったりの曲想です。
第39番は付点のついた跳ねるリズムを主題に持つ動的な曲。
第40番は最も大人の音楽。何か不安感の中で安らぎを見つけるような曲。
第41番は起伏のある、色々な要素が絡み合った曲。

そして、この38番の第2楽章は流れるような美しさがあります。・・・この流れるような、がミソ。スラーが多くて、という事はなかなか合わないんですよ。スラーというのは、なめらかにという事であって音の変わり目ははっきりしていないと、通常のスラーが無い旋律よりもアラが目立つわけです。トレーナーの先生が弦楽器奏者によく言うのは「左手ははっきり、右手はスラー」。要するに、弦をおさえる左手の指はきちんとリズムどおり音を変えていかなければならず、流れるように音を変えてはダメ。流れるように、は右手(弓)で表現する。

だいたい、プロや上手なオーケストラと並み以下のアマチュアオーケストラの差が一番わかりやすいのが緩徐楽章です。この楽章コントラバスは、スラーは殆ど無く、スタッカートが多いのですが、こういう曲のスタッカートは短く切れば良いわけではありません。学校の教科書に書いてあるような「音の長さを半分に・・・」なんてとんでもない。元々のイタリア語のスタッカートの意味は「分ける」という意味で、音を短くするなどという意味は本来のスタッカートには無いわけで、勿論、この楽章で音を半分にするスタッカートなんか演奏したら気持ち悪くて聴けません。という事で、我々は、音と音の間がきちんと分かれるように弾くが、その間は音の響きを残すように弾くわけです。こういう曲のスタッカートを弾いている時に弾く度に弓を止めて音を切っているような弾き方をしている人がいたら、「下手糞」と言って上げてください

今日の音楽 9月22日 サンライズ・サンセット

1964年9月22日は、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」がニューヨークのインペリアルシアターで初演された日です。「屋根の上のヴァイオリン弾き」はその後1972年7月2日まで3242回の大ロングランの公演が続いた名作のひとつでした。日本でも初代の森繁久弥から始まり現在まで1967年から公演が続いています。

私が親と一緒ではなくて友人と見に行った初めてのロードショーが、映画版の「屋根の上のヴァイオリン弾き」なので、非常に思い入れの強い映画のひとつです。日比谷にあった有楽座でした。

物語は、ウクライナの小さなアナテフカ村に住むユダヤ人テビエが、そのしきたり(Tradition)を守ろうとする気持ちと、時代の流れの中で変わっていく娘たちとの間に入り、徐々に新しい風に理解を示していくという家族愛と、ロシア人によるユダヤ人迫害という背景を描いたシリアスな作品です。「屋根の上のヴァイオリン弾き」は、古代ローマの皇帝ネロがユダヤ人大虐殺があった時逃げ惑う群集の中で屋根の上に登ってヴァイオリンを弾いていた男がいたという故事を描いたシャガールの絵にヒントを得たものでユダヤ人の不屈の魂の象徴だそうです。

このミュージカルの中で、最も有名な曲が、テビエの長女ツァイテルと仕立屋のモーテルの結婚式の場面で歌われる「サンライズ・サンセット」

内容は、
昔私がおんぶしていた女の子、遊びに熱中していた男の子、いつの間に大きくなったんだろう。いつの間にか美しくなり、いつの間にか背が伸び、彼らが小さかったのはつい昨日のことのようだ。
日は昇り、日は沈む 時の流れは速く タネは夜通し成長しひまわりへと育っていく
日は昇り、日は沈む 年月の流れは速く 幸福や悲しみの中で季節は移ろっていく

というような内容の曲です。

 

2010年9月21日 (火)

今日の音楽 9月21日 G線上のアリア

1845年9月21日は、19世紀のヴァイオリニスト アウグスト・ウィルヘルミの誕生日です。ウィルヘルミ・・・へ? という程度のヴァイオリニストなのですが、この人の名前が今も忘れられずに残っているのは、バッハの管弦楽組曲第3番のアリアをピアノ伴奏つきのヴァイオリン独奏曲に書き換えた事。俗に言うG線上のアリアの編曲によって、後世まで名前が残っています。このほかにもドボルザークのユモレスクなんかも編曲しています(よく聴くのは、クライスラーの編曲版)

ピアノ曲や、その他の曲をヴァイオリン独奏用に編曲してレパートリーにするヴァイオリニストは結構いますね。クライスラーが最も代表的な存在ですが、そのほかにハイフェッツも結構多くの曲を編曲しています。

G線上のアリアは原曲はニ長調ですが、独奏部分をG線上で演奏できるようにハ長調に転調させています。原調のまま編曲しただけでは、後世まで残ることは無かったかもしれませんね。

