ジム・クロウチ
ジム・クロウチという名前を聞いて、知っているという人は私の年代でもそれ程多くはいないだろう。わたしが高校時代にクラシック音楽とともに愛した「洋楽」の思い出のアーティストのひとりである。当時、ラジオ関東(現・ラジオ日本)で毎週放送していた全米トップ40(これこそが、発売の遅い日本でのレコード・リリースの前にヒット曲を聴くことができた番組である)で、「リロイ・ブラウンは悪いやつ」という曲が全米№1になっていた。妙に軽快で、妙に心に残る曲であった。そして、「ラスト・アメリカン・ヒーロー」という映画の主題歌「アイ・ガッタ・ネーム(I've got a name)」がヒットチャートをのぼり始めた時、このジム・クローチなる歌手のLPが欲しいと思いレコード屋を探したがなかなか見つからない。ようやく見つけたのは石丸電気レコード店。「ジムに手を出すな(Don't messe around for Jim)」という彼の1枚目のLPであった。その時はじめてジム・クローチなる歌手は「リロイ・ブラウンは悪い奴」が1位になるわずか1年前からヒットチャートに登場してきて「ジムに手を出すな」「オペレーター」などで着実に階段を登り始めているシンガー・ソング・ライターであることを知った。
そんな矢先、ジム・クローチは飛行機事故で急逝してしまう。「アイ・ガッタ・ネーム」がチャートを上っている途中であった。偶然のことではあるが、「ラスト・アメリカン・ヒーロー」だった。死後日本でもようやく彼の曲に目が向けられ、「タイム・イン・ア・ボトル」「歌にたくして」がリリースされヒットした。アルバムも「ライフ・アンド・タイムズ」と「アイ・ガッタ・ネーム(美しすぎる遺産)」がリリースされた。(私はジムに手を出すな、と合わせて3枚とも持ってます)
彼の死の直後に発売された「Time in a bottle」の歌詞は 「もし、時を瓶に詰めることができたら」という意味深な曲であり、最後の「歌にたくして」は「私はうまく愛を語る事ができないが、歌にたくしてあなたに届けます」というような内容の曲であった。
今も、全米トップ40の中で伝えられた彼の突然の訃報を悲しみの中で聞いた事が鮮明に思い出されるのである。
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