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2007年9月23日 (日)

五弦バス その後

五弦バスがやってきてから3ヶ月がたちました。
隣の弦を弾いたりという混乱は続いておりますが、思ったよりはそういう意味の慣れは早かったようです。ただし第5の弦(私の場合は H=シの音でチューニングしているので 以降H線とよびます)は、なかなか使い切れません。やっぱり、4弦時代の1オクターヴ上への読み替えを自然にやってしまう癖が治りきっていないのです。

ところで、私の慣れよりも楽器の話です。昔の楽器よりひとまわりサイズが大きいので、スピーカーボックス同様大きいと低音が鳴り易いという理屈で大きな音が鳴り易いと思っていたのですが、買った当初は以外にショボイ音でした。
昨日、次回演奏会に向けて本番指揮者による初合奏があったのですが、非常によく鳴っている事に気がつきました。何よりも、以前の楽器に使っていた弦と同じ弦を張ったのですが、その弦の特徴である明るく発音が早いという特徴が全く影を潜めていたのですが、昨日は以前の楽器の音色に近く、しかもよく鳴る感じでした。良い楽器はエージングしなくても最初から良い音だ、と言われてはいますが、3ヶ月かかってようやく思った音が出るようになったのですから、やっぱりいくらか弾き込み効果が出てきたのでしょうか。

いずれにしても、まだまだ五弦に慣れきってはいないので、音色が良くなっても使いこなすことが出来るのは自分しか無いということを肝に銘じて精進していかなくては。。

2007年9月16日 (日)

名曲のお話 シンフォニー編14

なんだかこのテーマ本当に久しぶりです。前に何を書いていたか忘れちゃったので、見かえしたら7月が最後でした。で、シューベルトの続き。シューベルトの交響曲の番号は研究が進むにしたがって番号が入れ替わったりずれたりで、今でもこれといった決め手は無いようです。最近では、未完成が7番、グレートが8番というのが一般的だが、私が学生時代は未完成8番、グレート9番だったし、その前は未完成が7番でグレートは9番だった時代もあった。と、そんな話しは音楽の本質じゃないので置いておくとして。

未完成交響楽、これがシューベルト最後の交響曲では無いし優れた作品であるのに未完成に終わった原因については様々な説がありはっきりとしていない。1,2楽章があまりに長いので次の楽章を完成させる前に他の作曲にとりかかり忘れてしまったなどという説もあれば、あまりに1,2楽章が完璧に出来たので次が書けなかった、1楽章も2楽章も3拍子で、第3楽章もスケルツォなので3拍子になるので3拍子が続きすぎて行き詰ったなどなど。
どっちにしても、名曲である事にかわりないし、2楽章で終わったからこそ有名になったという可能性もある。これが4楽章まであったら、グレートをしのぐ長大な曲になってしまった可能性もあった。
第1楽章はチェロバスによる動機の提示ではじまる。その後高弦のトレモロの上に木管の第1主題が始まる。このチェロバスの動機であるが、実は5弦ベースが必要で、無い場合はチェロと全く同じ音高になってしまいコンバスの存在感が希薄になってしまう。この後、この動機は数回にわたって登場してくるが、腹の底から出てくる歌といっても良いメロディである。
第2楽章は低弦のピチカートに乗って、ヴァイオリンが歌を歌う。天国的に美しいメロディである。

シューベルトの交響曲はベートーヴェンやブラームスなどのものと異なり、縦横の糸が紡がれるような構成美ではなくて得意のリートとその美しい伴奏で構成されている。その典型的な曲がザ・グレードである。ザ・グレートは50分を越える特大のシンフォニーだが、構成が単純なので結構飽きてしまうのではあるが。。。
もう少し展開部が充実していれば、もっと演奏される曲ではないかと思う。

2007年9月 9日 (日)

エレティール管弦楽団演奏会 と 杉並公会堂

今日は、高校の後輩から招待を受けて 杉並公会堂へエレティール管弦楽団の定期演奏会に行って来ました。このオケは高校の後輩が4人、現在私が所属しているパイオニア交響楽団の団員が4人、かつてエキストラ出演して頂いた方なども数人いらっしゃいます。また、指揮をされた石毛先生は、かつてトレーナーとして3回程ご指導頂いた方です。