サラ・チャンのヴァイオリンです。

2010年9月20日 (月)

パイオニア交響楽団第21回定期演奏会のご案内・3

中プロは、モーツァルト作曲の交響曲第38番ニ長調K.584「プラハ」です。パイオニア交響楽団としては、後期六大交響曲の4曲目(40番-35番-39番に次ぐ)の演奏になる曲です。
前にも書いたように、「フィガロの結婚」とは関わりの深い曲で、作曲年代も非常に近いわけです。

この曲はメヌエットの楽章を持たない3楽章構成の交響曲になっていますが、その理由ははっきりしていません。直前の36番「リンツ」(37番の番号がつけられた曲は序奏のみモーツァルトが付け加えたミヒャエル・ハイドンの作曲だと判明しています)が、35番と打って変わった非常にスケールの大きい曲であったことに比べると、このプラハは後期の交響曲の中で最も明るく、快活な曲と言えるでしょう。編成はクラリネットを欠く2管編成です。

第1楽章は、リンツ同様長い序奏が用意されています。序奏はこの曲の中で最も重厚で劇的な前半部分と、低弦で演奏される転調を伴う上行音型の連続です。提示部に入るとヴァイオリンのシンコペーションのリズムに乗って低音楽器で軽い雰囲気を持つ第1主題が演奏されます。やがて、飛び上がるようなリズムが管楽器と弦楽器の掛け合いで演奏され、軽やかで伸びやかな第2主題へ移行していきます・・・・というように、この楽章は天女が軽い羽衣を身にまとって上空で踊っているようなとても軽やかで快活な楽章です。発音の遅いコントラバスのような楽器は、この軽やかさに遅れないように十分注意して弾く事が要求されます。自分がテンポ通り弾いていても、聞いてみると遅れているという事になりがちなので、テンポを積極的に捕まえて演奏する必要があるのですが、軽くてもコントラバスの役目であるきっちりしたリズムを支える事も忘れてはいけません。

全体的にうきうきした感じを感じ取っていただければ、この楽章は半分は成功だと思います。音程や音色の問題もありますけど・・・・

今日の音楽 9月20日 交響曲第7番(シベリウス)

1957年9月20日はシベリウスの命日です。私が生まれた年に亡くなられたんですね。
シベリウスは個人的には好きな作曲家なのですが、作品によってはちょっと重苦しくてTPOによっては聴きたくないと思う場合もありますけど。
シベリウスの曲は、フィンランドは勿論イギリスでも非常に評価が高く、シベリウスはベートーヴェン以来の交響曲の作曲家だ、と言われる事もあるようです。

シベリウス最後のシンフォニー第7番は、1楽章形式の20分程度の短い曲です。が、これは当初は交響的幻想曲を意図して作られた作品で、初演時にも、その題名で演奏されたという事で、特別奇をてらったシンフォニーを作曲しようという意図があったわけでなないようです。交響曲という題名を与えられたのは翌年の出版の時だそうです。

但し、曲全体を聴くと、スケルツォや緩徐楽章にあたる部分もあり単一楽章の中で交響曲を表現しきった作品とも考えられています。曲想はシベリウスらしさを十分に発揮したもので、集大成として相応しい作品ではないでしょうか。

カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団で後半です。

2010年9月19日 (日)

今日の音楽 9月19日 交響曲第7番(マーラー)

マーラーの10曲の交響曲の中で最も地味な存在?の第7番「夜の歌」の初演は1908年9月19日、プラハでマーラー指揮チェコフィルで演奏されています。

マーラーの中で演奏回数が少ない理由はいくつかあると思われます。歌なしの中間3部作の中で5番は「ベニスに死す」で超有名になった「アダージェット」を含んでいる。6番は演奏頻度では7番と似たり寄ったりですが、評価的には最も完成度が高いと言われている・・・という事。編成がでかすぎ。(6番の方がもっとでかいけど)マンドリンやギターも登場する。第4楽章までが全体的に暗くて重苦しい。。。

但し、マーラー好きな人の中では9番とか7番とか好きな人が多いですね。

これだけ重い曲なので余計に第5楽章の弾けっぷりが目立ちます。どうしちゃったの?「夜の歌」じゃないの?と思いませんか?実はマーラーが夜の歌と名づけたのは第2楽章と第4楽章で、曲全体の標題としては間違ってるようです。とにかく、ティンパニ協奏曲か?という程ティンパニが暴れます。その上、これだけ重たい曲なのに、こういう終わり方?という程軽い。
そういえば5番も、ヘ?こういう終わり方?という感じですけどね

バーンスタイン指揮ウィーンフィルで第5楽章最後です。

2010年9月18日 (土)

パイオニア交響楽団第21回定期演奏会のご案内・2

前プロのモーツァルト作曲歌劇「フィガロの結婚」序曲。
あまりに有名なモーツァルトの序曲の代表作。2管編成のこじんまりとした編成ですが、その中にモーツァルト特有の大きなスケール感を感じさせる曲です。

基本的にシュトラウス一家やランナーなどのウィンナ・ワルツ、ポルカやカドリーユといった音楽しか扱わないウィーンフィルのニューイヤーコンサートで、たった1度だけ古典派音楽が演奏されたその曲が、この「フィガロの結婚」序曲でした。それ程ウィーン子に親しまれる曲なんでしょうね。

実は、この序曲は、本編に出てくるメロディは全く登場しません。しかしながら、この序曲を聴くと、何か明朗でちょっと悪戯っぽくワクワクするような感じがしませんか? 「フィガロの結婚」本編は、勿論浮気っぽい伯爵、思春期で多感なケルビーノ、ロッシーニが後の作曲した「フィガロ」の前の話「セヴィリアの理髪師」を見ればわかるように大恋愛の末伯爵と結ばれた伯爵夫人のロジーナ、ユーモアがありちょっと悪戯好きで調子もののフィガロと賢く機知に富んだフィガロの婚約者スザンナ、腹黒い医者のバルトロなど、様々な性格の登場人物がいますから、勿論単純に明るいだけの曲では無いのですが、こういう性格の人々がガチャガチャと登場して自己紹介をしているように聴こえてきます。

冒頭は、ファゴットと弦楽器のTutti(重奏)で有名なテーマが演奏されます。Prestoという非常に早いテンポで、我々アマチュアコントラバス弾きには、グリンカの「ルスランとリュドミラ」、スメタナの「売られた花嫁」と並んでバシスト殺しの序曲のひとつです。このテーマは実はファゴットやチェロ・バスといった低音楽器でテーマを弾かせたかったのですが、こんな早いメロディを運動性の悪いファゴット、バスだけで弾いた日には、何だか良く判らないメロディになっちまうという事で、ヴァイオリン、ヴィオラを補助的につけて重奏にした・・・というのは私の説ですが、木管で唯一ファゴットだけを使ったという事からも以外に説得力あるでしょう。
で、冒頭が何故難しいかと言うと、勿論指が回らないとか、ただでさえ指が回らない中で突然半音の音階が出てきたりと変化まで求めている。更に難しさに輪をかけているのが、ピアニッシモであるという事です。人間、一所懸命弾くと、ついつい力が入ってしまいますよね。そのためについつい大きな音になってしまいます・・・が、ピアニッシモなんです。聴こえるか聴こえないかわからないような音量(現に録音の古いレコードなどでは冒頭のところはノイズに埋もれて殆ど聴こえないものもありました)が要求されているのです。なので、バシストはこの場所は弾ける・弾けないに関わらず、涼しい顔で弾く事に決めています(笑)。結構涼しい顔をして弾いていると上手そうに見えるかもしれません・・

この曲はソナタ形式で書かれていますが、第2主題もこの冒頭の主題と同じようにユーモアがある楽しい曲なのですが、さらに軽さが加わっています。再現部にあたる部分ではちょっと転調などを見せながら、またバシストに地獄を味合わせてくれています。

最後はロッシーニクレッシェンドのようなクレッシェンドによる盛り上がりを見せて終わります。

この曲、アマチュアオケではかなりの頻度で演奏されますが、こういう曲は本当のところダイナミックレンジをきちんと表現し、軽くて、時々ユーモラスな旋律が出るけど基本的に重たくならないように演奏するというのは、結構難しい事です。

今日の音楽 9月18日 Tommorow

今日は、かなり苦しいこじつけです(苦笑)

1905年9月18日はハリウッド女優のグレタ・ガルボの誕生日。グレタ・ガルボはバーグマンと並び称されるスウェーデン生まれの女優。36歳で引退しその後は一切公の場には顔を出さず1990年に84歳で亡くなっています。という事で、さすがに私もリアルタイムでは知らないのですが、晩年の代表作のひとつ「椿姫」が、ミュージカル「アニー」の中で使われています。

アメリカの大富豪ウォーバックスのイメージアップの為にウォーバックス家に体験滞在をしたアニーの持ち前の素直さ、強さが仕事一辺倒のウォーバックスの心を変えて行く過程で、映画館に行った時に上映されたのが、この椿姫でした。
アニーと言えば、Tommorow。丁度、アメリカは大恐慌の真っ只中の時代。そんな中で「今は苦しいけど、明日の事を考えよう」という内容が歌われています。正に今にピッタリの歌ですね。

2010年9月17日 (金)