曲目は、チャイコフスキーのイタリア奇想曲と交響曲第5番の間に、ビゼーのカルメン組曲からの抜粋というかなり有名どころの曲を並べ、アンコールもチャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番の第2楽章、あの有名なアンダンテ・カンタービレを弦楽合奏に編曲したものでした。
チャイ5は個人的に最も好きなシンフォニー、カルメンは一昨年、一週間の間に定期演奏会と愛地球博の2回の公演を経験した曲なのですが、自分としてはアンコールの「アンダンテ・カンタービレ」を最も思い入れ深く聞かせていただきました。
私の最も好きな邦画は、大林宣彦の尾道三部作のひとつ「転校生」です。(残りの2つは「時をかける少女」と「さびしんぼ」)この中で効果的に使われているのがシューマンの「トロイメライ」、マスネの「タイスの瞑想曲」、「天国と地獄」そして「アンダンテカンタービレ」です。「転校生」自体が大林監督独特の非常にノスタルジックな作品で、冒頭の8mm映写機がカタコトと音を立てながらモノクロのノイズだらけの映像から始まっている場面で「アンダンテ・カンタービレ」が流れて、いきなりグッときてしまったものでした。

ところで、杉並公会堂。建て直す前は大学オケや高校のOBオケの時に何回となく演奏させていただきました。当時は、床がツルツルで、床に楽器を立てるチェロとコントラバスの奏者泣かせでした。通常は、エンドピンといわれる金属などの棒の先端部分が尖っており、それを床に突き刺すか、先端部分に滑り止めのゴムカバーをして滑らないようにして演奏するのですが、杉並だけはそのどちらもダメ。その為に、蒲鉾板にアナをあけて紐を通し椅子に固定して、その蒲鉾板にエンドピンをさして演奏したものでした。
その杉並公会堂も改築され、改築後2度目。1度目は会社の合唱団の演奏会の受付の手伝い、そして今日。
ホールは収容人数も1100人強でアマチュアオケには適当、音響も悪くないのですが、大きな問題点があります。ひとつはエントランスが狭い、ロビーが非常に狭いこと。合唱団の時もお客さんの退出に40分以上の時間を要していましたが、今日の演奏会も退出に非常に時間がかかりました。それから、トイレの数が少ない事。満員近く入った場合、休憩時間は最低20分必要では無いかと思います。演奏する側としてはコンパクトで音も悪くは無いので良いのですが、この退出時間・・実は会場は 午前・午後・夜というコマ単位で借りており、例えば通常は午後の演奏会だと午前と午後を借りる。(1日借りると高くなるから)
だいたい午前は9:00-12:00 午後は13:00-17:00 夜は18:00-21:00というようなコマ設定になっています。
午前午後通して借りる場合は12:00-13:00もそのまま使えます。
その場合、朝9:00-10:00が仕込み、リハーサルが2時間プログラムの場合、10:00-13:00ぐらい、昼食を食べて14:00-16:00が本番なのですが、カーテンコールなどでだいたい16:20ぐらいまで伸びるとすると、17:00完全退出までに40分ぐらいしか無い。お客さんの退出に40分かかってしまっては、全く余裕が無いわけです。

会場自体はコンパクトで音も悪くないので、上記の点がちょっと使いにくいかな。スタッフとお客を1回ずつ経験してそんな事を感じました。

2007年9月 6日 (木)

夏休み 北東北旅行・10

昭和男鹿ICから秋田自動車道に乗って、協和ICまで約20分で協和IC到着。途中、道の駅協和でトイレ休憩をしながら国道46号を40分程走ると角館である。桧木内川沿いにある公営の駐車場に車を置いて、市内をそぞろ歩く。Photo

まずは、腹ごしらえ。比内鶏の料理の店で、比内鶏のダシを使った稲庭うどんや比内鶏の卵と肉を使った親子丼などをめいめいが食べた後、武家屋敷が並ぶ武家屋敷通りへ。
角館は芦野氏の城下町で、昔の町並みが非常に良く残っている町である。特にこの武家屋敷通りは昔の武家屋敷がそのまま残っており、公開のものもあれば普通の人が住んでいる非公開のもの、観光客相手の食べ物屋をやっている家、お土産や等などが連なっている。