今日の音楽 9月17日 アルプス交響曲

9月17日は、26日と並んで台風の日本上陸特異日だそうです。

地域によって様子が異なる「嵐」ですが、昔から「嵐」を取り入れた音楽は多いですね。嵐と言っても、北の地域では冬の嵐をイメージする事もありますが、原因は勿論、空気の性格。気圧の高いところから低いところに流れる、温度の高いところから低いところへ流れるという性格で、気圧差が激しい、温度差が激しいなどで、空気の移動速度が速くなると嵐になるわけですね。
などという薀蓄はともかく、有名なところではベートーヴェンの「田園」の私の大嫌いな4楽章、ロッシーニのウィリアムテル序曲、ワーグナーのさまよえるオランダ人、ベルリオーズの「トロイ人」の王の狩と嵐、グローフェの「グランドキャニオン」等等・・・

その中でも、これぞ!というのは、Rシュトラウスのアルプス交響曲の最後の方、雷雨と嵐、下山。
何と言っても、シュトラウス特注のサンダーマシンとか、ウィンドマシンなどという物まで登場しますが、その効果音を除いても激しい嵐を十分表現していますね。

↓の後半部分です。ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィルです。

2010年9月16日 (木)

今日の音楽 9月16日 パフ

昨年9月16日、1960年代フォークソング全盛期の代表的グループ、ピーター・ポール&マリーの、マリー・トラヴァースが白血病で亡くなりました。

ピーター・ヤーロウ、ノエル・ポール・ストゥーキー、マリー・トラヴァースのヴォーカルトリオPP&Mは1961年に結成され「500まいる」「花はどこへ行った」「天使のハンマー」などフォークソングの名曲をフィーチャーしたアルバムでデビューしました。1963年に発売した「パフ」がヒット、同年に発売したボブ・ディランの「風に吹かれて」が大ヒットし一躍スターダムにのしあがりました。その後1970年に解散するまで無名だったジョン・デンバーの「悲しみのジェットプレイン」など数々の曲をレコーディングし、解散後も1978年に原発反対運動支援コンサートで再結成し、マリーが白血病で倒れるまでコンサート活動を継続しました。

「パフ」は不老の竜「パフ」と少年「ジャッキーペーパー」の交流を歌った歌で、アメリカではドラッグソングと曲解されシンガポールでは放送禁止歌になったそうですが、日本では音楽の授業でも歌われていました。結局、作詞者にはそういう意図は全く無かったそうですけど。

2010年9月15日 (水)

パイオニア交響楽団第21回定期演奏会のご案内・1

10月9日(土)大田区民ホールアプリコで、パイオニア交響楽団第21回定期演奏会が行われます。演奏会まで1ヶ月を切って、練習も佳境に入って来ました。ここでいつものように、演奏会の曲についてのご案内シリーズを始めます

今回のプログラムは、2人のオーストリア出身の作曲家の作品を取り上げます。前半はモーツァルト。歌劇「フィガロの結婚」序曲と、交響曲第38番「プラハ」。後半は、マーラーの交響曲第1番です。今年はマーラーの生誕150年、来年は没後100年という事で、マーラーの曲を取り上げる演奏会が数多く開催されていますし、最近ではアマチュアオーケストラでもマーラーの曲をごく普通に演奏するようになって来ているので珍しくも無いですが・・・

モーツァルトもマーラーもオーストリア出身ですが、面白い事にモーツァルトはザルツブルグ生まれ。ザルツブルグは現在はオーストリアに属するのですがモーツァルトが活躍した当時はハプスブルグ家のオーストリアでは無くて、神聖ローマ帝国に属していたので、正確にはオーストリア生まれとは言えません。逆に、マーラーは現在はチェコに属するカリシュト村で生まれましたが当時はオーストリア領。まあ、どうでも良い事ですが。

前半の「フィガロの結婚」と「プラハ」ですが、実は密接な関係がある曲です。
「フィガロの結婚」は、映画「アマデウス」でも時の皇帝ヨーゼフ二世が、あまりに長い為途中で欠伸をしている場面がありましたが、初演したウィーンでは、貴族を風刺した内容と、3時間弱という長さなどから人気を得る事ができませんでした。ところが、当時オーストリア領だったボヘミアのプラハでは大人気。それに感激したモーツァルトはプラハの歌劇場に招待された折りに持って行って(プラハの人たちへのお礼のために作曲したという説もある)初演したのが、この第38番の交響曲「プラハ」というわけです。

オーストリアゆかりの両作曲家ですが、2人の音楽は正反対。まあ古典派と後期ロマン派という大きな違いは別にしても、生活とか人生を全く感じさせないモーツァルトの音楽に比べると、人生そのものに関わりを強く持つ音楽という事が言えるでしょうね。

今日の音楽 9月15日 パッサカリア(ウェーベルン)

1945年9月15日は新ウィーン楽派の作曲家ウェーベルンの命日です。
第二次大戦終結後ザルツブルグ近郊の娘の家に住んでいましたが、娘婿が元ナチの親衛隊員で闇取引に関与していた事から、駐留軍に目をつけられており、ウェーベルンがベランダでタバコに火を付けたのを闇取引の合図と勘違いした米兵によって射殺されました。

ウェーベルンは十二音技法を駆使した前衛的な作曲家だったため生前は殆ど評価されませんでしたが、死後は数々の現代の作曲家に大きな影響を与えたひとりです。

数多い作品の中で、作品番号1のパッサカリアが最も演奏される事が多いようです。この作品はシェーンベルクの下で作曲を学んでいたウェーベルンの卒業作品だそうです。通常はパッサカリアは3拍子ですが、この曲は2拍子です。その拍子以外はバロック時代のパッサカリアの様式を引き継いだ曲になっています。

アバド指揮ウィーンフィルです。

2010年9月14日 (火)

今日の音楽 9月14日 ダンテ交響曲

1321年9月14日は、イタリア・ルネッサンスを代表する詩人ダンテの命日です。「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の三部からなる大叙事詩「神曲」は、ダンテの代表作で、これを基にして標題交響曲を作曲したのがフランツ・リストでした。リストは、もうひとつ「ファウスト交響曲」という標題交響曲を作曲していますが、両方とも日本ではあまり演奏されませんね。
ごく普通の3管編成(ハープ2本、オルガン、ティンパニ2人という拡大はありますが)+女声合唱というそれ程特殊な編成でも無いし、長さも50分ぐらいですからちょっと長めのシンフォニーですし、もう少し演奏されても良いような気がしますが、ちょっと内容が難解だからでしょうかね。

音楽そのものはそれ程難解なものではありません。元々は「神曲」同様三部構成にしようとしていたのですが、ワーグナーから「天国」を表現するのは難しいだろう、と言われて第2楽章の最後の部分で女声合唱(または少年合唱)で天国を仰ぎ見るマニフィカートを付け加えた二部構成に変更したそうです。

バレンボイム指揮ベルリンフィルで第2楽章「煉獄」の最後の部分(マニフィカート付き)です。

2010年9月13日 (月)

今日の音楽 9月13日 狂詩曲「スペイン」

1894年9月13日は、フランスの作曲家シャブリエの命日。
シャブリエは幼い頃からピアノや作曲を学び高い評価を受けていたものの、社会人のスタートは公務員。内務省で仕事をしながら、フォーレやダンディと親交を持ちつつ独学で作曲の勉強を続けていました。ミュンヘンでワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を見て音楽で生活をすることを決意し、39歳で公務員をやめて、音楽活動に専念します。

1882年41歳の時に4ヶ月滞在したスペインの印象を音楽にした狂詩曲「スペイン」の色彩感は、その後ラヴェルなど多くの作曲家に影響を与えました。53歳で亡くなったシャブリエの作曲家としての生活はわずか14年。「いやいやながらの王様」などのオペレッタや、田園組曲、楽しい行進曲などの管弦楽曲や多くのピアノ曲を残しています。

代表作の狂詩曲「スペイン」は8分の3拍子でワルツ風の雰囲気を持ちながら、譜面を見ると2拍子系の展開・・・慣れるまで結構大変でした(笑)。これはシャブリエの機知に富んだ性格から、わざわざこういう一捻りを加えたという説もあるようです
この曲の色彩感は、独特のもので終始明るい雰囲気はフランス物を得意としない指揮者(カラヤンですら)やオケにも取り上げられています。

マルケヴィッチ指揮スペイン放送交響楽団です

2010年9月12日 (日)

今日の音楽 9月12日 千人の交響曲

マーラー作曲の交響曲第8番、俗に言う、千人の交響曲が初演されたのは1910年9月12日。
この曲についての薀蓄は、もっと詳しい人がたくさんいると思うので割愛。

実際は700人ぐらいで演奏できるそうですが、初演の時は1030人だったそうです。オケは171人だそうです。

初演を聴いた人は、シェーンベルク、ワルター、メンゲルベルク、クレンペラー、ウェーベルン、R.シュトラウス、レーガー、ジークフリート・ワーグナー、ヴォーン=ウィリアムズ、ラフマニノフ、ストコフスキー、音楽家以外では、トーマス・マン、ヘンリー・フォードなどなど。

そうそうたるメンバーです。
2番から4番までの声楽つき交響曲で一区切り
5番から7番までの純楽器の交響曲で一区切り
8番はもっとでかい事やろう、と考えて作ったかどうかは知りませんが、ちょっと重たく玄人ウケする6番・7番に比べると全く別世界の音楽です。2部構成になっていて、第1部は25分程度の「来たれ創造主たる精霊よ」というラテン語の讃歌、第2部は1時間余りのゲーテの「ファウスト」第2部最後の場という、全く無関係のような内容です。