そのうちの青柳家を見学する。青柳家は昔の屋敷の様子をそのまま見ることができる上、明治大正時代の蓄音機、写真機などの道具類を見ることができる。

時間があまり無くなり、田沢湖に急ぐ。予定では、田沢湖南岸を半周する周遊コースを取るつもりだったが時間が足りなくなってしまったため、田沢湖の西入口から辰子姫の像がある潟尻まで行って引き返すことにする。2_2

田沢湖は日本一深い湖で423.4mの最大深度をもつ。生成の状況ははっきりしていない。

辰子姫は辰子姫伝説の悲しい主人公で、現在は田沢湖の主とされている。 20分ほどの滞在でとんぼ帰り、角館を経由して秋田空港へ向かう。

田沢湖から1時間弱で空港着。今年国体が開催される秋田では道路の整備が進んでおり、空港への道もナビに全く掲載されていない道だった。レンタカーを返却して、20分遅れのJAL羽田行き 最終便で東京へ戻る。結局、雨に祟られたのが今回メインと考えていた白神山地だったのが残念だが、駆け足ながら予定はこなす事ができた。【完】

2007年9月 5日 (水)

夏休み 北東北旅行・9

1 翌朝は、曇り。秋田県南部ではまだ大雨が降っているらしい。今日は男鹿半島を一周して、残った時間で仙北地方を観光する予定。

まず、男鹿温泉から車で10分ぐらいの八望台へ行く。八望台からは、一ノ目潟、ニノ目潟と戸賀湾が望る。目潟は、2~3万年前に活動した単成火山で西南西~東北東約3kmに直線状に配列する火山地形をなしている。それぞれはマール(爆裂火口湖)を成していて戸賀湾も第4のマールということである。

八望台から15分弱で海岸に出るとすぐに男鹿水族館GAOがある。ここの目玉は白熊の豪太。2_2
白熊は、地球温暖化による北極の氷の減少によって将来的には絶滅の危機が言われている貴重な動物。色が白い事などで 可愛らしい動物と思われがちであるが、実態は非常に獰猛で、雑食性の熊の中では特に肉食性が強い。 体も大きいものでは300kgになるらしい。
水族館の中には、この豪太が遊んだおもちゃがたくさん展示してあったが、どれも爪と牙でグシャグシャになっている。
飼育員も、この白熊には直接触れることはできず、飼育時には扉2つ隔てた場所で飼育するそうである。

その他では秋田近辺の魚の展示や回遊水槽、ペンギンなどもいる。

水族館を出てそのまま海岸線を南下、男鹿半島沿いに走り、やがて男鹿半島の南西端ゴジラ岩がある門前近辺を通過(ゴジラ岩は確認できなかった)男鹿市の中心街を抜けておよそ1時間で潟上市を抜けて秋田市へ、昭和男鹿半島ICから仙北地方へ向かう。

2007年9月 3日 (月)

夏休み 北東北旅行・8

日本は島国なので、全国あちこちを旅行すると岬は避けて通れない。地形的に山が海に向かって急激に落ち込んでいる場所が多いので、日本の岬は険しい場所が多い。知床岬のように、登山をしないと行けない場所もある。

2 男鹿半島北西端にある入道崎は、地形は海岸段丘になっているため急激に海におちこんでいるのだが、灯台のある場所は草原になっており、非常に明るい。駐車場から全く起伏のない草原を3分程歩くともう海岸である。駐車場の反対側には土産物屋が並んでおり俗的なのだが、駐車場の反対側の海の方向には店が全く無いので、岬自体はそういう印象を受けない。3_2

また、この入道崎は北緯40度の位置にあるため、写真のような石造りのモニュメントが点在している。この石は2つに割れており、その割れ目を結ぶ線が北緯40度の線である。北緯40度というとニューヨークが同緯度にあたる。
この入道崎は夕陽が有名な場所であるが残念ながらこの日は曇り。早々に宿に向かう。

およそ10分で男鹿温泉に到着。この日の宿は男鹿ホテル。前日と前々日に比べるとホテル自体古く、部屋も狭い。但し値段は一番高い。
特段に、問題があるわけではないが、前日のホテルが良すぎた。

夕食は、男鹿の名物が並ぶ。焼き物は5つほどのメニューから2つをチョイス。私は鰰(はたはた)と比内鶏の焼き鳥を選択。鰰は東京のスーパーなどには並んでいないが、秋田では一般的な魚だった。今は漁獲量が減って安い魚ではなくなっているが、干物にすると甘く食べ易い身である。Photo