全部聴くのは無理だろうけど、暇だったら全曲聞きましょう。
ラトル指揮イギリス国立ユースオーケストラで、第1部冒頭です。

2010年9月11日 (土)

今日の音楽 9月11日 アメリカの歌

9月11日といえば、イラクによる同時多発テロの日。もう9年も経ったんですね。夜遅く、我々の目は崩落するツインタワーに釘付けになりました。
多くの犠牲者を出したこの事件は、宗教観や民族主義に基づく思想の恐ろしさを目の当たりにした事件でした。その後のブッシュの「強いアメリカ」の押し売りには辟易でしたけど・・・

アメリカ国民の団結に貢献した音楽としては「ゴッド・ブレス・アメリカ」がありますし、「アメリカ・ザ・ビューティフル」という歌もありますが、「アメリカ」を歌った曲で、私が最も好きなのがポール・サイモンの「アメリカの歌(American Tune)」です。サイモンとガーファンクル時代に「アメリカ」という曲もありましたが、ソロ活動を始めたポール・サイモンの3枚目のアルバム「ひとりごと There Goes Rhymin' Simon"」の中の曲で、ポール・サイモンらしく「アメリカの不安」の中で希望を持とう、と歌っている歌です。

2010年9月10日 (金)

今日の音楽 9月10日 ベンヴェヌート・チェルリーニ序曲

ベルリオーズの歌劇「ベンヴェヌート・チェルリーニ」は1838年9月10日にパリのオペラ座で初演されています。ベンヴェヌート・チェルリーニはルネッサンス期のイタリアの彫刻家で、このオペラは彼の自叙伝に感動したベルリオーズが、それを下敷きに作曲したものです。が、ストーリーが面白く無かったなどの理由で初演は大失敗に終わり、やがてオペラ全体を演奏されることは殆どなくなりました。

この歌劇「ベンヴェヌート・チェルリーニ」の序曲は、ベリリオーズの管弦楽曲の中でも「ローマの謝肉祭」「海賊」と並んで、時間的にも10分程度、曲の内容も平易(演奏は平易では無い!)なので好んで聴かれています。特に出だしの激しいリズムがわずか数十秒で終って、ゆっくりとしたテンポになり・・・なんていう構成は「ローマの謝肉祭」そっくり。ベルリオーズの得意のパターンです。
とは言っても、この曲、編成がかなり大きい。基本は2管編成なのですが、ファゴットが4本(2本でも可)トランペットが4本、コルネット2本、打楽器各種と、ティンパニが3台で奏者が3名・・・・という事で、わずか10分にこれだけの奏者を揃えるというのはアマオケでは厳しいかもしれません。

ゲルギエフ指揮ウィーンフィルです。

2010年9月 9日 (木)

今日の音楽 9月9日 クラリネット協奏曲(モーツァルト)

クラリネットという楽器は、今ではオーケストラでは欠かせない楽器です。木管楽器の中では音域の広さ、種類の豊富さ、そして哀愁たっぷりの音色、殆どの楽器と相性が良いなど作曲家も非常に重宝する楽器です。また、ブラスバンドではオーケストラのヴァイオリン代わりにメロディ楽器として使われています。
ところが、クラリネットの歴史は木管楽器の中では比較的新しいもので今の形で完成されたのは18世紀。という事で、バッハやヴィヴァルディといったバロック音楽には出てきませんし、モーツァルトでも登場する曲は決して多くありません。

クラリネット奏者というと、オーストリアのウラッハ、プリンツ、ボスコフスキー、ドイツのザビーネ・マイアー、ライスター、フランスのランスロ、アメリカのストルツマンなどの名前が浮かびますが、20世紀前半を代表するクラリネット奏者といえば、ウィーンフィルの首席をつとめたレオポルド・ウラッハです。ウラッハは1902年9月9日生まれ。華麗な技術という点では彼よりも優れた奏者は数多くいますが、堅実で何よりも音色の美しさでは右に出る者がいないと言われるヴィルトーゾです。そういうウラッハの代表作はモーツァルトのクラリネット協奏曲。特に第2楽章の美しさは比類の無いものです。まだ録音技術が低い時代だったため完全にその音楽を再現できているものは無いのが残念です。

ウラッハの独奏、ロジンスキー指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団の演奏です。

2010年9月 8日 (水)

今日の音楽 9月8日 歌劇「アナクレオン」序曲

1760年9月8日(14日説もあり)は、イタリア出身のフランスの作曲家ケルビーニの誕生日です。当時はフランスを代表するオペラ作曲家でベートーヴェンにも一目置かれていた作曲家なのですが、ロッシーニがフランスに進出すると名声を失い、後は宗教音楽の作曲家となっていきました。大衆に迎合しない理想主義的な人だったために、なかなか受け入れられなかったんでしょうね。

代表作は「メデア」と「レクイエム」。特にレクイエムはシューマン、ブラームスなどに絶賛され、ハンス・フォン・ビューローは、モーツァルトのレクイエムより優れていると評しています。

歌劇「アナクレオン」は今では全曲上演される機会は殆ど無いようですが、序曲だけは時々演奏されます。当時としてはスケールの大きい曲だったと思います。

モントゥー指揮ロイヤルフィルです。

2010年9月 7日 (火)

今日の音楽 9月7日 静かな海と楽しい航海

1828年9月7日、メンデルスゾーンの演奏会用序曲「静かな海と楽しい航海」が初演されました。「静かな海と楽しい航海」はゲーテの2つの詩を元に作られた曲。先立つ事13年前にベートーヴェンがこの2つの詩を元にしたカンタータを作曲しています。

メンデルスゾーンの曲は全体で12分程。前半5分程度はず~っと静かなまま終始。2分の2拍子になって軽妙な音楽に変わるのが後半。最後はティンパニが大活躍。ソロまであるんですよ。あまり有名な曲ではありませんが、なかなか楽しい曲で、航海いいえ後悔はしないと思います。

最後には、再び静けさを取り戻して終わります。

演奏者はわかりませんが、後半です。

2010年9月 6日 (月)

今日の音楽 9月6日 オーストリアの村つばめ

ワルツ王ヨハン・シュトラウスの弟ヨゼフは、才能は兄以上と言われていますが残念ながら43歳という若さで亡くなってしまいました。それでも283曲の作品を残しています。「天体の音楽」「うわき心」「おしゃべりな可愛い口」などの作品を残していますが、代表作のひとつ「オーストリアの村つばめ」が初演されたのが1864年9月6日です。

非常にのどかにオーストリアの田園風景が描かれており、鳥の鳴き声に水笛も使われています。

2010年9月 5日 (日)

今日の音楽 9月5日 戴冠行進曲(マイアベーア)

ドイツ系ユダヤ人作曲家マイアベーアは1791年9月5日に生まれています。
ウェーバーと共にフォーゲラー神父に作曲を学び、ロッシーニの歌劇「タンクレディ」に感銘を受けてオペラ作曲家へ転じたマイアベーアは、イタリア歌劇の様式とドイツオペラの様式を複合して、グランドオペラ形式を確立し、後のワーグナーなどへ大きく影響を及ぼした作曲家ですが、知名度はイマイチです。ユダヤ人という事で、ナチス時代に演奏を禁じられていたという事も原因のひとつではありますが、台本に恵まれなかった事やロッシーニの亜流と酷評されるなど、当時も一流の扱いを受けるには至っていなかったようです。

代表作は「アフリカの女」「ユグノー教徒」などがあり、単独で演奏されるアリアもいくつかありますが、今日は歌劇「預言者」の戴冠行進曲を取り上げました。これは宗教戦争時代の預言者Jean de Leydeを主人公とする物語。アナバプティスト派の主導者に祭り上げられ、ドイツの王になり、裏切りで処刑されるという話。その戴冠の場面で演奏される戴冠行進曲です。
なかなか勇壮な曲なんですが、これもイマイチの知名度ですねぇ。

オンドレイ指揮ブラティスラヴァ放送交響楽団です。

2010年9月 4日 (土)

今日の音楽 9月4日 テ・デウム

1824年9月4日は、ブルックナーの誕生日。
ブルックナーの事をくどくど書く必要も無いとは思いますが、後期ロマン派を代表する作曲家で、ベートーヴェン、シューベルト、ワーグナーの影響を受け、大編成(特に管楽器をふんだんに使い)かつ長大な交響曲を11曲(最初のヘ短調、0番、未完成の9番を含む)書いて、完璧主義者だった事などから改訂が多くて、すさまじい数の改訂版(しかも、版によっては全く異なってしまう場合もあり)があり、原子雲とよばれるブルックナー開始が得意で・・・・なんていうのが、ブルックナーの特徴のいくつか。

ただ、ブルックナーの交響曲はちょっと聴くには全くもって不向きで、BGMとして聴くにも非常に辛いので、今日は、ブルックナーのもう一つの得意分野であった声楽曲を聴きましょう。
それも、比較的リーズナブル(笑)な編成で、20分程度と短く、しかも一部の人からは彼の最高傑作と言われる テ・デウムです。