お造りも美味しかった。特に、いつもは旨いと思わないウニが絶品だった。
メインは、石焼。
鰰などをぶつ切りにして鍋に入れ、そこに真っ赤に焼けた石を投げ込むとあっという間に煮える。それに味噌味をつけて食べるのである。このホテルを選んだ理由がこれであった。元々漁師が浜辺で食べた、この石焼をホテル料理として最初にアレンジしたのがこの男鹿ホテルである。それだけに、この料理についてはこだわりがあり、石焼専用カウンターがあって、そこへお客さんを呼んで実演する。使用する石は、海岸で拾ってくるそうであるが、何でも良いわけではなく、間違った石を使ってしまうと、鍋に投げ入れた瞬間に割れてしまうそうである。

食事を十分に堪能して最後の夜は終わった。

2007年9月 1日 (土)

夏休み 北東北旅行・7

翌日は目が覚めると雨。それも結構強く降っています。不二やホテルの朝食はバイキングではなくて和定食。パン好きの子供はちょっとガッカリですが、大人の我々には美味しかったです。

8時過ぎに宿を出発、白神山地での10:30からのガイド付きトレッキングを予約しているので、間に合うように出かけます。平日なので弘前の市街地に入らないように東北道大鰐弘前ICの直前で国道7号に別れを告げ、アップルロードを経由して西目屋村にある白神山地ビジターセンター着が8:50ごろ。ここでトイレタイム、さらに西に向かいます。雨は降ったり止んだりでしたが、山に入っていくにしたがって本格的な雨が断続的に降る変な天気に。美山湖という目屋ダムによってできたせき止め湖の南岸を進み、9:45頃白神山地トレッキングの拠点であるアクアグリーンヴィレッジANMONに到着。トレッキングには絶望的なぐらい強い雨が時々降ってくる。案内所に様子を見に行くと、今日行こうとしていた暗門の滝が増水のため通行止めという事。どうやら、ブナ林の中を散歩する一番短いコースに変更ということらしい。1

白神山地は13万haの青森県と秋田県にまたがる山地で、うち1万7000haが1993年にユネスコの世界遺産に指定された。白神山地が世界遺産になったのは、全く人の手が入っていないブナの原生林。特に中央部の核心地域は人工物は一切禁止されており遊歩道も無い。勿論、核心地域は軽装備で簡単に行ける場所ではなく、我々がトレッキングできるのはその周囲にある緩衝地域である。緩衝地域は、ある程度の条件の元、宿泊施設や遊歩道などを作っても良いそうである。

足元が悪いと言う事で、長靴を借りてカッパを着てのトレッキングであった。コースはある程度のアップダウンはあるが、周囲はブナの原生林に覆われており気持ちが良い。が、雨はますます強くなってきた。3 ブナは椎茸栽培以外にはあまり有用な木ではないため伐採を免れてきたらしいが、幹や根に水分を貯める力が高いため、冬も枯れる事はないそうである。

ブナは幹の中央部よる上の方にのみ葉をつけ、しかも葉の量が少ないためブナが生い茂った場所では、葉の隙間から陽の光が射し込み木漏れ日となって美しい景色が広がるそうである。今日は雨なので残念ではある。
帰りの下りでは小川にかかっている木の橋の上で、前から来る人を避けようとして長靴が滑って小川に転落、しこたま腰を打ってしまった。

1時間半のトレッキングを終わり、施設にある有料の風呂で着替えをすませ、弘前方面に戻る。天気が良ければ、来た道を更に進むと日本キャニオンで有名な十二湖近辺から日本海に出られるのだが、ここから先は未舗装のため天候を考えて、遠回りではあるが戻る事にした。国道7号に戻った所にあったコンビニでパンを買って、東北自動車道に1区間だけ大鰐弘前ICから碇ヶ関ICまで乗って、しばらくは国道7号をひた走る。秋田県に入ると道路の途中にババヘラを売るおばあさんも見られた。二ツ井から八竜までは地図にも載っていない供用開始直後の高速(なぜか無料)にを走り、男鹿半島の付け根にある八郎潟干拓地を抜け男鹿半島に入る。

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