テ・デウムは、カトリック教会の聖歌のひとつで、「われら神であるあなたを讃えん」(TE DEUM LAUNDAMUS)から、この名称で呼ばれている音楽です。1883年から84年にかけて作曲され交響曲第7番と8番の間にあたる曲でオルガン付きの2管編成。5曲からなり全体的にはキリスト賛美という事もあり、明るく力強い曲想です。第7番の交響曲と非常に深いかかわりをもっていて5曲めでは第7番の第2楽章の旋律が使われています。

5曲目だけ、貼り付けておきます。

2010年9月 3日 (金)

今日の音楽 9月3日 遥かなる山の呼び声

1913年9月3日は、ハリウッド・スター アラン・ラッドの誕生日。アラン・ラッドと言えば「シェーン」ですよね。西部劇史上最高と言われるラストシーン。あんまり可愛くないジョーイの"Shane!! Come back!"という名セリフのシーンは色々とパロディなどにも使われている名シーンでした。

アラン・ラッドは「シェーン」以外は、あまりぱっとしなかったのですが、これ一作で西部劇のスーパースターと言われているのです。
TV版のチャーリーズ・エンジェルに出ていたシェリル・ラッドは、このアラン・ラッドの義理の娘でした(離婚したから今では無関係)

「シェーン」の主題曲が、遥かなる山の呼び声(The call of the far-away hills)で、作曲はヴィクター・ヤング。この曲(と、シェーン)をモチーフにして山田洋次が「遥かなる山の呼び声」という映画を作ったことでも知られています。

曲は、西部の広大な荒野にこだまする声 がイメージされる雄大な音楽で、西部劇映画の音楽の中でも傑作のひとつですね。

2010年9月 2日 (木)

今日の音楽 9月2日 スラヴ舞曲集 

1995年9月2日、チェコの指揮者ヴァーツラフ・ノイマンが亡くなりました。

ノイマンは、ターリヒ、アンチェル、クーベリックと並ぶ20世紀を代表するチェコの指揮者で、1968年から20年以上チェコ・フィルの首席指揮者を務めチェコ・フィルを世界有数のオーケストラにした一人です。プラハの春、ビロード革命などチェコの動乱には反体制の態度を取りながらもチェコの音楽を愛し、最後までチェコを捨てなかった指揮者です。当然、チェコのドヴォルザーク、スメタナ、ヤナーチェクを得意としていましたが、その他にもマーラーの音楽を好んで録音していました。

今日はドヴォルザークでもシンフォニーでは無く、スラヴ舞曲という小品集を取り上げます。スラヴ舞曲は作品番号46と72というそれぞれ8曲のピアノ連弾用音楽として作曲し、後に自らの手でオーケストレーションを施した曲です。ブラームスのハンガリー舞曲に刺激され、ボヘミアの音楽でも、このような曲を作りたいという事から作曲されたもので、特に作品46-1、作品72-2が有名。ホ短調の72-2は、哀愁深いドゥムカで作曲されています。のだめでも使われてましたね。You tubeは誰の演奏家わかりませんが。

2010年9月 1日 (水)

今日の音楽 9月1日 夕べの祈りと夢のパントマイム

1854年9月1日は、ドイツの作曲家エンゲルベルト・フンパーディンクの誕生日。フンパーディンクはワーグナーの下で活動し、そういう分野があるかどうかはわかりませんが、メルヘン・オペラをいくつか作曲しています。「いばら姫」「王子王女」「いやいやながらの結婚」などを作曲していますが、唯一今でも演奏されるのが「ヘンゼルとグレーテル」です。言わずと知れたグリム童話の中の話ですが、元の話の人や魔女が死ぬシーンが削除されていたり、母親が子供を捨てる目的で野いちご摘みに行かせるという部分が、単に遊んでばかりの子供へのお仕置きで行かせたという内容に変えてあったりメルヘンチックな内容になっています。

このオペラの中で最も有名なのが「夕べの祈り」のメロディ。序曲の冒頭にも出てくるホルンの四重奏で吹かれるメロディです。劇中では、第2幕の後半にヘンゼルとグレーテル(ヘンゼルは男の子ですがメゾソプラノの女性が演じます)の二重唱として登場します。森で迷って夕暮れを迎えてしまった兄妹が歌う曲で、続いて眠りについた夢の世界が表現される「夢のパントマイム」のシーンでも、この夕べの祈りのメロディが効果的に使われています。演奏会では、しばしば「夕べの祈りと夢のパントマイム」として続けて演奏される(勿論歌無しで)事もある、とても幻想的で美しい音楽です。You Tubeで第2幕の最後のシーンを見つけましたので、聞いてみてください。スタートしてしばらくしてから「夕べの祈りと夢のパントマイム」のシーンが始まります。

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